16話:レンタローの野望~焼きそばの章~
シエルちゃんの笑顔、プライスレス。
という一幕を終え、今日はドワーフのおっさんに鍛冶を教えてもらっている。
夏人とパットン氏は現在『聖剣迷宮』に探索であるが、俺は着いていっていない。
冒険者としての仕事は必然的に夏人とパットン氏がやることになるので、俺と信長は内勤を担当することになったのだ。
信長のやつと共に、鍛冶場でドワーフのおっさん2人に指南を受けていると学生時代を思い出す。
技術家庭科って今思うともうちょい真面目にやっとけばよかったよな。
すげえ適当にやり過ごしてたの今更後悔してるわ。
しかしまあ、うちの工房はしっかりと剣を叩くための炉もあるのだが、火はくべられておらず、鍛冶場は寒々とした空気が漂っていた。
「工匠っつーのはまずは靴を直したり、装備をメンテしたりとか、そういうことから始まるんじゃ」
えっと、どっちがどっちだったかよくわからないが、多分ガルドス・バトスさんが言った。
俺の中だと鍛冶ってのはこうハンマーで鉄をぶっ叩くイメージしかなかったんですよね。
ほら……剣とか鎧とか作ったりしないんですか?
俺はごっつい針で革製の靴を縫い直しながら問うた。今は底が破けてしまった靴の修理をしている。
「そんなん『FM商会』のやつらが大量生産で作る低価格高品質のものに勝てるようになるまで何年かかると思っとるんじゃ」
「時代は変わったのう。あいつらマジで頭おかしい。フォードの小僧、いつの間にか出世しとるし」
「工匠になるって言いながら迷宮潜ってた意味わからん小僧が都市長様じゃもんなあ。都市長。偉くなったのう」
バトス兄弟が溜息をついた。
どうやら世知辛い話になりそうだ。
しかしまあ、フォードさんってすごいんだな。何か話聞いてるとこっちの世界の自動車王みたいなノリを感じる。
あらよっと。俺は紐を穴に通した。
こんな感じですか?
「おお。上手いもんじゃな」
「結構手先器用だよねレンタローって」
そうか?
まあこのくらいなら誰だってできるだろ。
そういうお前もできてんじゃん。
「まあね。結構楽しいもんだ」
「ふむ。これなら別に依頼をとっても大丈夫そうじゃな。ワシらの顧客から、とりあえず何件か仕事を斡旋してやろう」
「えっもうですか?」
「結局工匠なんてのは依頼を受けて学んでいくのが一番じゃからのう。何、ワシらが付いとる」
靴縫ったくらいだが、それでもいいのか。
俺ら、一応自分達で取ってきた素材を商品に加工したいんですけど。
「それはそれ、これはこれじゃ。まずは修繕業務で工匠としての信頼を得るのが先じゃ」
「人族の手先さえあればそれなりに仕事はあるんじゃよ。ドワーフほどではないがの。それに結構上質の魔道具を買っておるじゃろ。実はそれだけで直せるものは多いはずじゃ」
なるほどねえ。まあ都市を歩いてるオークさんとか、あんまり器用そうじゃないもんね。
指太いし。
「さてさて、兄貴、何かいい依頼あったかのう?」
「縫物の仕事なら死ぬほどあるじゃろ」
「そうじゃのう。じゃあ纏めて午後にまた来る」
兄弟は頷き合って鍛冶場から出て行った。
ふーむ。意外となんとかなりそうだな。
あとは知識チート使って何か信長が作ったりすればいいんじゃねえかな?
「まだ僕らの立ち位置がわからない以上、ここでそれをやるべきではないね。旋盤の一つがあるないで工業というものは大きく変化してしまう」
「はえー。そういうもんか」
「そういうもんだよ。というか僕を過大評価するな。家電製品とかを作れるわけじゃないからね。そこまでものの機構をしっかり理解してるわけじゃない」
ふーん。俺は靴を修繕するのに使用した皮を使って、適当にキーホルダーっぽいものを作ってみた。
うむ、なかなか微妙な出来だな。金がとれる気はしねえ。
「あ、そういや《都市魔法》って何ができるようになんの?」
「《都市魔法フェリシダ》は迷宮帰還魔法だ。迷宮から一瞬で迷宮の出口までテレポートできるようになるらしい」
へー。あれね。
要するにリレミトね。
「デジョンだよデジョン。僕らの世界における原初都市国家が『大河』を基軸に形成されたように、この世界における都市は《都市神》の加護を基軸に形成されているっぽい」
よくわからんが、わかった。
確かに冒険者として生きる分には必須の魔法っぽいな。
つか冒険は夏人パットン組がやってるけど、それで《都市魔法》って身に着くのか?
「フォード氏の話を聞いていなかったみたいだね。この都市ではフェリシダ神に認められたギルドメンバー5人以内であれば、都市魔法の試練を共同で受けられるということだ。実際、自分一人で条件を満たして残りの4人と即興パーティを組んで都市魔法の権利を売る……なんてやつもいるらしいよ」
「えー。じゃあ俺らも金で買っちゃえばいいじゃないか」
「フフフ。そんなの、あの夏人が許すと思うかい?」
「まあ無理だなあ」
キーホルダーはだめだな。俺には圧倒的にオシャレセンスが足りない。
だったらこう、ポーチみたいな実用的なものでも作るか。
「ふむ……しかし宣伝か。ガルドスさん達が言うように、確かに宣伝をしなきゃ客は来ないだろうね。僕らみたいな新参ギルドは」
「あの人達が斡旋してくれる仕事じゃだめなんか」
「遅い。本によるとドワーフ族の寿命は僕らの5倍だ。どう考えても彼らのプランは10年単位で動いていると思われる」
マジかよ。流石に10年もこの都市にいるのか?
別に居心地は悪くないし良いっちゃいいけども。
「せっかくだからね。スピード重視でいこう。まずは人を集め、ギルドに依頼を持ち込ませる……人を集める方法、か」
それだったらいい方法があるぜ。
まず『超大皿亭』に行った後で、ちょっと買い出しに付き合ってくれればな。
俺達は鍛冶場を出て外へと繰り出すことにした。
「はい、らっしゃい! ギルド『一箱』をよろしく! そこの兄ちゃん! 焼きそば無料だよ! さあ寄ってらっしゃい!」
ギルド『一箱』の前でホットプレートで焼きそばを焼いている。
つっても信長が、だが。
俺は呼び込みやら寄ってきた人に焼きそばを配る係である。
ジルさんが速攻で用意してくれたチラシを食器と共に渡すというプランだ。
そのジルさんはテキパキと容器や材料を用意してくれていた。めっちゃ仕事はええ。
「貴重なソースをこんなところで大量に使っちゃっていいのかなあ」
「どうせいつか腐るんだし、気にしててもしょうがねえって」
それにソースのマスター自体は俺の複製箱で無くならないように複製してあるしな。
前市場を歩いていた時、麺料理があることは知っていた。
ならば素の麺を仕入れ、そして焼きそば用ソースと野菜、肉で和えてホットプレートで焼いてやれば立派な焼きそばである。
ちょっと食感とか味付けは違うが、まあ大丈夫だろう。
香ばしい匂いにつられた人々がふらふらと寄ってくる。
「へえ、なんだこりゃ」
「新しいギルドか? 『一箱』……知らない名前だな」
フフフ。
しかし、ようやくチートっぽいことができるな。
俺はニヤリとほくそ笑んだ。たまには俺だってチヤホヤされたい。
嗅いだことのない香りに人がフラフラと寄ってくる。
「これはタダでもらってもいいのか?」
「ええ! ギルド『一箱』です! 新設ギルドですので、皆様に名前を知ってもらおうと思いまして!」
「ふむ、では一ついただこうか」
そしてバクバクと焼きそばを食った人は眼を見開いた。
「う……うめえ! なんだこの料理は!」
「今まで食ったことねえぞこんなもん!」
「そんなに? 私にも一つちょうだい!」
「はい毎度! 今後もよろしく!」
あっという間に形成された人ゴミを見て俺は愉快な心地になる。
フハハハハハハ!
これだよこれ!
異世界チートってのはこうじゃなきゃな!
これで名声が高まった俺達のギルドには冒険者としての依頼も、鍛冶師としての依頼も舞い込みまくりって寸法よ。
全くちょろいもんだぜ!
「ねえ、これは何の騒ぎ?」
「新しい料理屋だ! すげえ! すげえぞ! すげえ美味い飯があるんだ!」
「料理屋……! 道理でいい匂いだと思ったわ!」
いやちょっと待って。
そうじゃねえよ。俺は慌てて騒ぐ冒険者っぽい人達に訂正した。
すみません。
料理屋ではないです。一応メインは冒険者でやっていこうと思ってます。
美味しいとか美味しくないとか、そういう部分ではなくてですね。
「僕の作る飯が不味いというのか……!?」
ちょっと待ってください信長さん。
そうじゃないです。話がややこしくなるからやめてください。
「……? 料理で人を釣ったら、今後来るのは料理を求める人だけなのでは……?」
ジルさんにも冷静にツッコまれてしまった。
うん。
いや、そうですか。確かにね。先に言ってくださいよ。
「何か考えがあると思いましたので」
「なかったです! すみませんねえ!」
俺は俺を信頼してせっせとチラシを手書きで作ってくれたジルさんに勢いよく謝罪した。
ホットプレートの宣伝……してどうすんだ。ホットプレートサイズのものは流石に【複製箱】には入らない。
複製できないし、そもそもバッテリーも同じくだ。ちなみにうちのバッテリーは災害用とのことで、ソーラーパネルが引っ付いている。
15時間くらい太陽の元に置いておけばフル充電できる優れものだが、やはりそれも少々デカいので複製はできない。
「まあ、知名度アップはできているんじゃないかなあ。いらっしゃい!」
信長がフォローしてくれるが、こいつは多分人に手料理を振舞いたいだけだ。
俺は『一箱』が新たな料理屋として着実に名声を高めていくのを、ただ黙って見ていることしかできなかった──うーむ。
異世界チートへの道は遠いな。
「何故そんなことに……?」
「すまん……」
「ハッハッハ。うける。焼きそば屋になってどーすんだよ」
一仕事終えたのち、俺らは合流して温泉に浸かっていた。
ああ……染みるぜ。
夜空の星を眺めながら、温かな湯に全身を漬けているともう今日のこととかどうでもよくなってくる。
あの後、焼きそば屋は大好評だった。
バトス兄弟まで現れて滅茶苦茶褒めちぎられた上、頼むから工匠じゃなくて料理屋を目指してくれと言われたのは複雑な心境だが。
あ、あとジルさんもすごい美味しそうに食べてたからね。
ま、まあ概ね成功かな、人を幸せにしたという意味では、うん。
「正直僕も悪い気分じゃなかったよ。鍛冶の方は……長い道のりだね。うん。ところでそっちは?」
「ああ。『聖剣迷宮』の地下10層まで潜ってきたぜ。結構人がいっぱいいたけどな」
「やっぱり難易度低い迷宮だと冒険者の数も多かったでござるなあ」
ふーん。それで、収穫はどうだったんだ?
「まあ、それなりに良い感じの素材やらドロップ品やら持ってこれたんじゃね。宝箱もいくつか開けたし」
「謎のアクセサリーとか鑑定に出したでござる。ジルさん曰く、このペースならすぐ『冒険者』としての《都市魔法》取得ノルマはこなせそうでござるな」
なるほどな。
俺は初心者向けの迷宮を【大魔王】と【勇者】が無双するのを想像してほっこりした。
こいつらは完全に異世界チートライフを満喫できていいよな。
だとすると、やっぱりネックになるのは『鍛冶』と『商売』か。
「別に『商売』は焼きそば屋でいいじゃん……しかし……ハッハッハ! 何で焼きそば?」
チッ。うるせえな。
まあ確かにだ。
ソースとか醤油とか、あの辺の調味料が生きてるうちに料理で『商売』のノルマをこなすのはアリだな。
それに実質資金無限のチートがある以上は『商売』なんて楽すぎて考える必要ないともいえるか。軍資金無限ならいくらでも失敗して、当たった商売だけやればいいのだ。
つまり、目下のところ一番の課題は『鍛冶』ということになる。
「あの兄弟が結構真面目なのは計算外だったなー。俺様的にちゃっちゃとズルして片付けてくれるかと思ってたんだけど」
「それもジルさんに計算というか、今までの経験上僕らがノルマをこなすのにどのくらいかかるか聞いてみた。僕ら2人だと、早くても6年はかかるらしい。単純計算で君らが加わったとして、3年は最低限かかるね」
「3年! 3年あったら拙者たちアラサーになっちゃうでござるよ!」
パットン氏が急に生々しい上に悲しい現実を持ち出してくるが、実際その通りだ。
どうするんだギルド長。
俺達、このまま3年間鍛冶の修行するのか?
「いやー、流石にそれはねえわ。うーん。どうすっかなー。とりあえず保留で」
夏人が保留した。
じゃあ、そういうことで。
いや待て。確か5人までだったら同時にノルマを受けられるんだよな?
「そうだけど? もう一人パーティに入れようってのかい?」
うん。あのドワーフ兄弟とか一時的にパーティに入れちゃえばいいじゃん。
「最悪それだな……せっかくだから鍛冶屋もやってみたかったんだけどなー」
「拙者もまあ、プラモ作りとかならともかく武器づくりは3年もやりたくないでござるしアリですなあ」
そうな。
じゃあ、とりあえず鍛冶の修行自体はしながら、流れで相談してみよう。
あー、そうだ。
ついでにもう一つ思い出す。
そろそろ、『翡翠の教会』にステラちゃん達に会いに行ってみるか。いずれ会いに行く会いに行くと思っていたらタイミングを逃すってやつだ……。
欠伸を一つして、俺はボンヤリと考えながら、温泉へと身を沈めていった。