第24話 ベッドの中の決意、不審者の極み
「カルロ様、そろそろお休みになられた方がよろしいのではないでしょうか?」
食後の魔法具磨きに性を出す僕にエリスが声をかける。
「これ、磨いたら寝るつもりだから」
確かにすでに時刻は日を跨いでしまっている。
普通の7歳児なら睡魔に抗えない時間だ。
「あと、明日からはちゃんとこの家以外の下宿を必ず借りてね」
今日は、もう仕方がないけど明日からはなんとしてもエリスを追い出さなければ。
「……ここに住んではだめですか?」
「だめです」
「どうしてもだめですか?」
「だめです」
「……分かりました。明日、この近くに部屋を探し……はぅぅぅ……」
あくびが堪えきれないといった感じのエリス。
特に何をするでもなく僕の魔法具磨きを眺めるエリスは眠そうだ。
「いいよ、エリス。先に寝てて」
「いえ、主人よりも先に下女が寝るなんて、とんでもないです!」
口ではそう言っているものの、体は正直だ。椅子に座りながらウトウト舟を漕いでいる。
「そこで寝られて魔法具を壊されたくないから、寝て。ベッドは奥の部屋にあるから」
エリスが椅子から落ちて怪我をするぶんには治癒魔法をかければすむ話だけど、魔法具は壊れたら元に戻らない物だってある。
「……はい。分かりました」
一瞬の逡巡の後、素直にベッドに向かっていくエリス。
相当、眠かったのだろう。
「ベッド周りにある物には絶対に触らないでね」
僕の言葉にエリスはこくんと頷く。
寝室にある物の中には変に触るとこの辺一帯が吹き飛んでしまうような代物もあるし、貴重な魔法具だって保管してあるのだ。
僕は誰もいなくなったリビングでせっせと魔法具を磨き続ける。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
あたしは潜り込んだベッドの中から部屋の中を見回す。
そこにはところ狭しと、あたしには名前も使い方も分からない魔法具が並べられている。
「やっぱりすごいなぁ」
この部屋の主であり、あたしの命の恩人の顔が浮かぶ。
あたしは、3年前、この部屋の主カルロ様に文字通り命を救われた。
腹部に残る痛々しいいくつもの歯形。肉を無理やり引き裂かれ、内臓を引きずり出し、骨を噛み砕かれた跡。
その当時の記憶は無いけれど、今も残る体の傷跡があたしが瀕死の重症を負ったことを表している。
カルロ様は、たまたま持っていた回復薬のお陰だと言うのだけれど、こんな傷が回復役程度で治るわけがない。どうやってあたしを助けてくれたのかは分からないけど、ただ一つ間違いなく分かることがある。
カルロ様があたしを救ってくれたということ。
だから、瀕死になる前の記憶がないあたしにとってカルロ様こそが全てだった。
おかしなことを言っていると笑う人もいるかもしれないけど、あたしの人生はカルロ様から始まって、カルロ様によって成り立っているのだからそう思っても仕方がないことだと思う。
あたしは自らの成すべきことを強く強く心に何度も何度も刻み込む。
例え、また記憶が無くなったとしても思い出せるように。
どんな日にも欠かしたことはない。
「カルロ様を何者からも守る」
声に出すことによって、口から耳から決意を刻み込む。
あたしの行動は全てがこの決意からきている。
エルドラード士官学校に入学したのも、近くでカルロ様をお守りするため。
カルロ様にどれだけ邪険にされようと、カルロ様があたしのことを避けようと、あたしはカルロ様を一番近くで、カルロ様の一番そばで、カルロ様をお守りすると決めたのだから。
実際、カルロ様があたしごときの力を必要とすることは無いかもしれない。逆にあたしは足手まといなのかもしれない。
だけど。
あたしみたいな人間でもカルロ様の盾になることぐらいは出来るはずだ。
全てをカルロ様から貰ったあたしは、その全てをカルロ様にお返ししなければならないのだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「そろそろ、寝ようかな」
僕は今まで磨いていたランプ型魔法具を棚に置く。
魔法具を磨いている時間は、普段よりも時の流れが早すぎて、ついつい夜ふかしをしてしまうのが僕の悪い癖だ。
と、ここで僕は小さな異変に気が付いた。
隣の部屋、つまりは寝室で誰かが動いているのだ。
エリスは、確実にさっき寝ている。
さっき覗いたのでそれは間違いない。
僕は、壁に掛けてある神託の導きを握る。
扉の隙間からのぞき込むと幼い少女が僕の研究道具たちを興味深そうに持ち上げている。
「飛び散れ! 放電火花」
不審者にを殺さない程度に減衰した魔法を扉の隙間から撃ちこむ。
が、しかし。
僕の放った魔法を不審者は振り返りもせずにかざした右手で握りつぶした。
いや、正確には魔法の発現予兆を握りつぶされた。魔法除去とは別系統の対魔法技術だろう。
全くの予想外の出来事。
威力を弱くしたとはいえ、魔法学校の生徒でも10分はしびれて動けなくなるような電撃魔法を唱えたのだ。
強い。勇者パーティーの囮役をしていた僕の戦闘カンが警鐘を鳴らす。
魔法を物理でかき消す技術も、気づかれることもなく室内に潜入できる技術も素人ができるようなことではない。
僕の戦闘スイッチがカチリと音をたてる。
「跪け! 超重力!」
不審者の周囲にのみ効果が及ぶように調整して発現させる。
今度こそ確実に魔法は現実世界に干渉した。
「――ッ!!」
何の変化も起きなかった。
不審者は跪くことも、魔法に抗うこともなく、平然と立ち続ける。
反撃は来なかった。
暗闇の寝室で僕は考える。
なぜ、魔法が効かない?
不審者はただ対魔法防御力が高いだけではない。
考えてもその答えは分からない。ただ漠然と何かが違う、変な気持ちの悪い違和感だけがそこにある。
脳内にあるありとあらゆる魔法を検索する。
室内であること、貴重な研究資材が山のようにあること、ベッドにはエリスが寝ていることを踏まえれば、僕の使える魔法の種類は限られてくる。
僕がこの魔法を選択したのはある意味必然だったのかもしれない。
「咲き誇れ! 原初の花」
それは、この世界で最初に開発されたと言われる禁術。
その効果は、睡眠。
最近の魔法に比べれば地味なもの。
しかし。
対抗魔法、精神防護、物理障壁等の影響を一切受けることのない魔法。
この得体のしれない不審者に使うには最善の魔法だろう。
この魔法には対抗方法がない。僕であっても準備をせずにこの魔法を防ぐことは難しい。
「なるほど。中々に面白い」
初めて不審者が声を発する。
どこかで聞いたことのある声だ。しかも、すぐ最近。
あの見た目……まさか―—
「我の作った魔法がこのように改良されておるとは……実に素晴らしい!」
魔法の開発において重要なことがある。
それは、開発者用の抜け道の設定。つまり弱点と呼ばれるものだ。
これは、どんな魔法にも必ず作られる。理由は単純で強力な魔法を開発した場合、自分だけが使うのなら問題ないが、もしも、敵対勢力に渡ってしまった時のことを考えてだ。完全に弱点のない魔法はもちろん開発者にも防ぐことができない。
そのため、魔法開発において抜け道を作ることが大切になる。
もちろん、敵に弱点がばれてしまっては意味がない。だから、抜け道は巧妙に隠されている。
つまり。
始まりの花にも開発者用に抜け道がある。
「すまない。それは我には効かないようにできているのだ」
白い鱗粉が降りかかったにもかかわらず、その言葉通り不審者はゆっくりと振り返った。
妖艶に微笑むその姿。
それはまさしく『エリス・アヴァロン』の姿をしていた。




