少女の新たな人生はこうして始まった
麻薬の密売集団「Guld」その構成員の数は10000にも上り、アジトの数も100は超えている。そんな巨大な組織が今では構成員僅か50名とアジトも残すところあと一つまで追い詰められていた。
そんな最後のアジトである廃墟の中で武装した男たちと一人の少女が対峙していた。いや、正確には倒れ伏した武装した男たちと、汗一つかいていない涼しい顔をした少女がいた。
「くそっ、化け物か……」
「化け物はお前らだ! 後輩の……様々な人の人生を狂わせてきたのはお前たちでしょう!」
「世の中なぁ、騙される方が……悪いんだよ!!」
そう吐き捨てながらGuldのリーダーが立ち上がり、少女とは反対の方向に全速力で駆ける。
「なっ……」
少女は男が立ち上がろうとしているのは分かっていた。でもそれは自分の方に向かってくるものばかりだと思っていた。そのため咄嗟に反応が遅れる。その一瞬の遅れが命取りだった。リーダーがスイッチの入ったリモコンを懐から取り出した。
「馬鹿め、そのまま瓦礫に潰されて死ね!!」
「仲間もろとも殺す気!?」
少女が廃墟の天井を見上げると、そこには数字の書いてある何かがあった。それに書かれている数字は徐々に数を減らしていき5の数字を表しているところだ。
「ふざっ……けるんじゃないわよ!」
床に落ちていた拳大の瓦礫の破片を拾い上げ、それを投擲する。少女は走っても恐らく次に起こることからは逃れられないと悟った。そして、なによりこのままではリーダーの男に逃げられる恐れがある。それだけはどうしても許すことが出来なかった。
投擲された瓦礫の破片は男の後頭部に吸い込まれるように迫り、見事に直撃した。
「ざまぁみなさい」
その直後に鼓膜をつんざく轟音が鳴り響く。少女が最後に見た物は、頭上から降り下りてくる瓦礫と、倒れ伏した男の姿だった。
民間人の通報を受けパトカーが到着した時には瓦礫の山と化した廃墟があった。多数の死傷者を出したこの事件は日本中に知れ渡った。
『麻薬密売組織壊滅。仲間割れの末の抗争か!?』
『正義のヒーロー現る? Guld壊滅の真相!』
『Guldリーダーの訴え、組織壊滅に謎の少女関与?』
この事件は、専門家の中で様々な憶測が飛び交いお昼のワイドショーを湧き立たせた。
Guldのリーダーは牢屋で日々を過ごしながら事件を思い返していた。あの少女は何者だったのか、本当にあの少女は存在していたのかと。
事情聴取の中で彼は少女が死んだかどうか、大けがを負ったかどうかを警察に問いかけていた。彼は自分をこんな目にした相手に少しでも痛い目をみてもわないと割に合わない、もし軽傷で済んでいるならいつかやり返してやると考えていた。しかし、期待とは裏腹に警察官の返答は予想外のものだった。
『少女なんてどこにもいなかった』
白くて何もない空間。そこには横たわっている少女と、それを見下ろす一人の少年がいた。
「……ん、……さん」
「むぅ。何だよ。疲れたんだから寝かせてよ……」
「……さん、……リさん」
「うるっさいなぁ!」
「へぶぅっ……」
少女が無意識に繰り出した右ストレートが少年の左頬へクリーンヒットし、少年は10メートルほど宙を舞った。
「ほぇ……?」
拳から伝わってきた衝撃でようやく少女の意識は現実に引き戻された。目を開けると、一面雪のような純白な部屋と目の前で死んだように横たわっている少年の姿だった。
「あ……ありがとうございました‼」
否、恍惚とした表情で横たわっている少年の姿であった。
「ひぃぃぃぃ」
覚醒したばかりの寝ぼけた頭では目の前の光景のあまりの気持ち悪さを処理しきれなかったようであり、数年ぶりといっても過言ではない声が少女の口から発せられた。少年から少しでも距離をとろうと後ずさるその姿は、あの乱闘を繰り広げていた少女と同一人物とは誰も思わないだろう。
「あぁ、ごめんごめん。そう警戒しないで、怪しい者では無いよ」
「怪しい奴は皆そういうのよ‼お前、Guldの残党?ここはどこよ!私をどうするつもり!?」
少年は両手を広げて敵意のないことをアピールする。しかし、先の戦闘を終えた直後で意識が途切れていた少女が警戒しないわけがない。
「そんなー、あんなのと一緒にされたら困りますよ。そうですね……あなた方の言うところの神といえばわかってもらえるでしょうか?」
「……ふざけているの?」
少女は親の敵といわんばかりの鋭い眼光で少年を睨みつける。相手がまともに会話する気が無いと判断し、両手を構えて思考を戦闘モードへと切り替えた。それに対して少年は悪戯を思いついたような満面な笑みを浮かべ、片腕を掲げた。
「いやぁ、そう睨まないで下さいよ。あなたにまた殴られるのも悪くないですが話が長引いても困りますしそろそろ本題に入りましょうか」
「……⁉」
少年が掲げた手で指を鳴らした次の瞬間、少女はあまりの出来事に状況を飲み込むことが出来なかった。爽やかな香りが鼻孔をくすぐる。先ほどまでセーラー服を着用していたはずなのに、いつの間にか純白なドレスがその身を包んでいた。そして同じく純白な椅子に腰かけ、左手でソーサーを、右手でティーカップを持ち丸いテーブルをはさんで少年と対峙していた。
「体が動かない⁉」
「話がスムーズに進むようにちょっと体の権限を奪わせてもらったよ。これで少なくとも普通の人間ではないことを分かってもらえたかな?」
少年が話している間も、少女の体は意思に反して動きティーカップの中の液体を飲み干し、テーブルの上にあるお菓子に手を伸ばし、口の中へ放り込んだ。
少女はもそもそと口を動かしながら目の前の存在は確かにただの人ではないと物理的に認識させられた。その振る舞いに納得できるかできないかは一先ずおいておき、現状を把握するために怒りや疑問で埋め尽くされていた頭を現状を認識するために冷静に切り替えた。
「で、その神様が私になんの用事?」
「うんうん、素直なのは僕好きだよ。君はね…………死んでしまったんだ」
「……ふ~ん」
その言葉を聞いた途端『ああ、なるほどな』と、少女は得心がいった。ここで目を覚ます前の最後の光景は目前に迫る巨大な鉄骨。そして現状傷1つ無かった服や身体。冷静に考えれば自分があの状況では助かることはなかったと少女は思った。
「となると、ここは……地獄ね」
「いや、なんでよ⁉」
目の前の気持ち悪いと感じた少年と二人きりの空間。しかも身体の自由は奪われたまま。少女にとってはまごうことなき地獄であった。
「ここは地獄でも天国でもないよ。君は今から他の世界に転移するんだ」
「はい?」
他の世界、転移、聞きなれない言葉。少女は質問しようとしたが、少年――自称神の言葉は止まらない。
「僕はね、美少女が好きなんだ。日々の日課は僕が管理する世界の美少女達を眺めること。その中でも君は突出している僕好みの美少女だ。だというのに君は可憐な服を着たりお洒落をするわけでもなく、悪人を退治するばかり。そして今回に至っては死んでしまうとかなんてもったいない‼君ほどの美少女を死なすとか世界10個分ほどの損失だよ?そんなの美少女キラーの僕が黙っているわけがない。そこで僕は君を他の世界に転移させることにしたんだ。本当は管理している世界に対して神は直接介入できないんだけど、各世界に対して1度だけ死んだ別世界の人間を転生または転移させることが可能なんだ。なんでこんな決まりがあるのか僕もよく覚えていないんだけどね。他の世界の人間を送ったところで、正直殆ど意味なんかないし僕たちにとっても労力だけがかかってメリットなんて殆どないからこんな制度使う神もあまりいないのだけどね。でも僕は君という美少女の為ならどんな労力だろうが――」
永遠と語る少年の話を右から左へと流しつつ少女は心の底から思った。やっぱり目の前の自称神は気持ち悪いと。そして早くこの空間から解放されたいと。
「ーーというわけなんだ。分かってくれたかな?」
「はい!」
「それではこのまま進めてもいいかい?」
「はい!」
少女は何も考えずに返事をした。そのはきはきとした返事は何年ぶりであっただろうか。自称神は今までのキャラとは異なる少女に対して怪訝に思うのではなく、逆に都合がいいとスルーした。
少女が虹色の光に包まれる。これから別の世界とやらに行くということだけは理解できた。地球への未練は勿論あるし納得いかないことばかりではあるが、それよりもこの空間から脱出できるということの方が重要であった。それが後に後悔を生むとは知らずに。
「それでは新たな人生に幸あれ……。あ、そうそう、色々なコスプレ姿を楽しみにしているよ。僕も一生懸命君に似合う服を考えるから楽しみにしていてね、マリ」
「はい!…………はぇ?」
彼はあえて黙っていたが、人間を転生・転移させる際に1つだけルールが存在した。それは転生する人間の『同意』を得ること。この同意を得られなければ少女を転生させることは神の力を持ってしてでも叶わない。だからこそ敢えて彼はマシンガントークで少女のこちらの話を聞く気力を奪い、その様子を感じ取れたからこそ更に自分の願望を満たすための条件を合間合間にちょこっと追加していた。
神好みの美少女――草壁茉莉のコスプレ人生の幕開けであった。
初めまして、ナースと申します。
誤字脱字は勿論、感想等頂けるとありがたいです。
これから宜しくお願い致します。