21話:次の旅へ
『冒険鼎立都市』に来てから約1月が経った。
俺達のギルド『一箱』はレイド戦でAクラスギルドになった影響もあり、何かと忙しい日々を送っている。
とは言っても、主に駆り出されるのは夏人とパットンである。
一躍人気者になった二人は引っ張りだこらしく、様々なギルドと協力して高難易度のクエストを受けまくっているとのことだ。
もちろん稼ぎもいい。
最近は俺の【複製箱】も貴金属以外──日本から持ってきた貴重品や、この辺の珍しいアイテムを複製するのに使用できている。
全くありがたいことである。
俺はそんな状態にかまけて、かなり適当に生きていた。
1日の流れとしては、昼頃に起床。そのまま1階の『超大皿亭』で適当に飯を腹に入れる。
1時間ほど都市をふらつき、何か面白いアイテムやら本がないか物色しながら工房に向かう。
2、3時間工房で作業をしたら、クエストから帰ってきた夏人やパットンに信長を加え、温泉に入りに行ったり飯を食いに行って、4人で遊んでから寝る。
大体そんな感じだ。
更に言うならば、工房の経営はほぼ信長に任せていた。
とはいえあの眼鏡は技術チートをする気はあまりないらしく、バトス兄弟に薬の調合やらこの世界の装備の手入れの仕方を教わっているようだ。
最近では工匠としてかなりの依頼をこなせるようになってきているとのことだから、スペックの高いやつはどこに行っても役に立つもんである──
「あ。レンタローさん! 今日は早いですね! まだお昼過ぎですよ!」
シエルちゃんがニコニコと笑いながら階段を降りてきた俺を出迎えてくれた。
特に嫌味とかではないらしい。
べ、別に俺だっていつも昼から夕方にかけて起きるわけじゃないですよ。
たまたま。
今日はたまたま遅起きなだけです。
「レンタローちゃん、あんまり寝すぎちゃだめよお?」
「お婆ちゃんの言う通りですよ~? 早寝早起きが健康の基本です!」
「そうだぞレンタロー君~ちゃんとしないと俺らみたいになっちまうぜ。シエルちゃーん! 酒追加で!」
「ガハハ! 『一箱』は今一番アツいギルドなんだから、皆の見本にならなきゃな! 俺も酒!」
シエルのお婆ちゃんに加えて、昼間っから飲酒に勤しむ『超大皿亭』常連のおっさん達にも説教されてしまった。
そんなこと言ったって、眠いもんは眠いんですよ~。
ちなみにこの店の常連は昼間っから飲んだくれていて、いつ稼いでいるのか謎な人種が多い。
夜型の冒険者ってやつなのだろう。知らんけど。
迷宮も夜じゃないと出ない敵とかいるんだろうと推察している。
「まあまあ。飲みなよレンタロー君も」
「ガハハ! どうせナット君やパットン君が稼いできてくれるさ!」
いえ、自分は遠慮しておきます。流石に昼間っから飲んでだらけきってるわけにはいかないんで。
これでもAランクギルドの一員ですから。
「れ、レンタローさん一応自覚あったんですね……意外です……」
あるよ!?
『一箱』のギルメンってだけで子供たちがキラキラした眼で見てくるし!
「お、お前さんそんな……わかってるんだったらもうちょっとその……働いたらどうだ?」
「あんまりこういうこと言うのも何だけど、ギルドの中で負担が偏り過ぎると人間関係揉めるぜ……?」
う、うるさいやい!
俺は逃げるようにして『超大皿亭』を出た。
ち……チィ。
わかってはいる。わかってはいるのだが、今のぬるま湯的な生活が俺を離してくれないのだ。
まあいいや。慣れてるし。金もあるし。
俺は鼻歌を奏でながら、工房に向かうことにする。と、見覚えのある顔が俺達のワンボックスカーの近くにいた。
相変わらずシエルちゃんのお婆ちゃんが《認識阻害魔法》とやらを使ってくれているらしく、車の存在は公にはなっていない。
しかしながら、彼には効かないようだった。
「フォードさん。何してるんですか」
「ん? おお。レンタロー君か。……君以外は出かけているのか?」
ええ。
俺はこうして拠点を守る仕事があるのでここにいました。
決して一人だけ働いていないわけじゃありません。
「やけに必死だな……」
「成程成程。コレが君の言っていた『箱』というわけか」
「ああ。どう思う? かなりの速度で走るんだ。これが」
「ふーむ。ふーむ。成程成程」
俺達の車を舐めるように眺めまわしているのは『FM商会』の商人頭ことロバートさんだ。
さらさらと羊皮紙に文字を記入をしている。
先日、『一箱』をAランクギルドとして認める手続きをしに行った時、フォードさんが紹介してくれた人だ。
見た目は完全に10代の糸目のイケメンなのだが歳は50近いらしい。
フォードさんも似たようなものなので、あまり気にするようなことではないのかもしれない。
これでいて『FM商会』を一大ギルドにした張本人で、『商人王』の名を欲しいままにしている方である。
油断するとケツの毛まで抜かれそうなのであまり関わりたくないのだが……。
この都市の2トップが、朝っぱらから何の御用でしょう?
「朝っぱら……? 昼だろ今は。今後、都市を回るんだろ? だったらこのクソ目立つ乗り物が襲われる可能性もあると考えてな。一応対策を授けに来た」
「しかし『箱』ではなんだね。君、これの名前は何というんだい?」
車です。
俺は正直に答えた。
しかし翻訳機能ってこの世界にはない固有名詞もしっかり伝えてくれるだろうか?
俺の口が発音している音が俺の感じている音と同じであるという確信があまりない。
「クルマ、か……ふむ。わかった。とりあえず今日の所は失礼するよ。何、私に任せたまえ。君。我々『FM商会』は『一箱』を全面的に支援することになったからね」
「えっ。マジですか」
「あの赤毛のギルド長は快諾してくれたよ」
まあ、ならいいんですが。俺が寝ている間に事態は進行していたようだ。
フォードさんがやや神妙な顔で頷いた。
「ロバート。彼らとはマジで対等な関係を結ぶ気でいるからな。カモにしようとするなよ」
「……そんなことしない。ああ、しないとも。フォード。君は私を何だと思っているのかね。しない。しないよ」
「た、頼むぞ……レンタロー君、俺はコイツを見張っているが……何か不安なことがあったらすぐ連絡しろよな」
「やれやれ。せっかくの取引相手に妙なことを吹き込んでどうしようというのか。見たまえ。彼を不安にさせているのは君の方だよ」
「レンタロー君。マジで気をつけろよ。俺はこいつの策略で知らない人達に一家総出で土下座される経験を30回はしている……!」
「ああ。頭の悪い上に手癖も悪いような人間相手にはそのくらいしないとね」
「お前なあ! ちょっとは俺の立場も考えろって!」
俺は苦笑いしかできなかった。
何やら言い争いを始めてしまった都市のツートップに頭を下げて、工房へと向かう。
道の途中の出店で焼き鳥の串を一つと硬い黒パンを1つ買って歩きながら食した。
今日もいい天気だ。
「あっ。レンタロー様。おはようございます」
『一箱』の工房にはステラちゃんとドリアーヌがいた。
テーブルの上にはサンドイッチとお茶が載っている。
工房と言っても、20坪ほどの店舗部分で小物やら何やらを売って、軽食を出しているのだ。
初めにソース焼きそばを売って以来、微妙に食い物を求める客が多かったので結果的にこうなってしまった。
内装もよくわからないが、いつの間にかちょっと洒落た都心のカフェみたいな空間と化している。
4人掛けの椅子が4つ置かれて、最大収容人数は16人と小さな店だが信長の出す料理も相まって評判がいい。
実際貴族であるステラちゃん達も好んで利用してくれている。
俺が2人と同じテーブルに座ると、ジルさんがお茶を入れてくれた。
「おはよう。ステラちゃん達、まだ『王都』には帰れないの?」
「おはようございます……? レンタロー様。今はもうお昼ですわ……? ええ。『王都』から迎えが来るはずなのですが、どうにも遅れているみたいですの」
「本格的に魔王達も動き出したようですからね。『王都』も何かと忙しいのでしょう」
ふーん。大変ですねえ。
俺は茶を啜りながら、ドリアーヌさん達の話に適当に相槌を打つ。
正直、【魔王】だの【勇者】だのにはお近づきになりたくない。不穏な香りしかしねえしな。
おっと、ちなみにこの店で出すティーカップも信長と俺が作ったものだ。
中々お洒落に出来たと自負している。実際主婦層にも受けがよく、『一箱』の食器セットは売れ筋商品となっていた。
しばらく夏人パットンコンビが迷宮でやらかした馬鹿話なんかをして二人駄弁っていたら、信長のやつが店の奥から現れた。
「ああ。これはこれは。お二人とも。よくいらっしゃってくれました」
「ノブナガ様! ほ、本日は御日柄もよく!」
ステラちゃんは相変わらずイケメンに弱いようで、ラフで露出の多い恰好で現れた眼鏡野郎の登場に興奮を隠せないようだ。
ドリアーヌさんも無言だが、心なしか頬に赤みが差しているような気がする。
チッ。何しに来やがった。
「何しにも何もここ、僕らの店じゃないか……というか君みたいに超絶重役出勤をかましてくるやつに言われたくないんだが……」
ぐうの音も出ねえとはこのことだな。
それで?
そろそろ引継ぎは終わったのか?
「ああ。僕らがいない間、この工房の経営はバトス兄弟とジルさんに請け負ってもらうことになった」
「……行ってしまうのですね」
ステラちゃんが寂しそうに顔を俯かせた。
そう。
俺達はそろそろ次の都市へと旅立つことにしていた。
この《冒険鼎立都市》は実に居心地がいい。治安もいいし、ギルド運営だって軌道に乗っている。
個人的にはずっとこの都市で暮らしていてもいいとすら思っているのだが。
だが夏人のやつはとにかくこの世界を色々と見て回りたいようで、どうにも譲らなかった。
「夏人は、元々『一箱』を拠点を持たない移動型のギルドにするつもりだったらしいよ。メイン業務は『運び』の仕事にしたいってさ」
「確かに……皆様のあの動く乗り物。あの機動力を活かさない手はないでしょうね」
ドリアーヌさんが頷いた。
まあ聞こえはいいけど夏人のやつが飽きっぽくて旅好きってだけの話だ。
ついでに何かを運んで金やこの世界の人々の信頼も得られればそれにこしたことはないからなあ。
とはいえ、俺達3人も何だかんだでアイツの趣味にいつも付き合っているのだから、類友というやつなのだろうが。
「そうだ! ドリアーヌ。彼らに聖剣の運搬を依頼するというのはどうでしょう!」
「お嬢様。流石にそれは……」
「だ、ダメ……?」
「……ダメ、です」
ドリアーヌさんは数瞬、迷ったような表情を浮かべたがステラちゃんの提案を棄却した。
お嬢様はがっくりと肩を落とし、ティーカップを口に運ぶ。
元々隠密の旅。何かと事情があるのだろう。
「うう……せっかく皆様とお知り合いになれたのに、寂しいですわ……」
「『一箱』のご出立はいつになる予定なのですか? よければ私たちにも見送らせてくださ──」
「イエーイー! みんなー! 飲んでるかーい!」
「うえーい! でござるー!」
バーン、とドアを開け放ち入ってきたのは我らが『一箱』の稼ぎ頭2人こと、赤毛のアホと金髪のバカだ。
最近チート冒険者ライフを満喫しすぎてノリがウザくなってきたことに定評がある。
金貨で膨れあがった袋をジルさんに手渡して、ゴキゲンな夏人の奴が椅子を持ってきて座った。
ちょっと俺らがしんみりしてたんだから空気読めや!
「しんみりすることなんてねーじゃん! 別に俺らも次は『王都』に今度行けばいいだけだし」
「そうでござるよー!」
まあそうっちゃそうだけどよ。
ちなみに『王都』は『冒険鼎立都市』の東に馬で走って大体2週間くらいの距離にある。
ワンボックスカーで街道をぶっ飛ばせばそこまではかからないのだが、中々気軽に行き来するには中々難しい距離だ。
その分、別れの価値は重い。
「そういえば、皆様次はどこに行かれるご予定ですの?」
「ええ。僕らは『魔導都市マジック』を目指す予定でして……」
「あ。わりい信長。それ、ナシになったわ」
「なんで!?」
信長のヤツが素っ頓狂な声を上げた。
『魔導都市マジック』というあまりにも捻りのない名前の都市は、まあその名の示す通り多くの魔法使いによって栄えている都市だ。
『王都』とは真逆、フェリシダを出てずっと西に行くとあるらしい。
《魔導都市》で取得できる《都市魔法》はこの世界の基本的な魔術が全て使えるようになるというもので、信長は魔導都市に行くことを激推ししていたし、実際そうなる予定だった。
『対巨竜防衛都市』に行くという案もあったのだが、そこにいる【勇者】達に【大魔王】である夏人がエンカウントした時にどうなるのかわからないので、今回は見送られたのである。
夏人がポリポリと頭を掻く。
「いやーそれがさー。ちょっとやべーことになっちゃったつーか。これ見てみ」
夏人が取り出したのは、一通の便せんだった。
異様なのはその色で、墨のように真っ黒な紙であった。
未だ動揺を隠せない信長が夏人から渡されたそれの中身を読むと、みるみると顔が青ざめていく。
「うーむ。これは、その、仕方ないな……『魔導都市』は次にしよう……」
な、なんだよ。
信長のやつが視線で俺にサインを送る。
ステラちゃんとドリアーヌさんには聞かせたくないらしい。
しょうがねえな。俺は無言で信長から便せんを受け取った。
漆黒の紙の上に、真っ赤な文字が書き連ねられている。超おどろおどろしいわ。大丈夫かよ。呪いの手紙とかじゃねえだろうな。
ある種、そうであった。
内容を要約すると、こういうものだ。
「これより、7日後、『北方魔族領』にて【魔王】による会談を行う」
「新たなる【魔王】は必ず参加すること」
「そしてギルド『一箱』は【第七魔王核】を必ず持参すること」
「叶わぬ場合は、六体の【魔王】の総力を持ってして──貴様達を排除する」
「まずは『廃人街道』を突き進み。我らの用意した案内人と合流すること」
そう。
俺達は。
この世界に6人いらっしゃるらしい【魔王】様達に。
行動を滅茶苦茶捕捉されているようだった──