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第二十一話 フェアリーサークルの延長

 輝夜は西洋の不思議事典を見つめて、不思議そうに首を傾げた。

 依頼人がやってきてまずは妖精について二時間ほど語る、語りながら参考資料にと辞典を貰った。世界一分厚い日本語辞書語録くらいの大きさほどの辞典だ。

 とにかくそれほど分厚い物を読まされながら聞いた話はまた、厄介なものだった。

 それでも聞くのをやめられない、何せ輝夜は謎を解き明かす探偵に憧れているのだから。


「妻がフェアリーサークルに魅入られたんです」

「奥様が? ハネムーンでイギリスにでもいったんですか」

「実はその通りで。近所の森へ行ったきり一向に戻ってこないから不思議に思ったので、迎えに行けばあと一歩のところでした。ここはそういうのを追い返すのがうまいと友人から聞きました」


 正確には追い返しているのは市松だが、輝夜は眠そうな表情で頷き、依頼を引き受ける。

 フェアリーサークルをどうにかしろとは言われてはいない。

 とにかく奥さんを正気に戻してくれと言う話だ。


 輝夜はコンビニでいなり寿司を買っておいて、冷蔵庫の野菜室へいれておく。

 いれた頃合いに背中から声をかけられた、問題の人物に。項に息をふうっと吹きかけられ、手を重ねられたのだ。

 気配など一つも無かった存在に息をのむと、市松は楽しげに背後でころころと笑う。


「先生、手の込んだ依頼は湯河原屋にしてくださいってあれほど言ったじゃないですか。コンビニだとお安いです、不満ですよ僕は」

「君って奴は心臓に悪いね。まあいい、お願いしたいことがあるんだ」

「……そうねえ、またううんと厭なにおいも薫っているし。とりあえず換気しながら話しましょう。一月だけどほら、今日はまだ暖かい」

「そんなに換気が必要かい?」

「とってもね。このままだと……先生が取り込まれてしまいますよ」


 さらりと言い当てた市松に輝夜はきょろきょろと見回した。

 市松は狐面を押し上げて口元を見せて、含み笑う。


「厭ね、盗聴器なぞ仕込んでないですよ。妖精の薫りが漂っていたから」

「そんなに? どういうことだ」

「このままミルクとクッキーおいたら間違いなく呼べるくらいにはマーキングされてる匂いがします、ですから換気を。きっと依頼人の方が連れてきてしまったのでしょうね」

「……市松はフェアリーサークルを知っているか」

「ええ。輪に入ったら二度と心が現世に戻れないあれでしょう。妖精のダンス大会」

「君が言うと情緒もないね。依頼人から頼まれたよ、奥さんを帰して欲しいって」

「ふうん、帰せばそれでいいのですね?」

「方法でもあるのか?」


 市松は考え込んで輝夜の後ろからいなり寿司に手を伸ばし、そのまま輝夜の細い首筋に手を当てて笑った。

 声は細く、優しい猫なで声。


「期間限定で宜しかったら」

「それは詐欺じゃないのか」

「全部連れて帰ろうとすると貴方が危ないですよ、何せ貴方はとっても惹きつける。そろそろ自覚なさって?」

「善処するよ」

「あ、絶対自覚しないやつですね。まあ宜しい。でしたら、妖精と交渉をしましょう、ちょうど妖精の道は出来ている」


 市松は餌用の美しい瞳を狐面越しに細めて、古い小説で見覚えのあったアルカイックスマイルという表情に近しい顔を浮かべた。




 市松の注文したとおりジンジャークッキーを苦戦しながら手作りし、甘い空気で事務所内を満たす。

 それから牛乳を用意して、枕元にそのセットを置いておく。


 市松は隣の部屋で仮眠している。

 輝夜はそのままうとうととベッド脇の椅子にもたれ掛かったまま眠りかけると、やたらとふわふわとした気持ちになる。

 妖精が輝夜を気に入り、葉っぱで出来たドレスを纏いながら輝夜のまわりで踊る。

 何だか一緒に踊りたくなった瞬間、ふと依頼のことが過り一気に理性的になる。

 理性的になった輝夜は、妖精に写真を見せて頼みこむ。


「この写真のオンナノヒトはちょっと具合が悪いから、五十年後にまた遊びに誘ってくれないか」

『わかったー!いいよお、それより遊ぼう!』

『遊ぼう遊ぼう!』

「い、いや私は……その、すまない」


 そっと手元にゴキブリを生きたまま殺す殺虫剤を手に取った輝夜の気配に気付いた妖精が、慌てて抗議として怒りの呪いをかけようとした刹那。

 妖精達は殺気を感じて去って行った。


 殺気は扉越しの市松だろう、曲がりなりにも守ろうとしてくれていたようだ。

 妖精は約束を必ず守るか判らない、気分屋ではあるので。しかし、あの約束とよほどゴキブリ退散の殺虫剤の思い出が残ったのか、依頼人の奥様は帰してくれた。


 依頼人からお礼の品を郵便で受け取ると、市松にその一部であるクッキーを手渡した。

 いつも通り事務所のテレビでレースゲームをしながら市松はクッキーを受け取り、さっさと食べてしまう。

 最近の市松はレースゲームのときだけ、面倒だからと狐面を外している。

 餌用の顔を見せたら寿命は縮むんじゃないのかと輝夜は思ったが、今の市松からは危害を加える空気も感じないのでそのまま信じて放っておいている。

 母親似の顔はレースゲームを写し出すテレビに、夢中だ。


「これでいいのかな、五十年後にまたくるなんて怖そうだけど」

「その時、あの旦那サンがずっと側にいるとも限らないでしょう? 愛なんて永遠も続くわけがない。寿命もね。続いてから考えて貰いましょう。追い返せる人も出来るかもしれません、お知り合いに格安で」

「君は愛だの恋だの嫌うタイプか」

「そうですね、感情的で好きになれません。理解は……したくないですね」

「どうしてだい?」


 市松はその問いかけで、自分が願いを一生叶えることのできなくなった切っ掛けを思い出し、輝夜の美しい顔を睨み機嫌を損ねる。

 輝夜の母親似の餌用顔を歪ませ不機嫌な市松の表情に、昔の懐かしさを感じた輝夜は笑った。


「犬も食わないでしょう、痴話げんかですら食わないなら色恋も。狐も好まない、ってことにしてください」

「君はのっぺらぼうだろう?」

「しつこい人は嫌われますよ、ジョークにマジレスする人も」


 テレビゲームで、市松は動揺が現れ散々ミスをし、堂々たる最下位であった。




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