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第二十四話 輝夜の大事な記憶

 幼い記憶は「輝夜は美人だからショートが似合うね」「本当に食いしん坊だね?」と言ってくれたこと。

 母との思い出は少ないだけに、とても綺麗な宝物のようだと輝夜は胸に大事にしまっている。

 依頼で家出娘の行方を調べて欲しいと頼まれ、輝夜は懐かしい記憶に浸った。

 依頼人はシングルマザーだったけれど会社の独立に成功し、主婦達を応援し続ける会合を作っている。

 その折り、家出娘が行方不明になったと聞いて慌てて探したそうだ。

 警察もなしのつぶて、噂に寄れば「大変宜しくない」ものに取り込まれたと聞いた。

 行方を調べていく内に、一つの大きな屋敷に辿り着いた。

 潜入として輝夜はメイドとして入ることにしたのだが、現代日本でまさかリアルにメイド服を支給されるとは思わなかった。

 事務所で試着すれば、ちょうどやってきた市松に大爆笑される。


「お腹痛いの」

 笑いすぎてお腹を抱え、市松はばしばしと自分の身体を折って叩いた。

 輝夜は気にした様子もなく、メイド服でさっとポーズを決めればより市松は大笑い。

 しばらく輝夜の真顔ポージングは続き、市松は一年分くらいの大笑いを済ませた。

「で、どうなさったんです、それ」

「健気な親子を救いたいのさ、娘さんが行方不明らしくてね」

「ああ……先生は、弱いですね、その手の話に」

「私にも出来たことがあったかもしれないと思うと、やりきれなくてね。まあ、お前が殺したのだけれど」

「……物凄くあっさりしてますけど、先生は母親が本当に大事なんですか」

「私の生き方の指針になった人だよ。探偵の部分じゃない、芯とか在り方の。幼い頃見た母はかっこよく見えてね、真似すると強くなった気がする」


 このしゃべり方もだぞ、と輝夜は大きな胸を張るものだから。

 市松は言葉をなくし、益々自分がとんでもないことをして奪った自覚をする。

 輝夜は許してくれた。感性が壊れているばかりに。

 それをそのまま有難うとだけで済ますのは、市松は嫌だった。


「手伝いましょうか? そのお仕事」

「珍しいね! 口出しだけで終えないなんて。じゃあ君にも潜入してもらおうかな」

「まさか……僕もリアルに執事服とか着るんですか?」

「ところが残念、空いてるのは庭師だ」

「おや残念、イケメン執事枠かと思ったのですが。ただのおじさんですねそれは」

「君は聞いた限りだとお爺さんくらいにはなってそうな年齢だけどね、ぴったりじゃないか」

「老後の植物の手入れは、盆栽くらいがちょうどいいです」


 輝夜は悪戯が成功したような笑みを浮かべた。



 真っ白い西洋館作りの、広い庭園が似合う屋敷だった。

 太陽光を浴びると一気に豪勢さを感じる屋敷で、少女達は真っ赤なカーペットに転がされ屋敷内で魘されていた。

 潜入先では、年頃の娘が何人か囚われ、ひたすらに何か判らない、何で出来てるか判らない見覚えのない食事を取らされていた。

 娘達は嫌がるものもいれば、無我夢中になって貪る物もいた。

 不思議なのは貪る物のほうが、痩せこけていること。

 何で出来ているのか判らないものを食べるほど不安なことはない、日頃の生産地や成分表記の有り難さを思い知る。この世に自然界であり得ない形状のものまであった。

 きっとよくないことになっているのだろう、と市松は屋敷の全貌が判っていけば、輝夜と依頼人の娘を助ける算段をする。


「救えるのはお一人、そう覚悟してください」

「……でも、あの子たちのもとにはみんな、両親が居て心配してるはずだ……」

「……先生、正気? 先生が食事の内容にされてしまうよ」


 いつもだったら判ったといって、あまり過剰に干渉しないはずなのに、今日の輝夜は強情だ。

 より多くを助けたいと願っている、それは母親への温もりを他の子らは知っていると自覚しているからか。


「昔、母さんに撫でられるのが特別好きだった。母さんの料理も好きだった、駄目だ。このままは」

「……相当危ないですよ? 貴方が捕まってあの食事ジャンキーの一人になるかもしれない」

「それでも、私は今回だけは見棄てられないんだ。あのシングルマザーは、悲しませたくなかった。だって、すごく目が赤かったんだ」

「……判りました、でしたらどうします?」

「逃げる手引きを一気にしよう、短時間で大勢逃げるんだ。夢中になってるものも食べ物が見えない時間なら、勝手に背負って連れて行けば良い」

「ここに居れば幸せだったのに、と言われるかもしれなくてよ?」

「本当に幸せな人達は、夜中魘されないし、食事に逃げない」


 確かに夜になれば全員夢で魘される。

 市松は納得した末に、協力することとした。

 事前にジェイデンに連絡をつけて、無理矢理協力させる。

 吉野も手伝ってくれるだろう気配はしている、ずっと見つめられている感覚がしているからだ。

 やがて決行当日、最初は屋敷の主人や従者がいない間を見計らって逃がすことが出来た。

 しかし、依頼人の娘はどうにも反抗期で戻りたがらない。


「あのばばあはあたしがいないほうがいいんだよ!」

「そんなことあるものか、本当にそれなら百万以上も払って私に依頼しないよ。シングルマザーにとってお金がどれほどのものか、わからないのか!」

「だっていつも仕事を優先する! あたしの将来の話にも無関心だ!」

「言ってくれるのを待ってるんじゃないかね、君の決断を。ここで話し合うより、本人に聞いてこい! 聞いてから駄目だなと思えば、ちゃんと行き先を告げて出て行きたまえ! 門限には帰るように!」


 輝夜の変な理屈に思わず娘はぽかんとし、苦い顔をする。

「それは……なんかちがくない?」

「何も違わないぞ、なくしてからじゃ遅いんだぞ! 母さんの料理が食べたくて、母さんの手が恋しくて泣きながら夜中起きたことあるのか君は! そうなったら遅いんだ」


 輝夜の勢いに娘は納得し、一緒に出て行こうとする刹那。

 帰宅したのか背後に屋敷の主人達。

 輝夜は慌てて娘を庇い、娘を引っ張り門へ駆けていく。

 やたら広い庭が致命的で門に着くまで、時間がかかりすぎる。庭先の迷路のような植木たちだけが、輝夜の味方だった。花弁が揺れ、植木を器用に避け正確なルートで、門に向かう。

 門の先にはジェイデンや、ジェイデンが連れてきた助っ人の運転する車が待機している。

 あとは車に乗って逃げ切ればいいはずだ、此処はだって一度戻れば……人間は決して踏み入れることのない土地だと、市松は言っていたから。

 娘を先に逃がし、輝夜は時間を稼ごうと通り過ぎざまに拾った土を、思い切り主人に投げつけると主人は人間の皮を脱ぎ、幾重にも裂かれた口を現した。

 口を現して輝夜に噛みつこうとした瞬間。


「動いてはいけません、頭上をご覧なさい」


 市松が後ろからこつこつとブーツの踵を鳴らし他の攫われた人々を連れて、ゆっくりとした動作で歩き。

 頭上に幾千もある日本刀を示す、その刃先はどれも主人を狙っていた。

 主人も抵抗する気をなくし、そのままびくとも動かない。口を開けたまま涎を垂らした。


「お互い今回は見なかったことにしましょう? 今後、僕たちに関わらなければ……そうですね、あとは家出中の子供に関わらなければ何も怯える必要も今後はないかと」

「市松……!」

「だって、鬼が狙ってきますよ、危害を加えようとなさると。仕返しも復讐もなしで。ねえ、お互い、今回は何もなかったことにしましょう?」


 今回の誘拐した人物たちごと、自分たちを見逃せという要求だ。そうすればあとは見逃してやると。

 市松の提案を飲まなければあの日本刀の群れが降ってくることを考慮すれば、主人は条件を呑まざるを得なかった。

 一同は無事帰ることが出来、反抗期の少女からはその後話し合えたと感謝の手紙がきた。


 夜間に事務所内で、感謝の手紙を読みながら、輝夜はぼんやりと母の記憶に浸る。


「……母さん、貴方のハンバーグに勝るものがないんだ……」


 輝夜は転た寝の中で、涙を零した。

 テレビゲームをしていた市松は、それを見なかったこととしたし、顔も狐面で隠した。

 毎度こういう家出娘の依頼がくると、輝夜はこうだ。

 夢の中で、母親へ温もりを求める。


 自分は知らぬ存ぜぬを貫き通し、起きたらそれに触れずからかう。

 それが輝夜へ出来る、最大限の配慮であった。

 感性が壊れている輝夜相手でも、今だけはこの顔は見せてはならないと決めていた市松だった。





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