死神
その場にいた数十人の男たちは全員何が起きたのか理解することが出来なかった。隊長が座りこんでいる少女に近づいただけで腕が消失し、次にその首が永遠に体とお別れした。
少女は何時の間に立ち上がったのだろうか?何故右手に刀なんかを持っているのだろうか?何処からその刀は現れたのだろうか?
何故――⁉
「うわぁぁぁぁ」
「ひぃぃぃぃ」
目の前でまた一人の男がこの世界とお別れした。
先に認識したのは、男の体が下だけを残し斜めにスライドした姿。鉄製の鎧がまるで紙切れのようだ。その後、少女がその男の目の前に立っているという事実が遅れて認識させられる。果たしてあのドレスはあんなに真っ赤に染まっていただろうか。男たちは目の前の事象を素直に受け入れることが出来ない。しかし、このままでは次は自分が隊長やあの男の用に……。
理解不能なことに対する恐怖。その血潮のドレスを纏う少女の姿は現実味がなく、その違和感が更に恐怖を増幅させる。
彼女の視線が一人の男へ向けられる。彼女の次の動きの軌道を予測することは叶わないが、どんな結末を迎えるのかは火を見るよりも明らかである。
「あなた、トーマを切り刻みたいって言っていたわね。フフフ、奇遇ね。私もあなたを細切れにしたいと思っていたの」
男の耳元で発せられる透明度のある鈴を転がすような囁き。果たしてその声は彼の意識に届いたのであろうか。次の瞬間幾千も肉片に成り果てた物が地面に転がっていた。人間の死とは到底思えないし許容できない。
「ふん、だらしない。それでもお前らは帝国の兵士か!!」
一人だけ他の者よりも軽装に身を包んだ男が、マリへ向かって堂々と歩きだした。この場にいる帝国兵士の中で唯一の魔術使いだ。
そんな男を一刀両断せんとマリは刀を振り下ろした。
「ふん、早すぎて見えなくても斬られなければどおってことはない」
その刀身は男の眼前30cm手前で停止した。エアーシールド、魔法で作られたバリアがその男を守っていた。続いて男の周囲に30㎝台の岩が数個出現した。ロックボール、岩を相手にぶつけるだけの単純な攻撃ではあるが、この大きさの岩が高速でぶつかれば常人では致命傷であろう。
「「おぉ!」」
男たちはこの光景を見て少し落ち着いた。別に叶わない相手ではない。所詮ただの人間だ。魔術使いがいればこの少女を倒すことなどたやすいと。
「死ね‼」
勝利を確信し、ニヤリと笑うと魔術使いは岩を打ち出した。魔術使いのすぐ近くにいたために、様々な方向から放たれた岩全てをよけることは叶わず、少女の脇腹に命中した。衝撃で少女の体は少し浮き上がり――5メートルほど後退した。その口からはツーと一筋の血が流れ出ていた。
魔術使いの顔が笑みから驚愕へと変化する。、何故だ、あの勢いならば普通は10メートル以上吹っ飛んでも可笑しくない。いや、まだ距離の話はいい。角度によってはそんなに飛ばないこともあり得る話だ。しかしあの衝撃で倒れないなどありえないし、内臓が押しつぶされているはずなのにあんな平然とした感情のない表情などあり得ない。何故――。
初めて見る魔法、これがなんてことない平和な日々の中で見ることが出来た物ならば感動することも出来たであろう。だがしかし、今のマリにとって魔法というものは邪魔なものでしかなかった。
高速で飛来した岩、多少痛かったが動く分には支障がない。いや、こんなもの痛いうちに入らない。トーマたちが受けた苦しみに比べたらこんなもの蚊に刺されたようなものだ。先程は、鎧ごと斬ろうとして魔法の壁に阻まれた。それならば、次は魔法の壁があることを理解したうえで、魔法の壁ごと相手を斬るつもりで斬ればよい。そうしてマリは再度魔術使いの男へと足を踏み出した。
傍から見ていた男たちの衝撃は大きかった。岩が当たっても少女は思ったよりも怪我を負っていなかったようではあるが、血が出ていることから無傷というわけでもない。つまり、少女の攻撃が効かない魔術使いであれば多少時間はかかれど何とかしてくれると信じていた。
しかし、現実は残酷だ。魔術使いの左右に分かれた体が、男たちを儚い夢から現実に引き戻す。先ほどの暗闇から見えた希望の光、それが一瞬のうちに再度絶望へと堕とされた。
これを契機に、堰をきったように男達の絶叫が木霊する。正に阿鼻叫喚の地獄絵図だ。蜘蛛の子を散らすように男たちは逃げ出した。1秒でもその場から早く離れようと仲間だろうがなんだろうが関係ない。自分が少しでも前に出ようと人を押しのけ、柵の外に繋いである馬の下へと走り出す。
ある男は脇目もふらず一目散に逃げた。
目の前を走っている奴を引っ張り引き倒す。これであの化け物の餌になり時間稼ぎになるだろうという下種な思考だ。連れてきている馬の数にも限度がある。ここにいる全員が乗れるわけではない、早い者勝ちだ。
この村はそんなに広いわけではない。自分以外の全員が犠牲になる時間があれば馬の下にたどり着くことはたやすいはずだ。男はそう信じ足を懸命に動かす。呼吸が乱れ、恐怖で足がもつれそうになる。自分は絶対に助かる、そう信じなければその場でへたり込んでいたことだろう。
そんな男の願いが又は死にたくないという執念が通じたのか、ようやく馬をつなぎとめていた場所まで戻ることが出来た。
「たす、助かったんだ。へへ、俺は生き残った。生き残ったんだ‼」
男は馬に積んであった水を手に取り一息つく。恐怖から解放されたせいか、徐々に呼吸が落ち着き、高速で刻まれていた鼓動も本来の速さへと戻っていく。
そうして徐々に平静を取り戻した男は違和感を覚えた。おかしい…‥こんなことはあり得ない……先ほどまであった仲間たちの悲鳴がいつの間にか止んでいる。
「なんでだよ……」
天国から地獄とはまさにこのことか。
背後からまるで氷の刃で貫かれたかのような錯覚を覚える。
冷汗が止まらない、調子を取り戻していた鼓動が再度高鳴りはじめ、呼吸の仕方が分からなくなる。
「なんでなんだよ‼」
男がゆっくりと振り返ると、まるで血のシャワーを浴びたかのように全身を赤で染められた少女がゆっくりと一歩、また一歩と近づいてきていた。
その手に握られていた刀は先ほどよりも更に色濃くなっているように感じる。一体この刀は何人の命を飲み込んだのだろうか。まるであれは死の番人が持つ鎌のようだ。あぁ、死神とはこんなに恐ろしい者なのか。
こうして男の人生は最期を迎えるのであった。
どうせお迎えが来るなら美少女の死神が良いですよね。
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