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4-2話 教会

 数字が30を過ぎたころ、お母さんでもお姉ちゃんでもない低い声が耳に入った。


「テレサ様にセリスお嬢様、お出かけですかな?」

「ええ、少し教会に用事がありまして」

「散歩にも良い日和ですしなあ。おや、その赤ん坊は……」

「ノアです、そろそろ1ヶ月になります」

「なるほど、なるほど。ふむ……少し体が小さいように見えますが、世話に手を抜いてはおりませぬかな?」

 あからさまにトゲのある言い方だ。

「ご心配には及びません。可愛さのあまり世話をしすぎてしまうくらいですから」

 お母さんは穏やかな言葉で返す。


「可愛いだけで育児がうまくいけば良いですがなあ、あのお可哀想な双子を思いますと」

「お気遣いありがとうございます、アーベルさんも一度子育てをしてみたらいかがでしょうか」

「生憎私は子供嫌いでして、『おぎゃあ、おぎゃあ』とうるさいのがどうにも」

 アーベルと呼ばれた男は、攻撃的な口調を隠そうともしない。


「ノアはうるさくないよ」

 ずっと黙っていたお姉ちゃんが口を開いた。

「これは失敬。どうやら私は邪魔者のようですし、お暇いたしますかな」

 ノア殿があの不幸な双子の後追いになりませぬようお祈りしております、と最後まで嫌味満載でアーベルは去っていった。


「私、アーベル嫌い」

 セリスがぼそっと呟く。

「ダメよ、セリス。アーベルさんはこの街をモンスターから守ってくれる大事な人なんだから。……でも、ありがとね、セリス」

 アーベルが好かれていないことは会話の端々から読み取れる。この世界での人間関係も一筋縄ではいかないのだろう。

 それと、モンスターが街を襲う可能性があるというのは重要な情報だ。魔法を覚えた後に街を襲いにくるモンスターを狩るという選択肢も出てくるし、何よりこの街からモンスターの生息地が遠くないことの証でもある。

 この世界の知識が皆無な僕にとっては、些細なことでも貴重な情報だ。

 聞き耳を立てる赤ちゃん、なんて存在はこの世に僕だけであって欲しいけれど。


 それからしばらくの間揺られていると、セリスが嬉しそうな声を出した。

「教会! ついた!」

「ええ、ドアを開けてくれるかしら」

「うん!」

 ギィ、というドアが開く音がした。

 ドアが開くと同時に何人かの話し声が耳に入った。詳細は聞き取れないが、人が多いのはありがたい。何か有用な情報が得られるかもしれない。

「お! テレサ様にセリス嬢、それにノア殿のお越しだ!」

 雑多な話し声の中、一人が大きな声をあげた。

 どうやら僕ら一家は街では有名らしい。お母さんがテレサ様、と呼ばれていることも考えるともしかしたらこの街一帯を統治している家系かもしれない。


「ノア殿はお元気ですか?」

「ええ、すくすく育ってます」


「テレサ様もちゃんとお休みを取られておりますか?」

「ええ、ノアはお利口さんで夜泣きも少ないので」


「どんな子に育つか楽しみですね」

「ふふ、きっととても優しい子になってくれます」


「こんなに騒がしくても泣かないなんて、本当にお利口さんねえ」

「はい、とっても良い子なんです」


 お母さんは包囲されて質問責めに合っているようだ。

 心底嬉しそうなお母さんの声が心地いい。


「セリス!」

 歓迎ムードにしばし浸っていると、種々多様な声に混じって子どもの声がした。

「フィア! 来てたんだ!」

 お姉ちゃんも嬉しそうな声を返す。お母さんへの質問や労いは止む気配がないので、フィアと呼ばれた子とお姉ちゃんの会話に耳を傾けることにする。

「セリスお姉ちゃんも幸せね」

 言葉遣いが少しお姉ちゃんより大人びている。年はフィアの方が上だろうか。

「うん!」

 元気な即答。僕まで元気になる。


「大きくなるのが楽しみね、もしイケメンだったらフィアが結婚してあげる」

 上の下程度でご満足なら。

「ダメだよ、フィア」

「うそよ、セリス」

 イケメンじゃなくても結婚してあげる、とフィアが言う。芝居掛かった台詞に少し鼓動が早くなる。精神で言うと25歳以上も下なのに。ロリコンの赤ちゃんなんて最悪すぎる。いや、この場合年上なのか? よく分からなくなってきた。

「ダーメ! ノアはあげない!」

 お姉ちゃんはいつも通りだ。


「でもいいなあ、フィアも赤ちゃん抱っこしてみたい」

「……」

「セリス?」

「……私も抱っこしたことない」

 気まずい間が流れる。

「……ノア、抱っこしたい!」

「い、いいと思うわ」

 思わぬ地雷にフィアの声は震えている。


「ママ! 抱っこ!!」


 教会に、お姉ちゃんの声が響いた。

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