第23話 美味しい食事、魔法杖の初仕事
僕は家に帰ってきていた。
ただ、いつもと違うのは僕が一人で帰ってきていないこと。
「ねぇ、何でエリスも一緒に来てるんだよ」
「?」
ちょっと言っている意味が分かりません、とでも言いたげな顔のエリス。
そう思っているのはこっち方だ。
「いや、だからいつまで僕についてくるの?」
「いえ、いつまでと言われましても……あたしはカルロ様のいる所にいるだけですので」
なんだか微妙に話がかみ合っていない。
「そうじゃなくて、エルドラード士官学校は全寮制でしょ。そろそろ門限なんじゃないの?」
時刻は既に夜の8時。
日もすっかり暮れて、町には魔法灯の明かりが満ちている。
「いえ、エルドラード士官学校が寮制なのは男子生徒だけです。なのであたしには門限とか関係ありません」
つまり、エリスには寮以外に泊まる場所が必須。
そして、僕の家までついてきている。
あと、なぜか玄関前には覚えのない大きな荷物が届いていた。
うん。ここまで来たらもう間違いようがない。
「もしかして、ここに住むつもり?」
「はい。住み込みでカルロ様のお世話をさせていただきます」
なるほど。だからバル爺さんに頑なに下女だと言っていたのか。
僕は冷静にエリスを玄関の外まで運ぶ。
「今からでも不動産屋に駆け込めば学生用の安い部屋も見つかると思うから」
僕はそう言って玄関を閉めた。
もしも、このままここに住まわれたら実家を出る前に逆戻りだ。
それに、エリスも思いのほか無抵抗だったので今頃しっかりと不動産屋に向かっていることだろう。
僕は毎日のノルマの脳内訓練と濃縮魔力生成をこなしていくのだった。
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ノルマに勤しむこと2時間ほど。
僕は、額の汗を拭うと、神託の導きを手に取る。
あ、神託の導きとは、バル爺さんから受け取ってきた古代魔法具並の魔法杖の名前だ。
新品の魔法杖は最初の所有者に命名権があるので、僕が濃縮魔力生成をしながら考えたのだ。かっこいいでしょ!
僕は、ローブとブーツをすばやく身に着けるとドアを開ける。今からは実地研究、魔獣を狩りに行くのだ。神託の導きの性能試験もしたいし。
ただ、僕の予定はまた大幅に変更を余儀なくされる。
だって、ドアを開けた先にはエリスがにこやかに待機していたのだから。
「……ッ! え、何で、まだいるの!?」
「カルロ様がここにあたしを置きましたので」
つまり、エリスはここに追い出されてから2時間ずっと立ちっぱなしだったということらしい。
僕は玄関の周囲を急いで確認する。
「どうかされましたか?」
「どうもこうも、女の子を2時間も外に放置していたと思われたら僕の近所付き合いに支障をきたすだろ」
どうやら、付近に人気はないようだ。
索敵魔法もしっかり使ったから隠れてこの状況を見ている人間もいないはずだ。
「それについてはご安心ください。あたし、ここを通り過ぎる人の言葉には丁寧に対応いたしました。カルロ様の評判を落とすような事していませんよ」
と、エリス。
「ちょっと、待て。エリス、どんな対応をしたんだ?」
嫌な予感しかない。
「はい。皆様に何をしてるのだと聞かれましたので、カルロ様にここがお前の居場所だ、と言われたとお答えしました」
ああ、やっぱり。
「皆様、お優しいですよね。こんなにたくさんの食べ物とか、お金とか、色々とくださって。あたし、都会は怖いところだと思っていたんですけど、優しい人ばかりでホッとしました」
見ればエリスの手にはたくさんの袋が握られている。
この一年積み上げてきた僕の評判が……ッ!
これは、あとで近所中に誤解を解きに行かなければいけなくなってしまった。
「カルロ様! 折角たくさんの食材をいただきましたので、少し遅いですけど夕食を作りますね!」
エリスは、僕の気持ちも知らずに、フンスと家の中に入っていく。
「はぁ……もう、好きにしてくれ」
僕は、性能試験の延期を決定した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「どうですか?」
覗き込むように僕を見るエリス。
「美味しいよ」
僕はエリスの作った料理を口に運ぶ。
エリスが作った料理は、アロス・カルドソという料理らしい。リゾットみたいな料理だ。
お世辞抜きにうまい。
エリスは辺境の最底辺とはいえ、古くからあるサンジェルマン男爵家に代々仕える家令の家柄、アヴァロン家の娘。
家事スキルは、一つ残らず完璧。
貰い物と家にあった余り物でこのレベルの料理を作れるのだからすごいの一言に尽きる。多分、栄養とかもしっかりと考えて作っているのだろう。
「お口に合って、良かったです!」
うまい。うまいのには間違いないのだけれど。
ただし、問題はこの量。
すでに、5杯分は食べたのに、いまだに僕の前には大釜満杯のアロス・カルソドが控えている。
「……作り過ぎじゃない?」
「カルロ様は、成長期ですもの! これぐらいは食べなくては成長できません! はい、まだまだありますからね」
空になっていない僕のさらに注ぎ足すエリス。
まるで、料理が無限に湧き出てくる魔法具みたいだ。
「……エリスは食べないの?」
僕のお腹はすでに限界。ただ、料理を残すなんてことは絶対にしない。
「主人の料理に手を付けるなんて、できません!」
く……ッ! こうなったら方法は一つ。
「あっ! ゴキ○リ!」
「どこですか!」
エリスの視線が僕の指さした方向に固定される。
僕はすかさず神託の導きに手を伸ばす。
秘技・真空冷却保存!
神託の導きを介して放たれたのは、冷却魔法と転移魔法の複合魔法。
大釜の中からアロス・カルソドが一滴、一粒残さず転移する。
転移場所は僕の研究室にある空の壺。
そのまま絶対零度を顕現させる冷却魔法によってホカホカのアロス・カルソドはカッチンコッチンに凍ったはずだ。
ちなみに壺の中の空気を変わりに大鍋の中に転移させてあるので壺の中身は完全に凍ったアロス・カルソドだけ。
こうやって保存すると食材の日持ちが良くなるのは研究によって解明済みだ。食べる時は火系統魔法で直接温めるか、必要分だけ鍋に入れれて炉にくべればすぐに食べることもできる。
「ごめん! 勘違いだったみたい」
冷凍保存したアルソ・カルソドは明日、近所の皆さんに配ることにしよう。誤解を解くついでに。
「本当ですか!? 良かったです。もしも、見つけたらあたしが瞬殺しますので教えてください」
エリスは、片手にスリッパを掲げながら周囲を警戒している。
「あれ? 料理なくなってますね!?」
エリスは、すぐさま変化に気づいてしまう。
「……うん。食べた。美味しかったよ。ごちそうさま」
嘘をつくのは心苦しいが、明日の健康のためには致し方ない。
「はい! お粗末様でした!」
使い終わった食器を流しに運ぶ、テンションの上がったエリスの後ろ姿。
僕は心の中で謝った。
ごめんなさい、バル爺さん。
バル爺さんの最高傑作の初仕事は余った料理の保存でした。




