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1-1話 転生

 異世界転生、そんな夢物語を信じることだけが現世の僕の生きがいだった。誰かのために現世を生きて、自分のために異世界で生きる。それだけが僕の拠り所だった。


 総献血回数228回、週末ボランティア継続年数21年、臓器ドナーに骨髄バンク登録、児童養護施設への寄付。一個人にできる慈善活動を出来うる限りやってきた。


 そう、全ては理想の異世界ライフのためにーー。


「おぎゃあ、おぎゃあ!」

「ノアは甘えん坊ね、まだお母さんに抱っこされてたいの?」

「ちがう! お姉ちゃんに抱っこされたいって泣いてるの!」

 ーーそれがどうしてこうなった。


 事は転生前に遡る。


 無機質なサナトリウムのベッドに腰掛ける僕の前には羊頭の看護師がいた。状況がイマイチ飲み込めない僕を気にかける事なく、羊のナースは事務的な口調で話し始めた。


「転生の間にお越しいただきありがとうございます。えーっと、東堂和泉さん36歳、現世への貢献度はA5ランク、最高級ですね」


 献血、寄付、死因、臓器提供など僕の生前の功績を羊頭は列挙する。

 どうやら僕は信号無視をした車から子どもを庇って轢かれ頭を打ち無事脳死判定となったらしい。僕の命で誰かを救えるなら本望だ。悔いはない。


「おめでとうございます、あなたは異世界への転生が可能です」

 書類を眺めていた顔を上げニッコリと笑い、羊は言った。

 ついに僕の念願が叶うのだ。


「それではこの記入フォームに必要事項を記入してください。訂正はできませんので、ご注意ください」

 そう言う羊の手には小型のタブレットがあった。どうやら最近の異世界転生はIT化が進んでいるらしい。

「異世界転生の噂が広まったからか、現世で徳を積む方も多いんですよ。おかげで私たちも少し人手不足なんです」

 僕の表情を読み取ったのか、少しはにかみながら羊ナースは言う。


「徳を積まないとここには来られないんですか?」

「いえ、多くの人に転生のチャンスはあります」

 ただし、とナースは付け加える。

「転生後の外見や能力は現世での徳によって決まります。現世の言葉で言うならば『情けは人の為ならず』です」

「そうか……」

 僕のしてきた事は、僕にとっても無駄ではなかったのだ。


「ですので、東堂様。現世での行いに胸を張って、異世界ライフをお楽しみくださいませ」

 胸が熱くなり、涙がこみ上げてくる。

 必死に堪え、渡されたタブレットに目をやる。

 画面には名前欄、性別欄、年齢欄といったエントリーシートのような記入欄が映っている。


「それでは説明いたします。名前欄や性別欄には転生後になりたい名前と性別をご記入ください、年齢欄に記入した年齢はそのまま転生時の年齢となります。転生後の世界によりますが、時間経過によって成長・老化していきますし、寿命もありますのでそれもご考慮ください」


 記入したものがそのまま転生先のステータスになる。そう考えると、思いつきやものの試しに記入するのは躊躇われる。タブレットを前に首を捻っていると、羊ナースが画面を指差してきた。


「名前欄が無記入の場合、転生先の親によって名付けられます。年齢は物心がつく歳を決められると言った方が的確かもしれません。その年齢になった時点で現世での記憶が戻ります」

 なるほど、その二点はかなり重要だ。どんな世界に飛ぶかわからない以上適当な名前をつけてしまうのは避けたい。それに、僕は親のつけた名前で生活したい。


「じゃあ名前は無記入でお願いします。性別は男で」

 僕の代わりに羊ナースが入力していく。僕としてもそちらの方がやりやすい。

「かしこまりました。年齢はどういたしますか? 多くの方は3歳から6歳の間になさることが多いですが……」

「0歳……生まれて2週間くらいでお願いします」

「本当ですか……? 思考はあるのに自力で動けないのは結構辛いと思われますが……」

「親を、見てみたいんです。この目で、必ず」

 父親は僕が生まれて1ヶ月で亡くなったらしく、母親もその半年後に亡くなってしまったらしい。

「かしこまりました。東堂様に必ずお父様お母様のお顔をご覧入れます」

 少しズレた意気込みもなんだか心地よかった。


「種族や外見はいかがいたしましょう」

「種族は人間で、外見は上の下くらいでお願いします」

「かしこまりました」

 今までと違い、少し含み笑いをして羊は答える。

「何かまずかったですか……?」

「いえ、東堂様にも少し欲があって安心いたしました」

「それは……」

 なんだかバツが悪い。

「むしろもう少し欲を出してもいいくらいです」

 こんなに選択肢の多い方は私も初めてですし。と、ナースは付け加える。

「いいんです、少しだけ欲しいものが手に入るくらいで」

「本当に素晴らしいお方です」


 それから15分ほどナース羊と雑談しながら転生する異世界の希望などの記入をしていき、後はパッシブスキルという欄を残すだけになった。

 今までも羊にしては表情豊かであったナース羊が、満面の笑みになる。

「さあお待ちかね、パッシブスキル抽選のお時間です!」

「パッシブスキル……?」


「要するに自動発動するスキルですね、スキルによって常時発動するものや特定条件で発動するものがあります。例えば『超回復』というスキルであれば即死でなければどんな傷でも一瞬で癒える、という効果を転生先で得られます」

 気圧される僕を尻目にナース羊は饒舌に話し続ける。

「この抽選は現世での徳の影響を受けます、つまり最高級の東堂様であれば超絶レアスキルが出ること間違いなしです」

 羊のテンションが高い理由はこれか。


「では、東堂様。抽選ボタンをタップしてください!」

 目をキラキラさせる羊。かく言う僕もどんなレアスキルが出るかには興味津々である。

 画面の下部に表示された「抽選開始」と書かれたボタンをタップすると、なぜかガラガラ抽選機が表示された。

 抽選機から出てきた玉は、ダイヤモンドのような輝きを放っていた。そして目の前の羊の目もダイヤモンドに勝るとも劣らない輝きを放っている。

「お、おめでとうございます! 最高レア度のダイヤモンドです!」

「あ、ありがとうございます」

 なぜだか置いてけぼりな気がする。


「気になるスキルの効果は……『不老不死』です!!」

 不老不死……つまり老いないし死なないということだろう。名も知らない誰かのために死んだ現世とは悉く対照的で、何だか面白い。

「私こんなレアスキル初めて見ました! 今説明文を読みますね」

 鼻息を荒くし、ナースは説明文を読み始める。

「スキル『不老不死』は、読んで字の如くである。一つの例外を除いてどんな外傷、病気でも死に至ることなく瞬時に快復し、老いることもない」

 一つの例外、という言葉が引っかかる。


「一つの例外とは、心から愛しあった者と共に老いることを望み、死ぬことを望んだ時である。この場合スキル『不老不死』は限定的に解除される」

 なるほど。創作でも不老不死者が愛する者に先立たれ苦悩する姿が描かれることがある。そんなところまで配慮されたスキルなのか。

 転生システムに感心していると、ナース羊がさらに続きを読み上げ始めた。


「上述の例外を除き、基本的に老いることや死ぬことはない。転生時の姿のまま老いや傷病、死を気にすることなく生活できる」


 ん……? 転生時の姿のまま……? 一つの懸念が僕の頭をよぎる。

 説明を読み終え、羊はご満悦そうな顔で僕を見つめている。

「すみません、最後のところだけもう一度読んでください。気になるところがあって」

 懸念が懸念で終わることを祈りながら聞く。


「かしこまりました! えっと、上述の例外を除き、基本的に老いることや死ぬことはない。転生時の姿のまま老い……」

 どうやら羊ナースも気づいたらしい。

「これ、僕はずっと生後2週間の姿ってことになりませんか……?」

「……そう、なりますね、説明通りですと……」

 ……どうやら僕の異世界ライフは理想通りにはならなさそうだ。


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