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第二十六話 貧乏神からの特大幸福

 呪いは相変わらずやってくるし、ついてないことも極端についてることも起きる。

 人の感情は大きく揺さぶるし、とにかく輝夜は自分が碌でもない自覚が出始めてきた。 輝夜はどうやら自分は普通じゃないらしいと気付いた。

 この呪いがじゃなく、この気質や性格がだ。

 個性的としてよしとするか、それとも無個性を選び集団に交わるのが良いのか悩み始める。ローストビーフを味わいながら。

 それもこれも、同窓会が全て悪い。

 久しぶりに再会したかつての同級生達は、やたらと遠巻きに自分を見るし、女性はマウントしてくる。かつて媚びてきていた子でさえ、色恋の話に五月蠅くて、自分が穢れない乙女だと会話から察して知ると上から目線となった。

 立食形式のこの同窓会はどうにも居心地が悪すぎる。

 そもそもが母校が仰々しくホテルだなんて選ぶのが悪いのだ。

 そこらのレストランや居酒屋の貸し切りでなにが悪いのか。輝夜は、料理だけは美味いことを感謝して、只管ローストビーフを口にした。

 ずっとローストビーフを出しているところを出待ちしているものだから、シェフはついに輝夜の取る枚数すら把握して「どうぞ三枚です」と確定系で渡してきた。

 気恥ずかしさを誤魔化す為に、ウニリゾットも皿に盛り付けておく。それから、少しばかりのサラダも。

 もぐもぐと咀嚼しながら、恩師を遠巻きに見つめる。

 恩師は輝夜と学生時代とくに強い思い出があるわけでもないが、悪い印象を未だに一切持たない不思議な先生であった。

 市松は自分を先生と揶揄するが、恩師こそが本物の先生と呼ばれるに相応しい尊敬出来る存在だ。


 輝夜は女性の視線も、男性の視線も面倒になった。

 男性はとびきり美人のパンツルック美顔美乳つき桃尻にときめかせ、女性は目立つ容姿だからこそスクールカーストの名残でつるもうとしない輝夜を異端扱いする。

 それもこれも、嵌められたのだ、あのメデューサの末裔に。


 輝夜の母校に送る贈呈品として、ジェイデンは木像の女神を寄贈した。

 名高いアーティストのモデルとなった木像は、SNSで話題になるし知る人が見れば誰もが輝夜を連想させた。

 あの方とどういう関係なの、と毎日電話越しに問い詰められ辟易としたところに、ジェイデンから電話が来て「お前んとこ同窓会するらしいな? 感想沢山もらってきてなア♡」とさっさと電話を切って盗聴に戻られた。

 忌まわしい。まったくもって輝夜はジェイデンを好きになれなかった。

 目に操られてキスしたことでさえ、黒歴史だ。


「楽しくないな」


 どうして来てしまったのか。

 理由はたった一つ、クラスメイトで唯一仲良くしてくれていた友達の行方が気になったのだ。

 卒業式の日、大学生の彼氏と結婚すると報告してくれて幸せなまま、出会わなくなったあの友達がどうなったのか知りたかった。

 興味はないが、そこだけは気になった。


「かぐや? 久しぶり!」

「……留美か?」

 留美は垢抜けて水商売に染まった格好をしていたが、輝夜は一切気にしない。

 何せ十代の女の子がなりたい職業ランキング十位圏内となったキャバ嬢の前例もある。

 時代は変わりつつあるし、そもそも輝夜は留美が幸せでさえいれば何をしていても気にならない。


「あの、かぐや、ちょっと……二人で話せない?」

「いいぞ!」


 息巻いて食いつき気味に答える。望むところだ留美に出会えばこんなところ興味なんかない。

 二人は抜け出して、近くのカフェでお茶を飲むことと決めた。

 留美は一番安値のブレンドコーヒーを頼み、輝夜はラテアートの珈琲を頼んだ。


「見給え留美。可愛いだろう、ラテがくまだ!」

「相変わらずねえ、あんた。あの、さ。昔からあんた、不思議なことによく巻き込まれていたよね? ……あんたにしか話せないんだ」


 ああ、これはきっと。

 よくないものの縁がついに友人にまで及んだのかと、罪悪感を押しつぶしながら天使を思い出す。

 そっと記憶を封じて、輝夜はそのまま話を促すと、留美は素直に話す。


「貧乏神がついてるの、あたし」

「そうか、大変だったね……」

「疑いもしないし存在も知ってて秒で話が分かるの助かる、やっぱりかぐやはかぐやね。お祓いっていうの、できないかしら」

「なーに言ってるんだ嬢ちゃんがた、そんなの魅了してしまえ、人の心を手玉に取るのあんたらならできるだろ。妖怪呼びカリスマに、夜の蝶々」


 カフェの席真後ろから聞き覚えのあるヤジが飛んできたと思って振り返れば、そこにはサングラスをつけたジェイデンがいた。

 流石のストーカー。ずっと盗聴して心配してついてきたのか、過保護だ。

 この間の天使の件もあるだろうし、メリーが片付いてないことも気に掛かるのだろう。

 呆れながら感謝をした輝夜は、席にジェイデンを呼んだ。戸惑う留美は、ジェイデンを見ると母校の木像を思い出す。


「貴方が、あの月の寵姫像を寄贈したひと!? かぐやの像!」

「世界一あほ面してる像だっただろ、まアそりゃおいといてだな、貧乏神は最後まで見棄てなければイイ縁があるかもしれねえんだぞ」

「留美、今そこに貧乏神はいるのか?」

「ええ、真後ろにいるわ……貴方は見えないでしょうけど」


 確かに存在はするし、ジェイデンも視線でそれらしき存在をきちんと見てる気がする。

 カグヤは閃いて、ジェイデンに笑いかけた。


「君はイイ縁があるというなら、君に押しつけても構わないな?」

「げ!! 何言ってるんだよ! 嫌だぜそんな甲斐甲斐しく面倒みんのは!」

「あー、君の所為で嫌な目立ち方をしたなあ同窓会。居づらかったし食事も喉を通らなかった」

「嘘つけ、ローストビーフ十二枚も食ってたくせに! ええ、そんなにオレのせいなの? ……報酬はなーに。報酬くれるなら考えてやってもいいぜ?」

「そうだな、父の秘蔵のアルバムから写真を焼き増ししてもいい、但し二枚だ」

「なっ!! それってオフィシャルグッズじゃん!! しょ、しょうがねえなあ、オレもまあか弱いお嬢さんを可哀想な目にあわせるのもまあ悪いと思うし? 引き受けてやってもいいぜ」

 ジェイデンはいそいそとサングラスを取り外すと、留美の真後ろに笑いかけ、目を赤く光らせた。


「おいで、そう、いいこだ」


 ジェイデンが掠れた声で艶っぽく囁くと、カフェが一瞬静まったがすぐに騒ぎを取り戻す。それほどに色香の籠もった声であったし、瞳も影響してるだろう。

 ジェイデンがサングラスをかけながら、天井を仰ぐ。


「完了したぜ」

「そうか、留美。これできっと大丈夫だと思う、留美?」

「あ、貴方が……貴方があたしの王子様ねええ??!!!」


 そういえば魅了するのだった、直視できる位置にいさせてはいけなかった。

 ただでさえジェイデンは見目が整っている、錯覚させるには違和感はない。

 ジェイデンを睨むと、ジェイデンは戸惑いながら笑う。


「流石にそこまで面倒みれねえよ」



 その日からジェイデンのニュースが面白いくらいに、テレビで取り上げられた。

 やれ莫大な投資を失敗したの、木像が沢山壊されたのだの、聞いてるだけでひゅっと息の詰まる噂話が集う。

 流石に自己嫌悪を感じる頃合いに、ジェイデンはやつれた様子で事務所前に座っていた。


「ちょっと……ちょっとだけ、食いもんくれ……一週間くらい通ってイイか」

「……まあ、市松に見つかったら笑われるだろうから、それだけ気をつけてくれ」


 ジェイデンに店屋物の天丼を与えれば、がつがつとカッ喰らい、ジェイデンは艶艶肌ではーっと息をついて食欲を満足させた。

 見目を見るからに、相当酷い目にあった様子だ、それでもジェイデンは強気だった。


「オレはなあ、結構粘り強いんだ。粘ればこの勝負は勝てるんだよ」

「いったいどうしてだ」

「あんたはオレの特性を忘れているね、まあとにかく今から勝負に勝ったら何を奢られたいか考えておけよ。このお礼くらいはする、高い店での焼き肉でも廻らない寿司でもいいぞ」

「そうだな、じゃあ買ったら寿司桶担いでやってきてくれ。私のと、市松と、吉野。それから、メリーの分だ」

「ああ? あのガキまだいるのか。あんなやつにまで食わせるのか」

「だってあの子からは……殺す殺すって言っていても本気の殺気を一定の時期から感じなくなったんだ。天使と騒いだ日くらいかね」

「ああ……、まあオレはメリーについては情報もってねえから知らねえが。吉野は多分持っている。あいつが何とかしようとしている、お前のこと関係なくな。そういう動きはあるな」

「なら吉野にお礼を沢山考えておかないとね」

 楽しげに笑った輝夜を見つめると、ジェイデンは腕を組んで考え込んでから真面目なトーンで問いかけ始めた。


「……前から不思議だったが。カグヤはあの鬼と、狐ならどっちを取るんだ?」

「へ?」

「ああ、オレという選択肢があってもいいが。まあ今回は抜いといて。どっちが大事?」

「それ決めなければいけないか? 友達に優劣はつけたくないよ」

「……なるほど、まあそれがいいならそれでもいいが。あの二人はきっと仲違いする。片方は過度な性善説で、片方は絶対的な性悪説だ。決定的な、仲違いをする。それだけ覚悟しておけ」

「……脅すのか、それとも口うるさい親切か?」

「お好みのものをお選びくださいメニューをどうぞ」

「天使の真似か」

「あれの口調真似したくなるよな」


 一礼をすればジェイデンはまた明日な、と去って行った。

 そのすれ違いで、市松がやってくれば、市松は不思議そうな気配で小首傾げる。


「先生? すごく……嫌なお顔されてますよ、あの蛇のせいですか」

「ジェイデンは……まあ今回は多分親切だよ、ああでも」


 輝夜は、もし遠い未来でどちらかを失うとしたらどちらかを選ぶ日がくるのかと、想像しただけで目眩がした。


「少し悩み疲れた」



 貧乏神は数々の難関を与え、ついにはジェイデンから住処さえも奪った。

 コレクションは父親に預かって貰ったらしい。

 ぼろぼろの末に性格の悪い市松と、仲の悪い吉野に指を差されて笑われながらも生き延びた週末にジェイデンは事務所に少しだけ世話になっていた。

 ジェイデンがお礼代わりに特製のカレーを作っている頃合いに、ジェイデンはあやかしたちにしか見えない者と、しゃがみ目線をあわせた様子で会話をする。

「カレーいるか? ……そうか、にんじんもちゃんと食えよ」

 ジェイデンが甲斐甲斐しくカレーをあげたタイミングで、それは起きた。

 ジェイデンの電話にとんでもない報せが入る。


「え!? 十億で落札された!? 月の女神シリーズ!!」

 月の女神シリーズは輝夜の無機質な表情をそのまま彫刻のモデルとした、木像だ。

 ジェイデンはチェーンソーで彫刻をする仕事なので、生業は珍しいものだった。

 あまりの報告にぽかんとして、振り返ればジェイデンの視界に入ってきた存在はあまりに眩しい存在となっていた。

 そこから先は月の女神シリーズが次々と落札され、ニュースでは時の人となっていた。

 ニュース越しに見える存在に輝夜は笑う。


「あんな状態になってもこっちへ送るファンレターはやめないのだから、懲りないよな」

「周りが著しく変化するなら、不変のものがあるほうが安心するんじゃないですか? 僕は人間様の事情は分かりませんけれど、あの人も半分は人間でしょう。殺人鬼といえど」


 市松は事務所でレースゲームを変わらず遊びながら、笑った。

 テレビの中では市松が一位を独占していて、他者と差を見せつけている。

 機嫌良く市松は続ける。


「僕だってお金と引き換えに、このゲームを遊ぶ時間をなくしたら嫌だもの」

「そういうものかね、しかしなんでまた。貧乏神はどうしたんだろうね」

「きっと、あいつのことだから、貧乏神を魅了していたりして? 極端に不幸になれば極端に幸運なことが起こる人もいる、プラマイゼロになるよううまくできた世の中の仕組みなんじゃないですかね、ジェイデンはそれを見抜いていて引き受けたんじゃないかしら」


 市松はそっと机の上にある茶菓子の煎餅を口にして、じ、と輝夜を見やる。

 この人間にもそうなればいつか幸福なことも訪れるのだろうか。

 いつまでも、ひたすらに不幸を感じるままは解せないけれど、そもそもが輝夜という人間は不幸だと嘆く事実は一切無いので。

 現実からは不幸とカウントされなさそうではあるな、と市松は目を細めた。

 となるとあり得た多大な幸福も得られないまま終わるのだろうか。


「損な生き方」

「誰がだね?」

「何でも無いですよ、あら先生お電話鳴ってる」

「珍しくメリーくんじゃないな、ジェイデンだ」


 輝夜が携帯に出れば、ジェイデンの疲れた声が聞こえた。


「おやこれは大先生」

「先生はアンタだろ。ちょっとそっちで茶漬け食わせてくれねえか」

「どうして。今の君なら食べられないものはないだろう」

「あるんだなあそれが。損得抜きで俺を毛嫌いする馬鹿女のヤジつき素朴飯。今の俺には、フランス料理のフルコースよか魅力的だ。あと壱時間後にそっちいく」

「君のファンには気付かれないように、私が恨まれてしまう」

「そういうヤジ聞くと安心する、んじゃまたあとでな」


 電話を切れば市松が此方を見つめていて、にっこりと笑いかける。


「僕も食べたいです、素朴飯」

「君はいつも食欲旺盛だなあ」

「大人数と、ヤジが増えた状態のほうがあいつも楽しいはずよ、これは親切なのボランティアなの」


 市松はくすくすと笑いさざめきながら、レースゲームを切り上げ、休憩をいれることとした。





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