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第35話 ダンジョンアタック(後編)/戦うという事

今回は少しだけ頭が潰れる描写がありあす。苦手な方がご注意ください。

 いきなり襲い掛かってきた男の攻撃を何とか避け、光君が反撃に出ようとしたが、男は泣いていた。


『――ダ――れカ――ワ――ヲ――こ――シテくレ』


 確かに声が聞こえた。殺してくれと泣きながら訴えている男の声を。

 そのせいで光君の反撃の手は止まり、膠着状態となってしまった。

 凜々花さんや佳織ちゃんは戸惑っているみたいで、どうしたらいいかわからないみたいだ。


 実際に俺も戸惑っている。まさか本当に人の形をした魔物がいるとは――しかも喋れて人の感情を揺さぶる声もしている。

 そう戸惑っていると、再び魔物の男は攻撃してきた。その顔は悲壮な表情をしていた。


『こ――ろ――セ――たの――ム』


 俺はなんとか盾で男の剣を受け流し、男の態勢を崩した。そして男の体を盾で押し、相手をコケさせた。


「二人とも! とりあえずもっと離れて! 光君も早く!」

 再び距離を取り、相手の出方を窺う。もたついているのか、なかなか立ってこない。


「凜々花さん、佳織ちゃん、相手を束縛できる魔法はある?」


 そう尋ねると、凜々花さんと佳織ちゃんは咄嗟に呪文を唱えだした。


「【風の精霊よ、力を貸して。害ある相手を戒める力を示して】――バインド!」

「【バインド】!」


 凜々花さんは精霊魔術師のため、精霊にお願いするような形で魔法を唱え、佳織ちゃんは呪文の名前を言うだけで魔法が発動した。

 風の精霊が相手の手足を拘束し、更に佳織ちゃんは見えない重力のような魔法を使い、相手を押しつぶしている。


「今のうちに確認する。あの男は皆どう感じる? 魔物? 人間?」

 そう尋ねると、全員が人間と答えた。まるで何かに操られているような人間だった。


「凜々花さん、佳織ちゃん。よくゲームとかアニメであるゾンビとかアンデットを倒すような聖属性的な魔法はある?」

「ごめんさない。あたしは無いわ。聖属性の精霊がいないの。でも光の精霊がいるから、何かできないか確認してみるわ」

「私も光の魔法しかないです」

「光君。何か知恵はないか?俺だけの知識じゃ解決策を思いつかない。光君はどう思う?」

「そうですね……例えば影のような魔物が人間の体を乗っ取っているとか? あとは……鎧が本体とか?」


 とりあえず考え付くだけの方法を試してみた。凜々花さんの精霊魔法で光を大量に浴びせてみたり、佳織ちゃんが使える回復魔法を浴びせてみたり、鎧だけ攻撃してみたりと試したが、効果はなかった。

 鎧を外せることができたが、鎧を壊しても剣を壊しても、結局男の様子は変わりなかった。


「……もしかして、この階層にいる魔物って全部人間型の魔物って事?」

 そう凜々花さんが呟いたが、その可能性が高いと思った。


 正直、この魔物を倒せるかと言われたら、難しいと言わざる負えない。俺達と変わらない人間が殺意を持って襲ってくるんだ。


「どうする? 栄治君。そろそろ魔法の効果が切れて動き出しちゃうよ?」

「――っく! やはり殺すしか方法がないのか――」


 このダンジョンを作ったやつは性格が悪すぎると思う。70階層までは普通のファンタジーなのに、71階層目でこんな心理的攻撃をしてくるなんて――

 もし相手が盗賊のような人間であれば、まだ覚悟ができたけど、こんなに苦しそうにしている人を俺は殺せない……


「どうしよう、栄治さん……俺もさすがにこの人を殺すことはできない……こうなったら一度逃げませんか? 流石にこれ以上は――」


 光君までそんなことを言い出した。しかし言ってることは正しい。

 別にここのダンジョンを完全制覇する必要はないんだ。むしろ最高到達点であった62階層を大きく更新したんだ。帰っても問題ない筈だ。

 よし、帰ろう。そう3人に合図して後退しようとしたその時――


「邪魔」


 後ろから声が聞こえた。しかし後ろを振り返っても人影が見えない。


「えっ? 小音子ちゃん!?」


 佳織ちゃんの驚く声が聞こえた。佳織ちゃんが向いている方向を見ると、確かに小音子ちゃんが棒を持って男の方へ歩いていた。

 そして――


 ――這いつくばっている男の頭を、迷うことなく持っている棒で潰した――


 その光景を見て、俺は胃の奥底からこみ上げてくる吐き気を押し止める事ができず、その場で吐いた。

 どうやら俺だけではないらしく、光君も吐いている。凜々花さんと佳織ちゃんは顔色を悪くし、口元に手を抑えている。


 小音子ちゃんは殺した男を見ることもせず、そのまま奥へと歩こうとしていた。


「ちょ――っちょっと待ってくれ!」

 吐いたせいか喉が焼けるように痛いが、何とか声を出して小音子ちゃんを呼び止めた。


「――何?」

 小音子ちゃんがこちらに振り向いた。その目は無機質であり、こっちを見ているのに、俺達を見ていない、そんな感じだ。


「どうしてあの魔物を倒せた!? 完全に人間の姿をしていて、しかも苦しみの声を上げていたんだよ!?」


 そう言うと小音子ちゃんは考える仕草をしだした。その姿は愛らしい小学生が一生懸命何かを考えているように見えるが、傍にある人の死体と小音子ちゃんに付いている返り血が凄くミスマッチしている。


「だって、魔物じゃない。魔物は倒さないと、みんな死んじゃうよ?」

「そうだけど、相手は――」

「人間の姿をしていた魔物。ただそれだけ」


 そう言って小音子ちゃんは奥へと歩いて行った。そうすると小音子ちゃんを囲むように人間な形をした魔物がやってきた。

 しかし、小音子ちゃんは特に動揺することなく、襲ってきた男の頭を棒で叩き潰し、後ろから迫る魔物にも目もくれずにその場で回転し、全ての魔物の頭を潰した。

 俺達はこの場に立ち尽くした。彼女の強さに驚いた事もそうだが、彼女が言っていた事は正しい。だからといって割り切れる筈がない。

 どうして彼女はあんな事を平然とできるのか……俺はそんな事ばかり考えていた。


「――ねぇ? 皆ちょっと来て!」

 何かに気が付いたのか、凜々花さんが男の魔物の死体の傍に移動した。つられて俺と光君もそちらに行ったが、佳織ちゃんははその場に座り込み、立てないみたいだ。


「この魔物、中身が血のような液体だけで、その他の筋肉や骨、内臓とかが一切無いわ」


 そう言われたので、俺は覚悟を入れて男のお腹を切り裂いた。

 その切り口から赤い血のような液体が出てきたが、確かにそれ以外は空洞であり、まるで人型の水風船を赤い液体で大きくしたような魔物だと思った。


「今ね、精霊が教えてくれたの。こいつの名前はバルーンマン。頭に脳があるけど、それ以外は皮膚と魔力水で構成された魔物だって。

 しかもこのバルーンマン、精霊が魔物に変化した派生形の魔物みたい……」


 なんて悪趣味な魔物だろうか。しかも魔力水でできているって……魔力水は貴重な水であり、魔力ポーションの原材料にもなっていると聞いた。

 それが人ひとり分の体積分あるなんて、更に悪趣味であると思った。

 魔力ポーションは高い。原材料の魔力水が貴重品なため、何時も品薄だ。その貴重な魔力水が目の前の魔物の体中にたっぷりとある。

 その魔力水を手に入れるためにはバルーンマンを倒さないといけない。でも人の形をし、苦しみの演技をしているとなると、乱獲なんてできない。先にこちらの精神がおかしくなる。


「小音子ちゃんはもしかしてわかってたのかな? このバルーンマンが魔力水以外は空っぽの存在だって……」

 凜々花さんがそう言うが、もしかしたらその通りかもしれない。そうじゃないとあんなに簡単にバルーンマンを倒すなんて流石に難しい筈だ。

 じゃあ一体何故その事を知っていたのか――その事を考えると、あり得ない想像ができた。


 小音子ちゃんは何時も会うときは眠そうな、それでいて何時もお腹を空かせていた。じゃあ何故お腹を空かせている?

 何時も眠そうな表情をしているのは何故だ?もしかしたらこのダンジョンに頻繁に来ており、そのせいであんな態度を――

 そう思うと背筋がゾッとした。


 俺が城で騎士たちと模擬戦をしていたころに、彼女は一人でこのダンジョンに来て、命の奪い合いをしていたのだろうか……

 光君や凜々花さん、佳織ちゃんもそう思ったのか、全員驚愕の表情を浮かべている。

 とりあえず、今度小音子ちゃんに会ったら詳しい話を聞かせてもらうことを決意し、精神的に参っていたので、今回のダンジョンアタックを諦めることにした。

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