第61話 VS邪神軍⑧/敵将の正体:トゥクルフ神話
俺達は一旦最初の天幕に戻ってきた。
流石にシードラゴンやクラーケンといった大型の魔物と戦た後だ。かなり疲れている。
それに、小音子ちゃん程ではないが、俺や光君もかなりの返り血を浴びて、あちこちが青くなっている。
そのため、軍に駐留している洗浄魔法使いの元に行き、全員返り血を洗い流してもらい、かなりさっぱりした状態だ。
「さて、現状を確認しよう」
俺が2人に言うと、素直に頷いた。
「さっき聞いた話だと、こっちの被害は10万を超えたらしい。40万人中の10万、つまり4分の1がリタイヤだ」
「10万人……正確な数字ってわかっているのですか?」
光君がそう質問されたので、俺は先程現状を聞いた際にわざわざ書いてもらったメモ用紙を取り出した。
「死者は5万3千人。重傷者は7万人だそうだ。実質12万人だな。リタイヤした兵の数は……」
「そうですか……」
光君が俯いている。それも仕方がない。彼は仲のいい女性達に家族を任されたのだ。恐らくその事を思っているのだろう。
そう考えていると、不意に天幕の幕が上がり知っている気配の人達が近づいてきた。
「栄治さん、光さん、小音子さん、こちらにいましたか」
入ってきたのは正さんと凜々花さん、そして佳織ちゃんだ。
正さんは少しだけ険しい表情をしており、凜々花さんは俺を見て手を振ってくれている。佳織は少し辛そうな顔をしているのがわかる。
「お疲れ様です。皆の魔法の援護で本当に助かりました。それにしても凄いですね」
凜々花さんは植物の精霊に愛されていると聞いたので、恐らく串刺し魔法を使ったのだろう。
そして佳織ちゃんは水の属性と聞いた。だから恐らく氷塊を沢山落としたのは佳織ちゃんの魔法だろう。
俺が一番驚いたのは正さんだ。相手を拘束する魔法が得意と聞いたが、まさか大量の魔物を締め上げて殺すだなんて、想像もしてなかった。
「さて、拙い事になりました。しかもかなり最悪の類です」
どうやら正さんは俺が教えてもらった情報よりも、最新の情報を届けに来たらしい。しかも最悪か――
「どういう情報ですか?」
「え? 正さん。情報ってどういう事です? 凜々花さん、聞いてました?」
「いや、あたしは聞いてないけど、佳織ちゃんも?」
どうやら凜々花さんや佳織ちゃんも知らされていない情報らしい。
「皆さん、落ち着いて聞いてください。今我々と兵隊さん達の頑張りで、敵の数は40万体まで減ったようです」
元々の魔物の数が80万。それから頑張って40万って、半分も倒したのか。
「いい知らせじゃないですか? 何が最悪なんです?」
光君がもっともな意見を言った。確かにこちらは12万人の兵がリタイヤしたが、もう魔法部隊の魔力回復も終わり、何時でも魔法を撃てる状態だ。
上手く運用できれば決して負ける事はない筈だけど……
「魔物の数が半分になったぐらいのタイミングで、魔物達を指揮している魔物の姿が確認出来た様です」
更に吉報が入った。つまりその魔物を倒せれば、指揮が乱れ、魔物達は元居た場所に帰る可能性があるという事だ。
「じゃあ早速その親玉を倒しに行きましょう。俺も栄治さんも小音子ちゃんも回復しましたから、負ける事はないでしょうからね」
「……その指揮している魔物が現れた瞬間、その場で小さい魔法陣が幾つも確認できたらしい」
「――魔法陣ですか?」
「その魔法陣は召喚の魔法陣――魔物の総大将は更に魔物をこの場に召喚した様です――その数10万。そして今なお増えているそうだ」
正さんの報告を聞き、俺達は小音子ちゃん以外の全員が驚愕の表情を浮かべた。
つまり魔物の軍団は80万ではなく90万であり、更に今も増えていると……このままいけばトータルで100万を超える可能性があるということか……
「正。指揮をしている魔物ってどんなやつ?」
ただ一人驚いていなかった小音子ちゃんが正さんに質問した。
「報告ではヘイドーラという魔物だそうです。正直その名前を聞いて更に嫌な予感が増している状態です」
「どういう事です?」
「私がいた世界でヘイドーラという魔物の伝承的なものがあります。皆さん、トゥクルフ神話を知ってますか?」
正さんの言葉に光君は酷く驚いた声を上げた。
「トゥクルフ神話って、あの邪神が出てきてSAN値が減るあの!?」
「ええ、それであってます」
SAN値は聞いたことある。確か凜々花さんが言っていた言葉だ。という事はもしかして――
「それって、俺や佳織ちゃんの世界では、フェトゥルフ神話と言われていて、SAN値じゃなくてVER値って言うんだけど」
「そうですね。栄治さんが言った通り、フェトゥルフ神話なら知ってます」
「恐らく、同じような内容でしょう。小音子さんは知ってますか?」
「ごめん。知らない」
小音子ちゃんは少しだけシュンとした表情をした。自分だけ知っていないのがショックだったらしい。
「あたしの世界ではトクルヘェだけどね。ちなみにSAN値だけど」
どうやら凜々花さんは知っていたらしい。
「小音子さんには後で説明しますが、ヘイドーラは私達の世界のトゥクルフ神話に出てくる怪物です。しかもある邪神の部下であり、その邪神を復活させるために暗躍している怪物でした」
「――それってまさか!」
「はい。神話の名前にもなっている【邪神トゥクルフ】――この邪神を復活させようとしている怪物の名前です」
天幕内を重い空気が広がった。佳織ちゃんと凜々花さんは口に手を当て驚いており、光君と正さんは何か考えている状態だ。
まさか、敵の総大将が邪神の手下であり、その邪神をもしかしたら復活させようとしているのかもしれない。
「正さん、光君。邪神の復活条件とかわかりますか?」
「私達の世界の物語通りの場合、多くの生贄を捧げる事により復活すると言われています」
「俺の世界でも確かそうだった筈……佳織ちゃん、知ってる?」
「はい。正さんが言った通り、生贄で復活と書かれてた気がします」
今回の魔物達の目的が邪神の復活だった場合、もしかしたら用意された兵達を大勢殺すことで邪神の復活を促しているのかもしれない。
または、もうすでに復活の目途が立っていて、地上に侵攻するために攻め込んで来たかもしれない。
でも、どのみちやる事は変わらない。むしろ標的が見えてきたんだ。活路はある。
今はようやく出てきた敵の指揮官と思わしき魔物を倒せばいいんだ。
「正さん、凜々花さん、佳織ちゃん、魔力の方は?」
「大丈夫です。既に回復してます」
他の2人も問題ないのか、頷いてくれた。
「光君、小音子ちゃん、闘気や装備の状態は?」
「大丈夫。全然いけるぜ!」
光君は両手の籠手を打ち鳴らし、小音子ちゃんは頷いて棒を翳した。
「とりあえずの目標はそのヘイドーラを倒す事だ。他の兵士達も頑張っているけど、恐らく難しいと思う」
「では凜々花さんと小音子さんが後方から大規模魔法で周りを牽制し、栄治さの光さん、小音子さんと私で敵陣に突入というのはどうでしょう?」
正さんが俺達と一緒に突撃すると言い出した。
「いや、正さんは凜々花さん達と一緒に後方で援護の方が……」
「いえ、今回の相手は皆さんだけでは難しい可能性があります。光さんと小音子さんは魔法が使えず、栄治さんも魔法は使えますが援護は難しいでしょ?」
「それは――確かに……」
「だから私も突入し、皆さんを援護します。私は攻撃魔法よりも援護魔法の方が得意ですからね」
そうして俺達は天幕を出て凜々花さんと佳織ちゃんは魔法部隊の方への戻っていった。
戻る際に佳織ちゃんが何か正さんに言っているが、そっとしておこう。
俺達突入組は魔物の大軍を見据えた。まだまだ全然減ったようには見えず、しかもさっき倒したばかりのクラーケンと大海魔の姿も数体見える。
しかし、シードラゴンの姿はないため、俺は少しだけホッとした。あいつを倒すのはかなり骨が折れたからな。
「うわぁ――クラーケンがまだ3体もいる……あれ結構苦労したんですけどね、倒すの」
光君は逆にうんざりした顔をしている。あの光君がそんな顔をするぐらいなんて、結構大変だったみたいだな。
しかもヘイドーラの姿が確認できたが、そのヘイドーラを囲むように配置されていると、かなり嫌らしい。
「さて、これ以上の敵の増援が来るのは得策ではありませんので、素早く行きましょうか」
そう正さんが呟くと、空中から氷塊が複数個、魔物の中心向けて降り注ぎ、地面から大量の木が急速に生えてきた。




