1話:某地方都市での4人組
無職してたら拉致された。
何を言っているのかさっぱりだと思うので、初めから話そう。
俺こと六角連太郎(学生時代のあだ名は当然のように「六角レンチ」だった)は、関東近県のつまらない地方都市に生まれた、つまらない男だ。
特段留年することもなく、そこそこの高校に入学卒業、そこそこの大学に入学したまでは、まあ順調な人生を歩んでいた。
だが、大学を卒業してそこそこの都内の企業に入社して。
その「そこそこの企業」が地雷も地雷だったのが運の尽きだった。
上司に職場でぶん殴られるわ、飲み会の度に「机の上の酒全部飲め」とか言われるわ、啓蒙本を出版するという理由で社長を讃える作文の提出義務を全社員に課すわの人外魔境。
俺の小枝みたいなメンタルは、「就職祝いだよ」と嬉しそうな祖母ちゃんに新調してもらった時計が会社近くの河に投げ捨てられたあたりで、ポッキリ折れてしまった。
というわけで退職願も出さずに職場から逃げるように失踪。やむなしである。
そして地元のつまらない地方都市で、バイトもせずにゲーセンと実家を往復する日々を送っているうちに季節は巡った。
春が終わり、夏から秋へ変わろうという時分、茶色の葉が風に運ばれる頃。
そろそろ次の仕事探さないとヤバいかなあ、とぼんやりと考えつつも、どうにもやる気が湧かない。ある日のことである。
タバコの匂いが立ち込めるゲーセンで、特に欲しくもないヌイグルミを獲ろうとUFOキャッチャーをしていると、急に見知った顔、というか友人が3人ほど俺の背後にベガ立ちで並び出した。
俺が「えっ何なんなの」とか動揺しているうちに見事にアームは虚空を掴んで。
俺の体はガッシリと掴まれた。
そのままスムーズに移動させられ、ワンボックスカー(8人乗れる優れものだ)にシュートさせられるのにかかった時間、わずか5分。
あまりにも手慣れ過ぎていて、友人達が日常的に誘拐行為に走ってやしないか心配になってしまった──
──以上。
かくいうわけで、俺は何処に向かっているのかもわからない走行中の車の中にいる。
とはいえ、車の後方に詰まれたテント等のキャンプ用品やら食材やら鍋を見て大体の目的は察した。
無職やってるとカレンダーに疎くなるのだが、そういや今日から三連休である。
それでも、もしかしたら俺に対して状況説明が行われるのではないかという僅かな希望を抱いて、右隣で膝を組んで座る赤毛の幼馴染に問う。
「どういうことなの?」
「キャンプ!」
四文字で回答が終わっちまった。
もっと人とのコミュニケーションを大事にするべきだ。
そう強く主張すると、やれやれとばかりに誘拐事件の下手人、というか首謀者は首を振って、再び答えた。
「お前が全然働く気がしねえからいっそキャンプ行こうぜって話になったつーわけよ! 行こう!」
「つーわけよ。じゃねえよ! どういうことなの!? 俺がニートなのとキャンプに何の関係があるの!?」
深い理由なんて一つもないんだろう。
俺の隣のアロハシャツ野郎は爽やかに笑った。
スマイルがあれば何事も解決できるといった体である。
しかも滅茶苦茶顔立ちの整ったイケメンだから、大抵の女子は誤魔化されてきたのが予想つくので尚ムカつく。
アロハ野郎の名を夏人という。夏っぽい名前だからか知らんが、真冬以外は常にアロハシャツを着ているのが特徴だ(たまに真冬でも着ている)。
赤毛で赤いアロハを愛用している、とにかく赤い男で、俺が0歳の時からの付き合いになる幼馴染だ。
「まあいいじゃん。どうせ暇っしょ? 無職なんだし。俺とお前の仲じゃん。二泊三日くらいどうってことないっしょー」
無職舐めんな。暇だけど。つーかキャンプって泊まりかよ。
この無職差別が甚だしい奴と俺は、何でもオギャアと同じ病院で生まれて保育器が隣同士だった頃からのお付き合いらしい。
それどころか、保育園、小学校、中学校、高校と全部同じクラスな上に大学まで一緒という、立場が男女だったら確実に冷やかされること請け合いな関係だった。
まあ同じ皿の上に載ってても、俺が添え物のパセリで夏人はメイン料理だ。
同じ環境で育っても、格差ってものはどうしても生まれてしまう。
いや、同じだからこそ生来の素養がクッキリ浮かび上がってしまうのだ。
四半世紀をかけてついぞ女性とお付き合いすることすら叶わなかった童貞ついでに無職な俺と違い、夏人は都会のホストクラブでバリバリ働く激モテ☆ナイスガイである。
そりゃもう稼いでいるらしい。
見た目からして駄目なオタクで無職な俺と、長身のイケメンリア充ルックスで金持ちの夏人。正に人生の明と暗。
高校時代、こいつと並んで歩いていた俺に「夏人君が汚れるから近づかないで」というありがたいお言葉をプレゼントしてくれた同級生女子は先見の明があったと唸らざるを得ないね。
お互い大人になった今も、並んでいるとカツアゲかな?って光景が出来上がる……のだが。
不思議なもので、何だかんだお互いの都合が合ったら、テキトーに遊びに行く関係がずっと継続しているのだから、なんというか男の交友関係は謎というものである。
そして、高収入、高身長のイケメン野郎にも弱点はある。
それは──
「ああ。やっぱバーベキュー用の肉が足りねえな……肉って、その辺で鹿とかから獲れるか……? 鹿も狩るキャンプってどう? 面白くね? いざとなったら食料は現地調達すりゃあいいな!」
アホなのである。
何で現代日本で狩猟民族みたいな発想をするのか理解できないんだが。バーバリアンかよ。
ついでに言うなら、同行者選びのセンスも最悪の一言に尽きる。
せっかく超モテるんだから、俺なんぞほっといて、イケてるお姉さんと一緒に行けよこういうのは。
俺なんかと遊んでなければ、今頃は幸せな家庭の1つや2つは作ってたろうに。何でお前のスペックで未だに独身なのよ、もう。
アホとしか言いようがない。
「諦めよ……夏人氏はいつもこうである」
「パットン氏か……なんで侍口調なのさ」
定位置である助手席から、金髪オタク野郎のパットン氏が俺に笑いかけてきた。やはりお前も一緒か。いや、ゲーセンの時からいたけどさ。
パットン氏も俺達の旧くからの友人だ。つーかこいつも保育園時代からの付き合いである。
日本人と北欧系のハーフで、夏人と同じくイケメンで普通にしていれば女が放っておかない金髪碧眼男子なのだが……何をどう間違ったのか日本のオタ文化にドハマりしてしまったという哀しき過去を持つ男だ。
結果、何かとアニメとかを見ては口調がコロコロ変わる残念イケメンと化してしまった。
今回はサムライか。確か高校生の時もそのキャラだったよな。
「サムライじゃなくてえ……ゴホン、侍ではなく僧である。拙者今やってるTRPGで聖職系のキャラをクリエイトした故」
「ヒーラーでATK振りとかいう意味わかんねえキャラ作ってんの。こいつ」
「あっ夏人氏、今殴りヒーラー馬鹿にしたね!? MMOで鍛え抜かれた拙者の殴りヒラの立ち回りは一味違うんだがな~! わかんないかー! このレベルの話は夏人氏にはわかんないか~!」
「いや俺もパットン氏の趣味は何かこう…ダメだと思う。そうやって奇をてらってマイノリティ気取っていつも失敗するよね」
「まさかの裏切りでござる……お前らハイスラでボコるわ……」
「相変わらず仲いいな……君ら」
ハァ、とハンドルを握る運転手さんが溜息をついた。
この声は──やはり信長、お前もか。聡明なお前だけは拉致誘拐行為などには走らないと信じていたのに……。いやお前もそういやゲーセンからいたわ。
「ごめん。夏人に押し切られた。しかしまあ、やれやれ……いつも僕に運転させておいて気楽なもんだ。あと夏人、シートベルトをしろって散々言ってるだろ」
「ハッハッハ。お前な。信長。シートベルトはガッてなった時にギュってなって、危ないんだぞ~」
「いやそれがシートベルトの機能だからね!?」
「えっマジ? いやいや、お前──あまり適当なことばっかり言ってると降ろすぞ!」
「僕、運転手なのに!? 君はいつもそうだ。ノリだけで生きようとする! そういうところが気に入らない!」
夏人君と信長君の醜い口論が始まった。
いつものことである。
こういう時、運転手を率先的に買って出てくれる男、信長はやはり俺たちの保育園のころからの幼馴染。
学生時代は女子からの評価を夏人と二分していたイケメン眼鏡な上、滅茶苦茶成績がよいのにも関わらず俺、夏人、パットンのグループに分類されてしまったせいで「四バカ」の汚名を着せられてしまった悲劇の常識人である。
高校までは俺たちと同じ進路だったが、大学はやたらと偏差値の高い所に行って、就職戦線で高倍率の試験を見事にくぐり抜け、大手出版社で働いている。
そして感覚派の夏人と理性派の信長はよく喧嘩する。最早自然の摂理か何かなのではないかと錯覚してしまうほどだ。
なんつーか、よく飽きないよな。保育園児の時からずっと、こいつらは変わらない。
そう思っていたのにな。みんな、ちゃんとした社会人になったな。俺だけ何やってんだろうな。
人間性は不変でも立場は違う。俺は無職のゴミだが、みんなは俺を置いて立派な人間になっていく──
「レンタロー氏レンタロー氏、切なげなモノローグに入ってそうなところ悪いけど、レンタロー氏もちゃんと、これ記入してね」
「今良い感じに切なさ振り切れそうな所だったのに……何? キャンプ場の利用規約とか?」
パットン氏に1枚の紙と冊子、そして鉛筆を手渡される。
紙にはいくつかの項目と、ついでに絵を描くとおぼしきスペースもあった。
「六角連太郎」と丁寧な字が書かれたそれは……どう見てもTRPG、テーブルトークアールピージーのキャラシートです。本当にありがとうございました。
なるほどね。こいつにステータスを記入して、剣と魔法の世界に行くってわけね。まさか、さっきのどうでもいいトークが伏線だったとはな……腕を上げたなパットン。
「……俺らキャンプ行くんだよね? なんでキャラシ?」
「旅行に行くと毎回寝る前にトランプ大会になり、毎回毎回みんなに惨敗してしまう拙者からの嘆願である……! TRPGやろ?」
「いやお前はトランプ弱すぎっつーか手札を顔に出しすぎなんだよ……いくらなんでもキャンプでTRPGはどうなのよ。インドアなのかアウトドアなのかわかんねえっつーか……」
別にTRPGやるのはいいんだけど、何もキャンプ場でやることないんじゃない?
え、何テント?
テントの中でわざわざ色々小道具広げてダイス振ってファンタジー世界のキャラになりきるの? 呪文とか叫んじゃったり?
キャンプ場なら他のお客さんとかもいるだろうしさあ……普通にこの中の誰かの家か、その辺で会議室借りてやればよくない?
つーかこのキャンプ泊まり確定なの? 俺の着替えとかどうすんのさ。
その辺から、旅行計画が全くわからないんだけれども。
「拙者、満天の星空の下でみんなとTRPGやりたい」
「俺はいいけど夏人と信長がやりたがらないっしょそういうの」
「俺様はもうキャラシート書いたぜ! ジョブは大魔王だ! ひれ伏してもいいぞ!」
「……すまないレンタロー、僕も書いた……今日の夜、僕は職業・賢者だ」
「あっ拙者の聖職系のジョブって勇者のことでござる」
マジかこいつら。なら別にいいけど。つーか味方に勇者と大魔王と賢者がいるってどんなシナリオだよ。何と戦うんだよ俺らは。
俺はため息を吐いて、小冊子をパラパラとめくってキャラシート作成のルールを眺める。
「今回だけだぞ」
「やった! レンタロー氏の捻くれてるけど何だかんだで同調圧力に弱い所、拙者は好きでござるよ!」
「ノってやったんだからせめて褒めろや! ……この職業一覧、ってところから選べばいいんだろ」
大仰なジョブはガラじゃねーからな。拳法家とか普通に魔法使いでいいわ。
いや、どうせならもうちょい捻るか。
パットンが言うように捻くれ者だしな、俺。
「おっ、運び屋っつーのがあるじゃん。これにしよ」
「ほほう。良いところに目をつけましたな……そのジョブは今回のシナリオだと意外と強くて、拙者がマジに異世界行くならそれにする! って感じの便利屋でござる。何故か自己再生能力がある所とか渋い」
「へぇー。まあそういうのって大抵勇者とか魔王より地味な職業の方が狙い目なんだよな。まあ異世界行くんならこういうのだよね」
「最近流行ってんの? 異世界。ウチの店にくるお姉さま方もけっこー話してんだよなー」
「流行ってるよ。書籍も今じゃベテラン作家で2万部売れれば御の字なのに、普通に10万部、20万部が目指せるからね。滅多にないことだ。僕も今、ちょうど異世界ものを色々やろうと思っていてね」
「ふーん……確かあれだろ、トラックに突っ込まれたりするんだろ?」
俺はとりあえず鉛筆でジョブのところに「運び屋」と書こうとするも、ガタガタと揺れる車内ではなかなか難しい。
漢字がムズいわ漢字が。もうひらがなでいいか。「はこびや」とか逆にそれっぽいだろ。
というか随分揺れるな、俺と夏人の後部にあるキャンプ用品がガチャガチャと派手な音を立てていた。
ちらりと外を見ると、何の変哲もない峠道である。道路もきちんと舗装されている。安全運転がモットーの信長にしては珍しいな。
「由来はよくわからないが、大型トラックに轢かれると異世界にいくというミームがあるんだ。ミームってのは共通認識のことだ。大事なものだよ」
「横文字わかんねーよー! トラックねえ……俺達の後ろの、あんな感じの?」
「うん? そうそう──あんな風に、フラフラっとして……運転手寝てて……」
「って信長氏! アレ、マジでやばいんじゃ──!?」
「──っ! 信長! ブレーキ踏めブレーキ!」
「ちょ、ちょっと待て……ハンドルが効かない……揺れてる……っ。地震……?」
「……。みんな、伏せろ!」
──何だって?
夏人の狼狽した声に反応しようとした次の瞬間──世界がカチ割れたんじゃないかってくらいの衝撃音がして。
ぐるり、と世界が回っていた。内臓がひっくり返る感覚に、背筋が凍るような悪寒。
空中だ。
俺たちを載せたワンボックスカーが、ガードレールを突き破って崖から飛び出したのだ。
──何故? てか、死ぬ?
疑問符が頭を埋め尽くしていた。スローモーションになる思考。
アドレナリンが脳から放出されているのだろう。
ああ、こういう時。
普通。
人は走馬燈を見るんだろうな──でも、俺には死の間際すら、何も思い出すことがないのか──
なんて、どうでもいことを考えて。
「うそだろおおおおおおおおおおお!?」
「マジかあああああああああ!?」
夏人と信長のどこか緊張感のない叫びが聞こえて。パットンが半笑いで白目を向いて気絶しているのがミラーに映っていて。
ゆっくりと流転する視界の隅で。
俺は燃え盛るトラックの横で、一人の白い服の少女が笑っているのを、窓越しに、確かに、見た。
真っ白な光に目の前が包まれて消えていく意識の中で、書きかけのキャラクターシートが妙に気がかりだった。
夏から秋にかけての、ある日のことだった。
────【女神の石板】が更新されます。
────大陸に異邦人が現れました。【大魔王】、【勇者】、【賢者】、【運び屋】……以上4名。訂正。イレギュラーが発生します……異邦人【はこ】が現れました。
────戦況を更新します。現在の戦況は【人類側の有利】です。
────人類の勝利を願って。