神のパジャマ
森の中を歩き回ること数十分。ようやくマリの眼前に木で作られたであろう人工物らしきものが見えてきた。
「ほら、ここが俺たちの村だよ」
100軒ほどある木造の家屋、コンクリート製のものはそこにはない。そして村全体を囲むように木製の柵が2重で連なっている。そんな村の入り口に槍を持った大男が佇んでいた。
「タークさ~ん、ただいま~!」
「お~トーマお帰りって、おめぇどこぞのお姫様を連れてきたんだ!?」
村の門番、タークが驚きの声をあげるのも無理はなかった。
一点のシミも汚れもない純白なドレス、袖やスカートにはフリルがふんだんに使用されている。遠目から見ても安物の布ではないことは一目瞭然であった。袖やスカートの隙間からはきめ細かな雪のような素肌が顔をのぞかせている。この村周辺では見かけない月みたいに輝く金髪に海よりも深いコバルトブルーな瞳。なによりその目つきはその日暮らしの一般市民のそれではない。彼が勘違いしてしまうのも至極当然であった。
「なんかこのねーちゃん迷子になってたんだって」
「と、トーマ! お前、このお方にそんな言い方失礼だぞ」
「タークさん大丈夫ですよ。私が迷子になっていたのは本当ですし、お姫様だなんてたいそれたものではなくただの旅人ですので……」
タークの勘違いがこれ以上加速しないようにマリが口を挟む。お姫様なんてそんな御淑やかな人物でもなければ、高貴とは寧ろかけ離れた人生を送ってきた彼女にしてみれば、そのような扱いを受けるなんて耐えられたものでは無いだろう。
「……………………なるほど、そういうことですか。お嬢様にも色々事情があるでしょうし、深く事情を聞くつもりは毛頭ありません。こんないっぽけな村で良ければただの娘として対応させていただきます」
「敬語も辞めてください!」
案の定『別の世界からこの世界の森に転移してきた』という重要な部分を語っていないために、『お忍びの訳アリお姫様』としてタークは認定した。説明したところで理解を得られるとも思えない突拍子な話であるため、マリがあんな胡散臭い説明しか出来なかったのも仕方がないであろう。
「それでは改めまして、ニエの村へようこそお越しくださいました!たいしたおもてなしもできませんがごゆっくりなさって下さい」
「はぁ……ありがとうございます」
「案内は俺に任せて!」
どうやらタークの敬語は直らないのたろうと諦め、促されるままニエの村へと足を踏み入れた。
案内といっても人口が400にも満たない村だ。そう時間もかからないうちにマリは村全体を見て回ることができた。その後今日は疲れただろうからと早めに客人用の家に案内された。肉体的には全く疲れていなかったが別の意味で疲労困憊であったため、マリにとってその申し出はとてもありがたかった。
「この村はいい人達ばかりだったな……」
マリは一息つきつつ、先程のことを思い返していた。村の人々は彼女を見かける度に笑顔で挨拶を返してくれていた。トーマが『森で迷子になっていた只の旅人』という説明をしたにも関わらずだ。タークさんと同じように何か察したような顔をされていたがそれに関してはマリは気にしないようにしていた。そんな明らかに怪しい人物を誰一人として疎ましく思うことなく全員が全員歓迎していたというのはお人好しというしかない。
「タークさんが村長というのには驚いたけど」
村を案内される前に先ずは村長に挨拶するべきでは?とマリがトーマに進言したところ『タークさんが村長だよ?』と朗らかに返された時は彼女の脳内は?で埋めつぬされていた。そしてタークが村長となんとか認識できた後は、何故村長が門番なんかしているのだろうと脳内に新たな疑問で埋め尽くされたか、その疑問が解消される機会は永遠に訪れることは無かった。
「それにしても恥ずかしかったわ……」
村を歩くなかでマリが堪えたのは視線と時折聞こえてくる話し声だ。会って早々に『姫よ私の命を貴方に捧げるので結婚して下さい』と、求婚する人や、『あんた、鼻血なんか出して何変なことを考えてんのよ!』と、夫をしばき倒している奥さん、『ママー、あのお姫様絵本から飛び出してきたみたい!凄く綺麗だね!!』と、自分のことのように嬉しそうに母親へ報告する女の子。そして、成人している独身の男性はほぼ全員が、マリを見た瞬間口を開けたまま固まり、手に持っているものを落とすという光景は、別段鈍感というわけではない彼女にとって恥ずかしい以外のなにものでもなかった。そして羞恥に頬を染め、少しうつむき加減で歩く彼女の姿が彼らの熱の入った視線に拍車をかけていたことに彼女は気がついていなかった。
「明日からどうしよう……まさか本当に服が切れないなんて思わなかったし……」
お休みするなら寝やすい格好の方がいいだろうと、村の人から渡してもらったTシャツらしきものは原形をとどめることなく只の布切れと化していた。
「というかどうしてくれるのよ!折角村の人の好意で頂いたのに、次の日に100以上の細切れになりました~なんて言えるわけないでしょ‼それなら最初っから『着れない』じゃなくて『木っ端みじんになる』って言いなさいよ!」
マリはベッド上で足をばたつかせながら枕を両手でポフポフと軽く殴りつけた。神への恨み言が次々と呪詛のように紡がれ、永遠に止まらないのではと思われた。そんな恨み言を止めたのは頭の中に届いた電子音だった。
『パジャマが届きました、脳内にインプットします』
電子音が届いたのちに、自動音声ガイダンスみたいな音声が流れ、次の瞬間脳内にイメージが流れ込んできた。
「…………………………ゼッタイ、ユルサナイ」
マリの目から光が消失し、神への恨み言がさらに増えるのであった。
ドレスのまま寝るか、ドレス以上に自分に似合わないパジャマに着替えるか、葛藤した結果――――1匹の白いコスプレ猫耳娘が誕生した。露出タイプのパジャマではなく、全身を覆うタイプの着ぐるみパジャマということが彼女にとって救いであった。
「この機能だけは唯一の利点ね」
彼女が脳内でパジャマを選択した結果、服を脱ぐことなく着替えることが出来た。それは早着替えなんてレベルではない刹那の出来事であった。
着替えが終わった後、脳内に『親愛なる親友からの大切なお手紙パート2』なるものが浮かび上がった。彼女は怒りを抑えたままパジャマのお腹についているポケットからその手紙を取り出した。
『お待たせ!待ちに待ったパジャマだよ!この服はなんと、君の感情に合わせて耳と尻尾が動くんだ!これを着た嬉しそうな君が猫耳をピコピコ、尻尾をゆらゆら動かしている姿を想像したらもう興奮が止まらないよ!自分で言うのもなんだけどこれはもう神のパジャマだね!!お礼は天に向かって投げキッスでもしてくれたらいいよ!あ、どうでもいい話だけど、今回はスカートから出し入れできない作りになってるから仕方なくポケットから物を取り出せるようにしといたからね。保管庫の中身は共通しているからいちいち物を取り出すために着替えなおす必要とかはないからね。そして、このパジャマの機能は身体能力10倍(というか身体能力10倍は君の安全のためにも今後標準装備にしておくから)と、どんな攻撃でも無効にするという完全防御が備わっているからね。
そうそう、僕はフードを被ったままの方が好きだから取られないように対策としてフードをとった場合は語尾に「にゃん」と勝手についてしまう機能もサービスでつけておいたから。我慢して被っている時にこの機能をつけなかった僕をほめて欲しいな』
「……………………………………………………」
マリは無言で手紙を1000以上のコマ切れにした。そこには耳と尻尾の毛を逆立てさせ最大限にピンと立たせた1匹の夜叉がいた。
ねーこねこ!ねーこねこ!ねーこねこねこねこねこねーこ!
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