24話:契約
「なるほど……君も嫌いなのだな。アベックが」
「まあそうですね。どちらかというと、苦しんで死ねという思いが強いですね」
「……フフ。そうだな」
「町でおてて繋いでるやつとか、爆発すればいいんですよ」
「話がわかるやつだ……。俺もそう思う。なかなかいい人間が育ってきているのだな」
なんか仲良くなれたわ。
俺は最強さん(仮)と地べたに座り込み、リア充へのヘイトスピーチで盛り上がることに成功していた。
なるほどこれがフォードさんが俺を派遣した理由か。リア充への飽くなき憎しみ。それは確かに『一箱』の中でも俺しか持たないものだ。
ちなみに最強さん(仮)は現在、諸事情で本来の名前を失っているらしい。
「……この牢獄を使う代価で、ロバートのやつに色々取られてしまった……名前も、その1つだ」
湯婆婆かよ。
名前を差し押さえくらうとか怖い世界である。
「……今は、ロータスと名乗っている……よろしく頼む」
あ、どうも。自分は六角連太郎と言います。
発音が珍しかったのか、スカーフェイスの優男は一瞬、何かを考えるような仕草を見せた。
ロータス、蓮か。
「そうか……ではロッカク君、よろしくな。これからもアベックを滅ぼしていこう」
「はい……!」
俺はロータスさんの手を取り、力強く頷いた。
いやまて。
力強く頷いてる場合じゃなかった。
俺は別にしっと団を作りに来たんじゃない。勧誘に来たんだった。
というわけで、ロータス氏に事情を説明する。
「いいだろう……助けてやる。その代わり、そこの女の命は置いていけ」
世界最強の男は、漆黒の剣を構えた。
相も変わらず、殺気というものを全く感じない。だが、これはだめだな、とすぐにわかる。
ロータス氏が肩の埃を払う程度の感覚で、俺の首と胴体はお別れするだろう。
……よし、逃げよう。
地面に力なく倒れていた護衛さんを背負う。放置してしまっていたが、なんとか呼吸はある。
夏人の【魔王剣】と同じ、「命以外はなんでも斬れる」とかいうチート技なのであれば、少なくとも「命」は落とさないはずだ。
「じゃあ、その! お邪魔しました。失礼します。すみませんでした」
適当な謝罪の言を捲し立てて、男に背を向ける。やってられっかよ。こんな中2ムーブに付き合ってられるほど人命は安くねえんだ。
だが、無理だった。
階段に足をかけたところで気がついてしまう。
無理だ。
逃げられない──
筋力が足りねえ。
護衛さんは鎧で武装しており、俺のしょぼいステータスでは背負えただけでも奇跡に近かったようだ。
もう一歩も上がらんね、これは。
どうしよう。
だが、何かを勘違いした護衛さんがうめくように言った。
「…………私を助ける必要は、ない……アンタみたいなカスに助けられても、嬉しくない……」
そういう問題じゃないんだよなあ。精神性どうこうじゃなく、足腰ゴミすぎて身動き取れねえンだわ。とは言えなかった。
流石にダサすぎるよねって。
「ふむ……君は、けして、その女に良い感情を持っていなかったはずだ。なぜ、助ける?」
くそっ。だからそういう問題じゃねえんだよ。感情的にはどっちかというと、単体で逃げたいんだよ。
けど、降ろしたら降ろしたで、腰がやられる感じなんだよ。
どうしたらいいんだマジで。
俺は脳内の夏人くんに助けを求める。
『筋トレすると……モテるぜ!』
だめだ、クソの役にも立たねえ。
俺の足腰はビクリとも動いてくれない。
「…………?」
ロータスさんの、不可思議なものを見るような視線が痛い。
だが、動けないものは動けない。どうしよう。俺はとりあえずふてぶてしく笑った。
もう笑うしかないよね。あとは腕の力が無くなって、護衛さんが地面に落ちてからが俺の再出発だ。それまでは誤魔化そう。
すると、ロータス氏はビミョーな表情で頷いた。
「……まあ、いいか。少し締まらないが、『試練』は合格ということで……」
「えっ」
急に背中が軽くなった。
見れば、俺が背負っていた護衛の人の鎧がなくなっている。
というか怖っ。顔もないじゃん。
「自動人形だ……君の心の闇を投影したはずなのだが……なんだか薄味だったな……」
「えっ」
「……読んでいたのか? そういう試練だと……それとも、底抜けの善人か……」
知らね~。
だがなんだか上手くいったようだ。
あれか。俺の心の闇を投影した人形を庇うかどうかで、人間性が試される系の試練だったのか。通りでなんか口汚い護衛だったわけだ。
俺は木製の人形と化した護衛さんを地面に下ろす。こういうスタンドあったなあ。やっぱジョジョは4部に限るよね。
「……普段はもう少し、真剣なノリになるんだが……不思議な男だな。……たまには、いいか、こういうのも……君のことは、あまり嫌いになれないしな」
少し申し訳なくなってきた。
いや、ちゃうんですよ。多分、その、いい感じの試練やれますよ。心の闇と向き合う的な、憎い相手を許す的なあれっすよね?
もう一回やらせてくれればシリアスにやり遂げてみせますって。
「結果は、結果だろう。……契約成立だ」
男は爽やかに笑って、漆黒の剣を俺の胸に突き立てた。
灼熱のような痛みが胸を伝播し、頭の中に強烈な『音』が鳴り響いて────
「ぎゃああああああああああ!!」
「うるせー!」
「いてええええええええええ!!」
──え、何。どういうことなの。
不機嫌そうな夏人くんに頭をぶん殴られた俺は、辺りを見回す。
さきほどまでの薄暗い空間はどこにもなく、そしてロータス氏もいなかった。
もちろん、胸には刺された傷もない。いや、【魔王剣】で刺されても傷はつかないんだが。
「な? だから言っただろう。レンタロー君はやる時はやる男だと」
「だからってやりすぎです! こんなリスクを背負う必要はなかった!」
ああ、ここは俺の部屋だ。
そして、俺は自分のベッドで寝ていたんだった。
なぜかいつもの『一箱』のアホ3人に加えて、フォードさんとロバートさんまでいる。つまりクソ狭い。そしてムサい。
俺は確実に異世界ライフをミスっているのを確信できる光景だ。女っ気が一つもない。
そして、何やら場は暑苦しいだけでなく、剣呑な雰囲気だった。どういうことだよ。
「……これどういうことなの? パットン氏」
「……うむ。話せば長くなるのだが、ズバリレンタロー氏は夢の中の『牢獄迷宮』に住む、世界最強の男とやらに会いに行っていたのでござる」
あんまり話しても長くねえな。
わりかしサクッと状況わかったよ。
そうだ。思い出した。
ノリで『世界最強の男の勧誘』なんてミッションを快諾した俺は、フォード氏に変な呪文を唱えさせられて、眼を閉じたら、あんなことになったんだった。
「僕らに無断でね……あまり、危ない橋を渡るな。その、心配だろ」
「ホントにな……ゴホン、てかな! 夢の中の迷宮とか俺めっちゃ行きたかったし、世界最強の男とかすげえ会いたかったんだぞ! 独り占めしやがって!」
イケメン2人がブーブーと文句を垂れる。
いや、何かすまんな。完全に悪ノリしたでござる。
とかやってたら、ロバートさんが興味津々、といった体で俺に顔を近づけてくる。
「で、どうだった? ええと、今は何と名乗っているんだったか、あの男」
「ロータス、と」
「おお! そうか。私の契約書はまだ有効なようだな! アイツの本当の名前は強力な武器になるからな! よかったよかった! 城3個分は儲けたな!」
よくわからんがそういうものなのか。
今にも踊りだしそうなロバートさんをジト目で睨みつけながら、フォードさんが俺の肩をポン、と叩いた。
「ロバート……お前マジで碌な死に方しねえからな……。さて、無事にこうしてレンタロー君、君が目覚めたということは、アイツと契約を交わした、ということか?」
ええ。
つっても何か、夏人の【魔王剣】っぽいもので刺されただけですけど、『契約成立』って言ってましたね。
「よもや、本当に……とはな。君は、君自身が思っているより、相当偉大なことを成し遂げたぞ」
えっ、でも、勝算があったから俺をあんなところに送り込んだんですよね?
確かに結構フィーリングは合ったっていうか、なかなか気のいい人だったというか。
……どうして目を背けるんですかフォードさん。
「いや、その、なんだ。君、あまりにも素人だから、あの男は殺すまでいかないだろうと思って、その、現状の情報をちょっと持ってきてくれれば御の字、なんて思って……だな」
…………。
クソ。そんなこったろうと思ったよ。
どうせ俺は何の取り柄もないニートですとも。
「な、なんにせよ、アイツが味方なら心強い!」
「つか、そんなドリームランドのおっさんが、この都市のSランク冒険者より強いんすか?」
「そうですね。これから【魔王】六体に囲まれる可能性がある以上、当然先日現れた【第七魔王】より強いと考えてもいいんですよね?」
「三国志で言うと呂布的な。戦国だと本多忠勝的な」
「リョフ? ホンダ?」
「オタク黙ってろ」
フォードさんは何も問題ない、とばかりにニカリ、と笑った。
「私は実際に戦ったことはないけど、言い伝え的には多分強いんじゃないかなあ?」
「ふざけんなクソ都市長!」
「横暴だ! リコールを要求する!」
「期待値返せでござる!」
「そうだ! 死ね! クソ都市長! オレの金返せ!」
夏人達と、ついでになぜかロバートさんがが都市長に飛び掛かった。
だが、まったく毛色の違う四人の攻撃をフォードさんは難なくいなしている。流石である。
てか人の部屋でおっぱじめるなよ。ただでさえ暑苦しいのに。
俺は溜息をついた。
ロータスさんについては、あんまり期待しないでおこう──ん?
ふと、自分が何かを握りしめていることに今更気が付く。
左手には、一枚の丸まった、真っ黒な紙。右手には同じく黒い紙に包まれた、何か。
俺はそれを広げてみる。
一枚は、簡素な一文が書かれた、契約書だった。
『我が試練を乗り越えたロッカク・レンタローに、剣の王ロータスの一撃を与える。我が名を呼べば、即ち応ずる』
そして、もう一枚の紙は、四角いものを包んでいた。
俺は思わず、「うげ」と小さく声を出してしまう。
包装紙を広げてみると、そこにも文が書かれていた。
『この『箱』は君のものだろうから、返しておく。何やら『絆が結ばれた』とのことだが、何のことだ?』
どうやら俺は脳内に響いたアナウンスを聞き逃していたらしかった。
おそるおそる、俺はそれを手に取ると、頭の中にスイッチが増えたのがわかった。
翡翠のように美しい緑色の『箱』。
俺の新しいアーティファクトだった。