20話:冒険鼎立都市
結論から言うと、俺達は説教されるフォード氏を見ていた。
「いや……その、いけるかなって思って……」
「いけるかな、ではありません! 貴方の! 行動が! どれほどの人に迷惑をかけたか! わかっているのですか!」
フェリシダ様がぷんすかと怒りながらフォードさんを叱りつける。
しゅん、とした様子でフォードさんはこちらをチラリ、と見た。
「で、でもいいじゃないか。結局は【魔王】を倒せたんだし」
「よくありません! 【魔王】がどれほど恐ろしい存在か知らないからそういうことが言えるのです! 大体貴方の都市長の任期はまだ5年も残っているでしょう!」
「そっちぃ?」
「当然です! 正直【魔王】どうこうよりも私はそちらに怒っています!」
「えー……」
「えーではありません! 反省しているのですか!」
夏人が腕を組みながら、ポツリと呟いた。
「フォードさんも大変だなあ」
大変なのはお前の頭だよ。
すっかり無傷な幼馴染を見て、俺ははぁ、と溜息をついた。
「すっかり元気でござるなあ」
「ぼ、僕はちょっと信じられないぞ。夏人。君の神経が……」
俺もだ。
なんでこんなことになったのか。
時は、一時間ほど前に遡る──
一時間前。
「夏人!!」
信長の叫びが聞こえた。
ステラちゃんの悲鳴が聞こえた。
俺は【複製箱】を取り出し、人波をかきわけ、【第七魔王】の肉体の上で行われた惨劇の元へと向かう。
「と、都市長──!?」
都市の面々は凶行に走った自らの都市の長を茫然と見ていた。
「下らない冒険。下らない商業。全て終わる時だ。俺が【第七魔王】となり──この都市の枠組みを作り直す!」
俺は叫んだ。
「フォードさん! それは違う! アンタは魔王になんかなっちゃいけない!」
だが、俺の言葉は届かなかった。
そして、フォード氏は野球ボールサイズの【魔王核】を自分の胸元へと持っていき──
「…………」
持っていき──
「…………?」
…………。
………………。
?
「えっと、違うか。食うのか?」
フォード氏は自分の口元へと【魔王核】を持っていき──口に入らなかった。
周囲がやにわにざわつきだす。
「……………………ちょっと待って。今食う。今食うから」
「む、無理すんな都市長!」
「食えないって! そのサイズはお前さんの口には無理だって!」
「ふごごごッ! う、うるせえ! 集中を乱すな! 俺に不可能なんてない! お前達が一番よく知ってるだろ!」
何時の間にか俺は夏人とフォードさんの元までたどり着いていた。
パットン氏が茫然としている。
「いたた……」
「な、夏人……大丈夫なのか?」
「大丈夫か兄ちゃん。この辺は範囲治癒魔法が滅茶苦茶に撃たれてたから、あんなんじゃ死なないけど痛かったろ」
「いやいや。ちょ……マジ痛かったわ……つか何……何なんだよ……あっ。レンタローじゃん、どうしたん」
い、いや。
お前が死んだかと思って。
あと、その、頭の中で意味深な声が聞こえたから……。
「は? 中二かよ」
えぇ……。
いや、でも確かに聞いたし……。
ていうか、さっきまで黒い剣振り回してたお前に言われたくないんだけど。
「都市長! 無理しないでくださいって! 辛いことあったなら俺達も一緒に考えますから!」
「だから都市長じゃないって言ってるだろ!」
「【魔王】になるとか意味わかんないこと言ってないで貢献成績ちゃんと発表してくださいよ!」
「そうですよ! せっかくレイドが終わったのに、素材が剥げないじゃないですか!」
「金! 金ェ!」
本格的に糾弾の声があがり始める。
えっと。これはどういうことなのかな。
「そういうところだ! 俺はちょっとこの都市の発展のさせ方間違えたなっていっつも思ってた! だから【魔王】になって全てを破壊して作り直すんだ!」
「何言ってんだ都市長! 俺達お前のおかげで毎日楽しいよ!」
「金ェ!」
「名誉ォ!」
ペラペラと自白するフォード氏を目をギラつかせながら人が集まってくる。
ギルド戦は貢献によって貰える報酬が違うのだ。
そして、この場において貢献の度合いを発表するのはフォード氏の役割らしい。
「……拙者の【勇者核】と同じものだとしたら、都市長はあれを取り込んで【魔王】になろうとしたのでは……?」
「でも、その……なれてないじゃん」
「うおおおおお! 見てろ! うおおおおお!」
フォード氏ががっつんがっつんと胸に【魔王核】を叩きつけ出した。
さきほどまでの『冒険王』の威厳はどこにもない、悲しく、そしてシュールなお姿だ。
「なれてないでござるなあ……」
「夏人! みんな! 無事か!?」
「ドリアーヌ! 何があったの!?」
信長とステラちゃんも合流する。
そして、状況に愕然とした。
立場のあるオッサンが黒い珠を胸にゴリラのドラミングのように叩きつけ、周りではやれ金を寄越せ、俺達の名誉を示せと催促している。
地獄のような光景だった。
「お、お嬢様……それがその、何と申し上げたらよいのか……」
「うおおおおお! うおおおお!」
「と、都市長……」
「金払え金!」
「貢献発表をしろおおお!」
「皆様! 落ち着いてください! 都市長! 都市長!」
その場にフェリシダ様が降臨されるまで、30分ほど。
ひたすらに【魔王核】を自分の身体に取り込もうとするフォード氏。
そしてフォード氏に貢献発表を迫る都市の面々。
ただただ俺達はそういった光景を眺めていることしか、できなかった──
以上。
状況は冒頭に戻る。
俺達『一箱』の四人組と、ステラちゃん、ドリアーヌさん。
教会内の一室にてテーブルを囲み、フォードさんが説教されているところをひたすら見学させられている。
「えー、じゃあその、フォードさんは【魔王】にはなれないんですか……?」
「【魔王】は人間がたやすくなれるものではありません。【勇者】とは根幹からしてシステムが異なるのですよ。フォード! わかりましたか!」
「ちっ、初めに言えよ……」
「あー! またそういう態度取る! 貴方という人は!」
「あの……私たちって、どうしてこの場に呼ばれたのでしょうか……」
ステラちゃんがおそるおそる手を挙げて質問した。
そりゃそうだ。
説教なら二人きりの時にやって欲しい。
『FM商会』の人にあの場を任せ、『一箱』とステラちゃん達はフェリシダ様にご指名を食らって同席するハメになっていた。
フェリシダ様が応える。
「貴方達にはこのフォードに謝罪される権利があります。貢献1位のギルドとして、そして『翡翠の教会』の客人代表として」
「俺が謝るのか……」
「黙りなさいフォード! それに、別の用事もあります」
「つまりこういうことだろ。俺様達『一箱』には特別なごほーびをくれるっつー」
「……そういうことに、なるでしょうか」
フェリシダ様は椅子に腰かけた。フォードさんの隣である。
なんなん。アンタら付き合ってるん?
もちろん声には出していない。
「つまり。これからの話をします。まず、フォードは『聖剣』を『王都』の代表である二人に渡すこと」
「やりましたね! お嬢様! これで任務達成です!」
「ええ……! ついに、私がお父様に認められる日が来たのですわ……!」
二人は喜んでいた。なるほど、フォード氏から聖剣とやらを貰ってくるために彼女達は動いていたらしい。
それにしてもあの巨大な石の塊を持って帰るのは大変そうだ。
「ちっ。アレ、すげえ便利だったというのに。まあ……いい。クリエル家に一々突っかかられるのも面倒だ。悪かったな」
「元々聖剣は『王都』のものですわ! 失敬な!」
「そ、そうだ! そもそも聖なる剣をあんな……振り回すとか……どういう神経をなされているのだ!」
「いや、つってもアレ、うちの『聖剣迷宮』で俺が取ってきたから法律的には俺のものなんだが……」
「私が許可しました。このままでは教会が壊れると思ったので。そこの騎士を動かすのに『聖剣』を渡す。そういう契約です」
「はっはっは。都市長、こういうのは権力者相手に隙を見せたのが悪いぜ」
「うーむ。さっき殺しかけた相手に言われると何とも反論しづらいな……」
夏人があっけからんと笑っている。
死にかけたというのに滅茶苦茶元気だ。
むしろ貴重な体験が出来てよかったとすら思ってそうで怖い。
「……【第七魔王】をこの場で倒せたのは僥倖であり、予定外なのですよ」
フェリシダ様の手が光った。
「これより、ギルド『一箱』に報酬です。我が《都市魔法》を授けます」
「おお! マジで!?」
「はい。本来ならば『冒険』と『工』『商』、3つで貢献をしてもらわねばならないのですが……フォードの非礼を詫びる意味でも。受け取ってください」
「やったね。これで僕らは《迷宮帰還魔法》を手に入れたってわけだ」
「いやー。正直徒歩で迷宮から戻るの疲れるから助かるわー」
やったな。
俺も何年も鍛冶屋やらずに済むのはありがてえわ。
後でジルさん達にも報告しにいかねえと。
「おめでとうございます。皆様」
「ステラちゃんとドリアーヌさんもありがとうな。おかげで助かったよ」
「いえ……皆さまの戦いぶり、誠見事でした。私の力は、ほんの一押しでしたよ」
「そうだ! 今度ちゃんと、ゆっくりとお茶会をしましょう! 私、皆さまにしっかりお礼をできていませんもの!」
「それはいいですね。僕も腕を振るいましょう」
俺達は和やかなムードになった。
いやー。よかったよかった。これにて一件落着だぜ。
「……で、俺はもう帰っていいのか?」
「フォードさん、貴方は一体何故【魔王】になんかなろうとしたんですか?」
信長が聞いた。
場を沈黙が支配する。こういう時、好奇心が抑えられないのが眼鏡のいいところでありだめなところでもある。
「……この都市はな、《冒険都市フェリシダ》って名前だった。ほんの少し前までな。俺が変えちまった」
「フォード……」
「俺が『FM商会』を作って。最高に成功した。だから、皆俺達のやり方を真似した。『冒険』も『鍛冶』も『商売』も、一つのギルドがみんな纏めてやればいいってな、人が変われば都市も変わる。都市が変われば……都市神と《都市魔法》取得のルールも変わる」
昔は別に、冒険者として認められれば《都市魔法》は取得できたんだぜ、とフォード氏は嗤った。
フォード氏は遠い眼をして、腕を組む。
「まあ、欲張りすぎたな。欲張りすぎて。今まで1つできればよかったことを皆3つやらなきゃいけなくなっちまった。都市は発展したが……たまに、後悔してた。人間、そこまで生き急がなくていいんじゃないかってな。誰もが誰も、何でも屋になりたいわけじゃねえだろ」
そんだけだ。
と、フォード氏は苦笑いした。
そして口を閉じた。
きっと、【魔王核】を取り込もうとしたのは、【勇者核】を取り込むパットン氏を見たからで……フォードさんは、あえてその部分には触れないでくれるらしかった。
とてもありがたいことである。
【複製箱】の件を知られていいのか、俺にはまだわからない。
「すまなかったな。迷惑をかけた」
フォードさんは、そう言って頭を下げて。
俺達は『翡翠の教会』を後にしたのだった。『一箱』は時の人扱いらしく、裏道からこっそりとフェリシダ様が出してくれた。
長い長い戦いを終えて、俺達はなんというかどっと疲れていた。空は明け白んでいる。こんなこと前にもあったな。
とにかく、今日は帰って風呂入って寝よう。
「産業は発達し、ギルドを作り──やがてコンツェルンへと至る」
信長はポツリと呟いた。
「そして産業は発展して、発展して、人々は豊かになる。でも、確かにその分情報量は増え、仕事は複雑化し、人のやることは増え、時間はなくなる。自由は消え……そして欲望が曝け出されていく。フォードさんはそういうのが、嫌だったのかもね」
「それっぽく締めようとすんなよ~《都市魔法フェリシダ》もゲットしたし、もう俺達には関係ないんだしよ~」
夏人が信長とついでに俺に飛び掛かってきて、肩を組んだ。
ええい。暑っ苦しい。
しかし、こいつ本当元気だなあ。
「まさかあんなにアッサリ【魔王】を倒せるとは思わなかったでござるなあ」
「……油断するな、ということだね。夏人とパットンがいかに強いとはいえ、この都市の面々が集まれば倒せたように、必ずしも無敵の存在じゃないということだ」
「ま、そりゃそうだなってことで。そろそろ次の都市に行く計画でも立てようぜ」
冷たい風が俺達の髪を撫でていた。
まあ、大丈夫だろ。
俺は大きく伸びをした。だって、4人もいるんだぜ俺達は。今回も何とかなった。
きっと、これからも何とかなるさ──俺はポケットの中の珠の感触を確かめる。
アーチを下りながら、俺達は馬鹿話をして──温泉へと、向かうのだった。
────【女神の石板】が更新されます。
────深刻なエラーが発生しています。【勇者】はただちにエラーを排除してください。
────【第七魔王】が倒されました。《冒険都市フェリシダ》の防衛に成功しました。これより【第七魔王核】の消滅判定が発生します。
────戦況を更新します。現在の戦況は【人類側の不利】です。
────人類の勝利を願って。
第1章 了