3話:『一箱』とファンタジー
幼なじみのオタク野郎が突然発光していた。
ゴブリンはともかく、人を跳ねてしまって、どうしようどうしようと全員でオロオロしていた矢先の出来事である。
「《光の治癒》!」
「急に何言い出すの!?」
俺はびっくりした。
碧眼を一際輝かせながら パットン氏は佇んでいる。
「なるほど……これが【勇者】の力…か」
「信長!?」
そしてメガネまで何か言い出した。メガネをやたらクイクイしている。
俺がオロオロし続けていると、なんと銀髪女騎士さんの傷がみるみると塞がっていくではないか。
土気色だった顔が、生気を取り戻していく。俺はホッとしながらも、よくわからない状況に動揺していた。
「まじか……」
「ああ。やっぱ【勇者】はパットンが?」
「夏人。君の予想の通りだ。僕が【賢者】。君達のステータスが見える……ん?」
信長がやたらとこっちを見てくる。
な、なんなんだ一体。
「んん…? 君、運び屋だったよな…? ステータスが全然見えないんだが。アーティファクトは出せるかい?」
「アーティ…何て?」
その時である。
汚ならしい叫び声が辺りに響き渡った。
「新手だ!」
夏人が叫んだと同時に、ゴブリン達が草むらから飛び出してくる。数が多い。50体はいるだろうか。
先ほど轢殺したゴブリンとはどうやら同種。涎をだらだらと垂らしながら、こちらに向かってきた。
そして、それに立ち向かうかのように夏人は駆けだしていた。いつの間に取り出したのか、その手には巨大な漆黒の剣が握られている。
ゴブリン達は急に自分らの方に向かってきた男に一切ひるむことなく、夏人を囲んだ。
「とー!」
夏人がどこか抜けた掛け声と共に、自分の背丈はあろうかという巨剣を振う。
すると、異常なことが起きた。
夏人の周りにいたゴブリンが、まるで糸の切れた人形のように倒れだしたのだ。
血に倒れ伏した怪物はピクリとも動かない。まさか、死んだのか。
仲間達の惨状を見て、剣の範囲にいなかったゴブリン達は明らかに動揺したかのように距離を取った。
「何あのSSR装備っぽい剣……」
「【魔王剣】だね。夏人の……【大魔王】のアーティファクトだ。命と生物以外なら何でも斬れる。おそらくゴブリン達の『魂』を直接斬ったんだろう」
「こわっ何だそれ」
「よし、お嬢様も治ったでござる。拙者も加勢してくる! 初戦のチュートリアル戦闘で負けるわけにはいかんでござるからな!」
うおおおお、とか言いながらパットン君が走っていく。その背中には見覚えのない赤く発光するマントが風にたなびいていた。
俺は引いた。
「何あのマント……」
「アレは【勇者のマント】。歴代の勇者達の魂が収められているらしい」
とか信長が言ってるうちに、パットンが分身した。
否、マントから2体の光る人の輪郭のようなものが発生したのだ。一人は刀のようなものを、一人は杖のようなものを持っている。
パットンが拳を振う。光る人達もゴブリン達を攻撃し始めた。
「あの光る人達が勇者の魂なんか?」
「……らしいね」
「はぁああああああああ! 死ねよやあ!」
「よっしゃあパットン! どっちがいっぱい倒せるか競争な!」
「勝ったら何もらえるでござるかッ!?」
「うーん、肉!」
「ノッたでござる!」
無双ゲーみたいなものが始まってしまった。
数はゴブリンの方が有利だ。攻撃の手数も二人より多い。
だが、ゴブリンのこん棒が頭に直撃しても、投石が当たっても、2人には全くダメージがあるように見えない。
対して、夏人の剣がかすったゴブリンは即死しているし、パットンの拳や光る人達の攻撃が当たったゴブリンは粉砕されている。グロっ。
「やはりあの二人のステータスは高いな……僕らの出番はなさそうだね」
「ステータスってお前……てか、えぇ……? お前ら状況に順応しすぎだろ……」
「ん? 目覚める前に神に色々聞いただろ?」
「何それ。知らん……」
神ってお前。何言ってんだ。
あ、もしかしてあの変なポエムのことだろうか。
お前ら逆にポエム聞いてないの?
「ポエム……? 君、何も聞いていないのか。神に会わなかったと?」
「ああ。全く今何が起きてるのか理解できん。つーか【大魔王】とか【勇者】って何よ」
「……後方から敵は来ないようだね。座って話そう」
何でそんなことがわかるのかは皆目わからないが、とりあえず考えても無駄だと判断した俺は信長とワンボックスカーに背を預けて地面に座りこんだ。
未だ意識の戻らない女騎士さんとお嬢様を守るべき立場ではあるのだろうが、戦闘は何か余裕そうだし大丈夫だろう。
こちらに向かってこようとするゴブリンさんもいらっしゃるのだが、そういう個体は真っ先に夏人の剣の餌食になっている。気配りの男だ。夏人は。
「ううん。どうして君だけそういう状態になったのか……見てて」
信長が言うや否や、彼の手に古びた分厚い本が出現した。
表紙には何やら魔法陣のような複雑な文様が描かれている。
「お前も出るのかよそれ……」
「ああ。これが僕のアーティファクト。【賢者の写本】だ。さて……どこから話したものか。君、異世界系の小説や漫画はどのくらい読む?」
「それなりには、まあ。仕事してなくて暇だったからネットで色々見てた」
「ナイス無職。話が早い。僕らは異世界に来た。理由はわからない。だが【職業】……ロールとそれに準じたアーティファクトを得たらしい。要するにチート能力を」
信長が本を開く。
見たこともないような文字が並んでいる本を、信長はじっと見つめてから、俺の方を向き直った。
「僕の【職業】は【賢者】だ。能力は人やアーティファクトが持っている能力が何となく見える」
「もう色々突っ込むのはやめるわ。ステータスとかレベルとかが数値化されて見えるあれか?」
「そこまでカッチリしたものではないね。文章や数字ではなくて、感覚的にそれが何なのか知っている、という感じだ。強さも棒グラフに近い。でも人の名前はわかるよ。そっちの女騎士さんがドリアーヌさんでドレスの子がアリステラさんだ」
すごいな。情報チートってやつか。主人公じゃん。
そう言うと信長は照れたように頬を掻いた。こいつは褒め言葉に昔から弱い。
「べ、別に能力がすごいだけで僕はすごくない。夏人は【大魔王】、パットンは【勇者】、そして僕は【賢者】だ。何故そんな選ばれ方をしたのかはわからない。そして神は言っていた。もう一人は【運び屋】だと」
「ん? それって事故る前にしてたTRPGの話だろ? 確かお前らそんな話してたじゃん」
「……TRPG? 何だそれは。ふむ……僕らと君の記憶が食い違っている……?」
「ああ。確かパットンがやろうって言って、それでお前ら大魔王だの、賢者だの言ってたぞ」
「……なるほど。あの神が意図的に記憶を奪ったのか……? だがそれだと君だけ記憶を何故持っているんだ?」
わからん。全然わからんことだらけだ。
そんで、他に神様は何て?
「……まあ、いいか。まず『対巨竜防衛都市グルガニア』という場所に行けと。かつては『始まりの町』と呼ばれた場所だったらしい」
名前長いなオイ。
とか言ってるうちにゴブリンさん達はほぼ全滅しかけていた。
いくら数が多いとはいえ、どうやら夏人とパットン、それに光る人の敵ではないらしい。
「はああああああああ!」
バリバリと夏人が手から電撃を放出した。
どっかのスターなウォーズの暗黒卿みたいだ。ゴブリンさんが5体ほど感電して死んだ。
「信長!? あれは!?」
「えっ何アレ全然わかんない……こわ……」
わからんのかい。信長はドン引きしていた。
高笑いをしながら電撃を放出していく幼馴染を俺も若干引きながら見る。
【賢者】とやらの力も万能というわけではないらしい。
「……おそらく、夏人はイレギュラーだ。神は言うには、僕らは『魔王』を倒すためにこの世界に召喚されたらしい。だがアイツは【大魔王】……明らかにおかしい」
「アイツはいつもおかしいよ」
「だね……さて、君も【運び屋】の固有アイテム・アーティファクトを出せるはずだ。出し方は何となく、感覚でわかるはず」
ええ……。急にそんなこと言われても困る。【賢者】のくせに「何となく」とか「感覚でわかる」なんてふわっとしたアドバイスしかできないのかよ。
俺は困った。
だが、同時に、なんとなくアーティファクトやらの出し方が理解できた。頭の中にスイッチのようなものがあって、ソレを押せばいいのだ、と。
耳を動かせるタイプの人間がいる。だが、動かせない人間にはその感覚がどうしても理解できない……という話を思い出していた。
今の俺には、『アーティファクトを出す』という感覚がわかる。
「よ、よし。やるぞ……」
「頑張れレンタロー。君ならできるさ」
信長の言葉にコクリ、とうなずく。異世界か。
俺は実は、今結構嬉しいのかもしれない。
チラリ、と俺は緊張した面持ちの幼馴染・信長を見た。
──どうせ職なんてなかったし、未来もなかった。
クソみたいな会社を辞めて、行く当てもなくて。
それで無駄な人生を過ごしていくくらいなら。
今度は、最早数体となったゴブリンを楽々と狩っている幼馴染・夏人とパットンを見た。
──この世界でチート能力を得て。生きていくのも、悪くないのかもしれない──。
そして最後に、寝息を立てている女騎士さんとお嬢様を見た。
頭の中のスイッチを押す。
俺はアーティファクトを出現させる。バチバチと、紫色の光が放出される。
やがて光は輪郭を形作っていく。【運び屋】か。一体どんな力なんだ。確かここに来る前のTRPGでは『自己回復能力』や『収納』のスキルを持ついぶし銀的な職業だった。
「これが俺の……アーティーファクト……【運び屋】の──」
「…………あ、職業が見えるように…………」
輪郭は正方形を描いていく。俺の身体から力があふれ出て、それが手のひらに集約されていくのがわかった。
【運び屋】の力。きっと、役に立つはずだ。この世界でなら、きっと俺は何者かになれるはずだ。
そして、ポン、とどこかマヌケな音がして、俺の手のひらに一個の物体が収まった。
「……『箱』?」
「…………君の職業、【運び屋】じゃなくて【はこ】なんだけど……?」
小さな箱が、1つだけ。
俺の手の中にあった。