23話:行ってみよう『牢獄迷宮』
ざっざっざっざっ…………。
暗い闇の底へと向かっていく。俺の手には松明が一つ。
灯りが地に落ちて、二つの影法師が真っ暗な闇へと接続している。
「……………」
「あのさあ、私に近づきすぎないでって言ったよね?」
それはすみません。俺は少し歩くペースを落とした。
横には知らない女冒険者さんがいる。顔は仮面で隠しているが、長い紫色の髪が特徴的だ。
身長は俺より少し高いくらいだろうか、マントで覆われているが、なかなかナイスバディなのが隠しきれていない。
まあ、そんなことはどうでもいい。
「私ね、アンタみたいな醜い男と一緒にいることが耐えられない」
フォードさんに紹介してもらい、二人きりになった途端、開口1番に言われた言葉がそれだった。
そう、二人きりである。
いつも俺の周りでやかましく騒いでいる『一箱』のメンバーはいない。
なにせ、深夜に勝手に出かけてきたからな。やつらには内緒のシークレット・ミッションだ。
ミッション内容はズバリ『世界最強の男の勧誘』である。ということで、フェリシダが誇る『牢獄迷宮』に挑戦している。
別に深い意図はない。
そろそろ1つくらい、ギルドの役に立ってもいいんじゃないか、という思いつきによる行動にすぎない。要はノリで来た。
もう1時間くらいは歩いただろうか。
しかし、『牢獄迷宮』なんて名前だからインペルダウンみたいなのを想像していたが……牢屋らしきものは一つも見かけていない。
というのも、『FM商会』が管理する特別な抜け道を使っているからだ。
モンスターは一切出てこない、実に安全な道のりである。思うにあいつら、毎回こういうズルをしてるんじゃないだろうか。まあ快適な分には構わないか。
一つ問題があるとすれば、フォード氏が俺につけてくれた護衛の女冒険者の、俺への当たりが無暗に強いことだろうか。
「……私ね、わかるのよ。アンタは本当に醜い」
そりゃ、どうもすみませんね……。
生まれつきなもので。
そう言うと、また空気がひりついた。な、なんだ。何でこの人、俺のことをそんなに嫌ってくるんだ。
というか自己主張強くない? 俺達まだお会いして数時間も経ってないよね。初対面だよね?
逆に不安になってきたんですけど。
「顔や身体のことじゃないわ。精神が、よ。イライラする。アンタみたいな、怠惰な男、みんな死ねばいい」
何なんすかねこれ。
悲しい気持ちになりながら、道を下っていく。何ハラなの。これは。
知らない人に精神性の説教されると、辛いムカつくとか以前に、意味不明なんだけど。何なら面白いまであるよ。
というかフォードさんとかが来てくれると思ってたのに、何故に知らない人とダンジョン下ってんの俺は。
「フォード様はとてもお忙しい方なの。アンタみたいなカスのお守をするような時間はないということね」
じゃあアンタはカスのお守をする程度には暇っつーわけね。
もちろん声には出さない。
俺は大人だからな。この護衛の姉ちゃんの機嫌を損ねたら即死なんてルートもある素敵な探索だ。
「ここからはある程度歩いたら、小休憩を挟むわ。魔物のテリトリーに入るから。戦闘の準備をしておいて」
「……いや、その、はい」
そう言って護衛さんは慣れた手つきで焚火を作る。
そして暗闇の中、火と松明で器用に手元を照らしながら、何やらナイフを炙ったり、妙なお札に筆で何かを書いたりしていた。
「それ、何やってるんですか?」
「……アンタ、馬鹿なの? 『一箱』と『FM商会』は友好的な同盟を結んでるとはいえ、『FM商会』の冒険ノウハウを、ライバルギルドにタダで教えるわけないじゃない」
「ああ、そうですね……」
友好的がどうとか以前に、まず同盟の話そのものを知らなかったし、何なら俺は戦闘でやることが全くないとは言い出しにくい雰囲気だ。
『一箱』といえば今冒険鼎立都市で飛ぶ鳥を落とす勢いの謎の新生ギルド、というのが同業者から見た評価らしいからな。
まあ俺と信長君は、工房で素敵なティータイムを演出しているだけなのだが。適材適所というやつである。
「あの赤い男。ナットとかいうギルドマスターと、あともう一人、金髪の男と一度迷宮で会ったわ」
護衛の人は焚火を処理しながら、聞いてもいないのに語りだした。
「なんで、アンタみたいなのが、あんな化け物達と一緒にいるのかはわからないけれど」
「いや、幼なじみでして……」
「ふん。要はコネで、うまい汁を吸おうってわけね。惨めな生き方。そんなパーティはいつか崩壊するわ……っと」
すげえな。全然手元が見えなかった。
振り返ると、巨大なコウモリのような魔物が頭からナイフを生やして絶命していた。
あ、あざーす。お強いんですね。
「Sランク冒険者だから。私。それにしても…………本当にわからない。アンタ、何ならできるの?」
「えっと……呼吸……?」
「……つまらないわね。それすらもできなくしてやりたい」
「なんでまた、俺のことをそんなに嫌うんですか」
「そうね……なんでかしら。私は、少なくとも、ここに、この場にこうしているために、最大限努力してきた。故郷の家族だって、養ってる。……アンタは、そういう私の生き方を舐めてる、って感じがする」
それは……なんでまた、そんな急に。
「……さあね。喋り過ぎたわ。早く行きましょう」
嗚呼、こんなミッション受けるんじゃなかった──とかなんとかやってるうちに、開けた場所へと出た。
剥き出しの岩盤にいくつもの松明が括り付けられた、円形の広場のような場所だ。中心には、ポツンと古びたベッドが一つ。
そしてその上に、1人の男が寝ていた。
一言で表すなら、黒髪の美青年、という感じだ。せいぜい20歳程度に見える。
まあファンタジー世界だからな。見た目と年齢が合わないなんてことはいくらでもあるだろう。
「あれが、その最強さんですか?」
「…………ええ。そう。世界最強の『剣士』……私も会うのは初めてだけど……まあ、いかに最強と唄われようと、フォード様の前では、所詮このあり様よ」
護衛の姉ちゃんはつまらなそうに言う。
そして、ぐわっと松明を掲げると、ベッドの上の男に語りかけた。
「『FM商会』の招集よ! 起きなさい!」
「…………ああ」
ぬらり、と男は身を起こした。
その動きには、全く予備動作がなかった。そして驚くことに、俺は自分が全く油断しているという事実に気がつく。
パットン氏が暴走した時や、フェリシダ様を初めて前にした時のような、なんというか独特の怖気のようなものを感じない。
あくびを一つして、男はベッドに腰かけたまま、こちらを向くこともなく、口を開いた。
「…………何の用だ」
「フォード様より密命です。『廃人街道』へ、この男達のギルドと共に行き、6体の【魔王】から守り抜いた上、またここに戻ってきなさい」
「…………………」
「聞こえなかったのかしら? この密命により、貴方は67件の殺人罪を減刑──」
ドスン、という音がした。
俺の真横だ。
「…………フォードが俺とした約定では、こういうことになっている」
護衛の人が、地に倒れ伏していた。息は──ある。だが、呼吸はかすかだ。
先ほどまでの強い生命力を、彼女からは感じることができない。
だというのに、その場には、一滴の血も流れていない。
そして、いつの間にか、ベッドの男の手には、細身の、漆黒の剣が握られていた。
俺は、この現象に見覚えが、ある。
あれは、まさか、夏人の持つ剣と同じ──
「男と女の二人組を寄越したら、女を殺す……」
世界最強の男はベッドからのそりと立ち上がる。その顔が灯りに照らされる。
細身だが、筋肉を感じさせる肉体。長い黒髪に、丹精な顔立ち。そして赤く光る左目の周りには、大きな傷跡が3つ走っていた。
静かな怒りをまき散らしながら、スカーフェイスの男は、ゆっくりと、吐き捨てるように言い放つ。
その言葉は────
「アベックは……嫌いだ」
────死語だった。