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第26話 変わらない通学路、同時多発テロ

 翌朝。


 小鳥が窓際でさえずる音で僕は起きた。


 めちゃくちゃ眠い。昨日、あんなことがあったせいでほとんど眠れていない。


「おはようございます、カルロ様。朝食のご用意ができております」


 いつからそこで待っていたのだろうか。ベッド横からエリスが顔を覗かせた。


「おはよう」


 二度寝したい気持ちを押し殺してベッドから起き上がる。


 隣の部屋には言葉通りに豪華な朝食が準備されていた。


「いただきます」


 とりあえず、半熟の目玉焼きを口の中に放り込む。


 やっぱり、うまい。


 高級宿屋の朝食顔負けだ。


「お召し物もすでに準備できておりますので、着るときにはお呼びください」


 と、キッチンから顔を覗かせるエリス。


「いや、服ぐらい自分で着られるから」


「主人の服を着させるのも下女の仕事です! お任せください!」


「ここに住んでもいいかなと思っていたけど、言うこと聞けない――」


「聞けます! ここに住んでも良いんですか?」


「言うこと聞けるならね」


 オリジンに毎日一つ質問するにはエリスががここにいた方が都合いい。オリジンが表面に出てこれるのはエリスの意識がないときだけで、普通に生活している限りそんな時はエリスが寝ている時だけだ。


「カルロ様、ありがとうございます!」


 エリスは、泡だらけの手で僕に抱きついてくる。


「離して、エリス」


 と、僕。


「カルロ様、大好きです!」


 離れるどころか、頬ずりをしはじめるエリス。


「離れないと今の話、無かったことにするよ」


 その瞬間、エリスは驚異的な跳躍力を持って僕から離れた。


 僕はこれから先が思いやられるなぁ、とため息をついたのだった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「おはよう」


 僕は見慣れたいつもの通学路で見慣れない後ろ姿に声をかけた。


「おはよう、カルロ』


 見慣れない後ろ姿ことレベッカの横を並んで歩く。


「珍しいね、こんな時間にレベッカが登校するなんて」


「うん。今日は弟が熱を出しちゃったから、教会に預けに行っていたんだ」


 理由は聞いてもはぐらかされるのでよく分からないけど、レベッカは常に教室に一番乗りで入っているらしい。


「それは、お大事に」


「マリア様が診てくれるから、帰る頃にはいつものやんちゃ坊主に戻っていると思うけどね」


 なるほど。僕も病気になったら教会に行こう。マリアに会いに。


「それで、それは何?」


 うん。やっぱり気付くよね。


「えーっと、僕の実家で長年雇っている家令の家の娘、エリス」


「はい。あたしはエリス・アヴァロンと申します。よろしくお願いします」


 僕の左斜め後ろに一定の距離感を保って付いてきていたエリスが礼儀正しくお辞儀した。


「うん。よ、よろしくね」


 困惑気味のレベッカ。


 なにからつっこめばいいのか分からないといった感じだ。


 大丈夫、レベッカ。僕も同じ気持ちだ。


「エリスちゃんは、エルドラードの学生なの?」


「はい。昨日、入学しました」


 エリスは、しっかりと士官学校の制服を着こなしている。別にそんなことは確認しなくても制服を見れば分かることなのだけれど、本来、僕も含めて幼児が着るような服ではない。


 例外も一つだけならまだ分かる。


 でも、その例外が2つ並んで歩いている。


 さらに、


「エルドラードってこっちじゃないよね?」


 と、レベッカ。


「はい。こちらではありません」


 と、エリス。


 そう。士官学校は僕たちが向かっている魔法学校とは真逆の位置にある。


 つまり、今の質問の意味は「なぜここにいるの?」が正しい。


「魔法学校まで一緒に来てから士官学校に向かうらしいよ。よく分からないけど」


 エリスのかわりに僕がレベッカの声に答える。


 ちなみに朝玄関で僕も同じ質問をした。


 答えは――


「下女の務めです」


 だそうだ。よく分からん。


 玄関まで見送りに来るならまだ分かるし、行くべき方向が同じなら付いてくるのも分かる。ましてや、エリスも暇な訳がないのでさらに謎は深まるばかりだ。


「貴族も大変だね」


「マリアンヌ王女殿下よりはましだと思うけどね」


 常に誰かが一緒にいるなんて僕なら耐えられない。不可抗力(オリジン)によって共に生活しなければならないエリスですら耐えられないのに。


「そうだよね。私、平民に生まれて良か――」


 レベッカの言葉は唐突な爆発音によって僕の耳には届かなかった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「カルロ様……ッ!」


 あたしは、覆いかぶさるようにカルロ様に飛びついた。それは、考えるとかではなく、まさしく体が反射的に動いた結果だった。


 地面に倒れ込んだあたしの体の上に容赦なく元は家屋だった大小様々な瓦礫が降り注ぐ。


「封鎖せよ! 幻視の(イルズオーン)障壁(・ミュール)!」


 あたしとレベッカ様を包み込みように半球状の魔法壁が瞬時に出来上がる。散発的に続く爆発によって新たに発生する瓦礫もカルロ様の作った魔法壁は完全に防ぎきっている。


 あたしは魔法に詳しいわけではないけど、これが高度な魔法であることはなんとなく分かった。


「大丈夫!! エリス!」


 心配そうなカルロ様。


「はい。あたしは問題ありません。カルロ様の盾になるのも下女の務めです」


 あたしはにっこりと聖母のように微笑んだ。


 このぐらいの瓦礫ならいくつあったっても何の問題もない。


「レベッカ! レッベカ! 返事して!」


 ただ、カルロ様のご学友のレベッカ様はそんな頑丈な体ではなかったようだ。


 カルロ様の腕に抱かれ頭から血を流すレベッカ様はカルロ様の問いかけに反応をしない。


「癒せ、治癒(ヒール)


 この魔法は、あたしも知っている。


 あたしがけがをしたときにもよく使ってくれた治癒魔法だ。


 緑色の光がレベッカ様を包み込……まない。


「なんで……ッ!? おかしいだろ! 癒せ! 治癒(ヒール)!」


 カルロ様がもう一度同じ魔法を唱える。


 が、しかし。


 何も起こらない。


 それどころか先ほどカルロ様が発現させた魔法壁まで何の予兆もなく消え去ってしまう。


 遮るものの無くなった瓦礫が重力に従いカルロ様に向けて飛んで行く。


 あたしは、腰に帯びた直剣を迷うことなく抜いた。


 カルロ様に向かって飛んでいく身の程を知らない瓦礫を抜き身の刀身で問答無用に叩き落とす。


 なぜかは分からないけど、今のカルロ様は魔法が使えない。だったら、あたしがカルロ様の為に盾になるのは当たり前のことだ。


 四方八方で発生する爆発によって四周から飛来する瓦礫。


 あたしは考えることを放棄した。


 カルロ様のように知識がすごいわけでも技術を持っているわけでもない。先読みもできなければ、型も流派も知らない。


 だから、あたしがやるべきことは一つだけ。


 大きく息を吸い込み、止める。


 その瞬間、世界が減速した。


 あたしを見つめるカルロ様の視線。カルロ様の胸の上下。カルロ様の額を伝う汗の流れ。そして無数に飛び交う瓦礫。


 その全てがゆっくりと動く。


 ゆっくりとなった世界であたしだけが元の速度を維持して動く。


 ノロノロと動く瓦礫を叩き、切り、落とし、殴り、蹴り、投げ続ける。


「素晴らしい!」


 すべての瓦礫を処理し終わると周囲で唯一残った建物の屋上からパチパチと拍手を送る人影が一つ。


 あたしは50歩分の距離を一飛びで縮めると、その人影に剣を突き刺した。

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