第25話 無理難題、安すぎる報酬?
「一応、初めましてかな?」
エリスの姿をしたエリスではない何かが近づいてくる。
「我をそんなに警戒しなくてもいいのではないか? 主も我の正体に薄々感づいておるのだろう?」
確かに正体自体は確信している。
だが、だからこそ。
正体が分かるからこそ警戒しているのだ。
「それよりも近づかないでもらえます? エリスの体を傷つけたくないので」
「安心したまえ。我は主に危害を加えるつもりはないぞ。カルロ・サンジェルマン――
エリスの栗色の髪の毛が風もないのに動く。
――いや、元王宮首席魔法師・クラウスと言った方がいいのかな?」
「……なっ!?」
彼女の口から出た名前は、僕の前世の名前。誰も知らない事実のはずだ。
「そんなに驚くことじゃない。我は全てを知っている。始まりから終わりまで、その全てを」
もう、これは決まりだろう。このエリスの形をした人物の正体は――
「……ソウル・オリジン」
私、アレイスター・クロウリーは自然に魔法を見つけたのでない。ある存在によって魔法という画期的な技術を教わった。
これは、魔法使いの祖と言われる彼の作った、最初の魔導書の表紙に書かれている言葉だ。
そして、彼に魔法を教えた存在と言われているのが、原初の精霊・オリジン。通称ソウル・オリジン。
オリジンは、この世のすべてを見通す目を持ち、過去、現在、未来の全てを知っているとされる。
この神にも等しい存在が気まぐれに人間に教えた技術こそが今の魔法と呼ばれるものなのだ。
フフッ、っとオリジンが笑う。
それだけで僕の体は動かなくなった。
抵抗をするという行動自体が圧殺される。
「お互いに何者かを名乗りあったことだし、話を始めようか」
意思に反して動かない体をオリジンが撫でる。
「そうだな。どこから話そうか……」
エリスの体をした原初の精霊が僕の頬を舐める。
「そうじゃな、我がこの体に住み着いている理由から説明しよう」
カチカチと時を刻む音が時間は動いていることを伝えてくれる。
「この体、エリス・アヴァロンに我が宿ったのは3年前。主も覚えているだろう」
頬を這っていたエリスの舌が首筋に下がってくる。
3年前の出来事で、僕とエリスの関係する出来事など一つしかない。
僕は、エリスの命を助けるためにエリスに禁術を使った。遡る時間と呼ばれる禁術を。
「そう。それだ。その禁術は回復魔法ではない」
つまり、あの禁術は回復魔法ではなく召喚魔法だったと。
「話が早くて助かるぞ。この体を治癒したのも魔法の効果ではなく、我を体に入れたことによる副次作用」
生暖かい吐息が耳に吹きかけられる。
「我をこの体から追い出すことは、つまり、この少女の死を意味している」
これは、脅しだ。
召還魔法を唱えたらエリスが死ぬぞと。
「それでは、本題に入ろうか」
ぱちんと指を鳴らすオリジン。
僕は体の自由を取り戻した。
「何がして欲しいんですか?」
顔中に塗りたくらたエリスの唾液をゴシゴシと袖でぬぐい取った。
僕にオリジンが話があるのなら、僕にしかできない何かをさせたいのだろう。
「肉体の生成だ」
「それは、人造人間を作れということですか?」
今だかつて人間が人造人間を造り出したことはない。
「その通りだ。我に完全に適合する肉体を作るのだ」
だから、もちろん僕も作る方法を知らない。
「自分ですればいいのでは?」
全てを知っているオリジンであれば簡単に造り出せるのではないだろうか?
「それはできん。主もこの体のことを知っているのだろう?」
なるほど。確かにエリスの体では人造人間を造れないと納得する。
そしてその答えはオリジンが自らの意志で宿主を変えることができないことも示している。
人造人間は、簡単に言えば魔法具の一種だ。
魔法具を作るには3つの要素が必要になる。
まず、材料。
作りたいものに合った材料がもちろん必要だ。
次に、技術。
材料があっても作り方が分からなければ作ることができない。
ここまでの2つは、エリスの体でも問題ない。
材料なんて、探して集めるだけのことだし、オリジンにしてみれば適切な材料もその材料がある場所も分かっているのだからむつかしいことでもない。技術なんて、この世界に生きている生命体でも最高の域にあるはずなのだから考慮の余地もない。
が、しかし。
最後の1つだけはエリスの体では満たすことができない。絶対にだ。
3要素の最後の一つは、製作者の魔法適性。魔法適性が高ければ高いだけ高位の魔法具を作ることができる。
現代において古代文明よりも高性能な魔法具が作られない点もここに原因がある。
魔法適性が高い人間は、普通、魔法使いになる。魔法具職人になる変わり者はなかなかいないのだ。バル爺さんは変わり者の中の変わり者。たぶん、魔法使いとして生きる道を選択していたら、世界で5本の指に入るような屈指の魔法使いになっていたと思う。
そして、エリスの魔法適性は皆無。
つまり、魔法具を作ることができない体なのだ。
「では、交渉に入るとしよう。主の望みはなんだ?」
僕は即答した。
「知識を。魔法の知識をください」
オリジンは魔法の深淵を覗くものなんて比ではない。魔法の深淵そのものだ。
最も求めていたものが手に入る可能性が、そこには転がっている。
「いやだ」
真顔の答えが返ってきた。
「知識とは力。力は独占してこそ意味があるのだ」
この精霊は肉体が欲しくないのだろうか?
「ただし、1日1つの質問にぐらいなら答えてやろう」
1日1つの知識を得る代わりに前人未到の問題を解決しろとはずいぶん横暴な話だ。
割に合っていない。
「それでいいですよ」
オリジンが目を丸くする。
「本当にそれでいいのか? 主は無欲なのか? 永遠の命とか国とか身分とかでもいいのだぞ?」
そんなものどうでもいい。
確かに永遠の命は少しだけ魅力を感じるけども、永遠に悩んでも分からないこともある。
それに課題の『人造人間の創造』も僕にとっては、いつ取り組むかの優先度の差はあっても、いつかは取り組む研究課題なのだ。
「具体的にはいつまでに造ればいいですか?」
流石に明日までとかは不可能なので残念だけどお断りするしかない。
「いつでも良い。我は永遠を生きる精霊。人間種の時に興味はない」
「分かりました。出来るだけ早く造れるように努力します」
「では、契約成立だな。早速一つ、質問を受けようではないか」
僕はもったいないけど、どうしても気になったことを聞くことにした。
「なんで、さっき僕の体を舐めたんですか?」
舐めるという行為に何か意味があったんだろうか? 例えば呪いを付与したとか。
「特に意味はない。なんとなくそうしたかっただけだ。気にするな」
当然だろうと言わんばかりの顔のオリジン。
この精霊と付き合っていくのはめんどくさいかもしれない。




