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2話:ワンボックスカーとファンタジー





 ──この世界はクソッたれだけど。

 ──実は本当の世界じゃないんだ。

 ──どこかに美しい世界があって、そこでは明日への不安もなくて、君は自分の好きなことだけをやって、仲のいい友人達と楽しく笑い合って暮らすんだ。

 ──君が密かに大切にしていたものを奪われることは、もうないんだ。

 ──だから安心して、行っておいで。



 暗闇の中で声を聞いた。

 語られている言葉は、20年来の友人の声のように親し気なもので、それでいて全く赤の他人に対して語っているような、不思議な声色だったのを覚えている。

 何時のことだろう。わからない。

 遠い昔の記憶が思い出されたようでもあるし、遥か未来で聞く声を間違えて聞いてしまったような、謎めいた感覚があった。

 ──まあ、胡散臭いポエムだ。気にするに値しないだろう。

 俺は現代日本人なので、所謂「お告げ」的なものは何となく信用できないタイプだ。

 ちょっと脳の回路がアレして変な声を聴いたに過ぎないだろう。

 「人生何があるかわからない、世界には何があるかわからない。だから、神様だっているかもしれないじゃないか」と、知ったようなことを言うヤツも昔いた。でも俺は少なくとも宗教的なものに救われた覚えはないのだ。

 というわけで。

 さっさと謎の声を俺の記憶から削除しようとしていると、現在進行形で別の声が聞こえる。何よ。なんなのよもう。

 先ほどまで感じていた胡散臭くも怪しげかつ優しげな響きではない。

 わーわー、ギャーギャーとやかましいことこの上なかった。

 俺は暗闇の中で、朦朧とする意識をその声を頼りに覚醒させていく──肩を滅茶苦茶に揺すられている。



「──っ。──きろっ。────起きろよレンチ!」

「誰が六角レンチやねん!」



 俺は飛び起きて、人様を工具扱いしている不届きものにツッコミをいれる。

 確かに俺は六角連太郎なんつー名前をしてるよ? 「六角」ときて「レン」までついたらそういうあだ名をつけたくなる気持ちはわかるよ?

 でも、だからと言って、六角レンチはいくらなんでも安直すぎるだろーが。


「おー! 起きたか! てめー心配させるんじゃねーよ!」

「……おお、何だ。ナットか…………なんかポエム呟いてなかった? 世界がどうたらこうたら」

「あー、ナットね。その呼び方も懐かしいな」

「『レンチとナット』とか完全に売れないお笑いコンビみたいだから嫌なんだよな」

「わかる。マジ1回戦落ちって感じだよな。つれー……いや、何言ってんだ! 頭打ったか? 打ったんだな? 大丈夫。そういう時は逆に足を叩けば治るってうちの店に来たお姉さんがいってた!」

「いや、どういう仕組みだ。そもそも頭の反対が足って発想がやばいよ。塩の反対が砂糖的なものを感じる」

「塩砂糖で味を中和理論もお客さんがよく言うんだよなー」


 

 どんな世界観の職場で働いてんだよお前。ホストクラブだったな。

 イケてるホストクラブを利用する方々の深刻なIQの低下、もしくは味覚の鈍化を心配しつつも俺はクラクラする思考を何とか立て直し、周囲を見渡す。

 見覚えがありすぎる光景。助手席の後ろは俺の定位置だ。いつものワンボックスカーの車内である。

 …………そうだ。俺たちは事故った。

 トラックに突っ込まれて、ガードレールから転落して──



「パットンと信長は……?」



 運転席の信長と助手席のパットンの姿が見えない。伸びきったシートベルトが頼りなく揺れていた。

 最悪のイメージが脳を駆け巡って、頬を冷たい汗が流れる。

 車の事故で最も死亡率が高いのは……確か、運転席と助手席だ──俺の恐怖を打ち消すように夏人がヘラっと笑う。  



「いやいや。あいつら死んでも跡形もなく消えたりしねーからな?」

「そりゃそうだ」

「ちょっとこの辺見てきてくれてる。俺も行きたかったけどお前が心配だったからさ~」



 こいつに心配されるとは、俺もヤキが回ったもんだ。

 確かに、そもそも死人が出るレベルの事故なら、窓ガラスの1枚や2枚は割れていて然るべきである。

 だがフロントガラスはヒビ一つ入っていない。ガラスの向こうは妙に薄暗いが、木の葉や枝の影からチラチラと太陽光が射しているのがわかる。

 その時ようやく、俺は窓の向こうが森であることを認識できた。何だかんだで事故など初めてだったから、動揺しているらしい。



「道の下の森に落ちたのか俺ら。木がクッションになって助かったとか? 車は大丈夫なのか?」

「ああ、うん。何つーか……聞いてくれよ! えれーことになってんのよ! ちょーすげーんだよ! どっから話したらいいのかわかんねえんだけどさあ!」



 夏人はやたらと興奮していた。いつも俺の3倍くらいテンションが高いのだが、今日は更に倍くらい声がでかい。

 当社比6倍くらい俺よりテンションが高い夏人くんである。ええい気軽に肩を組むな暑苦しい!

 イケメンじゃなかったら殺しているぞ!

 というか本当、無駄にイケメンだなてめー! 殺意が湧いてくるんだよ!


 

「チッ……イケメン死ね……まあ、転落事故は大変だけどさ……うわ。スマホ圏外だ。レッカー車? とかクレーン車とか呼ぶのどうすんだよ」

「お前そんな心配してる場合じゃないんだって! スマホ見ている場合じゃねえんだよ! いいか、よく聞け──」

「──大変でござる!! 大変でござるー!! あ、おはようレンタロー殿。みんな心配してたでござるよ」

「目覚めたのかレンタロー……! よかった……。夏人! さっきのアレ、大変なことになってる。やはり人が襲われだしている。どうするべきだと思う?」



 俺が夏人の暑苦しさに辟易していると、ドタドタとパットンと信長が車に駆け込んできた。俺は元気そうな二人の姿を見て正直、安堵する。

 だが、何か妙なことを二人が口走っているのが気になる。

 えっ。なに、何なのよ。

 人が襲われてるって……何で急にそんな物騒な話が出てくるのさ。何? 野生のヤンキーでも出たの? この辺そんな治安悪いんだっけ?



「……さっきのやつらか?」

「ああ。数は約30体。どうする?」

「上等! 信長、運転席には俺が乗る! 俺がやる」

「やるって……何を? 僕らは、これから何をするんだ?」

「決まってるだろ! 人助けだ!」

「……そうか、そうだね。わかった。君に任せる」



 ニカリと夏人が歯茎を向き出しにしてほくそ笑んだ。

 そのまま神妙に頷いた信長が助手席に座って、夏人が運転席にスピーディーに移動していく。

 パットンもかつてないほど真剣な面持ちで、いつの間にか俺の横で腕組をしていた。ちゃっかりシートベルトも装着している。

 ……えっ? 何です?

 暴走族とかはたまにいるけどさ。そんなの警察呼べばいいじゃん。俺たち関係ないよね。



「行くぜみんな、しっかり捕まってろよ!」

「僕がナビする。いいか夏人、慎重に行動するんだぞ」

「だから何、何なの! 俺わかんない!」



 夏人がアクセルを踏み込んだ。

 エンジン音が鳴り響く。昔の人は、車の轟音を狼の鳴き声に例えたそうだ。

 その遠吠えのような音を響かせ、ワンボックスカーは猛スピードで駆け始めた──もっとも本物の狼だって獣道を走るだろうに、俺達を載せた車は森の中の道なき道を行く。

 つまり、車は木々をかき分け疾駆し──めっちゃ揺れていた。



「痛い痛い痛い! 道がねーんだけど!?」

「俺が道だああああああ!!」

「なんでこいつにハンドル握らせたー!?」

「緊急事態ゆえー!」



 バキバキと樹木をなぎ倒しながら車は進む。時々信長が「そこを右」とか指示を出しているのだが、いつの間にあの眼鏡はこの辺りの森事情に詳しくなったのだろうか。

 がったんがったんと振動する車内で、俺はバランスを保つために目の前のシートを両手で抱き込む。

 思考が未だに混乱の中にある。

 俺の平穏な休日はどこに行ったんだ──何てことを考えた矢先、車はついに薄暗い森を突破した。

 木の葉が遮っていた日光が、窓越しに車内に一気に差し込んだ。

 眩しさに目が眩む。

 しばらくすると、瞳孔が適応する。何とかチカチカとする瞼をこじ開け──俺は、その光景を目にした。



「────は!?」



「小鬼共が! この御方を何と心得る! お嬢様から離れろ!」

「ドリアーヌ! 私のことはいいから逃げて!」



 ゴブリンだ。ファンタジー世界の小鬼そのものが、目の前にいた。

 森の中の街道らしきもの。ゴブリン達がいた。そして、馬車一台。

 こん棒を持った緑色のゴブリンが確かに30体ほど、群がっている。

 そして、鎧を付けた銀髪の女性が馬車を守るように光る剣を振り回していて──



「異世界────」


 

 俺の驚愕とつぶやきは、ドンッ、という音に掻き消えた。

 衝突音は何度か連続し、ゴリゴリという嫌な音に変わっていく。骨が砕ける音。

 ブレーキが踏まれ、車は減速していく。

 そして、「やべっ」という声と「ぐえっ」という声の後に、ゴン、というマヌケな音が響いた。

 


「えっ」

「えぇ……?」



 あまりの出来事に、辺りが静まり返っていた。

 さっきまで意気揚々としていた信長も、パットンも引きつった笑みを浮かべている。

 馬車に乗る少女の顔が近い。具体的には車の0メートル前くらいにいる。ブレーキはギリギリ間に合ったが、要するにぶつかっていた。

 では、車と馬車の間にいた女騎士さんとゴブリンはどうなったのか。



「えぇ…………!?」


 

 馬車から顔を出すお嬢様が泡を吹いて気絶した。

 俺もそうしたい。現実から逃げて、神様に優しい言葉を投げかけてもらいたい。

 信長がポツリとつぶやく。



「しょ、衝突事故……」

「…………夏人?」

「…………異世界って、保険とかあんのかな……?」



 俺達を載せたワンボックスカーは、多数のゴブリンと銀髪の女騎士さん一人を跳ね飛ばして、馬車のケツを掘っていた──。


 


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