6話:勇者の定め
結論から言うと今日は川沿いで野営をすることになった。
近場に雑木林もある好立地である……らしい。信長が言っていた。何がどう好立地なのかは知らん。
『冒険鼎立都市』まではもう少しばかり距離があるということなので、大事をとることにしたのだ。
というのも、パットン氏が急な頭痛を訴えたためである。
「うーん。うーん。頭の中で変な声が聞こえるでござる~。拙者に憑りつくなら國府田マリ子ボイスじゃないと認めない所存~。島袋美由利ボイスでも可~」
「余裕そうなので、頭を一発ぶっ叩けば治るのではないか」という夏人の主張は信長に取り下げられた。
頭をぶっ叩かれたのは夏人の方だったことは付記しておく。
その際の信じられないものを見るようなステラちゃんとドリアーヌさんの視線は忘れられないが、とりあえず置いておこう。
とにかく車を停車、パットン氏は車の中に寝かせておいて、夏人と信長がテントを手際よく貼っている。
ドリアーヌさんも、俺達のテントに隣接するように自前の簡易テントを設置していた。うちのテントは4人用だし、男女混合というわけにもいかんから助かるな。
ちなみに設営に俺とステラちゃんは参加していない。
アウトドア系リア充の極みみたいなスペックをしている夏人に加え、何かと器用な信長までいるからな。俺が参加すると足を引っ張る。
そしてステラちゃんは貴族っぽいので、こういうのは従者のドリアーヌさんに任せているのだろう。
要するに2人して手持無沙汰だった。俺らが敷いたブルーシートに上品に腰かける彼女に、俺は話しかけることにした。
「申し訳ありません。急ぎの旅なのでしょうが」
「いや……あんな乗り物がなければ、もっと時間がかかっていたはずですわ。早すぎるくらいです」
それに、とステラちゃんが苦笑して付け加える。
「皆さまの装備は見たことのないような素晴らしいものばかり。自分がいかに狭い世界で生きてきたのか……そんな思いで胸がいっぱいで、正直、気疲れしました」
ふう、と溜息をつくステラちゃんの髪を風が揺らした。
俺は思わずドキッとしてしまう。
誤魔化すために、別の話題を振ることにする。『冒険鼎立都市』とやらへ向かう目的とかは秘密っぽいので、別のことを聞くことにした。
「えー、俺らをなんで、そこまで信じるんです? 信用させて、襲うかもしれないじゃないですか。騙すつもりなのかも」
「ウフフ。確かに、そうですわね。ただ……何となく、貴方様達は……いえ、貴方様は。本当に何となくなのですが、信じられる気がして」
頭の中を【複製箱】のことがよぎった。
今、俺のポケットの中には2枚の硬貨が入っている。
あの後、中から500円玉を取り出すと、黒い【箱】は煙のように消えてしまった。
だが、硬貨と白い【箱】は消えなかった。頭の中のスイッチを押して今は消えているが、いつでも俺は白い【箱】を出現させることができる。
つまり、500円儲かった。
字面通りに受け取るなら、『複製』されたということなのだろうが……。
「……そうですか。それは、その……ありがとうございます」
頭の中に響いた声。
あれを信じるなら、目の前にいるステラちゃんと絆を結んだから手に入ったアーティファクトらしいが……。
一言二言会話しただけで、そんなボーナスアイテムみたいなものをもらっちゃっていいのだろうか?
俺が女の子に一目惚れされる可能性は限りなく0に近いので、何か不可思議な力が働いたとしか考えられない。めっちゃ罠くさいわ。
「それに、私たちを信じてくれた、という話なら、貴方様も一緒ですわ。お互い様ということにしましょう」
「まあ、そうですね」
「おーい! テントできたぜー! 飯だ飯! 肉焼こうぜ肉!」
「行きましょうか」
「そうですわね。あ、私、お料理は得意ですの! お手伝いしますわね!」
腕まくりをしてみせるステラちゃんにホッコリしながら、俺は立ち上がる。まあ細かいこと考えても仕方ねえな。なるようになるだろう。
見れば、先ほどまで何もなかった場所に立派なテントが2つ設営されていた。
夏人がテントに出たり入ったりしてドヤ顔で遊んでいるのを、信長がやれやれとばかりに観察している。親子か何かかおめーらは。
「あ、僕ら、手持ちの食料とかを持ってきますね。ついでにパットン……彼の調子も見てきます」
「そうか。では、私は薪を集めてきましょう。お嬢様、私と共に来ていただけますか?」
「わかりましたわ!」
「木炭ならバーベキュー用のセットあるんじゃねーの? つーか俺もこの辺見て回ってモンスターとか倒したいんだけど」
「いいから君はこっちだ」
「ういー」
珍しく夏人が信長の言うことを聞いた。
ドリアーヌさんたちは雑木林へと向かう。またゴブリンに襲われたら悲惨だな。まあ、すぐに俺らがいるから安心しているのだろう。
ワンボックスカーのバックドアを開け、バーベキューのコンロと食料を取り出しながら、信長が何やら厳かに話し始めた。
「さて……こうして彼女らと離れた理由はわかるね?」
「ああ。もちろん」
お茶のペットボトルが入ったビニール袋を雑に外に運びながら、かつてなく真剣に夏人が頷く。
「正直、めっちゃ可愛いからステラちゃんくらいの歳のコでもありかなって俺は思った! けどやっぱ、ドリアーヌちゃんの巨乳を俺は支持するぜ!」
「何言ってんの!?」
信長はビックリしたのか、持っていたバーベキューコンロをガチャーンと落した。
俺も頷き、同意する。
「ステラちゃんに欲情したらパットン氏を笑えなくなる。でも俺、ドリアーヌさんも厳しい。正直美人過ぎてドモる」
「レンタローは童貞だからな~。ま、わかるぜ。やっぱ異世界のネーちゃんって美人過ぎる部分あるわな。正直童貞には厳しいかもな」
「そうなんだよね……きついわ。って誰が童貞やねん。事実だけど。つらい」
「まー、一歩一歩、段階踏んで女性と触れ合ってくしかねーなー。俺様の経験上は。慣れだよ慣れ」
「き、君たちには緊張感ってものがないのか……」
信長はあきれていた。悪いな、夏人の方のノリに乗っかって。
俺は紙製の小皿やら割り箸を人数分用意しながら信長に謝罪した。
で、何?
「……うん、ええとだね──まず、レンタローのアーティファクトのことも話したいんだけど。主題からいくね。はっきり言おう。『彼女たちは信用できない』」
「うげ。ええと、どの辺が?」
夏人がどこかウンザリしたように肩をすくめた。
気持ちはわかる。信長は考察魔だ。
推理映画とか一緒に見ようものなら、いい場面で一時停止して独自の推理をべらべら喋りだすことに定評がある男だった。
「まずいいかい、矛盾しているのが『お忍びの旅』といいつつ、馬車には家紋がついていたことだ」
「あれか。お前の【賢者】の力って家紋はわからないんだよな?」
「ああ。今のところ、生き物以外のステータスは何も見えない。例外は『アーティファクト』だけなんだけど……一度置いておこう。他にも怪しいところはある」
信長が眼鏡をクイッとした。キラーンとレンズが光る。
いいなそれ、俺も一度やってみたい。
「ドリアーヌさんにしろ、ステラちゃんにしても、気軽に僕らのことを信じすぎだし、状況に適応しすぎだ。彼女たちの馬車や服を見る限り、乗用車なんてオーバーテクノロジーにもほどがある。例えばUFOから出てきた人間に助けられたとしよう。そのUFOの謎の人物に、『ついでにジャスコに連れてって』とか言うかい?」
「俺様は乗る! めっちゃ楽しそう!」
「俺も乗りたい。チップとか埋め込まれてみたくね? あとジャスコってもうねーから」
「みたくないよ!? 君らの感覚おかしいよ! ……とにかく、これは罠なんじゃないかと思うんだ。僕の予測だと例えばそうだな……『魔王』がパットン……【勇者】をハメるために彼女たちを操っているとか」
「えぇ……お前車でドリアーヌさんとめっちゃ話してたじゃん」
「とりあえずはクリエル家に取り入るために動いてる、って印象を与えておいて、ブラフ撒いて情報を得ようとしたんだけどね。大したことはわからなかったよ」
色々考えてると大変だなあ。運転までしながら、よくやるわ。
うーん。
信長の言うことには一理ある……のか。よくわからんし、考えても仕方なくない?
「仕方あるよ。だってテントで寝てる時にぐさーって刺されたらどうするのさ」
「大丈夫。俺、【大魔王】だし。てか、【賢者】ならステータス見てわかるだろ? 多分俺、すげー強いよ!」
「……僕の能力もどこまで信用していいのかわからないだろ。それに、例えば彼女達が特殊な異能や武器を持っていないとも限らない」
警戒する気持ちはわかるんだがなあ。
魔法とかある時点で重力が突然消えて宇宙までかっ飛んで行っても不思議じゃないし。言い出したらキリないよね。
うーん、何か、ステラちゃん達をあんま拒絶したくないんだよな。ちょっと話した時に情が移ったか。
信長もその辺をよく理解しているのか、スッと手を挙げた。
「えー、というわけで僕としてはだね、彼女達とは別れて『対巨竜防衛都市グルガニア』に向かうべきだと思う。初手は、やっぱり神の言う通り『始まりの町』に行くべきだ」
「いや! 俺は『冒険鼎立都市フェリシダ』がいい! だってステラちゃん、フェリシダは温泉街が名物だって言ってたし! わかるか? 俺達に必要なのは温泉なんだ! 俺の気分は温泉なんだ!」
オイオイ、何か張り合いだしたぞ。
俺はそっとコンロやらテーブルの用意を進めることにした。あの2人が戻ってくる前までに終わるかなあ。この話。
あと、パットン君頭痛いの大丈夫かなあ。
「『始まりの町』に行きたいっつー信長の考えはわかる。でもな…それじゃあ面白くないだろ?」
夏人は右手を振り上げた。
こういう時の奴に何を言っても無駄であるのは確定的に明らかなのだが、信長は食い下がるようだ。
まあ、『初手始まりの街』か『初手温泉街』だったらどう考えても前者の方が普通だよな。あ、肉はどんぐらい食う?
「全部食べちゃおう! いや君なあ!これは遊びじゃないんだぞ!本気で僕らは今異世界に来てるんだ。なのにふざけているばあいか? 面白いとか面白くないとか以前に、僕らはまずこの世界で『生きていく』ってことを真剣に考えるべきなんだ。いいかい、僕らは生き残ったんじゃなくて、神に生かされたんだ。だったら、その神の示しているであろう道に行けば、今後も生きていけるってことだろ!」
「賞味期限あんま長いの買ってねえ! わりい! ここで全部食おう! 温泉! 温泉がいい! 酒飲んで温泉で決まり!」
信長の言っていることは多分、至極もっとも、泣けてくるくらいの正論だ。
だが残念、夏人は文章で言うと3行以上の文字は読まないタイプである。
「夏人君っていつもそうだよね! 僕の話全然聞いてくれない!」
「んだよ! お前が考えすぎてる時って碌なことになんねーから言ってんだよ! 温泉入って落ち着こうぜ!」
その時であった。
ぬらり、とパットン氏が車の中から現れた。
「……除く」
「パットン、具合よくなったのか……パットン?」
違う。
あれは、本当に、俺の幼馴染か?
俺の背中を、ゾッとするような感覚が走る。
──だめだ。
──これは本当に、だめだ。
思わず頭の中のスイッチを押していた。
それが役に立つと思ったのではない。
反射的に自分の【複製箱】と蓋のない謎の【箱】を出現させていた。
ヤバい。
何かが、ヤバい。
絶望的に、何かが壊れている。
今、目の前にいる男は、パットンでは、ない。
赤く光るマントが舞い上がる。まるで、どこかで見たヒーロー映画のように。
光る分身体が出現していく。
1人、2人、3人、4人──分身は増えていく。
どうする。
寒気が止まらなかった。
パットンの蒼い目がギョロリ、と剥き出しになる。
分身体が増えていく。
パクパクと俺の口が動く。
何も言葉が出てこない。
内臓がひっくり返りそうだ。
体中を蛇のようなものが何匹も這っているような感覚。
濃密な「死」の気配が、全身を駆け巡っていた。
「────世界のエラーを、取り除く…………取り除く…………排除アアアアアアアアアアアアア!!」
そして、かつてないほど壮絶な表情を浮かべて。
パットンだったものが、光の分身体達が、一斉に飛びかかってくる──
「うるせええええええええええ!! 温泉だあああああああああああ!!」
反転した夏人が、漆黒の巨剣で空中のパットンをぶった切った。
「ぐええええええええええ!?」
「えええええええ!?」
「なにやってんのお前ー!?」
俺と信長はただ、一瞬の出来事に放心するしかなかった。
びたーん、とパットンはブッ倒れて、赤い外套──【勇者のマント】と、光る分身体達はフッと消えた。
「ぱ、パットンわりい! ついノリで! ぱ……パットン?」
おそるおそる、夏人が近づいていく。
息は──あるようだ。倒れ伏したパットンはピクピクと動きながら、腕をそっと上げた。
「パットン……?」
「せ、拙者……温泉で……女湯をみんなで……覗く……んだ。がくり」
ぐっとサムズアップして。
無駄にいい笑顔を浮かべて、イケメン金髪のオタク野郎はパタリ、と地面に突っ伏した。
場に沈黙が走る。
ど、どうしよう。これ。
その時、カラン、と背後で音がした。
「ど、どうしてですの……?」
振り返ると、ステラちゃんがボロボロと薪を落していた。
ドリアーヌさんもドン引きするのを隠そうともせず、問う。
「何でこんなことに……?」
俺はどうするべきか3秒ほど熟考して。
力なく横たわるパットン氏の腕をつかむ。
コクリ、と頷いた信長がもう片方の腕をつかんで、意識のないパットンを無理矢理に抱えて立ち上がらせた。
俺がパットンの左側、信長がパットンの右側を支える隙の無い体勢だ。だらりと垂れ下がった頭と揺れる金髪が見所である。
そして、それを見た夏人もコクリ、と頷いた。
大魔王・夏人は漆黒の【魔王剣】を掲げ、高らかに宣言する。
「肉焼こうぜ! 今夜は焼肉パーティだ!」
う、うおおおおお!
俺と信長は叫んだ。ただひたすらに叫んだ。
もう、誰も彼もが、ヤケクソだった──