第28話 全能ではない力、今できること
更新を延期してしまい申し訳ございませんでした。
健康管理しっかりしていきます。
魔法は万能であって、全能ではない。
これは僕の師匠の言葉。
魔法は便利なの技術ではある。しかし、完璧ではない。それを端的に表した言葉だ。
例えば、魔法はタイムレスで使うことはできない。
戦闘態勢になっている魔法使いが無詠唱の魔法を使ったとして、その魔法が現実に影響を及ぼすまでに0.8秒かかる。
しかも、これは戦闘態勢の魔法使いの話だ。
戦闘態勢ではない魔法使いの魔法発現速度はその練度に大きく左右されるために一概には言えないが、おおよそ5秒程度。
さらに、奇襲によって混乱している場合、それは更に遅くなることが研究によって解明されている。
ここは、王都。犯罪率1.8%の世界有数の安全都市の中だ。
公安職や警備職ではない一般人の僕が戦闘態勢でいるはずもない。
つまり、爆発が唐突に起こるなんて誰も予想していないし、ましてや、その余波が襲ってくるなんて誰も考えていない。
だから、僕の魔法は間に合わなかった。
ただ、僕に礫が当たることはなかった。
エリスが倒れ込むように僕に覆いかぶさったからだ。
僕に当たるはずだった礫をエリスが体を盾にして防いだのだ。
「封鎖せよ! 幻視の障壁!」
そして、ようやく僕は防御魔法の構築を終える。
広域型の高位障壁魔法が魔法文字を浮かび上がらせながら展開させる。
これで礫ごときが飛んでくることはなくなった。
「大丈夫!! エリス!」
ボクをかばったエリスに怪我がないか確認する。
「はい。あたしは問題ありません。カルロ様の盾になるのも下女の務めです」
いつものように微笑むエリス。
実際に服の上から見たエリスの体には血の跡もない。
僕を庇った反応もレンガサイズの礫を受けても怪我をしないところも人間を辞めているのではないかと真剣に思う。
安堵の中、僕はレベッカを見た。
瓦礫が散乱する石畳の上で頭部から血を流し、横たわるレベッカを。
「レベッカ! レッベカ! 返事して!」
レベッカを抱えあげる。
反応はない。
ぐったりとしたレベッカの体からは微かにだが、呼吸音が聞こえてくる。
死んでしまっているというわけではない。
「癒やせ、治癒」
僕は即座に治癒魔法を唱えた。
僕の中の魔力が神託の導きに集約され、現実干渉力を得る。
そして、癒やしの光となりレベッカに降り注ぐはずだった。
「なんで……ッ!? おかしいだろ!」
なぜか集約した魔力は空気中に分散し、その魔法の効果を発揮しない。
「癒せ! 治癒!」
もう一度同じ魔法を唱える。
今度はさらに大量に魔力を費やして唱えた。
結果は変わらなかった。
レベッカの傷は治らず、ただ無駄に魔力を浪費しただけ。
理解不能な自体に僕が狼狽するのに追い打ちをかけるように幻視の障壁が崩れ去る。
青い障壁は大規模攻撃魔法にも耐えられるように設計されたもの。
爆発の飛散物ごときで壊れることなど絶対にない。
しかし、現実に幻視の障壁は崩れ去っている。
遮るもののなくなったことで待ってましたとばかりに飛び込んでくる礫。
理由は分からないけど、魔法は使えない。
僕は神託の導きを構える。
魔法が使えないなら、物理で。
神託の導きは、最高硬度の木材、ミシリア神木によってできているのだ。物理攻撃が得意分野ではなくともある程度の心得ぐらいはある。
しかし、またしても僕に礫が飛んでくることはなかった。
瞬き一つ。
それだけだった。
周囲に飛んでいた礫がことごとく粉々に打ち砕かれ地面に転がっていた。
僕に分かることは、エリスが礫を撃ち落としたことだけ。
エルドラード士官学校の制服の裾が翻り、エリスの立っている地面には砂ぼこりが立っている。
「素晴らしい!」
唯一残っていた家屋の屋根の上にフードを目深にかぶって男が現れる。
男は、場違いなまでに拍手を打ち鳴らし、エリスに賛美を贈っていた。
空気が揺れる。
僕の目の前に立っていたエリスの姿がかすみ、次の瞬間にはエリスの姿はフード男の隣にあった。
それから起こったことは凄まじいの一言に尽きる。
幾多の拳が飛び交い。
幾万の剣戟が交じり合っていた。
魔法によって視認能力を強化できていない僕に認識できるエリスとフード男の戦いは少ない。それでもそれがすさまじい領域であることは理解できた。
今までに僕が見てきた剣の戦いとはマサキの戦闘。あとは国王陛下主催の武術大会の試合ぐらい。
マサキの戦闘は圧倒的な刀剣の性能によるごり押しで、ほとんどが一撃必殺。武術大会の試合は、模擬刀の強度のに合わせた生ぬるい物。
美しい乱舞だった。
これが死と隣り合わせの戦闘でなければいくらでもお金を払って身に来るほどのものだった。
しかし、均衡は唐突に崩れる。
エリスが吹き飛ばされ地面に転がる。
遠目に見てもエリスが満身創痍なのが分かった。
本来なら魔法使いとして援護魔法を放たなければならない。
僕は神託の導きを強く握りしめた。
魔法を使えないこの状況が僕は悔しくてたまらない。
エリスがよろよろと立ち上がる。
そして、超人的な脚力を持ってフード男に飛びかかり、地面に這いつくばった。
フード男とエリスが何かを話し、フード男が刀を振り上げた。
僕はあらん限りの声で叫んでいた。
「やめろーーーーッ!」
フード男の剣が無情にもエリスの心臓を貫く。
生気の無くなったエリスの瞳が僕を見つめていた。
「惜しいことだ。光るものもあったというのに……実に残念だ」
フード男は、エリスの体から刀を引き抜くと、余裕の足取りで僕に近づいてくる。
僕はレベッカを抱え上げ、神託の導きを正中に構える。
「魔法の使えない貴様ごときが私にかなうとでも? 先ほどの戦闘もすべては見れていないというのに」
「そんなことはやってみなければ分からないだろう!」
いいや。僕にも分かっていた。
「なるほど。それもそうだな。ラッキーパンチがあるかもしれないからな」
フード男が嘲笑する。
僕は何も言い返せない。
「安心しろ。貴様は司祭様から生きた状態で回収しろと言われている。死ぬことはない」
フード男の言っていることは本当なのだろう。殺気は微塵も感じられなかった。
「それで、僕が杖を下ろすとでも?」
「別にどちらでもいい。結果はどうせ同じなのだ」
フード男は一歩、また一歩と近づいてくる。
そして、飛び退いた。
僕が何かをしたわけではない。
「まだ生きていたとは。確実に死んだことを確認したはず!?」
死んだはずのエリスがフード男に襲い掛かったのだ。
「今の不意打ちを避けるとは不埒者もやりおるのう」
心臓のあった場所に風穴を開けたままのエリスがしゃべる。
ただし、普通と違うのは血の代わりにどす黒い何かが流れ出ていること。
そして、普段は銀色の髪の毛が漆黒に染まっていた。
「主も、そんなところでボケっとするでない」
「まさか……ッ!」
「そのまさかだ。今は我の力によって魂をこの体につなぎとめておる状態じゃ。すぐに治療をすればまだ間に合うはず」
オリジンが動かすエリスの体はどこかいびつな動きでフード男に剣戟を放つ。
それでも、その攻撃は的確で全知の精霊だと実感できた。
「でも、今は魔法が使えないんです」
そう。そもそも魔法が使える状況ならこんなことにはなっていない。
「この戯けが! 魔法が使えないなら考えろ! 主は研究の徒なのだろ!」
オリジンの言葉が僕の胸につき刺さる。
僕はなんて馬鹿だったんだろうか。
自分の不得意分野にばかりに囚われて、相手の土俵で戦って。
なんてアホみたいなことをしていたんだろう。
僕は、レベッカを物陰に寝かせると行動を開始した。




