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プロローグ 魔王討伐前日の出来事

 長かったようで短かった2年間の魔王討伐の冒険は終わりを迎えようとしていた。


 思い起こせば、東の帝国で砂にまみれながら4日かけて戦った巨大な砂漠蟲龍(ビッグサンドワーム)もいい思い出だ。


 僕の所属する冒険者パーティは通称『勇者パーティー』と呼ばれている。


 その理由は、パーティーリーダーのマサキだ。


 彼は、異世界から魔王を倒すために召喚された転移者で国王陛下から勇者の称号をいただいた唯一の人物だ。


 僕はそんな勇者パーティーに所属する魔法使い。一応、王立魔法学校を歴代最高成績で卒業している。


 他のメンバーとして、弓使いのアクア、剣闘士のリオ、神官のマリアがいる。みんなそれぞれタイプは違うけど美しい女性だ。僕は、密かにマリアのことを好いている。


 そんな僕たちは、今、魔王城目前で野営中だ。


「おい! クラウス! 酒もってこい!」


 我らがリーダー・マサキが僕を大声で呼ぶ。


「今、行くよ!」


 僕は、冷却魔法でキンキンに冷やしていたエールをマサキの元に持っていく。


 リオと楽しそうに話していたマサキは何も言わずにエールを受け取ると、ぐびぐびっとそれを飲む。

 そして一言――


「全然冷えてねーじゃねーかよ! ホント、使えないな!」


「……ごめん」


 マサキは、飲みかけのエールを僕の頭に盛大にぶちまける。

 黄色の液体が僕の髪の毛を流れて、装備している魔法衣にシミを作る。


「マサキ! そこまですることないでしょ!」


 焚火を挟んで反対側に座っていたマリアがハンカチを持って俺の顔を拭きに来てくれる。


「こいつが言われたこともできないのが悪いんだよ! 戦闘でも使えないのにエールも冷やせないのかよ!」


「マサキ!」


 マリアとマサキの間に険悪な雰囲気が流れる。


「二人とも喧嘩しない、喧嘩しない」


 僕が二人を宥める。いつものことだ。


 僕はこのパーティーに入ってから苦笑いがうまくなった自信がある。


「すみません」


「フンッ!」


 我に返って申し訳なさそうにするマリア。


 苦々しく僕を睨み付けるマサキ。


「それよりも、冒険最後の夜になるかもしれないし、みんな食べようよ」


 今日の夕食はいつもより少しだけ豪華に作った、シチューと白パン。


 次々にシチューを口に含んだ仲間たちが「おいしい!」と口にする。


 マサキを除いて。


「これならレトルトシチューの方が上だな。不味すぎて吐き気するぜ」


「そ、そうかな……?」


 レトルトと言う種類のシチューは知らないけど、異世界人の舌には合わないのだろうか?


「本当に使えないやつだな。こんなのがパーティーに居るなんてマジ、むかつく! 国王(ジジイ)が無理やりパーティーメンバーにしなかったら、今すぐ解雇してんのに!」


 乱雑に置かれたシチューが皿からはみ出して地面に溢れる。


「ごめん、マサキ」


 マサキは腰掛けていた切り株から立ち上がると、そのまま僕が建てたマサキ専用の天幕に入っていく。


「リオ。マサキにこれ持っていってくれない?」


 新しい器によそいだシチューをリオに手渡す。


 明日は、魔王城攻略だ。少しでも食べておかないといくら女神様の加護のあるマサキでも体がもたないだろう。


「分かった」


 リオはパタパタとマサキの天幕に入っていった。



  ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「僕も明日の準備してくるね!」


 シチューを食べ終わった僕は、女子トークに華を咲かせるアクアとマリアに告げて席を立つ。


 向かうのは葉の生い茂る大樹の下。


 僕の分の天幕もマサキの天幕に使っているから僕は外で寝なくてはならない。最初は、なかなか寝られなかったが今ではなれたものだ。


 僕は、全員分の荷物の入ったカバンからいくつかの魔法具を取り出す。どれも伝説級の魔法具だ。


 明日の魔王城攻略で使う可能性の高い物だ。必要な時にも問題なく使えるように点検をするのだ。


 ガラスでできた部品を丁寧に磨く。すると、当然だけどついていた手の跡が無くなる。


「うん! うん!」


 僕の顔が光悦の笑みに満たされる。


 魔法具は素晴らしい、心が癒される。


 時間をかけた分だけ魔法具はきれいに、そして強力になるのだ。


 古代文明の古代魔法具(アーティファクト)なんて、見ているだけで昇天してしまいそうだ。


「クラウス? 今いいですか?」


 魔法具の手入れに熱中していると、木の影から可愛らしい声が聞こえてくる。


「大丈夫だよ! 何かあった?」


 僕は、この妖精のような可愛らしい声の主を知っている。マリアだ。


「さっきは大丈夫?」


「あれぐらいいつものことだしね。もうなんとも思わないよ。マリアこそ、僕のためにマサキと喧嘩なんてしなくていいからね」


 ひどい時ならあのあとボコボコに殴られている。あれぐらいなら可愛い方だ。


「でも……」


「本当に大丈夫だから」


 マリアがマサキの暴力に巻き込まれるのだけはなんとしても避けなくてはならない。


「クラウスがそう言うなら……分かったわ」


 苦虫を潰したかのような顔のマリアは、絶対に納得していない。聖女であるマリアにとって誰かが痛め付けられているのは許せないことなのだろう。


「……精が出るね! 魔法具のくもりは心のくもり! でしたっけ?」


 マリアが僕の隣に腰を下ろす。


「そうそう。魔法具のくもりは心のくもり! 特に明日から魔王城の攻略があるからいつも以上にしっかりやらないと」


 マリアも僕の隣で魔法具の手入れを始める。


 マリアはここ最近、僕が魔法具の手入れをしていると、こうして現れて一緒に魔法具の手入れをしてくれる。


 僕は、この時間が好きだ。


 大好きな魔法具の手入れを好きな女の子と一緒にやる。


 これほど至福の時間はない。


「……ねぇ、クラウス。魔王を倒したらもうパーティーは解散なのかな?」


 静かに魔法具を磨いていたマリアがしゃべる。


「うーん。どうなんだろう? 僕は、魔法学校の教師に戻らないといけないと思うけど……」


 もう一年も生徒たちをほったらかして、冒険をしてしまっている。


「……そうなんですね。中々、会えませんね」

「マリアも元の仕事に戻るの?」


 マリアは元々王都の大聖堂の神官なのだ。


「そうなっちゃうと思います……」

「それなら時々は会えるんじゃない? 同じ王都にいるんだし」


 魔法学校も王都にある。


 今みたいに毎日会うことはできないかもしれないけど、休みを合わせて会うことぐらいはできると思う。


「そっか……あのね、クラウス」


 意を決したように僕を見るマリアと目が合う。


 琥珀色の瞳に見つめられて僕の心臓が大きく跳ねる。


 マリアは何も言わない。


 風に揺れる枝の音だけが通り過ぎていく。


「な、なに?」


 僕は静寂に耐えられなくなって喉を震わせた。


「大好きだよ」


 それだけ言ったマリアはまた魔法具を磨く。


 何かにとりつかれたかのように、一心不乱に磨く。


「僕も大好きだよ」


 マリアのエメラルドグリーンの長い髪の毛に向かって声をかける。


「ほん、とう……!?」


 一心不乱に動いていたマリアの右手が止まる。


「うん。もちろん大好きだよ。魔法具」


 途端にマリアがため息をつく。


「はぁ。本当に鈍感なんですから……」

「えっ! なに?」


 小さく囁くマリアの声は風に流されて聞き取ることができない。


「大好き! クラウスのことが大好きって言ったんです!」


 ん?


 僕は、今、夢の世界にでもいるのだろうか?


 魔法具の手入れをしていて寝落ちをしてしまったとか。


 僕は思いっきり、力の限り自分の頬をつまむ。


 痛い。しっかり痛い。


 現実のようだ。


「えっと。マリアもう一回言ってくれない?」


 もしかしたら聞き間違いかもしれない。


「……クラウスのことが大好き。何回も言わせないでください」


 聞き間違いでもないようだ。


「で、返事はどうなんですか?」


 紅に染まったマリアの顔が僕を覗き込むように見上げる。


「あの、えっと、明日でもいいかな……?」


 嬉しすぎて頭が回らない。なんだか僕が僕じゃないみたいだ。飛行魔法を使っているわけでもないのに体がフワフワと浮いている気がする。


「分かりました。返事待ってます。おやすみなさい」


 マリアが逃げるように暗闇に消えていく。


 僕はマリアの背中に向かって「おやすみ」とだけ言うのが精いっぱいだ。もう魔法具の手入れができる精神状態ではないし、いつよりずいぶん早いけど寝袋に入ることにしよう。


 僕は魔法具をカバンにしまうのも忘れて寝袋の中に入った



  ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 僕は未だに眠れずにいた。


 マリアからの愛の告白を受けてから随分と時間がたったのにいまだに心臓がバクバクとリズムを刻んでいる。


 人生で初めて告白されたのだ。


 そうならない方がおかしいと思う。


 そんな訳で、寝袋に入ったものの未だ眠れずにいるのだ。


 眠れない僕は、大樹の葉の隙間から見える星空を見ている。魔王城の近くの明かりのない森だからこそたくさんの星が空に瞬いている。この星空も魔王を倒せば、冒険者ではない人たちも見れるようになるかもしれない。


 そう思うと、なんだか嬉しくなる。


 勇者パーティーにいるのにこんなことを言うのは変かもしれないけど、僕は魔物を倒すのはあまり好きではない。


 魔物にだって言葉が分かるのもいれば、ほとんど人に近いような種族もいるのだ。


 そんな彼らを殺すのは少し心が痛くなる。


 だけど、魔王を倒す理由がみんなに満点の星空を見てもらいたいなんて理由だったら、少しはいいことをしているように思えたのだ。


 そんなことを考えていると、マサキたちの天幕のある方向からガサゴソと草をかき分ける音が聞こえてくる。


 僕は、すぐ近くに置いてある杖を握る。


 こんな夜中に動く生き物なんて魔物ぐらいしかいない。


 僕が音のする方向を凝視していると、そこから現れたのは予想外にもマサキだった。


「起きてんのか?」


 マサキが怪訝そうな顔で近づいてくる。


「起きてるよ。こんな夜中にどうしたの?」


 僕は、待機させていた魔法を解除させて杖を地面に置く。


「いや、別に大したことじゃねーよ」


 大したことじゃないのにこんな時間にどうしたんだろうか?


「おなか減ったとか?」


 マサキは何も言わない。僕の目の前まで来たマサキは無言で僕のことを見つめる。


「干し肉ならすぐに出せるけど、ちょっと待ってて」


 僕は寝袋から出てカバンの中を漁る。


 確かまだこの前作った干し肉があったはずだ。


「あったよ。ちょっと堅いけど味は問題ないと……グハッ!」


 干し肉を手渡そうと振り向いた僕に激痛が走る。


「いらねーよ! そんなもの食えるかよっ!」


 激痛の原因はマサキの手に握られているナイフが僕の脇腹に突き刺さったからだ。


 マサキがナイフを僕の体から引き抜く。


「カハッ……!」


 そして今度は僕の胸に向かってナイフを振り下ろす。僕はナイフを押し返そうとするが、僕は魔法使いで、マサキは剣士だ。大きめのナイフは僕の抵抗もむなしく、深々と僕の体に入り込んでくる。


「……な、なんで!?」


 ナイフが突き刺さった衝撃で地面に横たわった僕は必死に口を動かす。


「なんでって、お前のことがうぜぇからに決まってんだろ。あんなにいじめてやったのに、中々、パーティーから抜けないお前が悪いんだぜ」


 マサキの右足が僕の顔を蹴り飛ばす。


「ホントは、お前なんてパーティーにいれたくなかったんだけど、あの国王(ジジイ)が無理やり入れてくるからさぁ」


 僕の体が僕の体ではないかのようで動かすことができない。


 僕はただピクピクと痙攣することしかできない。


「何だよ。もう死んじまったのかよ。死に際まで面白くねぇ奴だな。この毒ナイフ高かったんだぜ」


 流れ出る血に合わせて体が冷たくなっていくのが分かる。


「もっと嬲り殺してやる予定だったんだけど。まぁ、いいか」


 僕の足が無造作に掴まれる。


 そしてズルズルと地面を引きずられて、僕はゴミのように川に捨てられた。


 僕は冷たい水の中を流れていく。


 もう、体は完全に動かないし、視界は黒く染まってしまっている。


 しかし、僕はまだ生きていた。


 なぜなら体は動かなくても、思考だけははっきりと働いているからだ。


 そう。マサキへの激しい怒りだけが僕を生かしていた。


 今までどんな屈辱的なことにも、無茶苦茶なこともやってきたのに。


 それが何で僕が殺されなくちゃいけないんだ。


 そんなことを考えていると、僕の中に一つの感情が芽生える。


 復讐だ。


 復讐をしなければ。


 あんな、クソみたいなやつが勇者としてちやほやされるなんて許せない。


 このまま簡単に死んでたまるものか。


 呪ってやる。あらん限りの呪いをかけてやる。


 僕の知る限りの呪いを勇者に!


 僕は呪いの呪文を唱えながら死んでいったのだった。



  ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 僕はなぜか死ななかった。


 いや、正確には死んだ。


 だけど、生きている。


 赤ちゃんになってたけど、生きてる。


 どうやら、僕は転生をしたみたいだ。


 マサキに殺された恨みが強すぎて女神様が転生させてくれたのかもしれない。


 だから僕はこの第二の人生に感謝して、前世で出来なかった魔法の研究に励むことを決意した。


 えっ? 勇者(マサキ)に復讐しないのかって?


 面倒くさいし、生産性ないじゃん! まぁ、呪いもあらん限り込めといたし、運命が罰を与えてくれるってことで。


お読みいただきありがとうございます。

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