第5話 退屈な授業、新たな魔法
王立グリセード魔法学校に入学して2ヶ月。
僕は、もちろん1年1組にクラス分けされた。
魔法学校は1から6組まであって、入学試験の成績順にクラス分けされている。だから首席入学の僕が1組になるのは必然なのだ。他のクラスメイトも筆記、実技、総合の10位まで。王国の次の世代の魔法使いがこのクラスにいる27人なのだ。
僕は、窓から見える王都の町並みを眺める。魔法学校の教室からは王都が一望できるのだ。
その光景はまさに壮観。白い壁が地面から生え、真っ青な空との境目にはオレンジ色の瓦を一面に敷いた屋根が連なっている。どこまでも続くかのようなその街並みは巨大な城壁を最後に忽然と消え、代わりに緑の草原がどこまでも続いている。
草原に延びる一本の道には絶え間なく人が行き交い、城門をくぐって王都に入ってきている。王都内の街道にも活気あふれる人々がひしめき合っている。どれだけ見ていても飽きることはない光景だ。
「カルロ君、聞いていますか!? この問題を答えてください!」
王都内にいる馬を数えている途中だというのにこのクラスの担任、マーガレットの怒鳴り声が飛んでくる。
黒板には初級魔法学の授業内容が書かれていた。全く授業を聞いていなかった僕はそれを見て問題の内容を予測する。たぶん、詠唱についての問題だ。
「詠唱は魔法を発動させるための呪文であり、術者の練度によって高速詠唱、短縮詠唱にすることが出来ます。最終的には詠唱破棄をすることも出来るようになります」
「……正解です」
マーガレットがなにか言いたそうに見つめてくるが僕は「ごめん」と心の中で謝って馬を数える作業を再開する。
僕だって最初の1ヶ月はしっかり授業を聞いていたのだ。
元教え子のマーガレットが頑張って授業をしているので、僕も頑張って聞いていのだ。
最初のころは教え子の成長を感じる授業に感激していたのだ。
でも、無理だった。だって授業内容が簡単すぎるのだ。
僕は上級魔法学を筆頭に魔法関係の学問は全て前世で履修済み。初級魔法学なんて教科書を書いていた側なのだ。今使っている教科書も半分ぐらい僕が書いたものだ。
しっかり授業を聞いていたら寝てしまいそうになってしまう。
寝るのは流石に申し訳ないので街を眺めることにしているのだ。ただ、そろそろ馬を数えるのも飽きてきている。他の暇つぶしの方法をなにか考えないといけない。
そうやって授業中を過ごしているともちろん休憩時間になる。
2ヶ月も経てば仲のいい友達も出来てきているのが普通で、教室の中には友達の机に集まってしゃべるクラスメイトたちの声が満ちている。
ただし僕のところに来るような生徒はいない。
僕は、授業中と同じように休憩中も王都の町並みを眺める。
もちろん、最初のうちは男子生徒も女子生徒も何人か来たのだけど、僕と会話がかみ合わない現象が発生してしまったのだ。
原因は世代間相違。
前世の記憶のある僕と彼ら彼女たちでは実に15歳差以上の隔たりがあるのだ。考え方も違うし、興味のある物も違うので話が全く合わない。
そんなこんなで一日一日と僕の元を訪れる生徒は少なくなり、ついには誰も来なくなった。
つまり、ボッチだ。
孤独にして孤高の存在である魔法研究者になる事を最終目標にしている僕には別に友達なんていらない。
別に寂しいなんてことはない。
ボッチ万歳。ビバボッチ。
これが僕の楽しい学校生活だ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
学校が終わると友達と市場でウィンドウショッピングをするわけがなく、僕は王都の街を駆け抜け城門をくぐり緑の草原を突き進んでいく。
分かっていると思うけど、別にボッチだからではない。
誤解を招かないようにもう一度言うけども、別にボッチだからじゃない。研究のためだ。
魔法学校の授業では僕の知識の涵養には全くならないので自主練だ。この草原には僕の故郷にある森よりも高レベルの魔物が出てくる。小鬼がイノシシみたいな魔物に乗っている奴だ。通称ゴブリンライダーと呼ばれている。
そいつらを狩りに狩りまくっているのだ。
2カ月間で600匹は確実に消し去っている。王都周辺のゴブリンライダーは狩りつくしてしまったので最近は少し遠出しているぐらいだ。
そのおかげで僕のレベルはまだ王都について2ヶ月しか経っていないのに4レベルも上昇したのだ。死んでくれた魔物に感謝しかない。
さらに僕はもう一つ大事な実験を開始している。
それは、新魔法開発だ。
正確には新たな魔法理論の確立というべきなのかもしれない。これが完成すれば魔法の常識が変わってしまうような代物だ。50年前にガリリオによって太陽が大地の周りを回っているのではなく、大地が太陽の周りを回っていると分かったとき並の震撼が魔法界に広がること間違いなしだ。
では、その新魔法理論とはどんなものなのかというと、簡単に説明すれば魔力の変換ロスを極限まで減らす、たったそれだけのことだ。たったそれだけども、魔法学者の永遠のテーマなのだ。
まず、魔法を使うには体内魔力の消費が必要不可欠だ。体内魔力を現実干渉力に変換することによって魔法は顕現している。
初級魔法『火球』を例にすると、体内魔力を魔法によって燃え盛る炎の球に変換しているのだ。実はこの魔力を火の球に変換をする時に魔力の変換ロスと言うものが生じている。すべての魔力が火の球に変わるのではないのだ。
この魔力の変換ロスは、現在の理論だと魔法詠唱と術者の技術力の問題が大きいとされている。
僕もつい最近までそう思っていた。
しかし、僕は気が付いてしまったのだ。
それは、授業中に馬を数えていた時だ。
動いている馬を数えるのはものすごく難しい。毎日数えているけどうまく数えきったことなんて一度もないぐらいだ。
だったらどうすれば数えることができるのか?
簡単だ。
時間が止まればいいのだ。
時間が止まれば馬の動きも止まる。
馬の動きが止まれば数を容易に数えられる。
これって魔法にも応用できるのでは? という感じに思いついたのだ。
魔力変換ロスは魔法詠唱と術者の実力不足などではなくて、時間の概念を取り入れてないからではないのかと閃いてしまったのだ。
まぁ、そんなこんなで僕は停止時間の概念を組み込んだ新魔法の研究しているのだ。
これ以上は高度な特殊魔法物理学の知識を必要とするので説明は割愛して、実際に研究中の魔法を展示してみようと思う。論より証拠だ。
ちょうど僕の目の前にゴブリンライダーの群れがいるので実験台になってもらおう。
僕はとりあえず従来の魔法理論でくみ上げた『紅炎の矢』を放つ。
揺らめく炎で形成された5本の矢は一直線にゴブリンライダーめがけて飛翔していき、直撃と同時に爆発しゴブリンライダーを消し炭へと変化させる。
次に僕は、独自新魔法理論によってくみ上げた『真・紅炎の矢』を放つ。
もちろん使用した魔力の量は同じだ。
しかし、魔力の量は同じでも発生した深紅の矢の数は10倍。50本もの深紅の矢が残りのゴブリンライダーめがけて飛んでいく。
そして、深紅の矢が直撃したゴブリンライダーは元々何もなかったかのように灰さえ残さず消える。深紅の矢が灰さえ焼き切ってしまったのだ。
これが従来の魔法理論と停止時間の概念を組み込んだ魔法理論との差だ。これでまだ研究途中なのだからすごすぎる。
ただし、僕はこの魔法理論を当分公開するつもりはない。
なぜなら、これは未完成の理論。
研究者たるもの理論は完璧にしてから発表するべきだ。
僕は少しでも早くこの時間停止魔法理論を完成させるべく、新たなゴブリンライダーを探して草原を歩き始めた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
新たなゴブリンライダーを探して彷徨っていると、魔獣の唸り声が聞こえてくる。
間違いなく群れだ。10匹はいる。
僕は、唸り声に誘われて歩いていく。
ビンゴだ。
ゴブリンライダーが10匹、何かを囲んで騒いでいる。
……人ではない。……犬?
僕は『真・紅炎の矢』をゴブリンライダーに向けて容赦なく放つ。
うーん? まだ、現実干渉式に無駄があるな。
それでも、ゴブリンライダーは僕に気が付く間もなく塵となって消える。
残ったのは犬みたいな生き物。
月明かりに照らされて光る銀色の毛。
痩せた体。
赤い瞳。
「大丈夫か?」
僕が頭を撫でると犬のような生き物はクウゥンンと泣いて、僕の手をペロペロと舐める。
注意深く見れば右後ろ足から血が流れている。だからゴブリンライダーから逃げられなかったのだ。
僕は『治癒』を唱えると犬のような生き物の右後ろ脚を緑色の優しい光が包み込み、みるみるうちに傷口をふさいでいく。
毛についていた赤い血ごときれいさっぱりなくなった犬みたいな生き物は元気よく駆け回る。
ひとしきり走り回った犬のような生き物は、僕のふくらはぎに体をこすりつけてくる。たぶん感謝を示しているのだろう。
いつまでも犬のような生き物では呼びにくいので、僕は名前を付けることにした。
「今日からお前はシルバーだ」
銀色の毛並みから決めた名前だ。我ながら安直な命名だ。
「バウ!」
シルバーが元気よく吠える。何とカワイイのだろうか。
「腹減ってないか? 食べるか?」
僕は行動食として持ってきていた鹿の干し肉をふと所から取り出すとシルバーに差し出す。
シルバーは、ちぎれそうなほど尻尾を振りながら干し肉に飛びついた。
僕は一心不乱に干し肉を食べるシルバーのごわごわした額をなでる。
心が癒される。
魔法具の手入れ以外でこんなに心の癒されることがあるなんて驚きだ。
干し肉が無くなったのにいまだに僕の手を舐めるざらざらとした舌。
愛くるしくてたまらない。
「でもどうしよう……」
僕がシルバーを飼うことはできないのだ。
なぜなら僕の住んでいる魔法学校の寮。ペット禁止なのだ。前世で学生だった時にもいた強面の寮監に見つかったら大目玉になること間違いない。
うーん。現在の僕は王都の知り合いなんて皆無。0。一人もいない。
しいて言えば、元教え子兼現担任の先生のマーガレットだが、確か獣アレルギーの持ち主だったはずだ。
僕は考える。そして一つの結論に到達する。
「……ごめんな」
僕は、シルバーの目線に合わせて地面にしゃがみ込む。
「僕は君を連れて帰られないんだ。必ず毎日ここに君の食べ物を持ってくるから」
何も分かっていないシルバーが獣臭い息を僕の顔に向かって吐き出す。
「卒業したら必ず迎えに来るから、それまでここでお前も頑張れよ」
僕は、立ち上がると残っていた干し肉を思いっきり投げる。
シルバーは、干し肉を追いかけて走り出していく。
僕はシルバーとは反対方向に全力で駆け出した。
この時の僕はまだ知らない。シルバーの本当の姿を。
それを知るのは、もう少し先のことだ――
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