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8話:スルー!『始まりの町』!







「折れる! やっぱこれ入らないって! 無理に入れたらだめだって!」

「いけるいける。大丈夫大丈夫! ……ほら! 入る入る!」

「頑張れ♡ 頑張れ♡ でござるよ♡」

「キモいからやめろそれェ! 死なすぞパットン!」

「ああっ折れる! レンズ曲げないで! ちょっやめ……ああっ……!」



 俺の【複製箱】のサイズが思いのほか小さかったので苦戦したが、無事に信長の眼鏡は複製された。

 眼鏡2号誕生の瞬間である。

 何だかんだで眼鏡は大切だからな。こいつはステータスを見るという大事な役割もある。

 しかし、あれだ。

 改めて、【複製箱】の効力を見ると、何だかすげえ胡散臭いな。

 魔法のように全く同じ眼鏡が入った【箱】が複製されるのは不思議なもので、俺も含めしばらく【箱】を叩いたり四方から眺めたりしてみる。

 うーん、これは俺、もしや結構チート能力を得ちゃったんじゃないか?



「ぶっちゃけ拙者の光る人召喚とかよりだいぶ主人公っぽいでござる……ぐぬぬ」

「まあレンタローがいればめっちゃ便利だし、いいじゃねえか~。んで、信長的に次は何コピるのがいいと思う?」

「あ、ありがとう。次の複製物は君らが決めていいよ。僕がわがままを聞いて貰ったわけだし」



 そそくさと眼鏡ケースに丁寧に予備の眼鏡をしまい込みながら信長が語る。

 よっぽど眼鏡が大切らしい。

 まあ、眼鏡をしてるやつにとって半身みたいなもんらしいからな。足がない人にとっての義足みたいなもんだとか。

 特に信長のやつは3歳くらいのころから眼鏡をしてる筋金入りの眼鏡人である。初日に予備が手に入ってマジでよかったんじゃねえか。

 とは言っても異世界って眼鏡っ子とかもいそうだし、眼鏡を作る技術はあるかもしれないけど。

 んで、次は何を複製する?

 俺は少々鼻高々に宣言した。わかりやすいお役立ちなチート能力が手に入ったので、ちょっと調子に乗っても許されるだろう。

 夏人がふーむ、と顎をかかえた。パットンが挙手する。



「ここは胡椒でござるよ。胡椒を売って、大金持ちになるのが異世界系の基本でござる」

「まだこの世界で胡椒が貴重だって決まったわけじゃないけど、まあ日常的に使うしいいかもな」

「あ、俺は車のキーがいいと思う。てか入れられる小物、詰め込めるだけ詰め込めばいいじゃん」



 俺の案が採用された。

 とりあえず胡椒の小瓶だの、車のキーだの重要そうなものを思い思いに詰め込む。

 一応一度目の複製は500円を増やすのに使ってしまったので、これで今日の【複製】は使用不能になるはずだ。

 俺が自分の清潔なハンカチを【複製箱】に入れようとしていたところ、何やら変な球体が箱に放りこまれた。



「あ、そういやこれもコピっといてくれや」



 中に入れたのは夏人だ。

 ピンポン玉サイズのキラキラ輝く水晶のようなものである。何じゃこりゃ。



「んー。あー、とりあえず頼む」



 珍しく妙に歯切れが悪いな。まあいいや。

 色々とものを詰め込むのが楽しくなっていた俺達はスルーした。

 そして蓋を閉じる。『複製』されたものをシートの上に出し、一応複製物だとわかるように寄り分けておく。



「ともすると、何らかの不具合が起きるともわからないからね。お約束的にはこういうの、何かのタイミングで消えるものだし」



 マスターとバックアップみたいなものだよ。

 と語りながら信長がマジックペンでコピー品に印をつけていく。マメな奴がいると助かるぜ。

 そして、謎の水晶玉を手に取って首を傾げた。



「ん? そういえばこれ何?」

「……さっきパットン斬ったじゃん? そん時にゲットした玉。何かすげー力感じるわ」



 何してんの!?

 お茶を飲んでいた俺とパットン氏が噴き出した。

 信長がひくひくと顔面を痙攣させている。



「ええっ!? 拙者の……拙者の……何!? ソウルジェム!?」



 ソウルジェムではねえよ。

 とも言い切れない。

 日本にいた時のパットン氏を倒してもドロップするのはせいぜい財布とかオタグッズとかだけだろうが、今のパットン氏は【勇者】だ。

 俺達のこの異世界でのポジションはまだわからないが、【勇者】は基本的に重要なものだろう。

 【大魔王】である夏人が倒した時に出た玉であるというのも見逃せないポイントである。

 信長、一応鑑定的なことしておいた方がいいんじゃねえか。



「そ、そうだね。……何でこういうのを黙ってだな……ええい。まず一応【賢者】の力で見てみる……」



 結局、信長の【賢者】の力をもってしても、その球体については名前しかわからなかった。

 ……本当にわからなかったのだろうか。

 信長という男が、気を遣って言わなかっただけではないのかと少しだけ思った。



「この球の名前は──【勇者核】だ」

 


 絶対これソウルなジェムみたいなもんじゃないですかー!

 パットン氏がそんなことを言いながら【勇者核】を手に取った瞬間、水晶球は淡い光を放ちながらパットンの手に溶けるようにして消えた。 

 俺達はドン引きした。

 さっと信長がもう一つの【勇者核】をポケットにしまう。何が起きるかわからないからである。 



「まあ、アレだ! とりあえず寝よう!」

「うん。……そうだね……ああもう、わからないことが多すぎる! 誰か僕に解説してくれ!」

「拙者に一体何が……?」



 ま、まあアレだな。うん。

 今日は色々あったからな! 寝よう!

 考えることが面倒になった俺も同意した。明日には『冒険鼎立都市フェリシダ』に到着するはずである。

 そこには多分事情に詳しい人もいるんじゃないですかね!



 ということで俺達はそそくさと寝間着に着替えて(俺のパジャマも新品のものが用意されていた)、テントに潜り込んだ。



「そういや見張りとか立てなくていいのか?」

「あー、ドリアーヌさんが見張ってくれてるらしいから大丈夫だろー。あと何かあったら俺様とパットンが何とかするわー」



 それならいいか。

 異世界初日の夜はこうして、静かに更けて──

 


「がああああああ! 痛い痛い痛い! 夏人の寝相どうにかしろ!」

「ちょ……狭い! それにムサいでござる! 拙者ステラちゃん達と一緒に寝たいでござる!」

「お、押し込もう! 夏人を寝袋に押し込もう!」



 ──訂正。

 騒がしく、更けていった。






 翌日。

 走る車の窓から身を乗り出し、夏人が叫んだ。

 俺とパットン氏もたまらず同じように身を乗り出す。

 日本ではないのだから、道路交通法なんて気にする必要はない。目の前に広がった雄大な光景を風と共に堪能する。

 背後で、ステラちゃんがどこか楽し気に宣言した。



「着きましたわ! アレが『冒険鼎立都市』ですのよ!」



 遠方に見えたのは、巨大な白い壁に囲まれた都市。

 そしてその都市の三か所からそれぞれ伸びた橋が、正しく鼎のように巨大な教会のような建造物を支えていた───



「……感謝を。そして、また会った時にこの恩は必ず返そう」



 そしてしばらく走行後、『フェリシダ』近くの岩場の陰。

 ドリアーヌさんとステラちゃんが指定した場所にて、俺達は別れることになった。



「いや……こちらこそありがとうな、お嬢様達」

「僕らはこの都市に来るのが初めてでして。いつか案内を頼みたいものです」

「フッ……いずれ、そのような機会もあるでしょう」



 夏人と信長が余所行き用のイケメンスマイルを発動させて、別れを告げる。

 美男美女の別離、傍から見てると滅茶苦茶絵になる光景だ。

 すると、ステラちゃんがトテトテ、とこちらに駆け寄ってきた。

 そして俺に、チョイチョイ、と手で何やら仕草をしてくる。ええと、屈め、ということらしい。

 その通りにすると、耳元でお嬢様は何やら囁いてきた。



「私たち、『翡翠の教会』にしばらくは身を寄せますの。会いに来てくださいね、レンタローさん」

「……ええ、わかりました。しかし、何故俺に?」



 クスリ、と笑ってお嬢様は言った。

 


「安心感ですわ」



 なるほど、泣いていいですか。

 そして手を軽く振って、お嬢様は俺の元を離れていった。

 ああ、こんな金髪美少女とお話できるのなんて今後は絶対ないんだろうなあ。

 とか思っていたら、今度は夏人達とあいさつを済ませたらしい美人女騎士さんが俺に寄ってきた。

 彼女まで、俺に顔を近づけてヒソヒソ話をしてきたので、俺は否応なしに心臓が高鳴ってしまった。



「……都市長に、礼を伝えてください」

「えっ。何のことです?」

「フフフ。流石の私もわかりますとも。あんな奇怪な乗り物を用意できるのは『冒険鼎立都市』の都市長にして『冒険王』ことフォード様くらいだと」



 フォード……誰だろう。自動車王かな?

 何か勘違いをしているらしいドリアーヌさんは話を続けた。



「クリエル家の我らを内密に、速やかに、そして安全に迎えるためにフォード様が貴方達を遣わされた──そんなところでしょう」



 全く持って覚えがない俺に自分の推理を披露したからか、どこかドリアーヌさんは満足気だ。

 どうしよう。これ否定とかした方がいいのかな。



「かの『冒険王』の秘密部隊、か。道理で圧倒的な力を持っているはずだ。フフフ。私も都市では気を引き締めなければならないな」

「しかし、何故俺にそんな話を……?」



 そういうよくわかんないことは信長あたりに言ってくれよ。

 と内心で思いながら俺は問う。

 ドリアーヌさんは苦笑した。



「安心感……といったところだろうか」



 泣くわ。

 先に都市に徒歩で向かう2人と別れ、俺達もまた『冒険鼎立都市フェリシダ』へと向かうことにした。

 別れ際に、信長がドリアーヌさんに袋を手渡されていた。中には、それなりの数の、見たことのない種類の金貨が入っていた。

 これで都市に入っても衣食住に困るということはないだろう。

 


 しかし、あれだな。別れてみると、不思議ともう少し2人と会話をした方がよかったな、という気になってくる。

 色々ありすぎてそこまで気が回らなかったが、もしかしたら今生の別れかもしれない。

 それに、もしかしたら彼女達と仲良くなっていた方が今後ずっと楽になっていたかもしれない。



「ええ……? レンタロー氏、もうお2人とかなり親密そうな感じになってたでござるよ……? 特にステラちゃんの方」

「わかる。レンタローってこの世界だとまさかのモテ系顔か? これあるんじゃね? 俺レンタローよりモテなかったらショックだわー」



 ええい、俺が切ない感じのモノローグに浸ってるのに入ってくるな男ども。

 信長も切なげに笑った。



「ああ……結局『始まりの町』、『対巨竜防衛都市グルガニア』は後回しか……一応聞くけど今からそっちは行かないよね?」

「当たり前だろ! さっさと温泉街に行こうぜ! あと冒険!」

「めくるめく冒険者としての一歩を勇者パットン率いる異世界トリッパーズは踏み出すのであった……」

「てめー何主役になってんだよ! どう考えても【大魔王】が一番偉いだろ!」



 ギャーギャーと騒ぎ出した2人を見て信長が溜息をつく。こいつら本当に異世界でもやること変わんねえな。

 信長、とりあえず『始まりの町』は後で行こうぜ。

 せっかく来たんだからここで情報収集とかしておこう。



「そうだね。じゃあ、とりあえず行こうか。フフフ。まずは宿探しかな?」

「行くでござるー! まずは冒険者ギルドに行くでござるよ! お約束でござる!」

「うん。情報収集としては悪くないね。そういうものがあれば、の話だけど」



 パットンはともかく。何だかんだで壮大なスケールの都市を見て信長もテンションが上がっているのか、楽しそうである。

 冒険者ギルドについて語り合う眼鏡とオタクに、アロハ野郎がそれとなく問うた。



「あ、そういや車、どうすんの? あと服とかさ。俺らぶっちゃけめっちゃ怪しくねえ? 入れんのかな? あそこ」



 沈黙が場を支配する。

 信長が首を横に振った。

 パットンがぎこちなく笑う。

 そう。

 そうだね。




 ……全く考えていなかった。






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