第1話 第二の人生、前世の記憶
僕が転生したのは、サンジェルマン男爵家という王国の辺境に領地を持つ貧乏貴族の三男坊だった。
なぜ分かったかといえば僕の世話をしてくれる侍女がそう言っていたからだ。
僕は、前世の知識を完璧に持っているみたいで、生まれたばかりなのにもう言葉を理解することができるのだ。ただし、言葉を使うのは体の発育が足らないみたいでできるのは
「ウェーーーーーンンンン!」
と泣くことだけ。
「カルロちゃーん! いないいないばあっ!」
こうして僕に変顔をさらしているのは現サンジェルマン男爵家当主、つまり僕のお父さんだ。
僕はそんな変顔をしている父親を無視して魔法の修練に励むことにする。
今の僕には1秒たりとも無駄な時間はない。
せっかく前世の記憶があるのだ、少しでも早く魔法の研究を進めなくてはならない。なぜなら魔法の真髄は遥か彼方にあるのだ。
ただ、魔法の研究と言っても高度な魔法実験や魔法物理学の論文を読むことはできないので、もっぱら僕自身の体を使った人体実験をすることになる。
その1つが脳内訓練だ。
これは、僕が前世で提唱していた魔法訓練理論の一つだけど今まで長期的なスパンの実証実験が出来ていなかったのだ。
一般的に魔法の訓練は広くて頑丈な場所や敵がいないとできない。でも、中々そんな場所がないのが現実だ。だから脳内訓練は実際に戦うのではなくて、頭の中で魔法を使って戦闘している自分を考えるのだ。
これを行うことで広い場所や敵なんていなくても、少しだけだけどレベルアップが望めるというお手軽なもの。
僕自身の成長記録とその辺の一般的な生活をした魔法使いの成長記録を比較すればある程度の確証のある実験になるはずだ。今から学会で発表するのが待ち遠しい。
さらにもう一つ僕は脳内訓練に並行して進めている研究がある。
それは魔力濃縮生成だ。
魔力濃縮生成は、読んで字のごとく魔力を作る研究だ。ただ作るのではない。
一般的な学説では、魔法の発動には魔力の量が大きく関係している。魔力が多ければ多いほど、強力な魔法が使えるし、持続時間も長くなる。
ただ、魔力量は絶対的に限界値が決まっていて、生まれ持った才能が左右する。これはどんなに頑張っても不変だ。これが魔法使いは才能が物を言う世界だと言われる由縁だ。
しかし、僕の提唱していた理論では、魔法の発動に必要なのは魔力の量と質だ。魔力質とは、同一量の魔力に込められたエネルギー量の割合のことだ。
そして、この魔力質は訓練で変化するのだ。方法は簡単で体内にある魔力を分離魔法を使って魔素とその搾りカスに分け、分離した魔素だけを体に溜めていくのだ。こうすることで誰でも簡単にエネルギー量の大きい魔力を体内にためておくことが出来るのだ。
ただし、この方法で作れる濃縮魔力の量は普通の魔力が自然に作られる速度に比べて約10分の1しかない。実質的に出産直後の段階から濃縮魔力を生成しなければ実用的な量にならないのだ。
だからこそ、僕は赤ちゃんの時から濃縮魔力を生成することで世界で初めて実用的な量の濃縮魔力を溜めた例として魔法学会で発表する予定なのだ。
そんな訳で僕は辺境の下級貴族の家ですくすくと成長していったのだった。
魔法学会で称賛されることを夢に見て。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
そうして僕は4歳になった。
現状使える魔法は中級魔法ぐらいまでだ。レベルもLv.34に到達している。40歳ぐらいまでは年齢=レベルが普通だから今の僕は34歳ぐらいと同じ強さなのだ。
中級魔法が使えれば魔法使いとして生きていくことぐらい難しくない。実際、サンジェルマン男爵家の領地で一番魔法が使える魔法使いも中級魔法までしか使えない。レベルもLv.32(自称)。しかも、僕の方が実戦経験豊富なのだ。つまり僕は、辺境最強ということだ。
別に辺境最強になったところで、魔法の研究が有利になるわけではないのでどうでもいいけど。
そんな事より研究だ。
今いるのも屋敷から身体強化魔法で走ること30分の森の中だ。ここが今の僕の研究室だ。
ここには、魔獣がある程度いる。オオカミの狂暴になった感じといえばわかりやすいと思う。そいつらを倒して日夜魔法の研究に励んでいるのだ。
しかし、それもそろそろ限界に近い。このオオカミ型魔獣では僕の実験に耐えられずに死んでしまうのだ。ついでに言えば、この森の魔族は最近僕のことを避けている気がする。まぁ、あれだけ大量に狩り続けていればそうなってしまうものなのかもしれない。
そのせいで今日のノルマは達成できなかった。しかし、そろそろ帰らないと母親が心配し始める時間だ。
僕がこの森に来れるのはお使いを頼まれた時と夜中に屋敷を抜け出した時だけなのだ。
急いで帰るために身体強化魔法をかけなおした僕の耳に聞きなれない声が聞こえてくる。
女の子の泣き声だ。
僕は、迷うことなく足を出す方向を変更する。帰るのをやめて悲鳴の聞こえる方向に向かって駆け出した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
駆けつけた先にはいつも見るオオカミ型の魔獣とは毛の色が少しだけ違う魔獣の中に女の子の姿が一つ。
ただ、動かない。
それもそのはずで、腹は魔獣に食い破られて内臓が引きずり出されている。もう死んでいるかもしれない。
僕は、風属性魔法『風精霊の矢』を連続して放つ。
緑色に光る魔法の矢はものすごい速度でオオカミ型魔獣に向かって飛んでいく。
もちろん、魔法の矢に気が付いた魔獣も女の子を食べるのをやめて回避するが魔法の矢はどこまでも追尾していく。
そして、次々に魔獣の体に突き刺さる魔法の矢。
魔獣の短い悲鳴。
そして訪れる静寂。
合計12本の矢はそれぞれ2本ずつ確実に命中したようだ。
役目を終えた魔法の矢は光の粉となって消える。
「あの、大丈夫?」
もちろん、返事はない。
「あの……?」
ピクリと指先が動く。まだ生きている。
うーん。どうしよう。
僕は少しだけ考える。
もう、普通の回復魔法で治る範疇を越えてしまっている。
このままにしておくのはかわいそうなので僕は小さなナイフを取り出すと女の子首筋に当てる。これ以上、苦しまないようにしてあげるのだ。これが今の僕にできる最善の手段だろう。
「……死に……た、く……ない」
僕がナイフを突き立てようとした瞬間、女の子が喉をほんのわずかに震わす。
かすれる声で紡ぎ出される声は、明確に生きる意志を示している。
僕の中に大きな迷いが生まれる。
僕はこの子をこのまま殺してしまってもいいのだろうか?
生きようとするこの子の未来を奪ってしまっていいのだろうか?
これでは、マサキと同じなのではないだろうか?
僕はナイフをポケットの中にしまう。代わりに僕は近くに落ちていた木の枝を手に取った。
そして、瀕死の女の子を中心に幾何学模様を描いていく。丁寧にそして綿密に、ミスがないように。一筆一筆に魔力を込めて。
出来上がったのは巨大な魔方陣だ。あまりにも巨大な魔方陣。その一番外縁に描いた円の中に倒したオオカミ型魔獣を入れていく。
魔法名称『遡る時間』――禁術指定の回復魔法だ。
僕もいまだかつて実験したことのない魔法だ。
この魔法は、前世の魔法教師時代に王立図書館の最奥で見つけた古代文明の魔導書で見たことのある闇属性唯一の回復魔法だけど、魔導書の中では魔導陣の図と必要な手順、通常の回復魔法では到底不可能な回復量の魔法であるということしか書かれていない。副作用は不明だ。もしかしたらこの辺一帯が魔族の領域になるかもしれない。でも――
「原初に誕生せし偉大なる精霊オリジン。その悠久の記憶をもって、大地に横たわりし彼の者の血と肉を復元させたまえ! 『遡る時間』!」
森の木々が激しく波打つ。
外縁に配置した魔獣が紫色の光に変換される。
魔族だった光はゆっくりと中心に集まり、女の子の体が光に包まれる。
そして唐突の光の爆発。
僕は、光の濁流に吹き飛ばされ大きな木の幹に叩きつけられる。
爆発と共に発生した光の柱は森の木々の背を軽々と超え、見渡す限りどこまでも空に伸びていく。
きれいだ。
僕はただそう思った。
本当にきれいな光景だと思う。
そう思ったのもつかの間、光の柱はいっそう眩く光ると何事もなかったかのように霧散して消える。
光の柱が消えた巨大な魔方陣の中には無傷で横たわる女の子が一人いた。あんなにズタボロで死ぬ寸前だった女の子は今静かに息をしている。
どうやら実験は成功したみたいだ。また一つ魔法の深淵に近づいたのかと思うと嬉しくなる。
僕は女の子を背中に乗せると足早に帰路についた。
この後、僕が母さんにめちゃくちゃ怒られたのは言うまでもない。
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