19話:少女との再会
ついに教会の中に屋台が出現を始めていた。
「さあさあ回復薬! 今ならたったの銀貨1枚! お買い得だよお買い得!」
「装備が壊れたら寄ってきな! すぐに新品同様! 『魔王狩り』にはうちが一番だよ!」
「ポーションだ! ポーションが何より大切! 怪我も一瞬で治ると都市長のお墨付き!」
戦闘が開始されてから10時間くらいが経っただろうか。
第七魔王ことルクラン氏は相変わらずボコボコにされている。
『冒険鼎立都市』の面々は思いのほか強かったらしく、あの手この手を使って場から離脱を試みているようだがどうにも上手くいっていない。
ルクランが巨大な手を振えば一斉に人々は距離を取り、速攻で反撃へと畳みかける。
飛ぼうとすればよくわからない閃光弾や魔法による爆撃が行われ、それを許さない。
魔法を発動する素振りを見せれば、速攻で頭や眼に攻撃が降り注ぐ。
恒常的な攻撃、恒常的な嫌がらせ、とにかく人間達は立ち代わり交代し休憩し統率を取り、巨大な怪物をチクチクと叩き続ける。
今では『FM商会』による【第七魔王】を殴るための順番待ちまで行われている始末である。
「俺の思ってた戦いと違う……」
「……レンタロー、人間の一番の武器は何だと思う?」
「核兵器」
「そういう中二病じゃなく」
「えー、何だろ」
俺は屋台で買ったパンに齧りつきながら、信長と駄弁っていた。
あたりには結構な人が集まっている。『FM商会』の腕章をつけた人達が柵を速攻で作ってくれたので、即興の観戦席のようなものが出来上がったのだ。
正直帰ろうかと何度も思った。だが、夏人とパットンのやつらが延々と、魔王を殴るレイド戦に参加しているものだからタイミングを見失っている。
二人の活躍は目覚ましく、夏人の電撃とパットンの治癒魔法、それに【第七魔王】の攻撃をいくら受けてもひるむことのない光る人達は戦線の維持を支え続けていた。
それに都市長のフォード氏も戦いに参加している。
何やら巨大な石の塊みたいなものに鎖をつけ、ブンブンと振り回しているのがそれだ。
どう見ても何百キロもありそうな石塊を振り回す馬鹿力、さらに適切な指示も出しているようだ。何つー怪力だよ。人間業ではない。
『冒険王』の呼び名も頷ける。
しかし、人間の一番の武器ねえ……。核兵器ではないとなると、知恵とかだろうか。
「違う。持久力さ。身体も、精神も。人間ほど『何かを持続して行う』ということができる生物は存在しなかった。だからこそマンモスも狩れた。知っているかレンタロー。『フルマラソン』という競技ができるのは人間だけだということを」
要するに粘着質ってことか。
まあ、今の魔王ルクランの姿を見ていると哀れになってくるなあ。
しかし、ずっと殴り続け、交代し、また殴る。
こんなことをずっとアドリブで続けられるとはな。軍隊じみててこえーわ。
魔王は逃げられずにいる──だが逆に言えば、魔王ルクランを倒しうる決定的な一撃も、捕獲を行う計画も全てが潰されているようだ。
今は人間側が有利だが、強い力を持つ者達の数はどうしても限られている。
消耗を狙っているのはルクランも同じだろう。おそらく、今の状況を維持できなくなった方が負けるはずだ。
とか思っていたら、戦闘を行っている一画からどよめきが起きた。
「我が名はドリアーヌ・ド・ドリアード! 『王都』よりの使者にしてクリエル家の騎士! 義によって助太刀する!」
あっ。ドリアーヌさんだ。
銀髪の女騎士はランスを掲げ、宣言する。魔法の光飛び交う教会内に、一層強烈な光の柱が立った。
いや、それだけではない。風が吹き荒れる。俺はとっさにトランプが飛ばされないように回収した。
これではまるで嵐だ。
「あれは『鼎立魔法』のドリアード!? なんでまたこんなところに!?」
「なんだっていい! 魔王を殺せ! 素材だ! 素材を獲るんだ! ギャハハハハハハハ!」
よくわからないが戦士たちの顔に希望の色が強まった。
ドリアーヌさんが光を纏ったまま、ランスを構えて突撃する。
「くっ……『王都』の騎士がこんなところになぜ……」
ルクランも動揺しているようだった。
いや、待てよ……ドリアーヌさんが来たということは。
「レンタロー様! やはりここに!」
やはりステラちゃんもいた。
とてとてと、教会内をドレスを着た少女が俺達の方を走ってくる。
「約束通り、会いに来てくれたのですね!」
そして、俺の方へ飛びついてくるような仕草を見せて……風にあおられて転んだ。
思いきり顔面を打ち付けたようだ。
だ、大丈夫か?
俺と信長はオロオロと彼女の元へと駆け寄る。
「い、痛いですわ……。でも、もう安心してください! ドリアーヌが来たからには、戦況が変わるはずですわ」
えっへん。とステラちゃんが胸を張る。
うーむ可愛い。
そもそもここには彼女に会いに来たのだ。よくわからん魔王戦とか始まってどうしたものかと思ったわ。
信長もフッと彼女に笑いかける。
「お久しぶりですね」
「きゃ、キャー! ノブナガ様……! あ、あの本日は何をしに?」
「いや……僕もレンタローに誘われて貴方に会いに来たのですが、ご迷惑でしたか?」
「迷惑だなんて! れ、レンタロー様! もしかして皆様ご一緒に!?」
そ、そうですが……。
もしかして、一人で来た方がよかったですか?
「わ、私にも心の準備というものがあるのです……」
俺と会うのには不要な準備がですか!
俺は悲しくなった。まあいいや。
しかし、ドリアーヌさんは今になって何故参戦を?
俺は身なりのいいお嬢様を早速顧客認定した売り子の兄ちゃん達に金を投げつけ、飲み物の入ったコップと肉やら野菜が盛られた皿を手に入れ、ステラちゃんに差し出す。
ステラちゃんはコップを傾けながら、コクリと頷いた。
「都市神フェリシダ様に力を請われたのですわ。ドリアーヌの『嵐の鼎立魔法』さえあれば、【魔王】を確実に倒せるはずだと」
「……【魔王】をも倒しうる力?」
「今、この場のような状況では、ですがそういうことですわ!」
なるほど戦況は大きく変わったようだった。
ドリアーヌさんの纏っていた光が他の都市の面々にも伝播していく。そして、その光の鎧は攻撃を全て弾いているようだった。
フォード氏とパットン、そして夏人が飛び上がると、ルクランの顔面に強烈な一撃を叩きこんだ。
これまで大きく姿勢を崩すことがなかった鉱石の身体が、苦しそうによろめく。
「雷と風の魔法による鎧、そして水の魔法による回復。その3つを同時発動させて成る『鼎立魔法』……ということか。しかも他人に力を付与することもできる」
「一瞬でそこまで分析されるとは、流石ですわ!」
信長が眼鏡をクイッとさせながら解説すると、ステラちゃんがキャーキャー言いながら眼鏡を讃えた。
えっ。お前魔法のこととか何でそんな詳しいの。
「ん? ああ……言ってなかったね。どうやら僕の【賢者】の力が増したらしい。魔法の能力がわかる。理由は……わからない。後で推察する」
ふーん。まあそういうこともあるか。
ついでに俺の【箱】の力もなんか増えてないかな、と思ったが多分そういうことはないようだ。不公平である。
しかしお忍びの旅だった割には派手に登場しますね。
「……【魔王】の討伐となれば、もうそんなこと言ってられませんわ。それに、フェリシダ様に私の……聖剣を返してもらう、という目的も叶えてもらえるとのことですし。もはや密命も意味がありません」
「聖剣?」
「あのフォード様が私物化している聖剣ですわ! あれは本来『王都』のものですのに、いつの間にかあんな雑な扱われ方をしているなんて……」
……聖剣?
フォード氏が振り回しているのは石の塊である。
あれが聖剣ですか?
「…………伝説の剣。『選ばれし者にしか抜けない』というものですわ」
「……しかし、ではあれは……ああ、まさかそういうことですか!?」
信長がビックリしていた。俺にはよくわからない。
ええ?
どういうことなん?
件の石の塊が魔王の膝に直撃した。
「ぐおおおおおおおおおおおお! 馬鹿な! この我の肉体が!」
魔王が、よろめいた。
夏人と知らない冒険者の3人くらいが、隙を見逃さずにもう片方の足を斬りつけた。
今度こそ体勢が崩れる──
「てめぇら! 今だ! 二度と立ち上がれると思うなよ!」
「素材ァァァァァァァァァァァァ!!」
「名誉ァァァァァァァァァァァァ!!」
「拙者が主役になる時ィィィィィィィ!」
フォード氏の言葉が合図だった。
冒険者が、工匠が、商人が、交通整理を行っていた『FM商会』の人が、屋台の兄ちゃんたちが。そしてパットン氏が。
一斉に魔王の身体に殺到する。
「や、やめろぉ! 貴様らに……今、今こんなところで……我を倒せるわけではないのだぞ! やめろ! 世界の真実にたどりつけなくてもいいのか!?」
「知るかァぁァぁぁぁ!」
「素材ィィィィィィィ!」
うわぁ……。
狂気が魔王の肉体に降り注ぐ。
身体がもがれていく。目が外される。あまりに凄惨な光景に、思わず俺は眼を背けてしまった。
せ、聖剣ってなんですか?
俺はドン引きしながら、やはり「うわぁ……」って感じになっているステラちゃんだけを見ることにした。
「え、ええと……うわぁ……はい! その、聖剣は絶対に、絶対に選ばれし者にしか抜けないのですわ。つまり……」
魔王の肉体は硬い鉱石で構成されている。
冒険者たちの突き立てる刃が次々とひび割れている中、魔王の肉体を叩き続けているフォード氏の得物には傷一つないようだった。
あー、その、『抜けない』って、つまりは周りの台座とかを『破壊できない』って、ことですよね。
「はい……つまり、聖剣が刺さっている地面をくりぬいて、台座ごと振り回している頭のおかしい人がこの都市の都市長……フォード様なのですわ……『選ばれし者以外には絶対に壊せないから』使い勝手がよいと……」
えぇ……俺はまた引いた。もうここにきたからそんなんばっかりだよ。
雄たけびがあがった。
夏人がドス黒い球体を掴んでいる。
あ、あれはまさか。
パットンは【勇者】で、【勇者核】という核を持っていた。
ならば【魔王】が持っているのは──
「とったどおおおおお!」
そして頭のおかしい人ことフォード氏が、聖剣……の刺さっている台座をその辺に雑に投げた。「ああっ!」とステラちゃんが声を上げる。
そりゃそうだ。何やってんだあの人。
そのまま都市長は夏人と肩を組む。
「ここに新たな勇士が誕生した! 貢献成績第一位! それはこの『一箱』のギルド長・ナットだ!」
歓声があがる。
人々が喜びの中で、夏人とフォード氏を讃えていた。
「この都市の原則に従い、彼らのギルドをCランクよりAランクギルドへと昇格する! 異論はあるものはいるか!」
「いるわけねえぜ!」
「お前さんやるなあ! 助かったぜ!」
夏人がバシバシと荒くれどもに声をかけられている。全く、あいつはいつもああだ。話の中心になりやがる。
そして、頭の中に声が鳴り響いた。
──やつこそが■■■■だ。
────今すぐ、【複製箱】を用意し彼の元へ向かうんだ。
は?
誰?
俺は困惑した。この声、どこかで聞いたような。
だが──俺は駆けだしていた。
信長とステラちゃんの「えっ」という声を置き去りにして。
俺は何をやっているのだろう──
「そして残念な知らせがある! 俺は今この瞬間! この都市の都市長を辞める! なぜなら──」
血が、流れた。
巨大な石塊を振り回していた怪力の腕が、夏人の胸部を貫いていた。
漆黒の珠がポロリ、と落ちる。
珠は、フォード氏の手に収まった。
俺は駆けていた。もっとだ。何をやっている。もっと早く走れ。
「俺が【第七魔王】となるからだ!」
その男、『冒険王』フォードは魔王の核──【魔王核】を掲げ、高らかに宣言した。