14話:その旅路、ワンボックスより
俺は寒々とした『温泉迷宮』をとぼとぼと歩いていた。
まあ何というか、普通の洞窟である。とはいえ流石に迷宮というだけあって辺りは薄暗い。
信長が掲げている松明の火を頼りに前へと進んでいく。
「何かこう、俺の思ってた冒険と違う……」
「そうだね……」
アレだ。
何かこう、確かに恐ろし気なモンスターがいっぱい出てくるっちゃ出てくるのだ。そこはもう冒険っぽい。
デカい蟹みたいなものだとか、サイクロプスみたいなやつとかがひっきりなしに襲ってくる。
だがしかし。
「はーっ! しねー!」
バリバリと紫電が迷宮の中を駆け巡る。暗い洞窟がライトアップされ、俺達の影が伸びる。
そして再び闇の帳が降りると、モンスター達は跡形もなく消滅していた。
……そう。
何と言うべきか。
夏人君が手からバリバリするやつで大体勝てる……。
なので、こともあろうに俺達は悠々と高難易度ダンジョンを歩くという事態になっていた。
「レンタロー氏、あぶなーい!」
俺を背後から襲おうとしていたメカっぽいモンスターが砕け散った。
パットンのアーティファクトの力で生まれた光るハゲた人達がこれでもかと得物でモンスターをボコボコにしている。
後方は光る人が護衛もしてくれるので、正直モンスターとかよりも、足元の凸凹に躓かないかの方が重要である。
俺と信長君は洞窟探検ツアーに来た観光客としか言いようがない。なんだこれ。
「この迷宮、本当に高難易度なの?」
「……敵のステータスは高い、と思う。まあ都市で他の人と比べてわかってたことだけど、夏人とパットンが規格外すぎる……」
「はーっ!」
また夏人が手からバリバリして、扉のようなものが砕け散った。
あからさまに石をハメるような穴があったんですが。ギミックを解かきゃ開かない系の扉、お前壊してない……?
「開けばいいんだよ! ハッハッハ! 俺様最強ー!」
「……帰ろうか。俺ら」
「そうだねえ」
そして、もう一つ気が付いたことがある。
それは、足の速さだ。
つまるところハイスペックこの上ない【勇者】と【大魔王】な二人と、運動不足この上ないただの人間の肉体を持つ二人。
普通に歩いているだけであっという間に差がつくのである。
これではお荷物だ。
そう主張したところ、最終的に俺は夏人に、信長がパットンにおぶさるスタイルに落ち着いた。
いやうん……これってマジのお荷物じゃん。
なんというか、こう……もうちょっと……こう……。
「いくぜオラー!」
「ぼ……僕らは、本当にこれで行くのか!? 冒険って……冒険ってもっとこう……!」
「うるせー! とりあえず行けるところまで行くぜー!」
「夏人! あんまり走るな! 揺れる揺れる! 酔う酔う!」
片手で背中の俺を支えながら、もう片手で紫電をまき散らし【大魔王】様が進んでいく。
俺はひたすら振り落とされないようにクソイケメンの背中にひたすらしがみつく。
怖い怖い怖い!
早いって! 足早すぎるって!
「あ! 温泉あるぞ温泉! 入ろうぜ!」
「今ぁ!?」
「拙者がモンスターを食い止めてるでござる! 早く入浴を!」
「そこまで!?」
俺は慌てて服を脱いで、温泉に飛び込む。
「あっ……ども……」
俺の横では光る人も入浴していた。
腕を組んで何やらパットン氏が戦うところを見ているようでもある。
……。
……………。
気まずい。いや、何なんだよこれ……
そんな感じで、俺達の初めての迷宮探索は終わった──
「ま、まさかこれほどまでとは……」
迷宮の外に出ると、案内人っぽい人がビビりまくっていた。
目の前には迷宮で拾ってきたものが山と積まれている。
何かレアそうなキノコだとか、鉄くずみたいなものだとか、宝箱に入った剣だとか拾えるものは根こそぎ拾ってきたのだ。
それにしても、やたらと深いところまで行った気がする……俺と信長はほぼ背負われていただけにも拘わらず、ぜえぜえと肩で息をする。
「いやあ、温泉にもいっぱい入れたし満足だな満足」
満足じゃねえよ。
夏人が突貫で探索をしまくっていたせいで、俺達は迷宮内に沸いている温泉に入ってはくつろぎ、また背負われ……という工程を10回くらい繰り返させられていた。
アレだ。旅行と称してスタンプラリーをさせられた時に似ている。
色んなところ無理に回ろうとして、全くくつろげなかった。てか忙しすぎて迷宮内での記憶がほぼねえわ。
「こ、こちらは全て換金するということでよろしいですか?」
「ああ。頼んだぜ」
品物が多すぎて、鑑定には1日ほどかかるらしかった。
夏人が後で金をとりに来ることを告げて、迷宮を去ることにする。
というか俺は温泉に入った疲れをとるために温泉に入りたい。
「何言ってんだ……? めっちゃ入浴したじゃん」
「ぼ、僕もちょっと……流石に疲れた。今日は寝よう……」
「そうだな……マジちょっと、迷宮に潜るスタイルの冒険者は俺、向いてないかも……」
「うーん、拙者たちのステータスの不均衡は若干不味いかもしれんでござるな。パーティ組んで敵倒してたらレンタロー氏と信長氏もレベルが上がると踏んでいたのでござるが」
そりゃまあ、ゲームじゃねえんだから周りが敵倒したからって俺が強くなるなんてことはないだろ。
「えー、でも異世界ってそういうものなんじゃないでござるかー?」
「うん、まあ、『強さがレベルやステータスとして表記される』わけじゃなく『ステータスやレベルが高いから強い』という話もありそうだからね……多少期待するのもわかる……」
確かに。実際パットン氏、【勇者】だしなあ、おかしくないか。
だが残念ながら、別に俺も信長も強くなったとかそういうことはなさそうだった。経験値テーブルがゴミなのかもしれない。
重たい身体を引きずるようにフェリシダの表通りを歩きながら、俺は欠伸をした。
夕方に温泉迷宮とやらに入って、今や朝日がちらついている。結構長いこと迷宮に潜っていたなあ。
そんなことを考えながら『超大皿亭』の扉を開くと、夏人が声を上げた。
「あ、都市長じゃん」
店内には都市長のフォード氏が待ち構えていた。
テーブルには何やら紙の束が積まれている。
「遅かったな。俺の公務が捗ってしまったぞ──『温泉迷宮』の管理者が嘆いていたぞ。ギルドに入っていない野良冒険者に迷宮の資源を攫われたとな」
「もうそんな情報が流れてるんですか?」
信長が驚いた。
確かに俺もちょっとビックリした。『温泉迷宮』のある場所からここまでに歩いてくるまで、せいぜい30分といったところだろうか。
その間に俺達の情報を知り、先回りしたということになる。
しかもこんな早朝からだ。
「いやいや当然だろ。異常な乗り物に乗った、異常な服装の集団、しかも冒険者ギルド『蛇のトサカ』を壊滅させたときている。マークするだろう普通」
フォード氏が半ば呆れたような顔で一枚の紙をぺしぺしと指で叩いた。
新聞か。多分そこに夏人君大暴れのニュースが載っているんだろう。
あ、これ怒られる流れじゃねえか?
ほら、夏人。お前がノリで冒険者ギルド壊滅させたりするからさあ。
てか蛇のトサカとかいう名前だったんだねあのギルド。
「あー、金払っといた方がいいのかなあの何とかってギルド」
「ふむ……ブラフだな。自分が何でも金で解決する男だと思わせて俺の反応を試そうと? 何でもいいが君達は結構目立つということを覚えておけ」
「うわっなんだこのオッサンめんどくせえ……」
小声でつぶやきながら夏人が肩をすくめた。人生経験の差を感じ取ったのだろうか、そのまま押し黙る。反応を試そうとしていたのは事実らしい。
意外といちいちめんどくせえよなこいつ。
すみませんね。わざわざ忠告までしてもらって。
それで御多忙な都市長が何の用です?
「ああ。以前言っていただろ。君達のギルドを作った」
「マジですか!?」
そんなアッサリとギルドって作れるものなんだな。
フォードさんが羊皮紙らしきものを何枚かテーブルに並べる。見れば契約書のようなものがそこには並んでいた。
……いや待て。『温泉迷宮』に入る時もそうだったけど、文字読めるんだな。
全く見たことのない記号の羅列だが、何故か意味がわかる。これも異世界に転移した特典かなんかだろうか。
「知っているとは思うが、この都市ではギルドの階級を上げることで様々な保障や施設が利用できるようになる。最初は普通Fランクだが、俺の特権でCランクギルドにしておいた──」
フォードさんが俺達に鉄製のプレートのようなものを渡してきた。女性のレリーフが刻まれ……あ、フェリシダ様だこれ。
大分キリっとしておられる。何か面白いな。これがこの都市の冒険者の証らしい。
その後もフォード氏は細々した『ギルド制度』の説明をしてくれた。
まあ、俺は人の話を聞くのが苦手なので、わからないことがあったら後で信長君あたりに聞こう。几帳面にも信長君はメモを取っている。流石である。
そして、フォードさんがわざとらしくコホン、と咳払いをした。
「で、あれだ。わかるだろ? 俺がここまでしてやるということは滅多にないぞ」
「……?」
俺達は首をかしげた。
急に歯切れが悪くなったフォードさんは、続けて咳払いをしながらチラチラと俺の方を見てくる。
いやわかんないっすよ。何なんですか。
「なんだ。これでも忙しい身でな。だがその……今の時間帯なら、ちょうどよくないか? 人通りも多くない。ほんの少し、私を乗せてくれるだけでいいんだが」
「あー。そういう──」
──ことか。
得心のいった俺達はコクリと頷いた。
特に断る理由もない。
「うおおおおおおおお! 素晴らしい! これは素晴らしいぞ! 動力は何だ!? どうしてこんなに早く動けるんだ!?」
数分後、フォード氏がワンボックスカーの助手席ではしゃぎまわっていた。
都市から出て、城壁の外をぐるりと一周することにしたのだ。
ちなみに夏人は疲れたと言って3列目のシートで寝息を立てている。
「ちょ……危ないですって! ハンドルが変な方向行きますから!」
「この針のようなものは何だ!? なるほど! 速さを意味しているんだな! こっちの数字は!?」
「事故る! 事故りますって! レンタロー! パットンも! 僕を助けろ!」
それはできねえな。
俺とパットン氏は人見知りするタイプなんだ。
つか何かモード入っちゃってるフォードさんの相手めんどくさそうだし。
「わかるでござる」
「もしかして俺達、この世界でタクシーやればそれなりに儲けられるんじゃねえか?」
「そうそう。拙者的には運搬業とかもアリかなーって」
「ハハハ! 俺はすごく楽しいぞ! この技術! この素材! 見たことのないものがあるというのは最高だな!」
「わかりましたから落ち着いてください!」
まあ、そんな感じでフォードさんと共にドライブをしてから、俺達は『超大皿亭』まで戻った。
店の前にてほくほく顔の都市長が笑う。
つ、疲れた。結局彼の主張により、俺達は都市の周りを3周したからだ。
「とても有意義な時間だったよ。感謝する──ああ、そうだ。一つ忘れていた」
な、なんですか。
いくら何でも流石にもう寝たいのですが。
「この場で決めて欲しいんだが……ギルド名はどうする?」
「それって、今決定しないといけないものなんですか?」
「俺は都市のギルドの名前は全て暗記しているからな。被らずに済むぞ。申請もしておいてやる。あとそうだな。一応ギルドの明確な方針も教えておいてくれると助かる。書類に書くんだ」
なるほど。確かにここで決めておいた方がよさそうだ。
だけどなあ。うーん、こういうの、悩むタイプなんだよな。邪念が入るっつーか。
どうするよ。
俺は3人に振ることにした。
「『勇者パットンと愉快な仲間達』、とかどうでござるか?」
「それはない。消えろ」
「ない。ジョークとしても浅い。センス皆無だね」
「パットン氏も落ちたもんだな」
「そこまで!?」
ひとまず一通りパットンをなじってから、信長が眼鏡をキュピーンと光らせながらほくそ笑んだ。
「『アルゴノーツ』というのはどうだろうか。由来はギリシャ神話の英雄たちのだね……」
「あっそれ巨乳がいっぱい出てくるエロゲのやつでしょ。拙者知ってる」
パットンちょっと黙ってろやあ!
俺と信長はゲシゲシと金髪野郎を蹴飛ばした。だがステータスの差でビクともしない。
クソっ苛つくぜこのチートオタクが!
「……ケチがついた。僕はやめよう。というか変に僕らの歴史の……ゴホン、僕らの地元っぽい名前にすると藪から蛇がでないとも限らないからね」
「仕方ねえなあ。ここは俺様が決めてやるぜ」
夏人がドヤ顔で腕を組んだ。相当自信があるらしい。
何でもいいから早くしようぜ。
眠いし、フォードさんが怪訝な目でこっちを見てるし。
イケメンアロハ野郎がフォードさんに向き直る。
その顔には何の迷いもなく。まるで、この赤毛の男はずっと前から、そうすることを決めていたのかのように、自信満々に言ってのけた。
「俺達のギルド名は『一箱』だ。ワンボックスのギルドっつーことで。目的は──」
こうして。
俺達は、『冒険鼎立都市』でギルドを所有することになった。
「──この世界を旅して、最高に楽しむことだ」