初狩り
あの忌まわしき事件から2日後、ダメージの抜けたマリはようやく森へと出発した。もちろん、着ぐるみパジャマではなく純白のドレスで……だ。
「前はゆっくり見渡す時間は無かったから気が付かなかったけれど、よく見るとこの森って見たこともない植物が色々あるのね」
タコの足みたいにウネウネ動いている植物、クラゲのように透明に澄んだ植物、一定の周期で色が変化する七色の植物など、マリの記憶にない植物が数多く存在している。それが改めて異世界に来たということを実感させた。
しばらく歩いていると、50㎝大の獣の足跡がを発見した。近くの植物が齧られた形跡があり、そこから推定される体長はマリとそこまで変わらないであろう。
マリは表情を引き締め、周囲を慎重に探る。緊張はしているものの、不安はそんなに感じていなかった。仮にも自分のことを気に入り別の世界まで飛ばした神が、初手で死ぬような場所に転送する訳がないと感じていたためだ。
マリが足跡を追って慎重に足を進めていると、赤い果実をかじっている1匹の獣が目の前に現れた。その獣はまだマリの存在には気がついていない。
呼吸を整え、足に力を籠める。
矢のように飛び出したマリの拳が獣の顔面に吸い込まれ――その光沢のある鋭い牙を根元からへし折った。
獣は何が起こったか分からず、その意識を手放した。
マリは自身の力に改めて驚愕しつつ、上手くいったことにホッと胸をなでおろした。ゆっくりと倒れた獣へ近づきその姿を観察した。それは額に角が生えている以外は地球に存在しているイノシシそのものであった。
「ごめんね」
まだ息のあることを確認したマリは、腰に下げていた純白の短剣をイノシシもどきの胸に突き刺した。マリの手を伝う真っ赤で生暖かい液体。それは一瞬痙攣し、その生命活動を永遠に停止させた。
「ふぅ……、何とかなったわね。この勢いで村全員分のお肉を確保したいところね」
その後もマリの狩りは続いた。
「あのウサギっぽいやつちょっと大きすぎないかしら?」
次にマリが出会ったものはつぶらな瞳、ふさふさの毛、長く大きな耳を持つ獣だ。草をモシャモシャと食べているその姿は見るものの戦意を喪失させ、癒しを与えるだろう。体長が2メートルを超えていなければの話ではあるが。
先ほどと同様にマリの存在に気がついていなかったようであるため、先手必勝と獣の図体に拳をたたき込んだ。だが、先ほどとは違い獣はびくともしておらず、ゆっくりと襲撃者の方へ首を動かした。その軟らかい体毛によってマリの拳は無効化されていた。
マリは一撃目で自身の体だけでは到底この獣を倒すことは出来ないと悟り、落ち着いて次の手を繰り出すことにした。スカートに手を入れ、頭の中に浮かんでくるそれを引っ張り出す。出てきたのは桜色の柄に深紅に染まった刃が特徴の一振りの剣であった。
マリは今まで剣術なんて嗜んだことはなかったが、剣を握った瞬間どのように動かせばいいのか理解できた。獣の鋭い爪がマリの頭を目がけて飛んできた。
「はぁぁぁぁっ!」
マリと獣が一瞬交差する。
獣は両腕を見た。その腕は確かに大量の血で汚れており、出血量から考えても相手の死は確実といえるだろう。それが、襲撃相手の血であるならば……であるが。
その血は獣の腕に付いていたのではなく、未だに噴水のように流れ出ている獣自身の血であった。徐々にその血の勢いは弱まり、獣はその巨体を大地に横たえた。
マリは交差の瞬間、獣の拳を最小限の動きで躱し、相手の関節に刃を沿わして撫いだ。ただそれだけで豆腐のように簡単に獣の腕を切り落とすことが出来たことに驚愕した。
「これ、もしかしなくてもこの世界の人たちにとっては異常なのではないかしら?」
完全に獣が死んでいることを確認した後、マリはふわりとスカートをかぶせて収納する。
「まぁ、考えた所でどうしようもないわね。他の服が着れない時点で十分に浮いているのだし……」
自分が人外に足を踏み入れているのではないかと疑問に感じつつも、それで人々が喜ぶならとマリは思考を打ち切り、あらたな肉を求めて森の探索を再開した。
マリは頭の片隅に浮かんだが無意識のうちに考えないようにしたことが一つだけあった。
仮に自分が理性を無くしてしまった場合どうなってしまうのだろうかと。
マリが村に戻ると、門番をしていたタークが拳が入りそうなほど口を開けて呆然とその光景を眺めていた。
「タークさん門番お疲れ様です」
「お、おぉ、マリ様おかえりなさい……というか後ろのそれは?」
タークは改めてそれを見る。台車の上に形成されている様々な獣が積み重なった山を。
マリは森からでる直前に、台車の上に本日買った獣を放出していった。正直獣を狩るよりも台車を引いても獣が落ちないように積み重ねていく作業が彼女にとって一番大変だった。保管庫の機能に関しては秘密にしているため避けることが出来ない苦労であった。
そんな苦労をおくびにも出さずに、マリは満面の笑みで答えた。
「これは私が今日狩ってきた獣ですよ。お礼ですので皆さんで分けてください」
タークは『どうやって狩ってきたのか』ということを聞きたかっただが、その笑顔が追及を許さなかった。
村の中に入ると、遠目からでもわかる獣の山に村の人々が集まってきた。小さい子供たちなんかはこれから何が起こるのだろうとそわそわしており、ちょっとしたお祭り気分になっている。
「マリちゃん怪我はしていないかい?」
マリの姿を見つけると、ミハルはすぐに駆け付けて全身をくまなく観察した。数分じっくり観察し、どうやら傷1つ無く帰ってきたことが分かると安堵の息を吐いた。
観察されている間身動きが取れず途方に暮れていたマリはようやく解放されたことに苦笑を浮かべながら集まってきた村人たちにお願いした。
「皆さんが温かく私を受け入れて下さったお礼として、沢山獣を狩ってきました。でも、私は狩ることは出来ても解体とかは出来ませんので皆さんに後はお願いしても宜しいでしょうか?」
流石に解体できる能力までは神様は授けてくれなかったため、こればっかりは彼女にもどうしようもなかった。
マリの言葉に村人たちは歓喜し、解体できる男衆たちは自宅まで解体道具を取りに帰った。
「「「おぉぉぉぉ!マリ様万歳‼」」」
広場が村人たちの歓声で震えた。久々の大量の肉を前にして村人たちはテンションが最高潮に達していた。それから誰かが祭りをしようと言い始めて全員が賛同し、夜通しどんちゃん騒ぎが行われることになった。
マリはこんな光景がずっと続けばいいと思い、人々の絶えない笑顔を眺め――――
「ん~、やっぱりねーちゃんはゴリラだよな」
トーマは後で絞めるとマリは心の中で誓った。
2~3日に1回といったのは嘘だ(すみません、最近忙しくてとありふれた言い訳をさせてください)
出来る範囲で迅速に投稿できるように尽力いたしいます……。