第壱話 繰り返す
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ザッザー、ザザ、ザー
ピーンポーンパーンポーン
『本日のロスタイムは九十分デス。皆さマ、弔いの時間ヲ開始してくだサイ。』
俺は少し肌寒い地下の駅のホームで目が覚めた。
先ほどから何度も同じようなアナウンスが流れるものだから、あまりにも耳障りであったため、つい眠気が覚めてしまった。
駅の固いベンチで寝ていたものだから、どうも腰と尻が痛みを感じる。
なんで俺はこんなところで寝ているのだろうかと思い返せば、泥酔したまま終電を逃し、力尽きてベンチで寝てしまったのかと、自分の情けない行動に落胆した。
それにしても、すごく寒い。
俺は両手をこすり合わせながら熱を作った。
ちらりと、左手首の腕時計を見ると2時30分を指している。
季節は7月の半ばだというのに、やはり陽の出ていない深夜は冬と変わらず寒いのだろうか。
今日一日は散々な日だったために、「今日はツイていないな」と俺は思わず呟いてしまった。
◆
「会議だっつーのになんで遅延なんかしてんだよ、クソ!」
早朝7時5分の出来事である。
指扇駅のホームには今にも窒息しそうなほど人が混み合う中、俺は電光掲示板を見上げると、そこには「人身事故 運転再開見込み未定」と表示されていた。
俺は今日の大切な朝一の会議に遅れまいと、いつもよりも2本ほど早い電車乗ろうと、いつもの通勤時刻の30分前に家を出ている。
だが、運が悪かったせいか、大宮駅で俺の乗る一本前の通勤快速で人身事故が起こってしまった。
「人身事故による、安全確認のため、ただいま発車を見合わせております。もうしばらくお待ちください。」と無機質なアナウンスが駅のホームに流れるが、そのアナウンスが流れるたびにそこら中で舌打ちをする音が聞こえ、皆携帯画面を見ながら「ふざけんなよ」と呟いていた。
結局のところ、その人身事故は1時間30分後に解消され、すし詰め状態になりながら満身創痍で出勤はしたものの、会議は途中参加となり、内容がまったく頭に入らず、上司に「社会人なのに時間管理も出来ないのか!」と怒鳴り散らされ、「俺のせいじゃないだろ」と心の中で精いっぱい叫びながら、上司の背中越しに中指を立てた。
そんなこともつかの間、今日は午前と午後に大切な取引先との商談が入っており、それに向け資料を準備すると、足早に営業へと向かった。
途中、お昼休憩を挟んだところで、携帯のメッセージアプリをチェックすると『今日飲まないか?報告したいことがある』と高校の友人からメッセージが届いていた。
金曜日ということもあって、俺もちょうど酒をあおりたいと思っていたので、「了解」と即答のメッセージを送った。
案外、仕事は予定通り片付き、19時に会社を出ることができた。
友人とは新宿で待ち合わせをしており、20時から飲みを開始したが、あまりにも日常のストレスが溜まっていたせいか、お酒を湯水のごとく体に注ぎ、気づけば大宮駅の埼京線の地下ホームで降ろされ、ベンチで力尽き眠ってしまったのであった。
◆
ピーンポーンパーンポーン
『本日のロスタイムは九十分デス。皆さマ、弔いの時間ヲ開始してくだサイ。』
それにしても先ほどから流れるこのアナウンスは何なのだろうか。
あたりを見回すが、静寂に包まれた駅のホームには、人の気配を感じられなかった。
駅のホームを照らす蛍光灯が、ちかちかと点滅し始め、線路が続く真っ暗な空間から、冷たい空気が流れ込む。
スピーカーからはポーンポーンと木魚を叩く音と、お経を読み上げる声が聞こえる。
「早くここらか出なくちゃ」
奇妙な雰囲気に、背筋がなぞられるような悪寒が走る。
ビジネスバッグを持ち、腰と尻の痛みに耐えながら立ち上がった。
すると、線路が続く先から「ブー、ブー」と電車の汽笛音が聞こえた。
「こんな時間に……電車?」
電車のライトが徐々に大きくなり、近づいてくるのが分かる。
俺は思わず、無意識的に振り返り、電光掲示板を見上げた。
『譁�ュ怜喧縺代ヱ繧ソ繝シ繝ウ』
文字化けし、意味不明な言語を表示している。
その言語が左へと流れていくと『七月四日 七時五分 椎名 カオリ』と表示された。
「椎名……カオリ?」
電車がホームへと突入すると、先ほど鳴らしていた汽笛とは違い、何かに警告をするかのように大きくブザー音がなった。
そして電車は急ブレーキをかけ、甲高い金属がホームに鳴り響く。
俺は思わずその音に耳を塞ぎ、一瞬目を瞑った。
瞑った目を少しばかり開けると、自分に背を向けホームに突っ立ている人影らしきものが見えた。
よくよくそれを確認すると、そこには制服を着た少女であり、黄色い線をの先のホームの淵に、今にも落ちそうな体制で突っ立っていた。
あのままでは電車に接触してしまうと思った俺は思わず「危ない!!」と大声で叫んだ。
だが、少女にその声が聞こえていないのか、その場から動こうとしない。
電車の加速は止まらず、ついに少女の手前数メートルのところまで到達すると、少女は電車に向かってジャンプし、そのまま電車に衝突した。
肉が金属に当たる鈍い音と、内側から破裂する音が俺には微かに聞こえた。
衝突の瞬間の勢いで、少女の人体がバラバラになってしまったせいか、左腕だけがボトリとホーム上に落ちていた。
肩の部分から千切れたであろうその左腕からは赤い血があふれ出し、少しばかりぴくぴくと痙攣している。
俺はその光景を目の当たりにした瞬間、あまりの衝撃に頭が混乱し、気絶するかのように視界が暗転した。
4つに分けました。