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第11話 歪んだ歴史、知られざる事実

「――であるからして、初めての魔法が使われたのです」


 マーガレットが黒板に書きながら喋っているのは、この世界の歴史だ。特に魔法に関して中心にまとめられた魔法史。


「では、この魔法が初めて使われた時から現在に至るまでで最高の魔法使いと言えば誰ですか? 分かる人?」


「はい!」


 教室の真ん中から元気な声が上がる。


「はい、レベッカさん」


 マーガレットが指名したのは、いつもは僕に負けず劣らず空気の薄いレベッカ・スー。このクラスで唯一貴族ではなく……っと、これは違うかな。唯一平民の出身の子が正しい。


「クラウス王宮主席魔法師様です!」


 クラスの中がざわつく。


 マーガレットの顔がほんの少し引きつったあとに、とても言いにくそうに「……違います」と喉を震わせる。


「はい。魔法使いの始祖、アレイスター・クロウリー大魔法師だと思います」


 ざわつくクラスの中から声をあげたのはジェーン。


「そうですね。正解です、ジェーンさん」


 ジェーンは勝ち誇ったかのように胸を張るとレベッカを嘲笑するかの如く言い放つ。


「クラウスって弱虫で魔法使いの恥さらしでしょ。そんなのが最高の魔法使いなわけ無いじゃん。レベッカって馬鹿? やっぱり平民って知識レベルが低いのね」


 ここにクラウス本人がいるんですけど……。


 まぁ、ジェーンがそういう考えなのも仕方ない。


 巷で最も有名な勇者パーティーの活躍を綴った『異世界転生勇者英雄譚』には、僕は魔王の城に乗り込むのが怖くなって勇者パーティーを抜け出した後、森の中で下級魔獣の群れに殺されことにされているのだ。


 そのため、僕は魔法使い代表として国王に指名されて勇者パーティーの一員になったのに逃げ出した腰抜け、または、勇者パーティーのお荷物、と呼ばれているのだ。


 多分、マサキが帰ってきてから吟遊詩人にそう語ったんだろう。事実隠蔽もいいところだ。


 ただ、今ここで僕がジェーンを始めとするクラス全員に「違う」と言ったところで何ま変わらない。僕には歴史を変えるほどの力はない。


「そんなことないよ! クラウス様はすごいんだ! 弱虫なんかじゃない!」


 いつもは静かなレベッカが声を荒げる。


「だったらなんで帰って来なかったのよ。みんな言ってるわよ、魔法使いの恥さらしの腰抜けだって」


「……そ、それは……」


 レベッカは、反論の言葉がすぐには思いつかないのか黙ってしまう。


 今、このクラスにいる人間で実際に前世の僕に会ったことがあるのはマーガレットだけ。他は物心つく前に僕は死んでしまっているのだ。だから僕のことは書物や大人が言っていることでしか知ることができない。しかも、肝心の書物も僕の功績が書かれているような本は禁書指定がされているのだから一般人は読むことすらできないのだ。


 ゴミクソ勇者(マサキ)のくせにこういうところは徹底している。


「でも、アルブレイド式短縮詠唱、クラウス型魔力理論、特殊魔法分裂理論とかを発見したのもクラウス様なんだよ。現代魔法の理論は、ほとんどクラウス様が作ったって言っても間違いないから。確かに原初の魔法を唱えたクロウリー大魔法使いも偉大だけども、クラウス様がいなければここまで魔法は発展していないよ」


 僕は、まくりたてるようにしゃべるレベッカの知識量に素直に驚く。


 今言った理論のどれもが上級魔法理論と呼ばれる魔法学校の研究生たちが学ぶような内容だ。1回生が知っているような内容ではない。


 確かに魔法理論の学術的魔導書は禁術に関することが書かれていなければ禁書ではないので読むことはできると思うけども、実際に読もうと思ったら高度な知識が必要だ。


 今までは、大人しいただのクラスメイトの一人だったけど俄然興味が湧いてきた。


 これは、レベッカとは面白い話ができそうな予感がする。将来、僕の研究仲間になる人材かもしれないし。


「アル、グレイド? グライト? 式短縮詠唱? なんだそれ? そんなの知らないな」


 本来、ジェーンの反応が普通だ。


「違うよ。アルブレイド式短縮詠唱だよ」


 ほんの少しレベッカは勝ち誇った声を出す。


「……そ、それがどうした。逃げたのには変わりないでしょ!」


「クラウス様は元々、研究者向きだったんだ。戦闘で逃げるのの何が悪いんだ!」


 それは不当な評価じゃないだろうかな? レベッカ君。僕だって結構立派に戦えるんだけども。


「そのぐらいにしなさい! 授業を進めますよ」


 ヒートアップしてきた歴代最高の魔法使いを決める議論をマーガレットが打ち切る。


「どちらの言いたいことも分かるのだけれど、教科書ではアレイスター・クロウリー大魔法使いが最高の魔法使いということになっています。いいですか、レベッカさん」


「……はい」


 レベッカが渋々と頷く。


「では、座って下さい。ジェーンさんもレベッカさんに挑発しないで席につきなさい」


 レベッカに向かって中指を突き立てていたジェーンをマーガレットが注意する。


 静かになった教室を確認すると、マーガレットは中断された授業を粛々と進め始めた。



  ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 授業が終わり生徒たちはそれぞれの放課後を楽しむために教室を飛び出していく。


 いつもなら僕も研究の為に草原に向かって駆け出すところだけども今日は違う。


「僕もクラウス王宮主席魔法師が歴代最高の魔法使いだと思うよ」


 いきなり声をかけられて驚いたのか、小柄な体がビクリと震える。


 僕が声をかけたのはジェーンと激論を繰り広げていたレベッカ・スーだ。


「ほ、本当!?」


 キラキラと輝く瞳は初めて仲間を見つけた子犬のようだ。


「本当だよ。僕もアルブレイド式短縮詠唱信者なんだ」


 正確にはだったが正しい。今は新たに見つけてしまった『時間固定式短縮詠唱』推しだ。


「だよね、だよね。あの魔力変換式から現実干渉式までの流れが美しいよね! 特に2元魔力構成式の使い方が秀逸で……」


「……」


「あ! ご、ごめん。つい嬉しくて、意味わかんないよね……」


 僕の絶句を会話の内容が理解できていないととらえたのだろう。


「違うよ。まさかそこまでアルブレイド式短縮詠唱を理解してくれる人がいたなんて思いもよらなくて」


 まさに僕がアルブレイド式短縮詠唱を好きなところもそこだ。あんなにきれいな詠唱式はないと思っているぐらいだ。


 研究室の研究員でもここまで嬉々として魔法式理論について話すことはない。


「でも、僕はアルブレイド式短縮詠唱にはまだ改善点があると思うんだ。魔力乖離式なんだけど、どう思う?」


 僕は、昔、僕の研究室にいた学生たちにしていたように質問する。


 ちなみに僕はこの問題について明確な答えをまだ思いついていない。


「きみもそう思うの!? 私も思ってるの!」


 レベッカは更に饒舌に喋りだす。まるで昔の僕を見ているみたいだ。


「あの乖離式の構成にはまだ無駄があるんだ。抽出した魔力の無駄なエネルギーを引き剥がすはずなのに、あの式では、完全に取り除くことは出来ないように思えるの。クラウス様はルベルト偏差を用いてるんだけど、私が思うにエルクトラム魔力関数を取り入れるべきだと思うの! エレクトラ厶関数なら構成式を邪魔しないし――」


「でもそれだと、残留魔力係数が必要以上になってしまって発現魔法の威力が減衰……なるほど! そこでイリアムの定数を使えばいいのか!」


「そうなの! イリアムの定数を最後に組み込めば残留魔力を輪転式に利用できるからほとんど無駄かないと思うの!」


 こいつはすごい! 掘り出し物を僕は見つけてしまったみたいだ。


「それについて発表してみたことある?」


 レベッカが首を横に振る。


「それ王国魔法物理学会で発表してみたら? 多分いい線行くと思うよ」


 元次席学会員が思うんだから間違いない。もしかすればどこかの研究室から声がかかるかもしれない。


「出来ないよ……私は平民だもの。相手にされないし……」


 それを聞いた僕は黙るしかなくなる。


 本当は「そんなことないよ」と言いたいけども、レベッカの言葉はこの国の実情を端的に言い表している。


 この国の根幹に根付いているのは貴族主義だ。だからこそ平民出身のレベッカでは強力なスポンサーでもついていない限りこの国でのし上がっていくのは難しいのだ。


 僕が生まれ変わってさえいなければレベッカの後ろ盾になれるというのに……。


「……あっ、もうこんな時間! 急いで帰らないと! じゃあね、また明日」


 レベッカはボロボロのカバンを担ぐと教室を出ていった。


 教室に一人残された僕は、夕陽色に染まる町並みをただ呆然と眺めていた。

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