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第二十五話 前兆とエンゼル様

 市松と一緒に買い物に行った帰りだった。調味料と米を買いたかったから、荷物持ちに抜擢しお礼にスーパーのいなり寿司を買うことで市松は頷いてくれた。

 軽々と持ち上げながら「インテリには厳しいです」とお米の十キロを脇に抱えて、もう片方の手には調味料だ。

 流石に調味料は輝夜が持とうとしたのだが、変なところで紳士さを覚えた市松は丁重に断る。


「あれ、あんなところに人が倒れている、大丈夫かな」

「あ、ちょっと、置いていかないで! そういうときは警察に電話するんです」

「でも倒れているなら救急車か確認しないと」

「近づいたところを襲われるでしょう?」

「君は疑ってばかりだね、どのみち駆け寄れば判るよ」

「ああ、もう!」


 輝夜は市松の制止も聞かずに倒れてる者へ駆け寄ると、その者から一気に花開くように羽根が開く。

 羽根は真っ白く、倒れていた存在は淡い色をした瞳で、輝夜を見つめる。


「ここはどこ」

「町の名前かい? ここは……」

「いいえ、町の名前ではありません。今から質問します、この世界はどこですか?」

「? 変わったしゃべり方に、変な仮装だな、なあ市松。やっぱり警察かな」

「いえ、この方の場合は……吉野でしょう、天使ですこのひと。きっと神々の世界の者だ」


 うんざりとした表情をした市松は「だから見ない振りをすればよかったんだ」と言いたげな空気で、狐面を正して息をついた。




「ガブリエル様!」

「鬼神様、貴方はどうしてここにいるのですか? 私も元気です、貴方は?」

「変わったしゃべり方の天使様だね、吉野」

「俺と違って外国生まれだから、日本語がうまくなくてがばがば翻訳能力を通して喋ってるんだ」

「とても安い機能でこれは便利です。しかし、私は判らない。何故鬼神様が人間といるのですか?」


 天使の問いかけに吉野は気まずそうに笑い、頬を掻いた。

 確かに一端とはいえ鬼神が人間界にちょくちょくきて存在を認識されているというのは厄介なのだろうか。

 天使は底の見えない無感情な瞳で一同を順番に見つめてから、輝夜を見つめる。


「誰にも固執してない人間です。拘っても叶うことはできないでしょう。鬼神様の手を煩わせるなと言われました。はい、外注です」

「ええと、日本の神々に頼まれて連れ戻すよう言われたってことか」

「はいそうです、鬼神様。私が貴方のお迎えに来ました」


 意味が分かるようで判らないくどい言い回しをする様子であったが、内容は輝夜にも市松にも伝わった。

 神の世界では、吉野がここに居るのをよしとしない様子であった。

 市松はちらりと輝夜を見やるが、輝夜は少し寂しげに笑うだけで、確かに固執はしている様子もない。

 吉野も引き留める相手がいないならしょうがないと、そのまま消えてしまいそうであったが、唯一引き留める声がした。


「電話だ、誰だろう」


 それは――受話器越しに。


『カグヤ、お前の後ろにいる。メリーだ』


 ふわっと瞬きをするタイミングで、振り返ればメリーが立っていた。

 メリーは日傘を閉じて、中華ロリータの中にあるパニエをふりふりと揺らしながら、じっとカグヤを見つめる。


「僕はお前が嫌いだ」

「メリーくん?」

「お前は庇護者であり、お前はそれに甘えて自ら動かない。だから僕は嫌いだ、お前なら吉野さんを引き留められるのに。たった一言で、此処にいてもらえるのに。簡単じゃないか、行かないでって言えば良い」

「……迷惑になってしまうよ。引き留めてイイ道理もない、権利もない。私は吉野のただの友達だ」

「それを本気で言ってるなら、僕は本気でお前を呪い殺す。お前のそれは、吉野さんなんか要らないと言ってるのと同然だ」

「だって! 私はただの友達だ! 楽しかったし、気易い友達だ。でもそれだけなんだ、友達は。楽しい思いだけ、重なれば良い」


 流石に長い付き合いである市松には、輝夜の本心ではないと気づき、肩を竦めて天使を見つめる。

 天使は先ほどから無関心であったはずなのに、楽しげににやにやと皆を観察している。

 随分悪趣味だと市松は呆れてから、吉野に視線を配る。吉野は気付いたように微苦笑し、その場からそのまま立ち去った。


 メリーは吉野の後ろを追っかけ、追っかける直前に輝夜に振り返りべえっと舌を見せて幼い所作をしてから敵意を表し、吉野についていった。

 市松は輝夜の友人であることを選んだ身だ。輝夜が自分をどう思っていようが構わず、自分さえ輝夜を友達と思っていれば良いと思っている。

 けれど吉野も輝夜も変なところで互いに遠慮する。本当はお互いを、楽しい仲間だと認めてるはずなのに、口に出せない。その手助けを、市松はほんの少しした。


「何か吉野に言いたかったことがあるんじゃないですか?」

「……私の呪いを処理するために沢山吉野が裏で動いているのは知っている、いつまでも、私は甘えちゃいけないんだよ。神様じゃなくなるほどにまで追い詰まることさえ、あいつは気にしないでしてしまいそうだから」

「心配だったんですね、心配故の固執無し。先生、あいつは好きでやってるんですよ」

「……それでもそれに甘えてイイとは思えない。だって私には何もない、何もしてやることは出来ない。人間だから」

「人間にしか出来ないこともあるでしょう、たとえば僕の好きないなり寿司は人間が生み出しました。貴方にしか出来ないことも、きっとある。甘えることを望む人種もいるんです」

「……珍しいね、優しさがある。吉野と険悪じゃなかったのか」

「少しばかり恩がありましてね」


 市松は狐面を下ろすと、市松の顔は吉野の顔となっていた。

 市松の顔は一番会いたい人を映す鏡だ。それが全ての答えになる。

 自分が、いてほしいと、強気に臨めばいいと。

 輝夜は、ふうと息をついて、覚悟を決めた声かけをする、天使へ。


「君は私を試しにきたね? 何をすれば吉野を見逃してくれる」

「天使は昔から占いです。天使はこっくりさん、と呼ばれています。全て質問に答えてください。アンケート回答者である貴方の願いは叶うでしょう、いつでも挑戦をお待ちしております」

「……本当に喋りづらいやつだな」


 天使はにっこりと笑った。

 用意された紙で市松とこっくりさんをすることとなった、絶対に手を離してはいけないというやつである。

 紙に印されるはあかさたなと、鳥居。

 鳥居に最初から最後まで通す礼儀さえ忘れなければいいはずだと、輝夜は挑む。


「それを使ってご質問ください」

 天使は和英翻訳そのままの言葉で微笑み、輝夜と市松はコインを一緒に人差し指にあてる。

 輝夜は集中し、周りにあまり意識してないが市松からは見えている。

 沢山の輝夜から伸びている因縁の黒い宿命たる糸が、その瞬間から沢山うねっている光景すら市松には、意外ではない。

 理由は全て、輝夜の両親の村だ。


「吉野は神々に必要ですか」


 輝夜が問いかけると、「は」「い」と動いた。

 市松は目を細め成り行きを見届ける。

「吉野を取り戻すと言ったらどうしますか」


 輝夜からの問いかけに、天使の鼻歌が聞こえ、指先は「こ」「ろ」「す」と動いた。

 輝夜は、文字に目を細め優雅な仕草で、挑発するように手をぱっとコインから離す。


「お好きにどうぞ。この身は沢山呪われている、呪いが増えても今更だ」

「命狙う人は沢山いますもんね」

「だから殺したければ殺せば良い、理由は作ってやったぞ。ただそこに吉野を巻き込もうとするな。それが私からの頼みだよ、天使様――多分この天使は、最初から私が嫌いだったんだ。いつ襲ってきても構わないよ、ただ……かわりに教えよう」


 そ、と輝夜は手元を口元に寄せ、そっと囁く。


「私にはきっと、死なない宿命もあるのだと信じている。死なせようとしない、人が集まるんだと。だから、そいつらに甘えまくってやるよ。ほら、きっと扉に」


 チェンソーの響く音。そして窓のカーテン越しに感じる息づかい。両者は姿を見せず威嚇する。

 二代親子揃った狂気がクライマックスである、輝夜のストーカーを感じる。

「私は知っているんだ自分の扱いを。簡単には願わないよ。だけど、願わせて貰おう、私を殺したいなら抗う人達を敵に回すと知ってくれ」


 輝夜の答に、天使はきゃらきゃらとコメディ映画でも見た反応をし、輝夜にうっとり微笑む。


「とてもいい答ですね! それは素晴らしい! ですが貴方は様々な者がこれから襲ってきて不幸です、確認をお願いします。それでも構いませんか?」

「はい、そうです。構いません」



 輝夜は紙をびりびりと破り、侮辱行為をたくさんする。あまつさえ、天使の言葉遣い、まで意図的に嫌味で真似してやった。

 輝夜の背中や腕や、足先に真っ黒い糸が頑丈に巻き付き消えていくし、一気に不吉な怨霊をも背負うが輝夜は気にしない。

 肩凝りが増えたなくらいとしか思っていない、後日どんな酷い目が待っているかも判らない。

 祟られて死ぬかも知れない。

 それでも、周りが祟らせないと信じ切っている顔だ。

「アンケートはこれで終了です、ご協力有難う御座いました」

 天使はますます殺す理由が出来たとわくわくし、窓から手を振って帰って行った。


「挑戦状受け止めたので安心して敵意を向けますよってことですかね、あれは。結果的に吉野の仕事を増やしましたがいいんですか」

「こっちのほうが喜んでくれる気がするよ、伊達に一年も笑い合った仲じゃない。流石に私にも判るよ。お前も、嬉しそうだ」

「先生が初めて固執して望んで、我々を本当の意味で頼ってくれた気がします。先ほど楽しみを共有するのが友だと言ってましたが、僕はこういうのもありだと思いますよ」

「それもそうだな……さて、迎えに行こう。私達の赤鬼を」

「あいつの好きな酒やカツ丼でも奢ればころっと仲直りできますよ」




 メリーはおろおろとした表情を、珍しいことに浮かべていて吉野の気を引くので精一杯だった。


「吉野さん、帰ったら嫌だ。僕はとても嫌だ、判らないけれど嫌なんだ」

「……メリーは俺に父親を重ねているんだなきっと」

「……父親? 僕のお父さんは吉野さんじゃないし、なれない。けど……二人目のお父さんなら、吉野さんでもいいかもしれない」

「それは光栄だ、なあメリー。カグヤをあまり嫌わないでくれ。あの人は、あの人を傷つけた俺を許してくれたんだ」

「僕だって呪い殺そうとしてるぞ、でも怖くないあんなやつ!」


 毎回遊びに来る公園でメリーと吉野はベンチでただ話をしていた。

 吉野は意気込むメリーの頭に手を載せて撫でてやると笑いかけた。


「仲良くして貰いたいな、二人には。俺には人間が大事だから」

「……僕は怪異だ」

「メリー。そうやって見ない振りするのは駄目だ。本当は、人間で。記憶は父親がキーパーソンなのは、賢いお前は気付いているんだろ?」

「……僕は……僕は、あの顔に従わないといけないんだ、だってとても大事な顔だったから」

「……厄介な真似をするなあ、猿は」


 吉野は以前手伝いをして輝夜から貰ったお金で、自販機に近づき暖かいココアを買った。

 それをメリーに差し出す。メリーは驚いて、猿田彦の言いつけを思い出し首を振る。

 無理矢理にでも吉野はメリーに手渡した。

 受け取ったメリーはココアを最初は暖かい温もりにして、いずれ誘惑に勝てなくなったのかプルタブをかりかりと引っかけて、吉野に開けて貰うとこくっと恐る恐る飲んだ。

 暖かい甘みは安心するように身体に馴染み――メリーは目から涙を零し、瞬きすると去っていた。

 吉野は何か思い出す切っ掛けになればいいと願いながら、輝夜と市松の気配がやってくるのに気付く。


「……まだ、あと八十年くらいならほっとこうとも思えないんだ。最初は罪悪感だったかもしれない、カグヤのために犠牲になれって自己犠牲を強いてしまったことへ。でも今は心から思う、人間たちを関係なく好きで守りたいって」



 輝夜にとって吉兆の鬼は気付かれないよう一人呟くと、気まずそうにやってきて手を繋いでぐいぐい事務所のほうへ引っ張る輝夜に思わず破顔した。


「カグヤ、迎えに来たにしては随分と強引だな」

「そうしないと君は帰りそうだから」

「……貴方が望むなら、最期までいるよ」


 手を繋いで吉野はそのまま帰路をともにして、心の中で呟く。

 ――貴方は大事な、最初に愛した人間だから貴方が召されるまでずっと側にいるよ。





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