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第二十九話 怒鳴り散らす君を見て友達には戻れないと涙した――逢魔が刻(中編)

 外には何故か人っ子一人いなかった。

 亜空間のように誰も居ないビル街までいけば、妖怪達はスクランブル交差点で立ち止まる。

 スクランブル交差点の中心地に、吉野が確かに身体を伏せていた。ぼろぼろだ、沢山傷を受け、肌が焼き爛れたり腫れたり。肉が切れ流血している。まるで罰を受けた後だ。

 抵抗の意思も見せず、輝夜の気配を感じ取れば、険しい様子で牙を見せた。


「その人には何もしない約束だぞぬらりひょん」

「そう簡単に真名を呼ばないどくれよ、神様。お前にも言い分はあるだろう、聞いてやろうと思って呼んだだけだ。袋だたきは好まないのでな」

「……愉快犯め」

「さて、吉野でよいかな、この場は。神でありながら、お前は人に介入しすぎた。やたらとこの人間を守っていたのう、わしらは神が本格的にわしらに相対するならば考えねばならぬが。どうやらお前一人の依怙贔屓だ。依怙贔屓しとるやつは、他にも数人いるようだがな、物の怪の間にも」

「俺一人の問題だろ、他の奴らを持ち出さないでくれ。俺だけが、拘っていた。そうだ、俺の女だ、手を出すな!」


 最後の威嚇とばかりに吉野は牙を剥き、険しい鬼化しかけの顔を見せる。

 筋肉がごきごきと変形しかけるが、何かの術をぬらりひょんである銀次が飛ばし、すぐさま縄で縛られたような姿勢に吉野が身体を固める。

 身体をそのまま地面に打ち付け、悔しげに乱した髪から銀次を睨み付け、輝夜と目が合うと見惚れてから「逃げろ」と掠れ声で祈る。

 こんな時でも何とも優しい鬼だった、輝夜に拘ってる姿だけをあえて見せることで、自分だけの執着を強調して市松たちへの注目を反らした。

 鬼だというのに優しすぎた。


「そうはいかない、これは今後のわしらの問題でもある。この人間に関わろうとする限り、何かが起きることをわしらも知っておかねばならぬ。輝夜よ、前へ降りたまえ」


 銀次が告げると、がしゃどくろが優しい手つきで輝夜を、吉野から遠ざけた隣へ下ろす。

 振り袖を着た輝夜は誰よりも華やかで、誰よりも迫力があった。

 世が世なら傾国美女とはこの女のことだ、と囃し立てられたかも知れない。

 そんな美貌でさえ、輝夜は興味なさげである事実がまた妖怪達は気に入った。

 輝夜を見慣れない妖怪達は、ただ一人の人間に見惚れる。輝夜は銀次を睨み付けた。

 銀次はぬらりひょん、妖怪の総大将か。

 どうりで風格があるはずだ、と内心焦りながら見上げて銀次の言葉を待つ。


「お前はこの鬼をどうしたい?」

「友達でいたい」

 輝夜は声が震えぬよう、銀次を睨みあげた。


「友達! 一方的に守られて友達というか」

「そうだ、私は人間だから神を守るなどできない。非力だ。だからこの場を嬉しく思うよ、やっと守れるんだ。命も差し出さない、だがそれ以外なら差し出してやる」

「命を賭せず守るとは薄っぺらい」

「吉野が守ろうとする私の命を、市松達が大事にしてくれる命を捧げるほど馬鹿ではないんでね。ようは、これは吉野が敵でなければいい話ということでいいか」

「そうだな」

「では簡単だ、君が他のやつらに命じれば良い。私に手をだすなと。君が敵に回らなければ吉野と対立することなく、咎められる必要も無い」


 立場さえ関係なければそれは道理が通るが、立場や現在の置かれた身分で考えれば異常な話だ。

 とても、厚かましい話となっている。大統領に権限を全て使って一市民だけを守ってください、と願うような話だ。輝夜はそれでも精一杯考えた末の答えなので、堂々とし威張っている。

 輝夜の図々しさに銀次は瞠目したのちに、大爆笑をし。威圧をかけても輝夜は目をそらさない。並大抵の妖怪ですら裸足で逃げたくなる威圧だというのに。凜としている。

 怖くないわけではなさそうだ、汗をびっしょりと掻いて青ざめている様子は伝わっている。虚勢だろう。

 すたっとがしゃどくろから降りると、銀次は市松やジェイデンに寄っていき、二人の肩を叩きながら大笑いする。二人の肩は、銀次の背丈より高い。

 ジェイデンは顔を青ざめていたし、市松は狐面越しだ様子が窺えない。


「なるほど、今度はわしを利用すると」

「この方をどなたと……」

「よいよい、がしゃどくろ。お前は黙っていろ。さて輝夜よ。お前を守るメリットはなんだね、たかが人間に肩入れするメリットは」

「……ない」

「ないのに、啖呵を切ったのか」

「ないけど、こんなものがある。これを使うのはどうだ。とある准教授の息子からのおすすめつきだ、君たちはたいそうこの石が好きだと聞いた。何やら……免罪符、らしいな?」


 輝夜は胸元から、いつだったかジェイデンから貰った華石という巨大で魅力のつまった宝石を取り出し、銀次を睨みながら見せつける。

 予想外の使われ方に、こんな状況だというのにジェイデンは噴き出した。

 あの宝石は、妖怪達にとってはとんでもない価値がある。

 とても公にできないが、とにかく妖怪達の上位の間では喉から手が出るほど欲しいとされてる、メデューサの宝なのだ。メデューサは多くの者を石にして、この華石へ加工し、免罪符を西洋東洋の戦いで活躍した妖怪へ配布した。勿論メデューサは製造者として一つ貰うことを許されたので、ただ一人の息子にも一つだけ与えた。

 大昔に西洋の妖怪との争った果てに結んだ絆で出来た、後に何があっても関与しない絶対的に許すという誓いを証明した品。

 現代においてその宝石を綺麗に残している者など滅多にいなかった。いわば伝説の宝だ。

 持ち主の大事な物を生け贄に、輝きを増すという。その輝きに価値があった。

 相手が銀次でなければ、他の妖怪も本物かどうかも判らなかっただろう。

 太古の宝石はとても美しいまま存在している。奇跡だ。

 しってか知らずか、交渉に相応しい品の出現にジェイデンは心躍らせた。

 知っていたのかと、宝石の使い方を。


「よいのかね、異邦人。メデューサの末裔よ、お前だろう? くれてやったのは。このような使われ方をされてよいのかね」

「構わないですよ、あれはあの女にあげた品です。貢ぎ物をどのように使われても、そんな悪女に虜になったオレが悪いだけですから。それよりも、その石を光らせるのに何を使うかが問題です」


 ジェイデンはげらげらと笑いながら、今度は銀次に笑いかけ、強気を取り戻す。

 市松は末端だし、吉野は神であるからその石の価値を知らなかった。

 事情の分からぬ狐面と鬼はぽかんとしている。

 銀次は面白いと言いたげな表情をすれば、吉野に尋ねる。


「お前はこの女に全部晒せるか?」

「……やめろ」

「この鬼の動向を聞いても尚助けたいか? 沢山お前を守る裏で、お前を仇なす者だけでなくお前の知り合いも犠牲にした。月下美人の酒を覚えているか? 興味深いぞ」

「黙れッ、ぬらりひょん、ばらすな! その人は悪くない、黙ってろ! 嫌だ、カグヤに言うな、言うなら殺せ! カグヤ、聞くな! 聞かなくていい、貴方は知らなくていい!」

 涙目で叫び狂う吉野は、輝夜の嫌悪を畏れ喉が痛んでも吐血しても訴える。

 輝夜は寂しげに下がり眉で笑ってから、銀次に睨み付けた。

「吉野から直接聞く、それで吉野を助けるというなら」

「吉野に捧げてもよいと覚悟があるなら、助けるのはお前次第だ、その石が有効になるのはお前にとって世界で一番大事なものを賭けたときだ。お前は何をその石に捧げる?」

 銀次の言葉に、輝夜は深く考え込んでからすうと深呼吸し、華石を持ち直す。


「母の記憶。顔だけは市松の理想の顔がなくなってしまうから、使用権は市松にあげよう。その顔が母であるという記憶と。それから母との思い出を捧げよう」

 輝夜は華石を揺らして、一同を見回す。文句ないだろう、と。

 誰しも母の存在は大きなはずだ、古い時代の出身であればあるほど。

 妖怪達はとくに人間にとっての母のでかさを知っているから、黙り込んだ。

 しかも不仲でないと判る。


「カグヤ、駄目だそれは! それは、お前の大事な……!」

「お前は水を差したいのか、吉野。この女はとうに覚悟を決めてる目をしている、わしの脅しも無視するほどに」

 銀次の静かな言葉に、吉野はぐっと涙を呑んだ。


 輝夜は華石が輝くと、すうっと大事な何かを失った、その何かが「何なのか」でさえ今の輝夜には判らないが。ひとまずは、吉野は助かったと安堵して笑った。華石は眩い光を常に放っている。

「まさか本当に無くすとは……宜しい、華石を今後とも大事にするように。その石の輝きが失せた頃、覚えていろ、それまでは裁かぬ。吉野よ、女に感謝するといい」

 咳払いをし、呆れきった銀次は好奇心のままに笑い、声を張りその場にいる全員に轟かせた。


「皆の者よ聞け、これより先はこの女はわしが庇護する。吉野よ、お前の肩入れをなかったことにして今後見逃してやる。者共、これより先は輝夜を食いたければわしを敵にまわすと知れ」


 銀次が沙汰をつけると、大勢の妖怪達はざわめく。

 人間に肩入れするなんて、とざわめくものと、あの人間ならば仕方ないと頷く者に別れていた。

 それだけ今の輝夜は魅力的であった、強気に人外に挑み、交渉に勝ったのだ。

 何より、並ならぬ物の代償を支払った、記憶という大きな対価を。

 知恵のある、人との交流を大事にする人間であるならば。良好だった関係であるならば、計り知れない大きな支払いだ。


 一連の騒動を、市松はやけに冷静に見つめていた。そして、輝夜の幸運さを思い知った。

 視線を感じて遠くを見つめれば、猿田彦の存在を目視し、市松は会釈をして考え込む。

 猿田彦はじっと市松を見ている様子だったが市松はそれどころじゃない思案に囚われていた。

 輝夜の行く末が心配なのだ。


(いつだったか、貴方を良心の化け物だと思いました……今回もそうだ、どうして。一番大事だったはずの記憶をなげうってまで、吉野を助けようとするのか。貴方のその良心は何処まで続くんですか)


(何かが、何かがおかしい)



 本当はそんなことせずとも吉野を差し出して、自分たちを差し出してもよかったはずだ。

 でも結果としてはそれ以上の味方を得て、ある程度の安全も目に見えた。

 少なくとも銀次派閥は今回の騒動で従う、それだけでも輝夜には利点だ。

 市松やジェイデンへのアピールにも見える、もう心配要らないという。巨大な味方ができたことへ安心しろという、意思にも見えた。

 猿田彦への牽制にも出来る。猿田彦は輝夜に影で挑みながら負けたのだ。

 どんどんと平凡な人間から遠ざかっている。きっと吉野や市松が望んだ、平穏な幸せを持っていて欲しい願いから遠ざかっている。

 それでもあまりに輝夜は幸せそうだから、一気に悲しくなった市松だ。


「あまりに化け物の姿を見せ続けると、いつか同族に背中から撃たれますよ」



 仮面を取り、吉野に駆け寄り肩を貸す輝夜と目が合えば、市松は下がり眉で帯びる空気は悲しいのに破顔した。

 輝夜は何故だか判らないが、その顔を見て何処か懐かしいと思った。




「カグヤ、沢山迷惑かけた」

「そんなことないよ」


 輝夜は吉野に肩を貸しながら、振り袖が汚れても気にせず歩いた。

 母からの形見で、百万以上もするだろう振り袖だ。それでも、輝夜はなりふり構わなかった。記憶がなかったのもあったが、高価な作りの着物がどうでもいいくらいには、吉野を助けたかったし支えたかった。

 遠い先にはジェイデンや市松。二人の身動きの自由は、まだ銀次から許されていない。

 この場に動くは、輝夜と吉野だけが許されている。

 輝夜は吉野を休ませたいと願い、事務所まで引きずるつもりだ。

 確かに足二本で輝夜は汗をだくだくにかきながら事務所まで目指す。

 途中の道路には桜が芽吹いていて、やたら綺麗に花弁が散っていく。いつの間にか夜は明け、すっかり空は明るくなっていた。


「沢山、沢山、殺したんだ。中には、カグヤの為に犠牲になれって迫った人もいる。俺は、人間を好きなのに、結局カグヤだけしか選んでなかったんだ。偽善だったんだ」

「そんなことないよ、吉野はそんなことない。お前はずっといつだって、善だ。私にとっての吉兆だ。私だって別に、全ての人が幸せであれなんて祈らない」

「……カグヤ、重いよ。重いだろう、離せ」

「嫌だ、事務所まで連れて行く、歩いて」

「駄目だ、離せ」

「吉野! しっかり、信じてくれ。私が、柔ではないと」

「……重たくて、潰れちゃうよ、俺が」

「私の覚悟が重かったかい?」

「……どうして、そんな、真似を……。カグヤから、奪うつもりなかったんだ、何一つ」

「どうせ老いたら忘れる、痴呆でな」


 輝夜は行動で示そうとしている、可憐な乙女で済むような自分ではないと。

 大事な友達を守る力だってあるのだと。何より自己を犠牲にしてまで、守り続けてきた鬼神を嫌うわけがないと、伝えようとしている。

 吉野は茫然としてから、おろ、と視線を彷徨わせる。

 視線の先は、綺麗な桜のじゅうたんだ。とても繊細。繊細なのに地面に塗れる花弁は何処か汚さもある。

 綺麗なのに汚い、汚くても綺麗。

 この人のようだ、とまた視線を反らしたくなった。


「なあ、俺は神域の世界に戻るよ」

「手当受けてからでも良いだろう!?」

「いいや、お別れだ。今のままだと、迷惑をかけるよ。カグヤ、約束する、また春の頃に戻る。桜が、綺麗に地面を飾る頃に、貴方を見守りに戻る」

「見守るなんて寂しいことを言うな! 君は、外の住人じゃない、部外者じゃない。私にとっては、祈られる先にいる神様でもない! 私の友達なんだ! 遊びにくると言え」

「……カグヤ、俺は、……お前たちの仲間になれないんだ。俺はだって、どう言ったって神だ。鬼だ。円の内側に、入れないんだし、それで正しい」

「馬鹿を言うな。どうしてずっと、他人みたいな距離のままなんだ!? 私は守ってくれるから君がいいわけじゃないんだ! 外側から羨ましそうに眺めるのは、もうやめろよ」


 輝夜は叱りつけるように全身の毛を逆立てた猫みたいに威嚇する。

 吉野に対して珍しい態度だ、それくらい怒っている。


「寂しいだろお前だって、このままじゃ! 私はお前とそんなインスタントな関係の覚えはないぞ、仲間においで、友達になれ」

 輝夜の言葉に吉野はうっすらと視界が滲む。滲んだ視線の先には、輝夜の脚。

 足袋は、何キロも草履で歩いてきたからか、血で滲んでる。

 それでもしっかりとした足取りだった。

 いつだったか、自分は外側の住人でゲストだと自覚していた。

 その全てを否定し、輝夜はお前も仲間だと明言してくれたことに、吉野はいたく感動した。

「さみ、しいよ。寂しい……寂しかったんだ」

 これだけの大きな覚悟を見せてくれた相手に何を躊躇うのか、と吉野は自分を恥じた。

 この手は繋いでもいいと、寂しさに迷うことはもうない。


「ありが、とう……ありがとう、……」


 吉野はこの大粒の涙をぼとぼとに零し滲みまくって揺れた、桜の景色を生涯忘れることはないだろう。夜が明けて、日差しのさす明るい桜の絨毯広がる、桜の並ぶ公道を。


(ただ、友達は無理かも知れない……友達に抱くにしては、貴方に抱く想いがでかすぎるんだ、カグヤ……でも、今は、今だけは、ありがとう)


 吉野は、初めて内側に入れた、元から入っていたが……入っているのだという自覚と覚悟をした。

 それは少しの間だけ、二人の別れを意味した。




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