第38話 人狼種の繁栄、司祭の実力
ヴォルグが溶けた。
目の前で起こる現象をそれ以外の言葉で言い表すことができない。
「司祭様……なぜ……ッ!」
黒の瘴気に溶かされていくヴォルグが信じられないと言う目で修道服男を見る。
「なぜと言われてもな……そんなもの決まっているではないか」
修道服男はヴォルグが力を振り絞って伸ばした手をはたき落とす。
「君に利用価値はなくなったのですよ。もちろん、お仲間も一緒です。教団に今までよく仕えて下さいました。教団を代表して感謝申し上げます」
「そんな……約束して下さったじゃないですか……!? 人狼種の繁栄を、俺が教団のために働く代わりに」
「ん? だから約束を果たそうとしているのですよ」
天を仰ぐ修道服男。
「君はこれから魔王様のもとに行かれるのです。そこは楽園ですよ」
春の強い風が僕たちの横を通り抜け、修道服男のフードをめくりあげた。
フードの下に隠れていた顔は褐色の肌に短い白髪の顔。メガネの下には、赤い瞳が輝いている。
その顔は至って真面目で、死後の世界に楽園が待っていると本気で信じているような感じだ。
「こ……の…………ッ!」
ヴォルグは、憤怒と憎悪に塗れた視線を修道服男に向けるが、すでに声を出すことも出来なくなっているようだった。
「安心してください。教団の悲願が達成された暁には私もそちらに行かせていただきます」
その言葉をヴォルグが聞き届けられたかは怪しかった。
ヴォルグの姿は完全に黒い瘴気に飲まれ、原型を保てていなかった。
そして、修道服男が腕を振るうとともに瘴気は男の指にはめられた指輪に吸い込まれていく。
僕はただ、黙ってその光景を眺めることしかできなかった。
動かなかったのではない。動けなかったのだ。
僕の体が警鐘を鳴らしていた。
この男はまずいと。
前回対峙したときは感じなかった嫌な空気が全身に纏わり付き、嫌な汗を流させている。
「そんなに心配しなくても私は君を襲わないですよ」
そんな僕を見透かしたかのように修道服姿の司祭と呼ばれる男が口を開いた。
「カルロ君! 私も援護します!」
今度は背後から声がかけられる。
マリアの声だ。
僕の横に並び立つマリア。子供たちを避難させたあと戦闘用の装束に着替えてきたのだろう。いつもの服ではなく、勇者パーティーにいた時に好んできていた服装になっている。
「おお、これはこれは。穢された聖女様ではありませんか。ご無沙汰しております」
うやうやしくお辞儀をする司祭。
「マリアさんあったことあるんですか?」
「いえ、会ったことないです」
「おや、もうお忘れですか? まあ、それもそうですね。私もあの時とは姿が違いますから」
「この大聖堂の管理者として御用のない方はお帰りください」
毅然と言い放ったマリア。
この司祭と呼ばれる男がそんな言葉だけで何もせずとも帰る気がしない。
か、しかし。
「そうですね。今回は目的も果たせたことですし、帰らせていただきます」
男は素直にマリアの言葉に従った。驚くほど従順に。
そのまま僕たちに背を向ける男。
ここで追い打ちをかけたいところだけが、その背中は全くすきがない。
「それでは、お邪魔しました」
司祭の気配が霞む。
そして、姿とともに消え去った。
一気に力が抜ける。
僕は膝を地面につけて、荒くなった呼吸を整える。
杖を握っていた手の平も汗でぐちょぐちょになっている。
「大丈夫ですか? カルロ君、病み上がりなのに無理をして」
「はい。大丈夫です。ちょっと緊張していたのが一気に開放されて……」
手を差し出してくれるマリア。
僕は服の裾でゴシゴシと汗を拭うと、その手をとった。
マリアに助けられながら立ち上がる僕。
「今のはすごい圧でしたね。私もあんなに凄い圧を感じたのは魔王戦以来です」
「本当にすごかったです。もう少し長く対峙していたら、心臓が止まっていたかもしれません」
事実、対峙していただけだというのに僕は呼吸をするのを忘れてしまっていたほどだ。
それほどに僕と司祭との間には絶対的な実力差があった。
技術や知識なんて小手先のものでどうにかなるような差ではない。そんな小手先ごと捻り潰せるほどの差だ。
「マリアさんは、本当にあの男を知らないんですか?」
「うーん。あそこまで強いオーラをまとっている人なら姿が変わってもわかると思うんですけど、全然分からないです。すみません」
「いえ、マリアさんが謝るようなことではないですよ。だったらあの男が一方的に知っているとか、もしくは最近いきなり強くなったとか……」
「一方的に知っていられてしまっては私からは分かりませんが、いきなり強くなるなんてことあるでしょうか? 少しぐらいなら分かりますけど」
確かにあのレベルまでいきなり強くなれるなら誰もがあれぐらいにはなれるはずだ。もしくは、そういう古代魔法具があるのなら別かもしれないけど。
つまり、あの男については、顔と教団で司祭と呼ばれていることぐらいしか分からないということだろう。
「僕も調べるので、マリアさんもあの男についてなにか分かりましたら教えてください。これ、僕の住所です」
「はい。分かりましたら連絡しますね」
そこでマリアを呼ぶ声が教会の中から聞こえた。
「すみません。行かなければいけないみたいで」
「いえいえ、今日はありがとうございました」
「はい。お大事に」
パタパタと教会の中に向かうマリアを見送った僕は家路についた。
ここで第二章は完結です。ここまで読んでくださった方ありがとうございます!
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