第15話 迷宮の不思議、迷宮の創生
「楽勝だったね!」
満面の笑みで杖を担ぐレベッカが駆け寄ってくる。
「はい。レベッカ様のおかげですわ」
マリアンヌ王女も満面の笑みだ。
「それほどでもあるのです」
レベッカが無い胸を張る。
僕はそんな二人を無視して、倒されたミノタウロスに向かっていく。
とりあえず、下の階層に行く前にやっておかなければならないことがあるのだ。
それは、魔結晶の摘出だ。魔結晶とは、迷宮の魔獣から唯一入手することのできるドロップアイテムで高濃度の魔力の結晶体のことだ。高レベルの魔族ほど質のいい魔結晶が取れるのだ。
僕は、既に半分以上が迷宮の床に取り込まれてしまっているミノタウロスの死骸の頭部に腕を突っ込む。
僕の指先から伝わってきた硬い感触の物体を掴むと引きちぎるように取り出す。
「美しいですわ!」
僕の手に握られた七色の輝きを放つ正六面体の魔結晶を見て、普段から様々な宝石に囲まれているはずのマリアンヌ王女が感嘆の声を漏らす。
それほどまでに魔結晶は美しい。この最高の宝石に魅了されて冒険者になる者がいるくらいだ。
僕がそんな魔結晶をポーチにしまうと、誰もが一度は浮かべる疑問をレベッカが口ずさむ。
「そういえばなんで迷宮の魔族からは魔結晶しか残らないの?」
「ああ、それは歩きながら説明するよ。僕たちがここにいたら次のパーティーが入ってこれないだろうし」
僕は、部屋の一番奥に新しくできた下層への階段を指した。
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「さっきの質問なんだけど、レベッカもマリアンヌ王女殿下も迷宮の特性は知ってるよね」
「もちろん知ってるよ! 魔族、魔獣の無限生成、自動修復能力、完全魔力循環でしょ!」
迷宮の三大特性と呼ばれる不思議現象だ。ただし、これにはほんの少しだけ間違いがある。
「そうだね。でも、少しだけ違うんだ。そこに魔結晶が関係しているんだ」
「どういうこと?」
流石は研究者の卵。新しい知識には貪欲だ。
「まず、迷宮内で魔獣達が生まれる原理の説明なんだけど、迷宮内の魔獣達はすべて創造魔法によって生み出されたものなんだ」
「つまり、ゴーレムなんかと同じってこと?」
「そういうこと! さらに言えば、迷宮自体も創造魔法によって生み出されているんだ。つまり、僕たちは巨大なゴーレムの中を探検していることなんだけど」
「……なるほど! 分かった! そういうことだったんだね」
流石はレベッカ。素晴らしい理解力だ。
「ちょっ、ちょっと、待ってくださいませ。わたくしお恥ずかしながら、まだ、よく分かっておりませんの……」
そんなレベッカとは対象的にマリアンヌ王女は頭上にクエスチョンマークを浮かべたままだ。
僕は解説を続ける。
「一般的なゴーレムも破壊されると核以外は形を保てなくなって、原料の状態に戻ってしまうのは分かりますか?」
「はい、理解しています。砂から作られたゴーレムは砂の山に戻ってしまうと授業でマーガレット先生から教えていただきました。」
へー。今はそんなところまで授業進んでいるんだ。全然、真面目に授業受けていないから、今、どのあたりまで進んでいるのかよく分かんないんだよね。
「じゃあ、迷宮内の魔獣たちの原料はなんだと思います?」
「……空気でしょうか?」
「惜しいです。答えは魔力そのものなんです。迷宮の魔力のみを原料にして作られるんです。だから、倒すと消えてなくなって迷宮に取り込まれるんです」
「そうなんですね! 理解できました……でも、核はどうやってできるんでしょか?」
流石、マリアンヌ王女。良いところに気が付く。
「核はコレです」
僕はポーチからさっき手に入れた正六面体のの魔結晶を取り出す。
「迷宮内で魔力の濃度が高いところに自然とできる魔結晶が核になるんです。だから、時間が経つと魔獣達は同じような場所にポップするんです」
「なるほどです。すごいですね」
マリアンヌ王女も理解できたようだ。
「ねぇ、カルロ。迷宮そのものも創造魔法で作られたゴーレムみたいなものならどこかに核があって、それを壊したら消えてしまうのかな?」
「もちろんレベッカの言うとおり、理論的にはそうなるはずだよ。ただし、もしも核を見つけても破壊することは現代魔法では無理だと思うよ」
「どうして?」
「ゴーレムのヒットポイントは使用された魔力の量に比例するから、迷宮サイズのゴーレムなら現代魔法の威力だと人の一生よりも長い時間がかかってしまうからだよ」
ちなみにこれは実証済みだ。前世でたまたま見つけた迷宮の核を1週間攻撃し続けて与えたダメージから計算した結果、39620年の歳月が必要だという結果が出たのだ。前世の僕と同じレベルの魔法使いが500人で約80年かかるのだ。
ただし、前世の僕と同じレベルの人間なんて、全ての戦闘職を集めても100人もいない。つまり不可能ということだ。
「でも、一体誰が作ったんだろう? 創造魔法を使っているってことは、やっぱり術者がいるんでしょ?」
僕は、レベッカの新たな疑問に答える。
「それはもちろんいるよ。正確には"いた"が正しいけど」
「やっぱり、古代文明人?」
「そうかもしれないし、違うかもしれない。ただ、遥か昔に作られたってことは間違いないよ。もしかしたら、神様とも言うべき存在が作ったのかもしれないし」
残念ながら僕も迷宮学を専攻していたわけではないのでそこまでは分からない。というより、例え専攻していたとしても確定的なことはまだ分からないはずだ。
間違いなく分かることは人のレベルを超えた力によって創造されているということだ。
「私、決めた!」
レベッカは、迷宮の壁を手で触る。
「何を?」
「私、迷宮を作る!」
……は!?
「唐突にどうしたの? 今、僕、神様みたいなのが作ったって言ったばっかだよね? 無理でしょ!」
「そんなのやってみないとわからないじゃない! マリアンヌもそう思うよね?」
「わたくしはレベッカ様を応援させていただきますわ。わたくしでお力になれることがありましたら何なりとおっしゃってください」
「その時はお願いね!」
がっしりと握手を交わす二人。
って、ちょいちょいちょい。僕の話聞いてたかな?
「もう少し現実的な夢を見ようよ。ほら、例えば、新しい創造魔法の確立とか」
レベッカには、将来、僕の研究を手伝ってもらいたいのだ。迷宮創造なんていう壮大すぎる研究をしてもらっては困るのだ。
「カルロはどうしてそんなこと言うの? 夢を見るのは若者の特権でしょ!」
「そうですよ、カルロ様。レベッカ様の言うとおりです!」
僕をジト目で見る二人。まるで僕が間違ったことを言っているみたいだ。人生の先輩として若い優秀な人材を導こうとしているのに。
いや、待てよ。僕の方が人生の後輩なのか?
「迷宮を作る創造魔法が使えるようになるのは素晴らしいことだと思うけど、それを目指すには超えなければいけない壁が高すぎるんじゃないかなと。だから、まずは新しい創造魔法を研究してからのほうが良くない?」
赤い野菜は厳しい環境で育つと甘く大きな実をつけるけども、過酷すぎる環境では枯れてしまうのと同じことだ。
高い目標は人を成長させる。でも、遙か高みにある目標は人を駄目にする。
僕は、高すぎる目標を追い求めて挫折していった研究者を僕は何人も見てきた。レベッカにはそんなことになってほしくない。
「もう、いい! マリアンヌ行こ!」
レベッカは、スタスタと青白い光が照らす迷宮を歩いて目の前な十字路を右に曲がる。
「待ってくださいませ。レベッカ様」
それをパタパタとマリアンヌ王女が追っていく。
どうやら、僕の気持ちは伝わっていないみたいだ。まぁ、まだまだ学校生活も先は長い。チャンスはいくらでもあるのだ。
それよりも先に行ってしまった二人を追いかけなければ。初級ダンジョンと言えども下層なのだ。二人が心配だ。
僕は、二人の跡を追って十字路を曲がった。
「あれ?」
しかし、そこに二人の姿はなかった。