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Re:play  作者: 静 霧一
4/4

第肆話 勇む者

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Twitter:@kiriitishizuka


 

「つらかったんだな……」

「うん……でも今はもう清々してるよ。もう苦しむこともないしさ」


 俺には彼女に笑顔が精いっぱいの作り笑顔だったことに悲しさを覚えた。

 今だってまだ、心に引きずっているものがあるじゃないか。


 だけど、それを説教することなど俺にはできない。

 死を選ぶことは倫理的に考えれば大罪なのかもしれない。


 彼女もそれを知っているはずだ。

 生き地獄にいる本人にとって、死を選ばざるおえない状況に追い込まれたというのは、詰め将棋に似ている気がする。


 そんな彼女に対して、「死を選ぶなんて情けない」なんて言えるはずもない。

 だが、彼女の死のおかげで、今こうして自分に死が迫っている状況に置かれていて、どうしても彼女を憎みたいが、そんな大人げないこと出来るはずもない。


「とりあえず、あの怪物からどう逃げ切るべきか……」

 狭いカウンター内をあちこち手探りで探していると、カウンター裏につけられた、非常用の懐中電灯が手に触れた。

 使えるかどうかよくわからないが、かさばるものでもなかったので、俺は懐中電灯を取り外しポケットへとしまった。


 ガシャン、ガシャンガシャン!


 あの怪物が暴れまわるように駅構内を這いずりまわっている。


「クソ……!こっちに戻ってきたか!」

 彼女を見ると、また小刻みに震えている。


「いいかカオリ。やつは必ずここに来る。俺が合図したら一気に逃げるぞ」

 俺は彼女を安心させるために声をかけた。


 べちゃ、べちゃべちゃ、べちゃ


 再びこちらへと向かってくる足音が近づいてくる。

 俺はふぅと鼓動を鎮めるために息を吐く。


 べちゃ、べちゃ、べちゃ


 足音がカウンター越し手前で止まった。

 俺は目を閉じ、覚悟を決める。


 ドンドン、ドン、ドン!!


 その音は真上から鳴っていた。

 ちょうどインフォメーションの天井から、何かを何度も叩きつけるような音だ。

 こちらの居場所はもうあいつに知られている。


 俺はなぜかズボンのポケットに入っていた未開栓の冷え切った缶コーヒーを握ると、西側の中央改札口に向かって思い切りそれを投げ込んだ。


 ガコン!カン、カン、カン


 缶コーヒーは何かに勢いよく当たり、そのまま何度かバウンドし、遠くへと転がった。

 天井を叩く音がぴたりと止み、その音に反応したのか、怪物は缶コーヒーを投げ込んだ方向へと移動した。


「いくぞ!」

 俺は彼女の手を引いてカウンターを乗り越えた。


 今は恐怖よりも、どう逃げ延びるかで頭がいっぱいとなり、こんな状況にも関わらず、俺の頭はいつも以上に冴え、素早く回転していた。

 俺はインフォメーションから飛び出すと、そのまま彼女と一緒に西口へと走っていった。


「待って……あっちって鍵かかってたんじゃないの?」

「あぁ……入口はな!」


 西口まで到達すると、俺は体を右の方角へと向けた。


「こっちだ!」

 そのまま彼女の手を引いていく。

 曲がる際にちらりと中央改札口に振り向くと、あの怪物がこちらに体を向けている。


 非常灯が照らす薄暗い暗闇の中でも、そいつの黄ばんだ歯と赤黒く裂けた口が見えた。

 その口は俺たちを見つけるなり、ニヤリと笑い、さらに上へと裂けた。


 俺はあんなものに食われまいと、一つの望みに大きく賭けた。

 とにかく走り、あいつとの距離を取らなければいけない。


 右に曲がった先、JRとは違う改札口がぽつんと現れた。

 その改札口にはシャッターがかけられておらず、俺は思わずガッツポーズをする。


「ここって……」

「あぁ……ここはニューシャトルさ」


 大宮駅には多くの路線が併設されている。

 その中でも、ごくわずかの人しか乗らない路線が存在する。


 それが「ニューシャトル」なのだ。

 ここは作りがバス路線のような作りとなっており、短い区間に駅が何個も並んでいる。

 最短で逃げるとしたらここしかないと、俺はこの場所を賭けに選んだ。


 怪物が恐ろしい速度で走り、曲がり角に姿を見せた。

 俺たちはその姿に慄き、いくぞと彼女の手を引いてニューシャトルの改札を越える。


「え、うそ、ここ!?」

「あぁ……!ここから鉄道博物館駅を目指す!」

 俺は飛びいるように線路へと降りた。


 怪物はべちゃべちゃを気持ち悪い音を立てながら、すでに改札口前まで迫っている。


 俺は明かりのない線路の上を辿っていく。

 入り組んだニューシャトルの線路は新幹線の線路と併設するように作られており、電車は高い位置を走行している。


 俺は立ち止まらず、線路の上を走り続けた。

 後ろを振り向いたら、得体のしれない怯えに飲み込まれて動けなくなるかもしれない。


 彼女の握る手も力強く俺の手を握っている。

 俺はその手を離さないようにと、強く握り返した。


 今日初めて出会った人でありながらも、なぜか俺は彼女を守りたいと思ってしまった。


 理由はよくわからない。

 直感なのかもしれないし、下心もあるかもしれないが、男っていうのはこういう状況で逃げちゃいけないのだと思う。


 小高く上がった線路の上で俺は立ち止まった。

 俺は線路の脇に鉄パイプが落ちているのを見つけ、それを拾った。


 外はまだ暗く、朝日が出る様子もない。

 薄暗く、冷えた空気が支配する夜の中、俺は怪物を見下ろしている。


 暗くとも自然と分かるその怪物の全様は、改めて見るがとてもこの世のものとは思えないものだった。

「シシ神」のような四つん這いの黒い巨体から6本の手か足かわからぬものが生え、途中途中に肌色の人間の腕がキノコのようにうにょうにょと生えている。


 躯体には、ぱちくりと張り付いていた眼球とは別に、目玉をくりぬかれ口をあんぐりと開けている様々な人の顔がお面のように張り付き、大小さまざまに耳障りなうめき声をあげていた。


「カオリ、お前はこの先の駅まで走っていけ」

「え……なんでよ、なんであなたが……」


「これ以上ここにいると危ないぞ」

「私……もう死んでるのよ!もう……怖くなんてないわ!自業自得なのよ!」


「そんなくだらないこと言ってんじゃない!」

 俺の怒気に彼女はびくりとし、硬直した。


「いいか!男には、女を守る義務があるんだ!俺の目の前にはカオリがいる。死んでようが生きてようがその事実は変わらない。こういう時ぐらい男はカッコつけなきゃいけねぇんだよ!」


「……バカ」


 涙交じりに彼女は声を発した。

 そうして、背中越しにジャケットのポケットに何かを無理やり押し込んだ。


「……死なないでね」

「当たり前だ、バカタレ」


 俺は鉄パイプを強く握りしめ、上段の構えを取った。

 しばしの静寂が流れ、怪物と俺は見計らったかのように動き出した。


「いけ!!」

 俺は大声を上げると、上がった線路を一気に駆け下りる。

 怪物も俺の駆け下りる姿を見るなり、坂を上がるようにして這い駆け上がってきた。


 駆け下りるスピードが乗り、俺は一気に間合いを詰めるために勢い任せに跳躍する。

 その跳躍に怪物が動揺し、一瞬動きが硬直し、俺を見上げた。


「しねええええええええ!!」

 落下の勢いに任せ、鉄パイプを一気に怪物の顔面目掛け振り下ろす。

 振り下ろした鉄パイプが怪物の顔の中心にめり込み、ど真ん中が谷のように凹んだ。


「あ……アァ……ああ……ア”ア”」

 怪物が変なうめき声をあげる。


 人間とも獣ともとれるその声は、とても気持ちが悪い。

 すると、突然怪物の黒い手足がうねうねと動き出し、俺の肩や腕、脚に絡みついた。

 黒い手足から伸びる人間の腕が俺の髪の毛や耳を引っ張り、痛みを与える。


「しね……コロス……ジャマだ……オマエ……食べれない」

 次々に怪物の体に張り付いた人間の顔が喋り始めた。


「そうだな……!食えないなら一緒に死のうか!」

 俺はそう叫ぶと怪物の口の中へ鉄パイプを突き刺した。


「オ……オ”オ”!オエ……エエエ……オ”オ”!!!」

 怪物は喉を潰され、声にならない声を上げる。

 口からは赤黒い血のようなものが噴き出し、俺の体を赤く染めた。


 そのまま鉄パイプごと、怪物の体を線路横へと移動させ、身体の半身ほどの塀にくっつけると、そのまま体を左に回転させ、鉄パイプを突き刺した怪物ごと、地上へと真っ逆さまに落ちた。


「最後ぐらいカッコつけられたかな」

 俺は落下していく最中、そんなことを考えられていた。

 隣を見ると、宙でじたばたを足を藻掻く哀れな怪物の姿があった。


「仲良く逝こうや」

 俺は、そういうと深いため息をつき、静かに目を閉じた。


『本日ノ弔いの時間ガ終了いたシマしタ。皆さマ、オツカれさマデしタ。』


 ふいに無機質なアナウンスが俺の耳へと流れ込み、その音に驚いて思わず目を見開いた。

 目の前の景色は先ほどいた場所ではなく、最初に目を覚ました埼京線のホームのベンチであった。


「……え?」

 電光掲示板を見ると、始発の表示がされており、時計は4時30分を指していた。


 今のは夢だったんだろうか。

 そう思った途端、身体の節々が痛み出し、疲れがどっと体を襲った。

 俺はその痛みに耐えながらもその場から立つと、ジャケットのポケットに何か違和感を感じ、思わず手を突っ込んだ。


 そこにはインフォメーションで拾った懐中電灯と、ボロボロの魔除けのお守りが入っていた。


「夢じゃなかったんだな」

 俺は、思わず微笑んだ。


『まもなく始発電車 普通 新木場行きがまいります。危ないですので、黄色い線の内側までお下がりください』


 俺は黄色い線の内側に立ち、閑散とするホームで静かに電車の到着を待った。

 電車が汽笛を上げ、埼京線のホームへと突入する。


 その見慣れた光景に思わず笑いが込み上げてきたが、そこにはカオリの姿はなかった。

 俺は根拠もなく、彼女は大丈夫だろうと確信を持ち、開いた電車のドアに一歩足を踏み入れた。


『ありがとう。助けてくれて』


 ふと、カオリの声が耳元で聞こえた。

 それはとても優しく柔らかい、可愛らしい声であった。


「あぁ、たいしたことないさ」


 俺はそう呟くと、一人、電車の椅子へと腰をかけた。

これにて完結。

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