「にゃん」
「まさかこんなに寝心地がいいなんて……屈辱だわ」
朝、目を覚ますと余りの快眠さにマリは驚いた。腐っても神ということなのかもしれないとマリは少し感心した。しかし、好感度がマイナス方向に限界突破しているためどれだけ感心した所でプラスに転じることはないであろう。
このままこの服で過ごすか、それとも機能のドレスに着替えるのか。逡巡した結果、マリはこのまま過ごすことに決めた。彼女の決め手となったのは『物を取り出すときにスカートから出すかポケットから出すか』という羞恥的な差であった。それに、今から彼女がしようとしていることを考えれば着ぐるみパジャマの方が都合が良いといえるだろう。
「なにはともあれ、まずはお風呂よね」
朝から風呂とは贅沢なような気もするが、夜な夜な『Gold』の構成員たちを倒してアジトを潰しまわっていた彼女からすれば、朝に入浴するというのは普通のことであった。マリとて花の乙女だ。汗をかいたまま1日過ごすことは耐え難い。この世界にもちゃんとお湯に浸かることのできるものがあって、本人も自覚のないままついつい神に感謝をしてしまっていた。
お風呂といってもドラム缶に似た物に井戸から水を汲み上げて入れ、火おこしして沸かすという五右衛門風呂みたいなものだ。本来ならば入浴するまでが重労働といえるが、身体能力が10倍にっているマリにとっては屁でもなかった。
「はぁ、皆元気にしているのかな……」
お湯に浸かりながらマリは地球での仲間や後輩のことを考えていた。
警察官の両親はマリが小学生の頃に事故で他界している。祖父母や兄弟もいなかったため、天涯孤独の身ではあった。だが、正義の魂を引き継いでいた彼女は悪を懲らしめる活動のために己を鍛えていおり、その活動に賛同してくれた仲間が一人、また一人と増えていき彼女は独りぼっちではなかった。そんな仲間を置いてきてしまったことが彼女の心残りであった。
パチンッ
「駄目ね、切り替えないと。未練を感じていたってどうしようもないもの。とりあえずは、こんな私に優しくしてくれた村の人達に恩返しをしないとね」
やるべき目標を設定することでなんとか未練を抑え込み、自分で活を入れつつ浴槽から勢いよく立ち上がった。
一方、地球に残された仲間たちはマリの意志を引き継ぎ、全員が全員優秀な警察官になったというのはまた別の話だ。
マリは細かな装飾のされた護身用の純白な短剣(保管庫に入っていた)を腰にぶら下げ外へ出ると、一軒の家を目指した。目的の家まで到着すると、洗濯物を干している女性が視界に入ってきた。
「ミハルさんおはようございます」
「あら、マリちゃんおはよう――っと、なんだいその服装は?そんな服初めて見たわ。昨日のドレス姿は綺麗だったけど、こっちの服もなかなか可愛くて似合っているわね。流石――っと、これは言ってはダメだったね」
「ははは……」
ミハルと言われた女性は開口一番にマリを褒め、ついつい『姫様』と溢しそうになった言葉を何とか飲み込んだ。
マリは後に続く言葉を容易に予測できたが、昨日の段階で訂正するのを諦めていたためスルーすることにした。
「それにしてもどうしたんだい?旦那ならもう仕事へ向かったわよ?」
「いえ、タークさんに用があるわけではないのです。ただ、台車みたいなものをお借りできないかなと」
「台車ならあるけれども、どうするんだい?」
「トーマがお肉をあまり食べられる機会が無いと言っていたので、ちょっと狩りでもしてこようかと思いまして」
この村に出来ることはなにかと思案した結果、自分に出来ることは身体能力が強化されていることを生かした狩りではないかと考えた。本来なら保管庫という便利なものがあるため台車なんてものは要らないが、この世界でこのようなものがありふれたものなのかどうかもわからない。これ以上目立った行為を避けたかったマリはこの機能を人前で使うのほあ避けることにした。
「そんな、危ないよ。怪我したらどうするんだい!」
「大丈夫ですって、小さいのしか狙わないですし、危険があればすぐに逃げてきますから。それに私、これでも力強いんですよ」
まったくのウソではあるが、ミハルを安心させるための方便をマリは並べ立てた。そして、力あるアピールをするために腕を曲げて力こぶアピールするも、可愛い見た目のせいで意味をなさなかった。
「それに巨木を折ったのもトーマが言っていた通り事実ですし」
「それは昨日きいたけれども……」
「大丈夫です、大丈夫ですって。ちょっとだけですから。それにトーマも森へ木の実採取に出かけているじゃないですか」
「……はぁ、トーマはそんな森深くまで行っているわけではないし、狩りをしているわけでもないのだけど……仕方がないわね。私がマリちゃんのやることを制限するなんてことは出来ないからね」
ミハルにしてみれば、こんなに可愛い女の子に狩りをさせるなんて心配しないわけがない。だからといって自分より上の立場(勝手にそう思っている)相手に対して静止するなんて出来るわけもない。
仕方なく台車を貸し出すことにしたが、それでも口に出さずにはいられなかった。
「マリちゃん、これだけは約束してくれよ。絶対無理はしない、危険なことがあればすぐに引き返してくると」
「……はい」
ミハルは心配そうにマリへ近づき、優しく頭を撫でた。
自分の母親が生きていたらミハルと同じ位の年齢だろうかと、目元の小じわと黒髪に交じった白髪を眺めつつミハルを見上げた。頭を撫でられることに対して不快感はなく、何故か気恥ずかしさも感じない。それよりもポワポワとした温かいものに心を包まれたいた。そして猫耳は下に垂れ下がり、尻尾はゆらゆらと小刻みに揺れていた。
「あー!お姫様だ!」
「え?本当だ、マリおねーちゃんだ!」
「可愛い!いいなー私も撫でたい……」
ミハルと会話集中していたため、気が付かないうちに近くで遊んでいた小さな女の子たちがマリに視線を向けていた。なんとも可愛くてふわふわした服に身を包んだ憧れのお姫様。彼女たちがマリに惹かれるように集まってくるのは当然の結果であった。
「ねえねえ、お姫様!私も頭ナデナデしていいですか?」
「ねーちゃん、私も!私も撫でたい‼」
「わ、私も撫でてみてもいいですか?」
流石のマリでも、こんな小さな女の子たちに対して恥ずかしがることはなく、撫で易い様に屈んで頭を差し出した。
「はい、どうぞ。いいわよ」
緊張の面持ちで彼女たちは手を伸ばし、マリの頭に触れた。すると、あまりの軟らかさとさらさらとした感触に彼女たちは目を輝かせた。
「わぁぁぁぁ」
「ふわふわ……」
「……気持ちい」
彼女たちに喜んでもらえて、マリモ心なしか嬉しそうだ。だがしかし、段々と彼女たちの興奮は収拾がつかなくなってきておりその撫でる手は激しくなっていた。
「も、もう一回」
「あ、私も」
「……私ももっと触りたい…………」
「え?あっ、ちょっ」
今まで感じたことのない至福の時間に次第に押し合いへし合いの状態になってきていた。流石の事態にマリは彼女たちを落ち着かせようとした。
「こらこらこら、一旦落ち着いて……」
「「「あっ……」」」
一人の少女が遂によろめき倒れそうになるが、咄嗟に近くの物に捕まり何とか店頭を免れる。マリは彼女に怪我が無かったことにホッとしつつ、少しだけ注意することにした。
「もう、そんなに押し合ったら危ないにゃん、順番を守って仲良くしないとダメにゃん」
そして空気が停止した。見守っていたミハルがつい口を開く
「…………………………………………にゃん?」
太陽の光を受けてきらきらと輝く金髪、よろめいた女の子の手にある猫耳。それは本来あるべきマリの頭の上ではなく、下を向いて背中の位置まで降りていた。
「あ、耳が取れちゃっ――――」
「にゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼‼‼‼」
マリは顔を両手で覆いながら雄たけびを上げて貸家へ全力疾走した。
あまりの逃げ足の速さに、何かあってもこれなら直ぐ逃げ帰ってこれるかもしれないとミハルの不安は少しだけ解消された。そしてマリの神へ対する恨み言は解消されることなく、更に増加したのであった。
投稿遅くなったにゃん。1~2日に1話投稿を目指しますにゃん。
ご意見ご感想など頂けると嬉しいにゃん(=^・^=)