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第22話 最高の素材、最高の武具

「お邪魔しまーす」


 僕はオリエステルの魔法具店の立て付けの悪いドアを開ける。


「おお、坊主! 来おったな、待っとったぞ!」


 山積みの魔法具の奥に座るバル爺さんが磨いていた魔法具を置く。


「魔法杖を受け取りに来たんだけど、どれ!」


 僕の魔法杖はいったいどこに。


「まあまあ、そうせかすでない。今、持ってくる。そこで待っておれ」


「うん!」


 僕はバル爺さんが差し出してくれた椅子に座る。


 バル爺さんは、そのまま店の奥へと消えていく。


 そして、待つこと数秒。長細い箱を手に持ったバル爺さんが現れる。


「ほれ、これじゃ。確認するだろ?」


 僕は、差し出された箱のふたをはやる気持ちを抑えて慎重に開けた。


 そこに入っていたのは、シンプルな木製の杖。ただの杖と違うところは、先端にマゼンタ色の大粒の魔法石(コア)が付いていることぐらい。


 僕は、装飾のほとんどない魔法杖を箱から取り出す。


「軽い……ッ!」


 手に持つそれは、ほとんど重さを感じさせない。さらに、吸いつくような質感も合わさって、元々、体の一部だったのではないかと勘違いしていしまいそうな代物だ。


「じゃろ! ミシリア神木の枝から削り出した最上級品だからのう!」


 自信満々のバル爺が言う。


「ミシリア神木!? 年間で1本の枝しか市場に出回らないって噂の!?」


 ミシリア神木は、魔法具の素材として最高の原料と言われている。魔法の威力に大きくかかわってくる魔力の伝導率は限りなくゼロに近し、その耐久性は木製にして金剛石を上回る。つまり、僕のようないわゆる魔法戦を得意とする魔法使いにも、レベッカのような物理系魔法戦を行う魔法使いにも対応できるのだ。まさに万能素材。


「おうよ。その1年分の塊がそれよ!」


 もう、これ、すごいってもんじゃない。神器とか、その類だと言われても納得してしまう。


「坊主、付与ステータスも確認してみな! そっちも驚くぞ」


「もちろん」


 僕は杖を軽く指ではじく。


 リィィィン、という鈴の音のような音の後に僕の体にバフがかかる。


「え……こんなのあり!?」


 僕の体にかかったバフは、魔力消費量低下(特大)と全系統魔法威力向上(大)に癒し(小)。つまりこの魔法杖は、3つの付与ステータスを持っているのだ。


 通常、ほとんどの装備品には付与ステータスはない。高級品と呼ばれる装備品でも、持つ付与ステータスは1つ、もしくは、効果の小さい付与ステータス2つなのだ。


 それが、Aランク以上の付与ステータスが2つ並んでいるだけでも驚きなのに、それがおまけのようにBランクステータスまで……。こんなの古代魔法具(アーティファクト)でも見たことないぞ。


「やばいじゃろ。儂も最初は己が目を疑ったわい」


「やばいとかそういう代物じゃないでしょ、これは」


 控えめに言っても、王国の国宝『蒼き鋼の黙示録(アポカリプス)』と同等だと思う。


「もう、古代魔法具(アーティファクト)の領域だよ」


「坊主もそう思うか? 儂もこいつは古代魔法具(アーティファクト)にも負けず劣らずの性能じゃわい」


 ガハハハ、と、笑うバル爺さん。


「バル爺さん、本ッ当にありがとう! めっちゃくちゃ大切にする!」


「ああ、儂の生涯最高傑作、存分に使ってくれ」


 バル爺さんはなんだか嬉しそうだ。


「それで、代金なんだけど……いくら?」


 このクラスのオーダーメイド魔法杖になると一体いくらになるのか見当すらつかない。一応、僕の持ってる全財産を持ってきているけど、足りるか? これ?


「カネはいらん。この杖を作らせてもらえたことだけで儂は満足じゃ」


「いや、それだと僕の方が申し訳ないっていうか……」


 超古代魔法具(ハイアーティファクト)魔法石(コア)は持ち込みだから材料費はかかっていないとしても、絶対にミシリア神木だけで城が建つぐらいの金額になっているはずだ。それをタダでもらうわけにはいかない。


 僕は、価値ある商品にはそれ相応の金額を払うのが礼儀だと思う。


「それもそうじゃな。だったら、これならどうじゃ」


 腕を組んだバル爺さんがグイっと顔を近づけてくる。


「珍しい魔法具を見つけたら儂に見せに来るというのでどうじゃ。ついでにその杖のメンテナンスも儂にさせろい」


「それぐらいじゃあ、釣り合わないと――


「何か勘違いしとるんじゃないか、坊主。商品の価値を決めるのは儂だ。これ以上、文句を言うならその杖はやらんぞ」


 忘れてた。このバル爺さんは昔ながらの職人気質に超が付くほど頑固で気難しいのだ。これ以上、僕の信条を貫こうとしたら本当にこの魔法杖を売ってくれなくなってしまう。


「珍しい魔法具見せるのとメンテナンス、必ず来ます!」


 それぐらいなら本当にお安い御用だ。


「おうよ! それで、さっきから気になっとんじゃが、そりゃ坊主のガールフレンドってやつか?」


 バル爺さんの目線の先にはエリスがお淑やかな笑みをたたえている。


 完全にいることを忘れていた。


「ちが―—


「いえ、あたしはカルロ様の下女です。どうぞお見知りおきを」


 士官学校の制服の裾をちょこんとつまんでお辞儀するエリス。


 なぜエリスは、さも当然かのように誤解を招くようなことを言うのだろうか。


 別に名門貴族でも、跡取りでもない7歳児の僕に下女がいたら変だろうが。


「坊主……お前さん……こんな別嬪さんの子を奴隷に……」


 ああ、もう、やっぱりバル爺さんが完全に誤解してしまっている。


「バル爺さん、違うから。下女じゃないから」


「違いません。あたしはカルロ様の下女です。養父(ちち)からもそう言われています」


「ちょっと、黙っていようね、エリス君」


 僕はにっこりと笑いながらエリスを黙らせる。


 これでエリスが黙っていられる時間は1分ぐらい。その間に何としても誤解を解かなくては。


「エリスは、実家の家令の家の娘なの。今日から士官候補生だから。今日はたまたま会っただけだから」


 僕は、エリスが下女ではない理由を思いつく限り並べていく。


 なぜ僕がこんなに必死にならなければならないのだ。


 やっぱりエリスを連れてきたのは間違いだ。エリスを何が何でも引きはがさなかった1時間前の僕を恨むしかない。


「そりゃそうじゃよな。確かによく見ればエルドリアの制服じゃしな」


「でしょ」


 ふう、と、胸をなでおろす僕。


「むぅ……あたしはカルロ様の下女なのに……」


 と、不満顔のエリス。


 なんでエリスは下女にこだわるんだ。


 これ以上ここにいたらまた僕の評判を落とされかねない。受け取るべきものは受け取ったし、そうそうに退却をしなければ。


「バル爺さん、今日はありがとう! また、必ず来るから」


「おう、待っとるぞ! お嬢さんも魔法具が必要になったら遠慮なく来な」


 僕は、魔法具に囲まれた最高の店を出て行く。


「エリスも行くよ!」


「はい!」


 僕は、新品の魔法杖を片手に家路についた。


 今日は、魔法の試し射ちをしなくては。

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