第7話 偶然の再開、驚きの誘い
「こんにちは」
マリアがニッコリと微笑む。
「こんにちは」
気温は変わらないのに僕の体感温度は1度上昇する。
「バルお爺さんはいますか?」
「えっと……今、奥に行っちゃったので、1週間ぐらいは出てこないと思います」
バル爺さんは注文を受けると工房から何があっても出てこなくなる。
「そっか……残念です」
マリアがしゅんと視線を落とす。
伏し目のマリアも儚げで絵になってきれいだ。って、何を考えているんだ僕は!
「何しに来られたんですか?」
「今日は、聖杖を調整してもらいたかったんです。昔、この店を人から教えてもらってそれからここに来るようにしてるんです。本当にいい腕ですよね、バルお爺さん」
この店を紹介したのは何を隠そう僕だ。マリアの今、持っている聖杖も僕がここで作ってもらってマリアにプレゼントしたものなのだ。
「魔力消費量低下(大)の効果のついてる杖なんて中々ないですよね」
僕は素材集めに1ヶ月、製作に1ヶ月の合計2ヶ月の時間をかけて作った最高の杖をマリアにプレゼントしたのだ。
「……どうして君が知ってるんですか?」
あっ! やってしまった! 勇者パーティーの聖女様といっても世間の人間が杖の性能まで知っているわけがない。
「なんだかそんな気がしたんです!」
流石にアホみたいな言い訳だ。これで納得できる訳が……
「すごいですね! かっこいいです!」
納得されてしまった。
もう少し人を疑うことを知ってもらいたい。
「あの、もし良かったら僕が杖の調整しましょうか? 少しぐらいならできると思います」
勇者パーティーにいた時はダンジョンに籠もっていたりして街に行けない時は僕がマリアの杖を調整していたのだ。ここはかっこいいところをマリアに見せるチャンスだ。
「……えっ! でも……」
マリアが困ったように言葉に詰まる。
そこで僕も気が付く。大事な杖をよく分からない子供に調整させることなんて出来ないのが普通だ。マリアは心優しい女の子だから拒絶しにくいのだ。
「大事な装備を得体の知れない子供になんか調整されたくないですよね。ごめんなさい」
「違うんです。調整してもらっても私からは何も君にしてあげられないのが申し訳なくて……お金の持ち合わせもないですし……」
バル爺さんの作った魔法具は全て永久無償保証なのだ。
「無償で調整します。聖女様の杖を調整できるなんて中々できないことですから」
「いいんですか!? それならすみませんがお願いします」
「任せてください!」
マリアから受け取った聖杖は傷一つない完璧な手入れが施されている。傷がないばかりか手垢すらない。しっかりと磨かれている証拠だ。
僕は白い聖杖の先端、緑色の魔法石に魔力を流し込む。
ボワッと優しい光が杖を包み込んだ。
「魔力回路に少しだけ魔力だまりができていますね。直しておきます」
「ありがとうございます」
僕はいつも持ち歩いている魔法具整備用精密工具(最高級品)を取り出すと、小さな部品を一つずつ分解して、魔力の流れを阻害している部分に魔力分解液を吹きかける。
「これで調整終わりです」
完全に元通りに組み立てた聖杖をマリアに手渡す。
「違和感ありませんか?」
完璧に元通りになっていても魔法具はうまく動作しないこともあるのだ。現在作れる魔法具の中でも最高級品であるマリアの聖杖ならなおさらだ。
「はい。とてもいい感じです」
魔力を正常に流し込んだマリアが微笑む。
どうやら問題ないようだ。
そこで何かに気がついたように僕をじーっと見つめるマリア。
僕の身長に合わせるように膝を曲げたマリアが話しかけてくる。
「君、どこかで私と会ったことありますか?」
首を傾げるマリア。かわいい。後光が差しているかのようだ。
「2ヶ月前に魔法学校の医務室で会いました。僕が入学式で倒れてしまって……その時はありがとうございました。カルロって言います」
僕はこの姿になってから、まだマリアに正式に名乗っていないのを思い出す。助けてもらったのに名前も言っていないなんて、常識のないクソガキだと思われてないだろうか?
「ああ、思い出しました。あの魔法具にとっても詳しかった子ですね! 魔法具の調整までできるんですね!」
「……父が魔法具職人でしたので」
完全な嘘である。
辺境下級貴族の父さんは、魔法を使えない。もちろん魔法具だって消費する側で作ったことなんてない。ただそれぐらいしか、この年齢であそこまで魔法具に詳しい理由が思いつかなかったのだ。
まさか、本当の理由が言えるわけもない。
「そうだったのですね。今日は魔法具を買いに来たんですか?」
「いえ、今日は杖を作ってもらいに来たんです」
「そうなんですか! いい杖ができるといいですね!」
そして何かを思い出したかのようにマリアは片掛けのポーチの中を探し始める。
「カルロ君、この後予定ありますか?」
「特にないですけど……」
唐突にどうしたのだろうか?
「このクーポン券、今日までなんです。他に行く人がいなくて……良かったら一緒に行きませんか? お金の持ち合わせはありませんが、このくらいならお支払いできます」
ピンク色のクーポン券には最近王都で流行りだというおしゃれなカフェのイラストが描かれている。しかもクーポン内容が……
「僕なんかでいいんですか?」
そこに書かれているのは
『マジョリカ王都店カップル限定クーポン! 男女で来られた二人は30%OFF』
の文字。
流石に6歳児の僕と24歳のマリアでは年齢差ありすぎカップルだろう。マリアのありもしない性癖のうわさをされてしまいそうだ。
マリアぐらい美人だったら引く手数多だろうに。まぁ、そんな奴がいたらとりあえず僕がマリアと釣り合う人間か直々にテストしてやるが。
「……? 全然問題ないですよ?」
「聖女様がそれでいいのならいいんですけど……」
まぁ、逆にこれだけ年の差があれば実は弟がいましたとかにすれば何とかなるのかもしれない。カップルじゃなくて男女の二人組でOKと書かれているし。
「それでは決まりですね! それと、その、聖女様はやめてください。なんだか恥ずかしいので、マリアと呼んでください」
いや、いや、ただの一般人が聖女様のことをマリアと呼べるわけがない。
ただ、マリアはあれでいて結構強情な性格なのだ。一度言ったら中々意見を曲げてくれない。
僕も確かに弟の設定で聖女様と呼ぶのもおかしい気もする。
「マリア、さん、でいいですか?」
とりあえず敬称だけはつけておくべきだろう。
僕は、最大限の努力を生み出す。
「はい。では行きましょうか」
マリアが僕の手を握る。
「……ッ!」
柔らかく暖かいマリアの感触が僕の心に激しい刺激を与える。頭では他の人間と変わらない体温のぬくもりだと理解していても心は高鳴ってしまうのだ。
やばい! 手汗とかかいていないだろうか?
「どうかしましたか?」
頭にクエスチョンマークを浮かべるマリア。当然マリアの中では魔法具好きの6歳児の認識なのだから、手を握ることぐらいごく当たり前のことなのだ。
「な、何でもないです! 早くいきましょう!」
こうして僕とマリアの初めてのデートは始まったのだ。