第9話 魔法の戦い、剣の戦い
「マサキ! 子供相手ですよ。本気は出さないですよね……?」
マリアが心配そうに僕とにらみ合うマサキに声をかける。
マリアからしてみたら人類最強に挑む、命知らずな子供に見えてるのだろう。
ただ、僕は勝算のない戦いは挑まない主義だ。
「本気なんて出さねぇよ。なめた態度の子供に教育的指導をするだけだ。大人をなめたらいけないことを分からしてやるよ!」
マサキは余裕の笑みを浮かべる。
「……マサキッ! やめてください。カルロ君も無謀です」
「大丈夫ですよ。僕は負けません」
「だってよ、マリア。どうしても教育的指導がしてほしいってよ」
「カルロ君!」
「ピーチク、パーチクうるせぇんだよ! 外野は黙ってろよ!」
マサキが僕を心配するマリアを威圧する。
昔のマリアだったらこんな威圧になんか負けないで言い返していた。でも、マリアは何も言い返さない。何かを言いたそうにするけどそれが声になって出てこない、そんな感じだ。
「おいおい、お前の相手は僕だろ。子供だからってなめてると痛い目にあうからな」
僕は魔法学校指定の量産品の杖を構える。
量産品と言っても高級品の部類に入る杖だ。ただ、マサキが構えた杖の代わりは高級品とかそんなレベルのものじゃない。
マサキは、全体が伝説の金属・ドラゴニウムでできた聖剣を構える。あのバスターソードも元をたどれば僕がダンジョンの最奥部から封印を破って持ってきた剣だ。本来、僕の持ち物になるはずなのだ。
僕とマサキの間に静寂が生まれる。
風だけがにらみ合う僕たちの間を通り抜けていく。
そして、決闘は唐突に始まった。
「吹き荒れろ! 荒ぶる戦士の魂!」
『荒ぶる戦士の魂』は昔からマサキが必ず使う身体強化魔法だ。全てのステータスを根こそぎ上げることができる。
「降り注げ! 流星群!」
マサキは、続けざまに最上級魔法を繰り出す。確かこれもマサキの得意魔法だったはずだ。
ただ僕が思ったのは
『流星群』は大規模範囲攻撃魔法だ。町中で使ったら周囲への影響は計り知れないような魔法なのだ。到底、人類の希望がこんな都市の中で使うような魔法ではない。バカなんだろうか?
「封鎖せよ! 幻視の障壁!」
僕は、周囲一帯を覆うように広範囲防御魔法を唱える。
濃縮魔力によって発現した魔法障壁は通常よりも広範囲かつ厚みがある。
真っ青な空から降り注ぐ無数の隕石。
光の加減によって魔法文字がきらめく透明な防御壁。
激しい衝突音。
眩い光。
「チッ……!」
マサキが苦々しく空を見上げる。
僕の防御魔法はマサキの攻撃を完璧に防ぎきったようだ。
僕は確信する。今ならマサキに勝てると。
「次は僕の番だよ」
マサキは、一切成長していない。
僕は完全無詠唱の精度重視の魔法を絶え間なく飛ばす。
多種多様、千差万別、種種雑多。
ありとあらゆる魔法があらゆる方向からマサキを襲う。
それは脳内訓練で何百、何千、何万とシミュレーションしてきたコンビネーションだ。
マサキは、流石に歴戦の勇者らしく軽やかに魔法を回避する。
ただし、それは悪手だ。
魔法戦において、敵の攻撃は回避するものではなく防御するものなのだ。だからこそ魔法使いが最初に取得する魔法は防御魔法なのだ。防御魔法こそ魔法の真髄だ。
しかし、マサキの本来の職業は剣士。
剣と剣を交える戦闘なら僕は絶対にマサキに勝てないだろう。
剣と魔法の戦闘でも僕の方がレベルが低いから負けてしまう可能性が高い。
しかし、魔法対魔法なら話は別だ。
「そろそろ、降参しない? 僕は優しいから泣いて助けを乞えばこれで終わりにしてあげるよ?」
マサキの背に石造りの民家の壁が迫る。魔法は剣と違って同時に複数方向から攻撃できるから相手を追い込むことが簡単なのだ。
「この……クソガキが、調子に乗りやがってっ!」
ほら、回避してばかりいるから逃げ場がなくなるんだ。
もちろん、僕はこの場でマサキを殺す気はない。こんな人目につくところで勇者を殺してしまったら静かに研究なんてできなくなってしまう。もしも、本気で殺すならこんな人目につくところではなくて、路地裏とか迷宮の中とかにする。
それに僕の目的は達成できたと言っても過言ではない。6歳児が人類の希望をここまで追い込めたのだ。これを実験の成功と言わずになんと言うのだろうか?
ああ、顔がニヤけてしまう。なんという幸福感。
魔法の深淵をほんの少しでも近づいたという幸福感が僕に押し寄せてくる。
「ぜってぇにお前だけは許さねぇ」
僕が光悦の表情でいるのに対して、完全に悪役面のマサキさん。おいおい、日ごろの完璧な勇者の顔はどこに行ったんだ?
「そろそろ、負けを認めてもいいんじゃない?」
「……殺す……コロス!!!!」
勝利を確信した僕の瞳に映るマサキが霞む。
次の瞬間、僕の常時展開させている防御魔法に衝撃が走る。
衝撃の発生源に視線を動かせばドラゴニウム製のバスターソードが防御魔法を叩き割らんと打ちつけられているのだ。
魔法だけの決闘だったはずなのにマサキは物理攻撃を始めたのだ。
「死ねッ!」
今度はかろうじてマサキが横なぎに巨大な剣を繰り出すのが見える。
やばい。割られる。
僕の魔法知識がこの防御魔法では、マサキの攻撃を受けきれないと教えてくれる。
「飛行!」
魔法使いだけの特権、空へと僕は逃げる。
バスターソードは、あり得ないスイングサウンドを奏でて空を切る。
「降りてこい! このクソガキッ!」
マサキが吠える。
「卑怯者とは戦えないね」
僕は焦る気持ちを出来るだけ抑えてしゃべる。
こんなところで2度目の死を体験してしまったら、新しい魔法理論の研究に勤しめなくなってしまうじゃないか。
日ごろから補強をし続けている防御魔法じゃなかったら確実に一撃目で僕は2度目の死を味わっていた。
「おい! どけ! 貴様らなにやっとるんだ!」
マサキが僕のいるところまで跳んでこようと膝を曲げようとした瞬間、威圧感たっぷりの声が群衆の向こう側から聞こえてくる。
集まった群衆をかき分けてくる人影が2つ。
王都の治安を守る騎士だろう。
決闘。つまりは、喧嘩は王都内では完全に違法だ。捕まれば、最低でも罰金。最悪、犯罪奴隷が待ち受けいる。まぁ、それでも魔法の研究が問題なくできるならいいのだけど。
犯罪奴隷にそんな自由があるわけないので僕の取る行動は決まっている。
ただの1択。逃げるだ。
「ふんッ! 命拾いしたな」
でも、その前にすることが一つだけ。
僕は思いっきり見下す感じを醸し出してマサキに背を向ける。もちろん、飛んだままだ。
「命拾いしたのはお前の方だろ。腰抜け」
僕は、マサキを意図的に無視するとマリアの下に降りていく。
「マリアさんごめんなさい。この埋め合わせ、また今度しますので」
「カルロ君はやっぱりすごいですね。あのマサキと戦って……私は……」
「最後、なんて……」
「言ったんですか?」と聞こうとした僕の声は、群衆をかき分けてきた騎士の怒鳴り声にかき消される。
「すみません。また今度です」
僕は、小さい体を活かして群衆の中に潜り込んだ。
「待て!」と叫ぶ騎士を尻目に僕は魔法学校の寮に向かって駆け出した。
次の日の新聞の1面に『王都で大規模乱闘! 犯人達、未だ捕まらず!』と報道されたのはご愛嬌だ。
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