第8話 楽しいデート、最悪の人物
「おいしいですね」
僕が食べているのはチキンライスをフワフワの卵で包んだ俗に言うオムライスという料理だ。
「はい。こちらもとてもおいしいです」
マリアが食べているのはベーコン、チーズ、卵を和えたソースを絡めたパスタに黒コショウをまぶしたスパゲティー、カルボナーラだ。
今、僕たちがおいしい料理を食べている場所は『マジョリカ』というレストランのテラス席だ。
『マジョリカ』は新進気鋭の若手コックが総料理長を務める、今、最も王国で勢いのあるレストランだ。開業してまだ1年だというのに既に王国国内に4店舗もの支店を持っているらしい。あ、この情報はクラスの女子がおしゃべりしているのを盗み聞きして得た情報だ。
「カルロ君はどうして魔法使いになろうとしているんですか?」
興味津々とマリアが聞いてくる。
「えっと、魔法使いになってしたいことがあって」
研究室に籠もって魔法の研究をし続けたい、なんて言えるわけがない。魔法オタクのキモいやつだなんてマリアに思われたら最悪だ。マリアがそんなことで人を嫌いになるとか絶対にないけど。
「もしかして王宮首席魔導師ですか?」
この国最高の魔法使いの称号がパッと出てくる。前世で僕が一時期していた職業だ。王宮図書館の資料を無制限に見られる特権がついてくるというからなったんだけどもうやりたくはないかな。忙しすぎて研究の時間が全く取れないし。でも、確か今は、空席のはずだ。
「そうですね。首席魔導師になれたらいいなと思ってます」
ただ、ここは話を合わせておいた方が
「私の知り合いにいたんですよ。元首席魔導師の人が!」
マリアの知り合いの首席魔導師なんて一人しか思いつかない。
「それってもしかして、クラウド・クロウリーのことですか?」
クラウス・クロウリーは僕の前世の名前。
「はい。そうです! クラウスは、とてもすごい魔法使いなんですよ!」
マリアは太陽のような笑顔で話し始める。
前世の僕の魔法は神のごとき力を持っていたとか。どんな女性も振り向くほどのイケメンだったとか。魔族にすら優しい心の持ち主だったとか。etc……
いや、誰のことを言っているのだろうか?
魔法は少なくとも王国一番だったかもしれないけど人間の領域内の話だ。イケメンに関して言えば、中の中ぐらいの顔だったと思う。マリアに告白されるまで誰にも告白されたことなんかないし、そのぐらいが正当な評価だと思いたい。
魔族にも優しかったって言っても、まぁマサキやリオみたいに嬉々として殺してはいなかったけど、たぶん普通の冒険者と変わらないと思う。
つまりマリアの中の僕は、相当美化されている。美化されすぎている。
僕の事なのに僕ではない何かの紹介をされているみたいだ。
「へー、そうなんですねー。クラウス・クロウリーってすごいんですねー」
僕はだいぶ適当な相槌を打つ。そして――
「勇者マサキってどんな感じなんですか?」
無理やりの話題転換を行う。
あんな話、聞いているこっちが恥ずかしくて耐えられない。
「え、あ、そうですね……ふつうです」
嬉々として美化された昔の僕を語っていたマリアは、はたから見ていても分かるほどに顔色を変える。暑くもないのに顔には脂汗が浮かび上がってきているほどだ。
明らかに何かを隠している。マリアは昔から嘘が苦手ですぐに顔に出るのだ。
でも、僕はそれ以上深くは聞かない。たぶん、今の僕には言いにくいことなのだろう。
僕は「そうなんですね」と相槌を打ってまたもや話題を変える。
「確かマリアさんは聖へスペリス学院の名誉院長ですよね。へスペリス学院はどんなところなんですか?」
聖へスペリス学院は、王立グリセード魔法学校、エルドラード士官学校と並ぶ王国三大学校の1つで神官になるための学校だ。
ただ、僕も魔法学校以外の学校については、詳しくは分からない。門外不出の技能もたくさんあるからどこもあまり大きくは公開していないのが原因だ。
「学院は……そうですね……端的に言いますと静かなところです。祈りと献身が溢れたいい場所です」
「魔法学校とは大違いですね。魔法学校の中はいつも爆発音が響いてますよ。爆発音がしたらみんな天井を見るんです。ライトが上から落ちてこないか確認するために」
毎時間必ずどこかのクラスが実技授業や模擬戦闘をしているのだ。しかも校舎が古いので衝撃で何かが壊れるのも当たり前の出来事なのだ。
「なんだか楽しそうですね!」
マリアがフフフッ、っと小さく笑う。
「そんなことないですよ。授業中でもいつも爆音がなりますし、窓ガラスが割れるのも当たり前なんです。静かなへスペリス学院が羨ましいです」
「そうしてカルロ君のような優秀な魔法使いが生まれているのですね」
確かに、模擬戦闘や魔法の実証実験のおかげで優秀な魔法使いが育っているのは間違いないかもしれない。
「ありがとうございます。でも、僕なんてまだまだですよ」
ただ、もっと静かにそして高度な研究ができる王立魔法科学研究所に早く出入りできるようになりたい。
「何やってんだマリア?」
聞いたことのある声がマジョリカのテラス席の外から聞こえてくる。
「っ! マッ、マサキ!」
マリアが驚いた声を上げる。
「そんなに驚くなよ。パーティーメンバーだろ」
『マジョリカ』のテラス席と道路を分ける柵から見えるのは、会いたくない人物ダントツのナンバーワン、マサキだ。
「い、いえ。突然だったので……」
あれ?
僕がパーティーメンバーだった時とはマリアの様子が違う。
「まぁ、何でもいいか。ちょっと来いよ」
「……もう少し後で……」
やっぱりなんだか様子がおかしい。昔はおしとやかだけど、もっと自分の意見をしっかりと言う性格だったのに。
「は? お前何言ってんの?」
マサキの顔から作り笑顔が一瞬だけ消えて、素の表情が現れる。
瞬きをした時には、マサキの顔にもう世間向けの作り笑顔が張り付いている。昔の僕だったら見間違いだったかなと思うぐらいの早業だ。
「……あの、で、でも……」
「あん?」
おかしいな。マサキは女性には優しいはずなんだが……ここ6年で勇者パーティーのメンバーの性格も変わってきているのかもしれない。
まぁ、僕がやる事はただ1つしかないのは変わらない。
「マリアさんは僕との先約があるんだ。順番ぐらい守れよ!」
好きな女の人が困っていたら助けるのが男の努めだろう。個人的な恨みもないわけではないし。
「ボク、これは大人の話だから静かに待っててな。静かにしてたらお菓子あげるから。」
マサキが気味の悪い作り笑いで僕を諭してくる。
本当に外面だけはいいやつだ。
「お菓子なんていらないよ。大人のくせに順番を守るっていう常識もないのかよ! そんな奴マリアさんと話す資格なんてないね」
僕はマサキがポケットから取り出した安物のお菓子を払い落とす。
「ゴメンなボク。マリアとは後でたっぷりと話させてあげるから今は大人しくしていてくれないかな?」
マサキは6歳児の中身がまさかこき使っていた元パーティーメンバーなのだとも知らずに頭を下げる。
ただ、僕はもう騙されない。僕はこのクソ勇者の本性を知っている。
「先約は僕なんだ。お前が静かにしろよ!」
「チッ! めんどくせぇガキだなぁ」
マサキが小声でボソボソと悪態をつく。
完全に僕の耳まで届いているけどね。
そこで僕の中に電撃が走るかのように一つのひらめきが舞い降りる。
うん? 待てよ? これって、チャンスじゃない?
「だったら僕と魔法で勝負しようよ。勝った方がマリアさんとおしゃべりできる権利を得られるんだ」
魔法の威力研究がしたいのにみんな一撃で消し炭なってしまうので困っていたのだ。マサキなら一応、魔王を倒した勇者だし対魔法防御も高いはずだ。
「魔法で勝負?」
「そうだよ。魔法で決闘だ」
「フンッ。いいぜ。負けて泣いても知らないぜ」
マサキがニヤリと笑う。
脳内では子供の僕に圧倒的な勝利をする情景でも思い浮かんでいるのだろう。馬鹿な奴め。子供だからってなめてると痛い目見るということを教えてやろう。
脳内訓練と魔力濃縮生成理論の成果を試してやる。