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第17話 レベッカの過去、レベッカの未来

「全然いないんだけど、どこに飛ばされたんだろ?」


 僕は、ワラワラとどこからともなく湧いて出てくる双頭の犬(オルトロス)を『真・紅炎の矢ネオ・プロミネンスアロー』で全部まとめて薙ぎ払いながら呟く。


「まさか、まだ誰も引っかかっていない(トラップ)があるなんてなぁ」


 レベッカ達が消えた周辺を入念に探索して見つけたのは隠れるように作られた魔法陣式転移トラップだ。


 その魔法陣の美しさといったら、もはや魔法陣の完成形と言える代物だった。特に外縁部の魔法文字の形は昇天しそうになるぐらいだ。


 あれを作った魔法使いに会うことができるなら弟子入りしたい。


 と、いう感じで入念に観察したけども、残念ながら転位先は上層ではないということしか分からなかった。


 そして、ここはすでに地下迷宮(ダンジョン)の最下層だ。虱潰しにすべての階層を探したので残すはこの階層だけ。


「うーん……大丈夫かな?」


 最下層で最もよく見かけるオルトロスの平均レベルは25。マリアンヌ王女のレベルよりも少し高いのだ。さらにオルトロスは群れで行動する魔獣だ。最低でも2頭で行動している。レベッカもレベル的には問題無くても数の差に押されているかもしれない。


「レベッカ! マリアンヌ王女殿下! いたら返事してください!」


 大声で呼びかけるも返ってくるのはこだました僕の声だけ。なんか虚しい。


 戦闘音もしていないのでもしかしたら既に地上に転移結晶で帰っているのかもしれない。


 そうしてもらえると僕的には嬉しい。だって、新魔法の実証実験が思う存分に出来るのだ。迷宮(ダンジョン)の中ならいくら高威力魔法を使っても苦情が来ない。最高の実験環境だ。


「バウ! バウバウ!」


 僕は新たに低い唸り声を発しながら向かってくるオルトロス3頭を新魔法の実験の対象にすることにする。


 本日の実験内容は高威力時における魔力消費量の検証だ。


 放つ魔法はさっきと同じ真・紅炎の矢ネオ・プロミネンスアロー。ただ、今回は最大火力をお見舞いする。


 今の僕に出せる最大限の魔力を注ぎ込むことによって現れたのは通常の3倍サイズの真っ赤な炎の矢。その完全詠唱によって繰り出された真・紅炎の矢ネオ・プロミネンスアローがオルトロスに向かって飛翔し着弾する。


 断末魔さえ残さず消し炭となるオルトロス。


 そして、爆炎と熱波が僕を襲う。


 事前に張っていた防御障壁が無ければ僕もいい感じにローストヒューマンになっていたぐらいの熱量。


 魔力でできて普通の地面より頑丈なはずの迷宮(ダンジョン)の地面に開いた深さ10メートル以上の着弾痕がその威力の強さを物語っている。最下層でなければ下の階層まで貫通していてもおかしくない。


「威力は十分だけど、まだ魔力効率を追求できる余地があるかな」


 観測魔法のデータを見る限りまだまだ改善の余地ありだ。特に高威力になればなるほどロスが大きいみたいだ。やっぱり新魔法理論の研究は一筋縄ではいかない。


 とりあえず、魔法式の構成を見直す必要がある。こういうのは、最初から確認するのが大切だ。


 魔法式を精査する僕の鼓膜を聞き覚えのある悲鳴が振動させる。


 そういえば、実験に夢中になって忘れてたけどレベッカ達を探さなければいけないのだった。


 僕は、心のノートに実験結果を書き留めると悲鳴の聞こえた方向に走り出した。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「怪我はない?」


 私は膝をついたマリアンヌに声をかける。


「はい。なんとか」


 オルトロスをなんとか振り切り(レベッカ)とマリアンヌが辿り着いたのは迷宮(ダンジョン)内の部屋の1つ。


 たまたま魔物がいなかった部屋に飛び込んだのだ。


「とりあえずここで待機しよう。転移結晶を使うのにも魔力を回復させないと」


「そうですわね」


 できれば転移結晶は使いたくなかったけど背に腹は変えられない。もう少しここで待てば転移結晶が使えるくらいには魔力が回復しそうなのだ。


 私とマリアンヌは冷たい壁に背中を預けて座り込む。


 そして訪れたのは静寂。どこかの天井から滴る水の音までしっかりと聞こえてくるほどの静寂が私達を包み込む。


「レベッカ様はどうして魔法学校に入学されたのですか?」


 その静寂に耐えられなくなったのかマリアンヌが口を開いた。


 私は少しだけ躊躇ってから、マリアンヌになら話してもいいかなと話し始める。


「えっと……どこから話せばいいかな。まず、私が平民だって言うのは知ってるよね」


「はい。存じております」


「それでね、私は平民の中でも貧しい家庭に育ったの。王女のマリアンヌからは信じられないかもしれないけど毎日の食事に困るぐらいだったんだ」


 ジャハンナムと呼ばれる王都外縁にある貧民街(スラム)の中にある私の実家は腐りかけた木材とボロボロの布で作られた馬小屋よりもひどいものだ。


「毎日、毎日、その日の食事のために街中を駆け回ってたの。もちろん、物乞いも盗みもなんでもやってた。魔法もその時に逃げるのに便利だから覚えたんだ。でも、へましちゃって……私だけ捕まっちゃったんだよね」


 今でも鮮明にその時のことが思い出せる。


 木刀で殴りつけられ骨の砕ける痛み。


 石畳の地面に押し付けられて伝わる地面の温度。


 縄で腕を締め上げられる痺れるような感触。


 そして、何度も何度も顔の形が変わるぐらい殴られた。


「その時に私の前に現れたのが、私が魔法学校に来る理由になった人なの」


 自分の体から流れ出た血の海に顔を沈めて虫の息になっていた私に優しくかけられた毛布。


 突然現れたその人が私をリンチしていた店主たちに何かを喋ると、店主たちは私から離れていった。


 優しく笑うその人は、回復薬(ポーション)を私に飲ませると「魔法を盗み(こんなこと)に使ってはいけないよ」と私を抱えあげてくれたのを昨日の事のように思い出せる。


 私は脳裏に浮かぶ出来事を事細かにマリアンヌに語る。


 どうしてかわからないけど、今まで溜めてきた何かを吐き出すかのように遙か昔の出来事が漏れ出していく。


 マリアンヌはそんな私のつまらない話に、時節、相槌をはさみながら真剣に聞いてくれる。


「それで、その人が魔法の正しい使い方を学びなさいって魔法学校に入るための入学金と授業料を事前に払ってくれて、しかも勉強まで教えてくれたんだ」


 平民の中でも貧しい家庭で育った私が高額な学費のかかる魔法学校に入れたのもそのおかげだ。今の知識だってそこで身につけたものだ。


 私が今ここにいられるのも全てあの人のおかげなのだ。


「私はその人のためにも頑張って立派な魔法使いになるの!」


 そして、今もどこかにいるはずのその人に「あなたのおかげでここまで立派な魔法使いになれました」と胸を張って言えるようになるのが私の夢なのだ。


「大変だったのですね」 


「そんなことないよ。こうしてマリアンヌにも会えたし……マリアンヌはどうして魔法学校に入学したの?」


 一通り話し終えた私はマリアンヌに同じ質問を返す。


「……えっと……」


 予想できたはずの質問にマリアンヌが口を濁す。


 こういう時の理由はいつも決まっている。


「あ、ごめんね。話したくないなら話さなくても大丈夫だから」


 私だってまだ誰にも話せていないことの1つや2つある。それが王女様なら沢山あっても不思議ではない。


「いえ。そういうことではないですわ。わたくしなんだか恥ずかしくて……レベッカ様みたいに大層な理由もなく、お父様に勧められたからなんて言いにくくて……」


 恥ずかしそうに目をそらしながらしゃべるマリアンヌ。


「そんなに恥ずかしがらなくてもいいと思うけど」


 でも、その理由が本当の理由ではないことぐらい私でも分かる。まだ、私のことを完全には信頼してくれていないのかもしれない。


 そんな他愛もない会話をしていると私の体がブルリと震える。


「なんか、寒くない?」


「はい。わたくしもそう思いますわ」


 一定の気温が保たれているはずの迷宮(ダンジョン)の中で気温が下がる理由は1つしかない。


 誰かが魔法を使っているのだ。


「あちらから冷気が流れ込んでいるようですわ」 


 マリアンヌの指差す方を見れば、私達が入ってきた扉とは反対側にある扉が結露している。


「カルロが来たのかな?」


 この威力の魔法を使えるのは私達の学年ではカルロぐらいだ。


「レベッカ! マリアンヌ王女殿下! いたら返事してください!」


 それと同時にカルロの声が響いてくる。


「カルロ!」


「カルロ様!」


 私とマリアンヌは扉に向かって駆け出した。

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