第30話 現れし人狼、幻の古代魔法具
更新遅くなってしまいすみません。
隠密の魔法は、一定の範囲内で行動を起こさなければ基本的にばれることはない。
僕みたいに一定間隔で索敵魔法を使っているとか、気配にものすごく敏感な人とかであれば話は別だけども。
だから、僕は戦闘の最中であっても有意義に詠唱を唱えることができる。
「深紅と紅玉に包まれし真龍スカーレット。全てを飲み込む巨大な顎に秘められし猛火をもって、今この瞬間、世界に紅蓮を満たせ! 『真・龍の吐息』!」
戦闘に大切なことは速度だと、僕は思っている。
その考えに基づいて、いつもはスピード重視の無詠唱か短縮詠唱を使う。しかし、それは威力と引き換えに速度を手にしたものだ。
本当に威力を出したい時は完全詠唱が一番。
今回は完全詠唱。
威力は言うまでもなく、最強。
ありとあらゆる付与魔法を唱えて、最新の魔法理論を用いて、込められるだけの濃縮魔力を詰め込み、最高の変換効率を生み出す魔法杖を使用した。
今の僕が繰り出せる最高の魔法がここにあった。
生まれ出た、魔法はフード男に向かって居一直線に烈火を届ける。
人間の身長分は離れている地面に転がる瓦礫を融解させるほどの熱量を帯びたそれ。
突然現れた紅蓮の柱にフード男が気づいた。
フード男はオリジンとの戦闘に髪もせずその場を飛びのく。
防御ができないと理解しているようだ。
しかし、甘い。
燃え盛る炎の柱はフード男をどこまでも追従していく。
真・龍の吐息は術者の魔力が尽きるまで消えず追い続ける。
ここからは、僕とフード男の根競べ。
僕の魔力が尽きるのが先か、フード男のスタミナが尽きるのが先か。
それは、しばらくの間続いた。
そして負けたのは男の方。
避ける足を止め、真・龍の吐息に向き直る。魔法を剣で受け止めようというのだろうか?
「流石は『祝福なしの転生者』。司祭様が油断するなとおっしゃっていただけのことはある」
炎に飲み込まれる直前、フード男の体が異様に膨れ上がるのが見えた。
「な……ッ!」
本来そこにあるのは、焼け焦げた人間の姿のはずだった。
しかし、そこにあったのはオオカミだった。
野太い尻尾。
しなやかで膨れ上がった筋肉。
鋼鉄をも引き裂けそうな鋭い爪。
突き出た口に並ぶ巨大な牙。
爛々と輝く黄金の瞳。
町の外のかすかな物音までも拾えそうな耳。
フード男が新月の夜空のような毛に覆われた人狼に変わったのだ。
「できればこの姿にはなりたくなかったのだが仕方ない」
人狼がしゃべる。
人の体躯を裕に超し、ひしゃげた魔導灯の柱と同じ背丈の人狼が僕を見下ろす。
漆黒の毛に黄金の瞳が満月のように咲いていた。
「それでは、本番と行こうか」
人狼が腕を振り上げた。
僕は咄嗟にその場を飛びのく。
その判断は正しかった。
今まで僕がいたところにはまるで隕石が降ってきたかの如く粉砕している。
フード男が化けた人狼の爪が地面を抉ったのだ。
僕は気休めばかりに距離を開ける。
このぐらいの距離、人狼がその気になれば一回の跳躍で詰められてしまう。それでもないよりはましだ。
人狼。その種族は獣人種と呼ばれている。
人狼以外にも猫人、竜人、モンクなど様々な種類がいるが、どちらかといえば魔族よりの交戦的なものたちが多い。
そして、獣の姿になれること以外に人間にはない圧倒的な身体能力があることも知られている。
ただ、だからこそ、僕も人狼との戦い方を知っている。魔王の配下に入っていた人狼族との戦い方を。
まず、人狼は武器を持たない。
その爪、その牙は生半可な武器を軽く凌駕する性能を持っている。武器なんかを手にすると逆に攻撃力が落ちてしまう。
「突き刺され! 真・結晶の彗星!」
煌びやかな貫通属性の魔法が人狼に飛来する。
人狼はその鋼のごとき毛と分厚い筋肉によってその身を守っている。毛は魔法を筋肉は物理攻撃を。
その防御力はすさまじく、溶岩の中でも死ぬことはなく、投石器から射出される岩をも受け止めることができるらしい。
だからこそ彼らは鎧を着ない。その肉体に絶対の自信を持っているのだ。
ただし、弱点が存在する。
物理攻撃なら、槍や弓矢。魔法なら貫通属性。
この攻撃にだけは毛も筋肉も意味をなさない。
だから――
「……くッ」
「その姿になったのは悪手だよ。僕にとってしてみれば、ただ魔法を撃ちこむだけでいいんだから」
僕は容赦なく貫通属性魔法を撃ちこんでいく。
人狼はその場から動くこともできず、攻撃にさらされ続ける。
どこからどう見ても勝負は決まっていた。
体中に無数の風穴を開け、地面に這いつくばる人狼。
それを見下ろす僕。
「言え。こんなことをしたわけを」
僕は静かに言った。
「……すべては神の御心のままに……」
「御心のままに?」
「そう、全ては神のお導きがあってこそ」
人狼が笑う。
「司祭様、申し訳ありません」
誰もいない虚空に向かって謝った。
「司祭様? 誰だそれは?」
「私のことです。『祝福なしの転生者』」
人狼の前にいつの間にか人影が現れる。
それは、司祭と呼ばれるにふさわしい身なりをしていた。
黒い修道服。
見るからに神に仕える使途の姿。
ただ、それはこの世界で最も信仰されているミシリア神の僕の姿ではない。
いったい何の宗教だろうか?
僕は前世から蓄えた知識をフルに活用する。
ただ一つ決まっていることがある。それはこの男が我々の敵であるということ。
僕は神託の杖を構えなおす。
「そんなに気になりますか? 我々のことが」
司祭と呼ばれる男がそう言って、人狼に触れた。
それは一瞬だった。
人狼が緑色の光に包まれる。
それは癒しの光。
「……まさか!」
「ほう。この古代魔法具を知っているのかね? 流石は祝福なしの転生者と言ったところか」
それは、すべての癒しをもたらすと言われる古代魔法具。存在のみが知られいまだ発掘に至っていない古代魔法具。
「全癒の指輪……」
「素晴らしいだろう……積もる話もあるが、我々はこのぐらいでお暇しよう」
司祭と人狼の姿が霞む。
「また必ず会うだろう。楽しみに待っていてくれ」
その言葉を最後に気配が消える。
それと入れ替わるように衛兵たちが悲惨な現場に押し掛けてきた。
僕とレベッカ、そしてエリスは衛兵に保護されて長い事情聴取に付き合わされるのだった。
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ここで第2章もいったん区切りとなります。
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