17話:翡翠の教会
ああ、平和だなあ。
なんて、シミジミと体感しちゃう日ってあるよね。最早、絶対今日という一日が平和に終わるって確信があるわ。俺は欠伸を一つした。
冷たい風が俺達の髪を靡かせている。
昔から高い所は嫌いじゃない。
視野が広がると、行ってもいないのにその場所に行った気になれる。
馬鹿と煙は高い所が好きというが、どうやら俺もその範疇に含まれるらしい。
だが俺はどちらかといえば馬鹿であるよりは煙でありたい。どこかに漂っているうちに空気に溶けてなくなってしまうような、そんな存在になりたかった。
などと、寝不足からかポエミーな気持ちになっている俺の心中とは対照的に、俺の友人達は無邪気に感嘆の声を上げていた。
「うおー。すっげー景色」
「ビバファンタジーでござるなー」
「このアーチ、どういう理屈で建築されているんだ……物理学的におかしい……」
『翡翠の教会』にいるらしいステラちゃんを訪ねるため、都市3か所を結び教会へと導く巨大アーチを登っている。
しかしそこは御大尽である身なので、人力車で移動を選んだ。なんと一人で4人運べる巨大サイズである。人力車を引っ張る兄ちゃんは流石ファンタジー世界の住人らしく、楽々と坂道を登ってくれている。
いやー助かる。結構急な登坂なので徒歩だと大変そうだし。
それに、フェリシダの街並みをゆったりと眺めながら、というのは悪くない。
俺が珍しくいい心地になっていると、隣に座る夏人が不満げに語りかけてきた。
「レンタロー、お前ステラちゃんがいる場所知ってるなら先に言えよな~」
何だよ。
都市神だのギルド作りだのバタバタしてたからしょうがないだろ。
「はぁー。ショックだわー。俺じゃなくてレンタローに住所教えるとか……」
フッフッフ。そこはあれだよ。
やっぱりこう、俺の彼女達に対する紳士的な態度がね。
人柄って言うのかな。にじみ出っちゃってるわけですよ。溢れ出ちゃってると言った方がいいかなあ? 人柄が。
「うわっうぜえ……鶏がらみたいに言いやがる……」
「拙者……人柄がいい方はそういうこと自分で言わないと思うの……」
「レンタローはすぐ調子に乗るところがよくないところだと思うよ」
うるせー!
別に一人で来てもよかったのに誘ってやったんだから十分に人柄がいいだろうが!
俺達がギャーギャー騒いでいると、人力車の兄ちゃんに苦笑されてしまった。
「お客さん達仲いいっすねえ」
どこが!?
俺達の声がハモった。
そうこうしているうちに人力車は着実に前へと進み、『翡翠の教会』へと俺達は辿り着いた。
近くで見るとクソみたいにデカイ教会だな。白を基調とした巨大建造物で、その名の示す翡翠色の装飾が所々に施され大変美しい。
サグラダファミリアだっけか。俺達の世界のアレとどっちがでかいかってレベルである。
巨大な門を潜っているのは様々な人々だ。獣の耳をつけた獣人タイプ、巨大な鬼ようなオークタイプ、エルフっぽい集団もいる。
別に教会だからといって人間しか入れないとか、種族によって信仰する神が違うとか、そういうことはないらしい。
「うわーっ! すっげー! すっげーでっけー!」
「ドュフフフフフ! このいかにもラスボスが住んでそうな感じ、たまらんでござるなあ!」
キャッキャと夏人とパットン氏が騒いでいる。
ちょっと恥ずかしいからやめてくださる?
周りの人達の目線が痛いんですよ。大体異世界人なんだから藪から蛇が出ないようにもっと目立たないようにしないとさあ。
俺はパシャパシャとスマホで写真を撮りながら、いい歳してはしゃいでいる二人を冷たい目で見た。
やれやれ。信長も注意してやってくれよ。あと俺と教会がいい感じに写るように撮ってくれない?
「やはりあそこに見えるのはステンドグラスか……『光こそが神である』という僕らの世界の宗教観と似通っている……《都市神》という確固たる存在がいるにも拘わらず何故光を疑似的に神に見立てる必要がある……? いや……そもそも信仰という概念が僕らの世界と異なるのか……?」
なるほどアイツが一番エンジョイしてやがる。
ぶつぶつと呟きながら石壁を撫でまわしている様子は凄まじくキモいとしか言いようがない。
「というかステラちゃんどこに行けば会えるんでござるか?」
あ。そういや知らねえや。
一応お忍びの旅って言ってたからなあ。その辺に歩いてる人に聞いてもわかるもんだろうか。
俺が首を傾げていると、人力車の兄ちゃんが寄ってきた。
「あ、そういえば。私は中の案内もやっているのですがいかがでしょう。今なら銀貨3枚でくまなく解説しますよ。これでも歴史にも詳しいんです」
「やってもらおう」
信長が即答した。
いや待てや。俺ら観光に来たわけじゃないんだが。
「それはそうと歴史解説は必要だ」
「それはそうとじゃねーよ。まずは可愛いシスターさんを見ることが大事だろうが」
大事じゃねえよ。
話の趣旨というものを全くわかっていないアホ2人が言い争いを始める。俺は人力車の兄ちゃんに金を渡した。
面倒だからとりあえずお願いします。ただし、途中で離脱してもらうかもしれません。
しかし……人力車だけでなくガイドもするんですね。
「毎度! どちらかというとこっちが本業でして。それに……あの坂道を歩くよりずっと楽ですし……」
兄ちゃんはニカリと笑った。
成程、確かにな。
むしろここまで含めての人力車業なのかもしれない。
それにしても銀貨3枚って結構割高ですね。
「妹と弟が冒険者になったきり帰ってきませんもので、私が両親を養わないといけないんですよ。断られたらこの話をするつもりでしたが……必要ありませんでしたね」
ふむ、そういうことを言われると、いい感じに案内をしてもらえたらチップをあげたくなるなあ。
なかなか強かっすね。
「ハッハッハ。私も人間ですからねえ。いただけるものはいただかないと」
「あーっ! レンタローてめーっ! ギルド長様を裏切りやがって!」
「賢明な判断だよレンタロー。ナイスだ」
やかましいわ!
お前らが言い争ってると日が暮れるんじゃい!
絡んでくる赤毛のアホとメガネのアホを俺はなだめた。
「よーし。それでは『翡翠の教会』、探索開始でござるー!」
おー。パットン氏の掛け声に微妙な声で応えて。俺達は巨門をくぐる。
いつもの4人に人力車の兄ちゃんを加えた5人態勢である。
次の瞬間のことであった。
「えぇ!?」
「なにこれェ!?」
パットン氏と俺が素っ頓狂な声をあげる。
ついでに言うと人力車の兄ちゃんもだ。
目の前に広がるのは、先ほどまであった教会の中への景色ではない。何やら混沌としたマーブル模様が広がる空間である。
あまりにも突然の出来事だが、俺は対応するために一歩を踏みだし──あ、や、ヤバい。酔ってきた。無理!
何これ! 何なんですかこれ! 案内人のお兄さん! 銀貨3枚も払ったんだから教えてよ!
「な、なんですかこれは!? 一体なにが起きたんですか!? 僕わかんない!」
ダメそうだ。
人力車の兄ちゃんは混乱した様子で頭を抱え込んでいる。
どういうことだこれ。てかマジで酔うんだけど。一応足は地についていることはわかるのだが、何せ地面らしきものがない。
様々な色の絵具をぶちまけた悪夢のような視覚体験が否応なく俺の精神力をガリガリと削ってくる。
夏人が【魔王剣】を抜いていた。
「こりゃアレだ。何かよくわかんねえけど──『捕まった』って感じだな。信長、何かわかるか?」
「……だめだ。【賢者】の力でわかることは何もない……」
意外と役に立たないよなお前の知識チート。
俺は座り込んだ。地面に胡坐を掻き、とりあえず持参していた水筒を傾ける。
ふう、少し落ち着いたぜ。
とかやっていると夏人のやつも俺の隣に座りこんできた。
「それ俺にもくれよ」
ええ、やだよ。自分の水飲めよ。男と間接キスなんて断固断るわ。
とか言ってはみたけどどうせ自分の分の水筒持ってきてないんだろ。
夏人君は何事も現地で揃えればいいというタイプである。こういうところ性格出るよな。
口つけんじゃねえぞ。
「おお、助かる。つかなにこれ? 何か甘くね? レモン水?」
「例のドワーフ兄弟に習って僕がスポーツドリンクのようなものを作ってみたんだ。僕としてはかなりいい出来だと思うんだけどどうかな?」
「ん、まあまあだな。鍛冶屋ってスポドリみたいなもんまで作るわけ?」
「調剤、調薬もこの都市では工匠の仕事だね。武器や防具だけでなく、薬、縄、鞄、それに地図を書いたりとかとにかくモノつくりをする立場の人間……それが工匠だ」
「へー。じゃあコレもポーションみてーなもんかー。どれどれ」
どれどれじゃねえよ!
夏人てめえ飲みすぎなんだよ!
俺のドリンクがなくなるだろうが! 奪うなら信長かパットン氏から奪えよ!
「えぇ……君ら落ち着きすぎでしょ……」
パットン氏が自分だけいっちょ前に真面目に事態に対応してますよ感を出してきてイラついたので、俺と夏人の二人で地面へと座らせる。
いいか、こういう時に大事なのは冷静になることだ。ぺしぺしと金髪オタク野郎の肩を叩く。
遭難した時はその場から動かない。基本中の基本だぜ。
「いやいやいや! 教会に入っただけで遭難ってありえないでござるよ! あとその動かないっての、助けが来るの前提でござる! 来るんでござるか!? この空間にレスキューが!?」
チッ。うるせえな。
とにかくスポドリでも飲んで落ち着けや。
「まあ騒いでも仕方ないのも確かだよパットン。とりあえず作戦を練ろう」
「どうせアレっしょ。フェリシダ神に何か幽閉されたとかそういうパターンっしょ」
「う、うーむ、確かに。いかにもありそうでござるなあ……」
そういってパットン氏も座り込んだ。
しかしどうする?
「あ、俺トランプ持ってきてるよ」
「君、いつもトランプ持ち歩いてるよね。ホストってみんなそうなの?」
「んにゃ。あんまいねえな。どっちかっつーとこれは俺様の趣味。キャバクラとかでもそうなんだけどさ。とりあえずゲームがあると盛り上がるんよ。特にコミュ障のやつはおススメだぜ」
「あっ今拙者馬鹿にされた気がする! 近年のオタトークの振りやすさを知らない頭昭和時代の人間はこれだから……」
脱出する気皆無かい。
俺はとりあえずトランプを配りだした夏人を諫めた。
このままだと運が良くてババ抜き、悪いとインディアンポーカーが始まってしまう。
いくら何でもそれは避けたい。流石に落ち着きすぎでしょ。
「あ、あんた達、一体何なんだ……?」
人力車の兄ちゃんはそんな俺達を見てドン引きしていた。まあ、そりゃそうだ。突然周囲が謎空間になったのに緊張感ないってレベルじゃないしな。
つーかお前ら何かおかしいぞ。特に信長。お前そういうキャラじゃねえだろ。
さっさとこの変な場所から出ようぜ。
「落ち着けっつったのお前のくせに……」
「いや……確かに。レンタローの言うことにも一理ある。知力……int値にデバフを受けているのかもしれない。この世界に来てから、覚えているはずの知識を思い出せないことがある。思考や行動に制限を受けている可能性には至っていたところだ。だが……それを『僕が疑問に思える』というのが不可解でね。その件に関しては保留しておいてほしいんだが」
長い長い。
信長君のご高察はどうでもいいからさあ。
パットン氏と夏人の【アーティファクト】で何とかしてくれよ。
「まあ、俺の【剣】なら空間斬れるかも──」
《貴方達、何故こんなところにいるのですか?》
こいつ……直接脳内に?
「こいつ……直接脳内に!?」
パットン氏と反応が被った。死にてえ。
俺達は立ち上がる──のが面倒だったので、座したまま何となく上を見上げた。
そこには例の女神こと、都市神フェリシダ様が浮いている。
「ほらー! 案の定じゃん! 俺の言った通りじゃん! ぜってーフェリシダ様だと思った!」
「な、夏人! そんなこと言ってる場合じゃないだろう! 何か不味そうな気配だぞ!」
「フェフェフェフェフェ、フェリシダ様ァ!? 皆さん、フェリシダ様とお知り合いなのですかっ!?」
《静まりなさい。今、貴様らの前に顕現しているのはこの都市そのもの。フェリシダ神なるぞ》
人力車の兄ちゃんがガタガタと震えだした。夏人達も口を噤む。
その顔には動揺の色があった。こうして対面するとその圧倒的なオーラを感じざるを得ない。
俺も、思わずゴクリ、と喉を鳴るのを感じる。
フェリシダ神はゆっくりと俺達と同じくらいの高さまで降りてきた。その姿は、まさしく宗教画で記されるような神そのもののようにすら感じられた。
そして俺達の顔をしげしげと眺め、ゆっくりと口を開いた。テレパシーみたいなもので会話をするのはやめたらしい。
「……何故、貴方達がここに……? 《巨竜防衛都市》へと行かなかったのですか……?」
「ああ。行かなかったですね。月の色が変わるまでに例の都市に行くとか無理な時間指定だったので」
夏人の言葉を聞いて、フェリシダ様は「うっ」とうめき声をあげ、一歩後ずさった。
そして──モジモジと言い訳を始めた。
「そ、その件は謝罪します。フォードにこってり絞られました……し、しかし。神である私の感覚と貴方達の時間に対する感覚が違うということは理解して欲しいのですが……だ、大丈夫でしょうか」
「え、えっと、まあ拙者は別に今がよければそれでいいとは思うのでござるが……」
「本当ですかあ!? 皆様怒ってなかったってフォードに言っていいですか!? 私、最近あの男に会う度にガミガミと怒られていて……! それはもう、生きた心地がしないのです!」
「そんなに……」
フェリシダ神様はシュンとしていた。
その姿に先ほどまでの神としての貫禄はまったくなかった。何だかこっちまで悲しくなってくるわ……。
よほどフォードさんに怒られまくっているのが応えているらしい。しかし、どういうパワーバランスなんだアンタら。
「し、しかし! そう! 猶更です! そこの【勇者】がここにいるわけがありません! 【勇者核】はどうしたのです【勇者核】は!」
「そんなことよりこの空間は何なんですか! ふざけてるんですか!」
バン、と床? を叩いて夏人が逆ギレした。
俺達3人と、ついでに人力車の兄ちゃんがギョッとする。
だが、どうやら効果的だったらしい。フェリシダ様はオロオロと動揺しながらも、釈明してくれた。
「え、ええ……? あ、あのですね。こ、この空間は『翡翠の教会』に仕掛けられた罠でして、邪悪なるものの侵入を封じるための……具体的には、【魔王】の気配を感知して自動で発動する結界です」
「じゃあなんですか! 俺達が【魔王】だとでもいうんですか!」
言うだろ。お前【大魔王】やんけ。
ついでにお前がさっきからついでみたいに振り回してる剣の名前に至ってはまんま【魔王剣】じゃん。
おっと、今のは心の中の呟きだ。別に仲間を売る趣味はない。
「えっと、あれ……そんな……で、でも、確かに気配が……魔王は、いまぁす!」
おおっと、意外にもフェリシダ様には自信がないようだ。
前から思っていたのだが、都市神フェリシダ様はちょっと押しに弱い部分がある。このまま夏人が逆ギレを続ければ普通に解放してもらえそうだぞ。
流石夏人。フェリシダ様の人柄……人? とにかくそういうところを見抜いての行動だったようだ。ここはコイツに任せよう。
だが、誰も予想もつかなかったことが起きた。
「……何故、我が【魔王】だとわかった?」
「何!?」
「ええっ!?」
人力車の兄ちゃんの口が、一文字に裂けていた。
「……完全に擬態していたはずだ。貴様の感知結界に反応することなど、ありえない──」
バキバキと骨が砕けるような音が鳴る。
兄ちゃんの背中が不気味に膨張した。
俺達は思わず、立ち上がり、その男から距離を取る。
何、何だよもう。意味わかんねえよ。えっ何……ま、魔王!?
まさか……藪から蛇、ってやつか?
「い、いや、レンタロー。この場合は『瓢箪から駒』の方が正しい……!」
「言ってる場合じゃないでござるよ!」
男の身体は膨らみ続ける、2メートル、3メートル。それよりももっと大きく。
もはやどこが身体だったのかわからない。てかグロッ!?
「……ゴホン。やはり貴方ですか。【第七魔王】──ルクラン」
「『グルガニア』に釘付けになっているはずの【勇者】の気配を感じ──遠路はるばる我が自ら偵察に来てみれば。まさか罠とは。驚きだ。道理で緊張感がないはずだ。フェリシダ。貴様の企みか」
「……そうだと、言ったら?」
えぇ……。
あからさまなハッタリをフェリシダ様は堂々と述べた。
なぜわかるかと言うと、冷や汗らしきものが顔を伝ったのが見えてしまったからである。
罠が発動したから様子を見に来たら、【勇者核】を奪い消えたはずの男がいてビックリしていただけというのが真相らしい。
そして多分、結界が作動したのは気配を隠すとか隠さないとか全く考えていないであろう夏人が【大魔王】だからで……。
「私は、貴方の計画に気づいていました。愚かな【第七魔王】」
「……ククク。人間に利用されるだけの都市神かと思っていたが、どうやら貴様の力を低く見積もり過ぎていたようだ……だが、我の真の力を──」
「シャアオラアアアアア!」
空気を読まない夏人が突如として動いた。
変身途中っぽいムーブを見せていたルクランと呼ばれた魔王の身体を夏人の【魔王剣】が切りつけ──ていない。
男の腹から出た岩のようにごつごつとした巨腕が這い出て、刃を受け止めていた。
『命以外は何でも斬る』という性質を持つはずの剣を受け止めているとは、一体どういうことだ。
状況を全く理解しようとせず、とりあえず敵っぽいやつを斬りつけただろう分際で、夏人は不機嫌そうに舌打ちした。
「チッ!」
「貴様。この【剣】をどこで手に入れた……!? 何者だ」
「彼らこそ、私、フェリシダの忠実なる使徒です!」
「ほう……」
クソッ、なんてことだ。
急展開に急展開が重なったせいで意味がわからん上に、フェリシダ様がテキトーなこと言って見栄を張るせいで話がややこしくなりそうだった。最悪かよ。
ハッとした信長が俺達に言う。
「あ、アレは【第七魔王】! 名前はルクラン──ルクランライト!」
その情報聞いた聞いた。フルネームとかいいからステータスを言えステータスを!
「異様に耐久力が高い! そして単純な最大出力では夏人やパットンを凌駕する可能性がある!」
ファジーすぎるわ! わかんねえよ!
そもそも味方のくせして夏人がどのくらい強いか未だにイマイチわかってないんだよ!
わかりやすい数値とかないのかよ!
「そんなこと言ったって仕方ないだろ! 僕は客観的事実に主観を加えたくないんだ!」
「と、とりあえず拙者はどうすれば!?」
こういう時に指示を出してくれるはずの我らがリーダー・夏人は剣を振り回し、男と戦っている。
俺は都市神様に頼った。
「フェリシダ様! 一体どうすれば……!?」
「……問題ありません。この結界にいるうちは、危害は──」
「我の権能を忘れたか? この世で最も自由なる者こそが我だ!」
メリメリと黒い鉱石が翼の形となっていく。そして数秒後。
パキィ!
と、何かがひび割れるような音が響く。
信長が叫んだ。
「アーティファクトだ! 『行けない場所に行くことが可能になる』──」
「このような結界が! 通用するものか!」
謎空間に亀裂が入っていく。
な、なんだもう。どうしたらいいんだ。
いや、つーかどうしようもないわ。俺にできるのはよくわからん【箱】を出すことくらいで、戦闘ではお荷物だからだ。
なので、任せたぞ夏人! あとパットン氏!
「うわっめっちゃ他力本願でござる!? ……って何かあの敵、すごい光ってるでござる──ッ?!」
「馬鹿な……この結界を破るほど、力を貯めこんで──!?」
【魔王】の咆哮が轟く。
マーブル模様の世界が、大きな音を立てて崩れ去った。
そして──ようやく俺達は『翡翠の教会』に入ることができたらしい。
赤い絨毯の上。数多くの参拝者がいる巨大教会の広間に、俺達は立ち尽くしていた。
そう。体中を漆黒の鉱石で覆った、全長5メートルはあろうかという巨大な【魔王】と共に。
シスターらしき人の悲鳴が鳴り響いた。
お、俺は、ただステラちゃんに会いに来ただけなのに。
思わずへたり込む。
「我を騙してくれた礼をしよう。愚かなる都市神フェリシダと、そして──【勇者】よ。このまま、『翡翠の教会』を──潰す!」
それが、俺の人生で一番残酷な……「ショー」の始まりの合図だった。
────【女神の石板】が更新されます。
────深刻なエラーが発生しています。【勇者】はただちにエラーを排除してください。
────【第七魔王】が《翡翠の教会》に侵入しました。
────【勇者】の存在を確認。《冒険都市フェリシダ》にて防衛戦が開始されます。
────戦況を更新します。現在の戦況は【人類側の有利】です。
────人類の勝利を願って。