7話:そんなことより肉を焼こうぜ
そういうわけで、俺達はとりあえずバーベキューをすることにした。
金網を載せたコンロの上では肉がジュージューと焼き音を立てていて、その少し横の焚火では何やら鍋が用意されていた。
「ウェーイ! ウェーイ! かんぱーい!」
夏人がテンション高めに紙コップを掲げる。奴の平常運転だ。
俺らはアロハ野郎の掛け声にうえーい、と適当に合わせてからグビグビと中身を飲み干した。
一応ビールやら何やらもあるのだが、今日のところはお茶とコーラがメインである。
流石に今の状況で酒を飲み始めたら淑女二人からの信頼値が最底辺まで下降しそうだからな。
ステラちゃんとドリアーヌさんは急に奇声を発しだしたイケメン3人とモブ顔の俺に動揺しながらも、共に杯を掲げてくれた。
「……なんだこの黒い飲み物は……何だこの器は……人が飲んでもよいものなのか?」
「おいしいですわ! この飲み物! シュワって! シュワってしましてよドリアーヌ! それに甘いですわ!」
「お、お嬢様! こういう時は、まず私が毒見をせねば! こんな怪しげな……美味い! 爽やかですね!」
「レンタローさん! これは何という飲み物なのですか!?」
「コーラです」
「聞いたことないですわ! すごいですわ! すごいですわ!」
コーラを飲んで何やらはしゃぎだした2人を見て、俺は密かに胸をなでおろす。
一応、先刻の凶行は「魔法的な、俺達の地方に伝わる医療行為」ということで押し通した。
わざわざ【大魔王】でーす。なんて紹介したら藪から蛇が出そうだしな。
名前が不穏すぎんよ。
彼女達が信用してくれているかはわからないが、当のパットン氏がピンピンしているのだから一応は安心してもらえたようだ。
そして危うくパットン死になるところだったパットン氏がうんうん、と頷きながら本日のことを総括する。
「死ぬかと思ったでござるよ。もう洗脳はこりごりでござる」
軽いノリで済ましていいのかよ。結構焦ったんだからな。
一応確認してみたが、氏の身体には傷一つとしてついていないようだ。
【魔王剣】は、「生物以外なら何でも斬れる」というアーティファクトらしい。
都合よく解釈をすればパットンを『洗脳していた何か』を斬ったということなのだろう。
だからと言って健康に影響がないといいのだが……。
「結局パットン氏はなんも覚えてないのか?」
「うむ。自分以外の何かに支配された感覚──そして、しいて言うなら温泉──温泉街に行くということしか覚えておらぬ」
よりにもよってそこかよ。
どんだけ温泉行きたいんだよ。俺はパットン氏の精神状態が心配になった。
ドリアーヌさんも同じようで、心配そうに俺を見てきた。
「その……パットン殿は大丈夫なのか? 操られていたんだろう。再び同じことをやられるとも限らないのでは」
「大丈夫だと思うぜドリアーヌさん。俺の剣で、何かパットンを操ってた力の……線? みたいのぶった斬ったからな」
「ま、再発したらまた一つ、夏人氏にズバッとやってもらうでござるよ」
ハハハ。と夏人とパットン氏は笑う。
「……そうか。貴殿らの力は私の想像をはるかに超えているのだろう。考えていても仕方ないか……」
とか言いつつもドリアーヌさんはステラちゃんを俺達から守るようなポジショニングを欠かしていない。
騎士の鑑である。
信長がいつものようにやれやれ、と溜息をついた。
だが、その目は虎視眈々と金網の上で焼ける肉を見張っている。この男何を隠そう──肉奉行である。
「そんなことより肉が焼けてるよ。ほら、ネギタン塩。まずはこれを食べてもらおうか」
信長のやつはテキパキと俺達の紙皿に肉を盛ってきた。
動きがやたらと機敏だ。
パットン氏の暴走、この世界のこと、そして『始まりの町』のこと。
色々と考えることが多すぎたのでその辺、全てを放棄し、肉を焼くマシーンと化したのだろう。
その目は怪しげに輝いていた。だが肉は美味そうだ。
「あん? なんか生焼けじゃねーのこれ」
「やれやれ夏人。君はホストクラブで肉の焼き方を教わらなかったのかい?」
信長が再び特大の溜息をついた。
こういう時ばかりは夏人も絡まない。美味いものを食いたければこの眼鏡に従ってればいいのだ。
それを知っている夏人は、そのまま肉を箸で引っ掴んで口に運ぶ。
「おー! うめー! 肉やらけー!」
「ジューシーでござる~!」
「フッ……いいかい、ネギタン塩の焼き方の極意は片面をジックリと焼き、片面はさっと炙ることにある」
俺も冷めないうちに慌てて肉をかじる。
うーむ、マジで美味いな。シャキシャキとしたネギと肉の食感、そして絡むソースと肉汁の旨味のハーモニーが絶妙だ。
肉はコリコリとした歯ごたえがあるようで、それでいてとろけるような柔らかさを失っていない。また腕を上げたな。
「そしてタレは塩を入れすぎず、肉にかけるレモンは利かせすぎない。だが調味料の量は惜しまない──基礎中の基礎だよ、さて、火力を上げるために次はホルモンを焼くとして──」
キラリ、と眼鏡が光った。
「どうですか、ステラさん、ドリアーヌさん」
信長のやつ、異世界人に自分の焼いた肉の評価を聞きたいらしい。
流石に箸というわけにもいかないので女性陣は自前のフォークを使っていた。
たどたどしくステラちゃんとドリアーヌさんは肉を口に運ぶ。
そして、もぐもぐと肉を噛み、ステラちゃんはカッと目を見開いた。
「お……おいしいですわー! とっても、とっても美味しいですわ! なんなんですのこれ! どういうことですのレンタロー様!」
「どうと言われても!?」
俺は急にキレ出したお嬢様を何とかなだめようとする。
だがお嬢様は俺の胸元を掴んで「えーん、どういうことですのー!」と揺さぶってくる。
に、肉がこぼれますってお嬢様! やめてくださいお嬢様!
その間に金網の肉を夏人のやつが全て奪っていた。こ、この野郎。
「……フッ。よし」
信長はステラちゃんの反応がお気に召したらしい。
何か満足げに頷いている。いや俺の分の肉をキープしろよ奉行!
これだから民草の気持ちがわからない上流階級どもは!
必死に横にいる女騎士さんに助けを求めた。
「す、ステラちゃんを何とかしてくださいドリアーヌさん!」
「…………」
俺はぎょっとする。はしゃぐステラちゃんの横で、ドリアーヌさんは放心していた。
しばらくフリーズした後、ハッと何かを思い出したように首を振る。
「い、いけませんお嬢様。従者の私がお嬢様と食事を共にするなど──!」
「今更!?」
今度はお嬢様がぎょっとした。
「旅の間は私と共に食事をするって約束しましたわよねドリアーヌ!? それが私たちの絆の証なのだと……私、勝手にそう思っていましたわ!」
「い、いや……ちがっ……お肉が美味しすぎて混乱を……違うのですお嬢様!」
ぷんすか、と怒るステラちゃんを何とかドリアーヌさんはなだめようとする。
そんなやり取りをする間も信長は着々と肉を焼いていく。
「この肉何でござるか?」
「フッ……これは『ともさんかく』と呼ばれていてね。希少な部位だよ。加え、この僕が一晩じっくりとタレに漬け下ごしらえしてやったのさ……!」
「いいねえ! 早く焼こうぜー!」
「悪いなレンタロー氏。この肉三人用なんだ」
ああっ俺の知らぬ間にホルモンタイムが終わっている!?
だがその希少部位は絶対に食うからな!
離してステラちゃん! お願いだから離して! ドリアーヌさんと喧嘩するのに俺の服離さないのなんでなの!?
「レンタロー氏、君のことは忘れないよ……あっそうだ夏人氏、ゴブリン退治の分の肉もらうでござるよ。拙者ホルモン好きだから」
「ああ? どう考えても俺の方がいっぱい倒してただろうが」
「は? こっちは三人がかりだったのでござるが? さては拙者忍者だろ。きたない流石忍者きたない」
「野菜もしっかり食べろよ! 僕は偏食なんてさせないからな!」
どこもかしこも喧嘩を始めやがった。マトモなのは俺だけか!
そんな感じで夜は更けていった──
「食ったなあ」
「美味かった」
温かなお茶で一服しながらくつろいでいる。
パチパチと小気味良い音を響かせる焚火を囲み、俺達4人は円座していた。
ステラちゃんとドリアーヌさんは自分達のテントに引っ込んでしまった。何となくひそひそ話が聞こえる。
今後のことなどを相談しているのだろう。
2人に疑念の念を向けていた信長は色々思うところがあるだろうが、彼女達が自分の飯の味を堪能してくれたからか、今はご満悦だった。
かくいう俺も小鍋から信長特製のコンソメスープが出てきた時は死ぬかと思ったぜ。
大変おいしゅうございました。
「あー、ほんとに異世界きたっつー感じするわー空見てると」
確かに。
地球の光害など知らない星空はとても明るかった。飲み込まれてしまいそうだ。
しかし、急にポエミーなこと言うなあ。
「あー? だって星座の位置がちげーだろうが」
「ふむ……確かに。まあ、分かってたことだけどね。昼だって雲の出来方を見ればここが地球じゃないことくらいわかる」
急にIQの高い会話を始めないでくれよ。
俺は欠伸を一つした。
今何時だろうか。スマホを取り出し時計を見る。地球時間だと22時らしい。
「公転速度とかあるだろうし、あんまり意味ないと思うけどね。あとついでに確認しておくと、当然ながら僕もスマホ圏外だ」
「電池、一応車と充電コード繋げば持つけどスマホって役に立つか? 写真と動画撮るくらい?」
「あーっ! 拙者のソシャゲライフが……ガチャ更新が……!」
「パットンはちょっと黙ってろやあ!」
こいつらいつも騒がしいなあ。
綺麗な星空が泣いてるよ。
「そういえばレンタロー。君の新しいアーティファクトについてなんだけど」
ん? ああ。そういやバタバタしてたから話してなかったわ。
俺は【複製箱】を取り出した。
ジッと信長が俺の手元を見る。
「──【複製箱】。中にものを入れて蓋を閉じると、中身を完璧に複製したもう一つの【複製箱】を生み出す」
「なんじゃそりゃあ!? 超絶チートじゃーん!?」
「レンタロー氏はじまったな! うはあ! 夢が広がりんぐ!」
夏人とパットン氏が何やら騒ぎ出した。
そういう風に言われると、何かすごい能力みたいに思えるなあ。
「ただし、使用制約があるようだ。1日3回。それしか使えない」
信長が淡々と【賢者】の能力を発揮しながら説明してくれる。
ええっ制限とかあるんだ。まあ、確かに何回も使える気がしねえな。
何となく俺的にもそんな感覚あるわ。
そして俺達はとりあえず今日寝る前に何を複製するかで揉めだした。
【複製箱】は最初に発言した謎の【箱】より少し大きい。一辺大体15センチくらいはありそうだ。
だが、大した容積はない。1日3回の使用制限があるなら、当然ながら何を優先して【複製】するのかという話になる。
「まずは金金金! お金でござるよ! 金複製しようでござる!」
「あほか! 日本ねえのに日本円増やしてどうする! 調味料とか必須になるもの増やすんだよ! てかレンタロー! 飯食う前に言えよお! 肉もっと食えたじゃん!」
「『全く同じ状態で複製』だからね。肉が1食分増えたところであまり意味はないよ。腐るし。あと、保存が効きそうな食べ物は念のためほぼ残してある」
それもそうだな。というか流石信長。気配りすげえな。
干し肉とか作る──のもだめか。何か下ごしらえとかしてたみたいだしな。というかもう無いものを言っても仕方がない。
「この世界になくて、必要なもので、腐らないものから増やすのでござるね! ええと、スマホ!」
さっきスマホは役に立たないって話になったばかりじゃん。
これだからスマホ中毒患者は。
個人的には車のキーを増やすべきだと感じていた。失くしたら車動かないしな。
あとはガソリン……もいけるのか?
アーティファクトって燃料入れても匂いとかつかないかなあ。
その時、スッと信長が手を挙げた。
「この世界になくて、いつ無くなるかわからなくて。そして絶対に失ってはいけないものがある」
そして、恐ろしく低く真面目な声で主張した──
「これは、僕からの一生のお願いだ。絶対に、今回はそれを複製して欲しい──その品とは」
「その品とは……!?」
あまりの真剣さに、俺達はゴクリ、と唾を飲んだ。
かつてないほどシリアスな雰囲気だ。
信長という男は、昔から俺達の参謀役だった。誰よりも知識量があり、そして何より「異世界」というものに対する理解があるはずだ。
たとえそれが物語の知識でも、今俺達はまさに物語の世界の中にいるようなものだ。
こいつの意見を重視するのは当たり前のことである。
男は、口を重々しく開く。
「それは僕の──眼鏡だ」
……。
…………。
………………そうですね。