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第4話 最悪の入学式、最高の気分

イラストは長月京子様に書いていただきました。

ありがとうございます

挿絵(By みてみん)

 当然のことだけど、僕は魔法学校に合格していた。


 予定通り、主席合格だ。


 実技試験であのゴーレムを倒せたのは僕だけだったみたいで、僕が破壊してしまった後の別の下級ゴーレムも誰も倒せなかったみたいだ。合格発表日にマーガレットが僕を見つめながら他の先生と会話していたのを盗み聞きしたので間違いない。


 そして、今、僕は真っ黒なとんがり帽子に同じく真っ黒なローブという魔法学校の制服を着て、魔法学校の巨大な講堂の壇上に立っている。


 そう、今日は入学式。そして、首席合格者の務めとして新入生代表挨拶を任されたのだ。


「太陽の光が満ち溢れ、命が生き生きと活動を始める春。僕たち192名は誇り高き王立グリセード魔法学校の門をくぐりました。どんな生活が待っているのかと期待と不安が入り混じった複雑な気持ちです――」


 普通の新入生なら緊張してしまうかもしれないが、僕にとっては新入生代表の挨拶なんて別になんてことはない。定型の当たり障りの無い文を読み上げていくだけのこと。2回目の経験だし。


 ただ、僕は緊張ではない別の力によって拳を震わせていた。


 視界の端に不快な光景が写り込んでいるのだ。


 不快な光景の正体は来賓席に座っている男。


 偉い魔法使いの先生方の中に紛れ込んだ異質な若い男。


 その名もマサキ。僕を殺した男、勇者・マサキだ。


 あの魔王討伐前日に毒ナイフで殺されてから初めて見るが、僕の心の底からもはやどうでもいいと思っていた感情がふつふつと湧き上がってくる。


 殺したい。


 生まれ変わったときに捨てた非生産的な感情がこみあげてくる。


 落ち着け、僕。そんなことしたら第二の研究者人生(ライフ)が謳歌できなくなってしまうだろう。


「――先生方、御迷惑をおかけすることもあるかもしれません。優しく、時に厳しくご指導していただけると嬉しいです。同級生の皆さん、互いに良き友、良きライバルとして切磋琢磨し立派な魔法使いになりましょう。新入生代表、カルロ・サンジェルマン」


 僕はパチパチと拍手が講堂内に鳴り響く中、教師席、来賓席、新入生席、それぞれに頭を下げ壇上を降りていく。


 最悪な気分だ。


 あのクソみたいな顔を見たせいで吐き気すらする気がする。


「来賓祝辞」


 司会をしているマーガレットが入学式を進めていく。


「マサキ様、壇上にお願いします」


 ふてぶてしい態度のマサキが壇上を歩いていく。


 ……ッ! やばい! また、悪魔の囁きがっ……!


 新入生が英雄の登場に歓喜の声を上げる中、僕は一人マサキを睨み付ける。


「えー、魔法学校の新入生の皆さんとりあえず入学おめでとう。勇者マサキです」


 やつの声が僕の鼓膜を揺さぶる。


 殺す! 抑えつけたはずの僕の中の復讐の悪魔が立ち上がってくる。


「いきなりですが、魔法使いの卵の皆さんにお願いがあります。俺のパーティーに入りませんか?」


 黄色い歓声が講堂の中を埋め尽くす。僕は歓声を上げる代わりに思いつく最強の魔法の詠唱を脳内で確認する。


「今の俺のパーティーには皆さん知っていると思いますが、魔法使いがいません。クラウスがパーティーを抜けてから未だに魔法使いがいないのです」


 抜けたんじゃない! 貴様が殺したんだろうがっ! という声が口の中で反芻される。


「そこで優秀な皆さんには頑張って勉強をしていただいて強くなったら俺のパーティーに入ってもらいたいと思っています」


 みんなコイツに騙されるなと、叫びたい。


「最後に、グリセード魔法学校のますますの発展と、ご臨席の皆様のご健勝をお祈りし、本日御入学された皆さんが充実した学生生活を送られますよう祈念致しまして、お祝いの言葉とさせていただきます」


 マサキは、100点満点の笑顔を振りまくと壇上から降りていく。


 あれがあいつの本心だ。冗談なんかじゃない。あいつはハーレムパーティーを作りたいだけなのを僕は知っている。


 あと少しでもあの顔を見ていたら魔法の詠唱を始めるところだった。講堂の中を阿鼻叫喚の嵐にするところだったがなんとか耐えきれた。耐えた僕自身を褒めたい。


 でも、これ以上あのクソ野郎と同じ空気を吸いたくない。退室しようか……な……。


 あれ?


 壇上に登った校長がぶれて見える。床もなんだか波打っている。


 おかしいな……? 足に……力……が……。


 僕の記憶は激しい痛みを最後に途絶えた。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 優しい風が頬を撫でる。


 僕は清潔なベッドの上で眠っていた。昔の記憶からここが魔法学校の医務室だと分かったか。


 どうやら余りの復讐心のせいで倒れてしまったようだ。


 そんな非生産的な感情に支配されてしまうなんて研究者として恥ずかしい限りだ。


「目を覚ましましたか。大丈夫ですか?」


 ベッドに横になっている僕の枕元から優しい声が聞こえてくる。


 目線を動かせばエメラルドグリーンの長い髪を春の暖かな風になびかせ、大粒の琥珀色の瞳で僕を見つめる絶世の美女がいた。


 僕の中の時が止まる。


 優しい笑顔。


 暖かい視線。


 僕は知っている。


 僕が最後に好きなった人。


 僕が好きだと言えなかった人。


 勇者パーティーの神官、聖女マリアその人だった。

 

「大丈夫ですか?」


 もう一度、ハープの音色のような声が耳に届く。


 少しやつれているけど、全てが昔のまま。変わってしまったのは僕だけ。


「うん。大丈夫だよ……じゃなくて大丈夫です」


 あまりにも懐かしくて昔と同じような口調で話してしまった。今は、魔王から世界を救った聖女様と一介の魔法学校の生徒なのだ。

 

「良かった。入学式の途中で倒れられてしまったので心配したんですよ」


「ありがとうございます。あの、でもどうしてここにいるんですか?」

 

 魔法学校には腕のいい医者も回復系魔法使いもいる。わざわざ聖女様が看病してくれなくてもいいはずだ。


「私があの場で一番適任だったからです。倒れた人を看病するのに理由がいりますか?」


 全くなんの疑問も抱かない瞳に僕が映り込む。


 マリアは昔からこんな感じだった。魔王を倒しに行く途中によった村でも一軒一軒回って病気の人を無償で治していた。マリアにとっては、それが当然で当たり前のことなのだ。


「すみません。お手数おかけしました。もう、大丈夫です」


 僕はベッドの上で体を起こす。


「本当に大丈夫ですか? 遠慮しなくても大丈夫ですよ」


「はい。本当に大丈夫です。ありがとうございました」


 僕は軽く頭を下げる。


「あっ!」


 僕は下がった視線の先にあったマリアの手を握る。


「えっ!」


 驚いた声を上げるマリア。


「これってもしかして古代魔法具(アーティファクト)じゃないですか!?」


 マリアの人差し指にはめられた大きめの指輪。大きな宝石がついている貴族が着けているような指輪ではないけど間違いなく古代魔法具(アーティファクト)だ。


「そ、そうなんですか?」


「はい。間違いないですよ! どこでこれを手に入れたんですか?」


 生まれ変わってから初めて見る質のいい古代魔法具(アーティファクト)だ。興奮が抑えられない。ああ、昇天しそう。


「王都の骨董市で見つけたんです。骨董市には時間があれば行くようにしているんです」


「いい趣味ですね。僕も昔から骨董市大好きなんです! 最近は行けてないんですけど」


「……昔から?」


「あっ、昔って言っても聖女様からしたら最近になっちゃいますよね。アハハハ……」


 6歳児の昔っていつだよ! と僕は心の中で自分自身にツッコミを入れる。


 この体になってから骨董市には一度も行けてないのに、マリアと趣味が同じだと聞いて興奮してしまったのだ。マリアにそんな趣味があるなんて知らなかったな。


「そうなんですね。この古代魔法具(アーティファクト)はどんな古代魔法具(アーティファクト)なんですか?」


「えーっと……」


 僕はマリアの手にはまった古代魔法具(アーティファクト)をまじまじと観察する。


「うーん、オフィール魔導帝国のエジオン工廠製の古代魔法具(アーティファクト)には間違いないと思うんですけど、この意匠は回復系の特徴もあるけど身体強化系の特徴もあるし、うーん……」


 僕の脳内魔法具辞典にも同一系統の魔法具はない。


「フフッ」


「どうかしましたか?」


「いえ、古代魔法具(アーティファクト)のことになると人が変わる人が昔の知り合いにいまして、懐かしいなぁと……フフッ」


 そんな知り合いマリアにいたっけな? まぁ、僕と知り合う前の知り合いかもしれないし。


「すみません。この古代魔法具(アーティファクト)にどんな効果があるかはなんとも言えないです。力になれなくてすみません」


 マリアにかっこいいところを見せたかったけど、この指輪型古代魔法具(アーティファクト)はなんだか他の古代魔法具(アーティファクト)と違う気がする。分解してみたら分かるかもしれないけどもとに戻せる自信がない。


「ううん、ありがとう! 昔を思い出せて楽しかったです!」


 マリアは「またどこか出会いましょう!」と言って医務室から出て行く。


 僕はマリアの背中が扉の向こうに消えるまで手を振っていた。


 マサキのせいで最悪な入学式だったけど、マリアのおかげで最終的には最高な入学式になった。


 やっぱり僕はマリアが好きだ。

お読みいただきありがとうございます。

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