第10話 史上最強、世代最強
マサキとの戦闘から1ヶ月。夏の強い日差しが僕の肌をチリチリと焼く。
僕は再び戦いの舞台に身を置いていた。
とは言っても真剣勝負の場ではない。いや、ある意味真剣勝負なのかもしれない。
「それでは、第13試合始め!」
マーガレットの号令で同級生が模擬戦闘を始める。
そう、今日は初めての模擬戦闘授業。
座学の授業で習ったことを実際に使って体で覚えるのが目的だ。
魔法学校のグラウンドに爆音が轟く。
クラスメイトたちは皆興奮気味に戦う仲間に声援を送っている。
僕も前世では、それはそれは盛り上がったものだ。多分、楽しい授業トップ5にランクインしている。
ただ、まだ1回生の模擬戦闘はそんなに派手なものではない。ほとんどが基礎魔法しか使われないし、詠唱を破棄できる実力がないので長い詠唱を唱えるのでスピード感もない。
実際、今も最初の爆発音が聞こえてから新しい魔法が出てくる気配はない。
「偉大なる精霊、揺らめく炎を司るサラマンダーよ、我が願いを聞き届け、我が敵に報いの業火を与え給え! 燃えろ、火球!」
何とか初級爆裂魔法を受けきった生徒が炎魔法の基礎魔法を唱える。詠唱によって生み出された小さな魔法の火の玉はゆらゆらと風に揺らる。今にもかき消されてしまいそうだ。
魔力制御が上手くできていない証拠だ。
そして案の定、ふわふわと漂う『火球』は対戦相手に届く前に消えてしまう。
まぁ、最初はそんなものだろう。僕も昔はそうだった。
「そこまで。次回までにもっと修練しておくように」
魔法が不発に終わったことでグダクダになりかけた模擬戦闘にマーガレットの声が終わりを告げる。
対戦した二人は、マーガレットの前で握手をすると周りを囲っているクラスメイトの輪の中に入っていき、それぞれの友達と感想戦を繰り広げ始めた。
「次! カルロ・サンジェルマン! ジェーン・ローグ!」
僕の名前が呼ばれる。
成績順に模擬戦闘をしているのでもちろん僕が最後だ。
「よろしくお願いします」
僕は、向き合った10歳年上(実際は10歳年下)の黒髪のクラスメイトに頭を下げる。
僕と戦うということは彼女がこのクラスで2番目、つまりこの学年で2番目の成績を納めているということだ。
彼女は、いつもクラスの和の中心にいるこのクラスのリーダー的な存在で将来も有望な少しボーイッシュな女の子だ。
実質的にこの年代最高の魔法使いだ。
「お手柔らかにお願いします」
僕は彼女の目の前に右手を差し出す。
「……」
彼女は無言で僕の手を見つめるだけで握り返してはくれない。
まぁ、彼女が握手をしたくない気持ちも分かる。血の滲むような努力をして今までいつも一番を取り続けてきたのだろうから、プライドが許さないのだろう。
「ジェーン頑張れー!」
「お前ならできるぞ!」
「生意気な子供に一泡ふかしてやってくれ」
飛び交うジェーンを応援する声。ちなみに僕を応援する声は皆無。
ガッツポーズで声援に応えるジェーン。
くっ……! 別にさみしくなんてないんだからね!
「準備はいいな。では、第14試合始め!」
マーガレットが高々と上げた腕を振り下ろす。
僕とジェーンは一斉に間合いを取る。
そして、最初の攻撃は僕ではなくてジェーンだ。
もちろん、魔法展開スピードで僕が負けたわけではない。というか負けるわけが無い。油断しているわけではないけど、僕と彼女には圧倒的な差があるのだ。
ただ、今回は彼女の実力を見るために先手を譲ったのだ。世代最強の実力がどれほどなのか気になるところだ。将来的には僕の研究パートナーになるかもしれない。
「栄光の精霊、吹き抜ける風を司るシルフよ、我が叫びに耳を澄まし、大地を巡る力を持って其の敵を吹き飛ばし給え! 吹き荒れろ! 疾風」
ジェーンによって出現した自然のものではない魔法の風が僕の小さい体を吹き飛ばそうとする。
流石に僕を除いた世代トップだ。今までの他のクラスメイトの戦闘で見られた魔法と比べれば威力も精度もけた違いだ。
僕は、杖を握っていない左手を突き出す。
ただそれだけ。しかし、効果は絶大。
ジェーンの生み出した風は完全に鳴りを潜め、この場を満たすのは少し生暖かい夏の湿った風だけ。
僕が行ったのは魔法除去という技術だ。
圧倒的にレベル差、技量差のある相手の発動した魔法そのものに介入することで魔法自体を破壊する特殊な魔法防御技術だ。ちなみに魔法除去を実戦使用可能なレベルまで発展させたのは紛れもなく僕だ。
僕は次々とジェーンが繰り出す魔法を魔法除去で打ち消していく。ジェーンの顔には怒りと焦りの色が見て取れる。
このぐらいでいいだろう。これ以上はジェーンの自信を圧し折ってしまいかねない。やっぱり、世代ナンバーワンであったとしても僕の相手にはならないようだ。
「そろそろ、終わりかな」
ジェーンの実力も分かったことだしもう続ける必要もない。魔力を浪費するジェーンがかわいそうだ。
僕は、このつまらない戦闘にけりを付けるための魔法を考える。
はっきり言おう。
僕は油断していた。
慢心していた。
驕っていた。
「止めろ! 凍える園」
蒸し暑かった夏の空気が一気に冷気を帯び始め、移動能力を奪う広域魔法が僕を中心に広がっていく。空気中の水分が急激に冷却され辺り一面が濃い霧で覆われる。
攻撃魔法を使ってしまうと、たとえ低級魔法でも僕の濃縮された魔力では殺してしまいかねないとの判断したからこのチョイスなのだ。
「ッッ! 障壁!」
マーガレットが少しだけ驚いて、観戦していた他の生徒たちに被害がないように防御魔法を張る。
これで終わりだろう。
僕は、まとわりつく冷気によって身動きが取れなくなったジェーンを予見する。
「そこま――」
マーガレットが勝負を終わらせる号令をかけようとした瞬間、真っ白の冷気が漂う空間から握りしめられた拳が飛び出で来る。拳には赤い魔力オーラが展開している。
「まだだぁあ!」
拳に続いて現れたのは、燃えるような闘志を瞳に宿したジェーンだ。
「ウソっ!」
僕はほとんど条件反射で防御魔法を展開する。勇者パーティーでの戦闘経験が無ければ反応できなかっただろう。
なんとか間に合った防御魔法がオーラを帯びる拳を弾き返す。
しかし、僕は魔法障壁ごと突き飛ばされていく。
「もう一発っ!」
突き飛ばされる僕を追従するジェーンは反対側の拳を固く握りしめる。
やばい!
僕の経験が警鐘を鳴らす。
「跳ね返せ! 女神達の全身鏡」
焦った僕が唱えた魔法は反射型防御魔法。
ジェーンの拳が僕の作り出した魔法障壁に触れた瞬間、増幅された力がジェーンへと返り、ジェーンを矢のように弾き飛ばす。
校舎に叩きつけられたジェーンは今度こそ戦闘不能の判断をマーガレットがした。
と言うか、生きてるのか? ピクリともしないけど……。
僕がジェーンに駆け寄っていくとやりも早くマーガレットが回復魔法を施し始める。淡い緑色の光がジェーンの体を覆っているところを見ると、少なくとも死んではいないようだ。
咄嗟だったとはいえ子供相手に少しばかりやり過ぎてしまった。反省しなければ、なんて思っていたら回復魔法でなんとか動けるようになったジェーンがヨロヨロと僕に近づいてくる。
「次は、負けないから」
キリッとした切れ長の瞳で僕をひと睨みすると駆け寄ってきたクラスメイトに抱きかかえられるように生徒の和の中に戻って行く。
出迎えられたジェーンに次々とクラスメイトたちが「惜しかったな!」「次は行けるよ」と声をかける。
勝者の僕のところには誰も来てくれない。仕方がないので一人とボトボトと校舎の中に戻っていくのだった。
なんか試合に勝って、勝負に負けた気がするのは僕だけだろうか?