11話:冒険都市・初夜
「ふふふ。いっぱい食べてくださいね。このお店は、とにかくお客様に沢山ご飯を食べてもらえるのがウリなんです!」
シエルちゃんが元気よく俺達に笑顔を向けてくれる。尻尾がちぎれんばかりに振られていた。
あー、癒されるなあ。
やっぱ世の中って金なんだなって思う。
金があるともう、誰が何やってても癒されるよね。
とか考えていたら、おもむろに夏人がイケメンスマイルを浮かべた。
「ありがとう。シエルちゃん。行く当てのない俺達を拾ってくれて──それにこれ、花を買ってきたんだ。君と、この店のために──」
「あ、あわわわ。ありがとうございますっ。お、お婆ちゃん~! どうしよう~!?」
一輪の花をイケメンアロハ野郎こと夏人に差し出され、顔を林檎みたいに真っ赤にして、シエラちゃんが厨房へと引っ込んでいった。
この男、いつの間にか花なんか買ってたんだ。さすがホスト。卒がねえなあ。
何なの? 好きなのシエルちゃんのこと。
「フッ……かもな。でも、別に好きとかじゃなくても何かあったらとりあえず花を渡さない?」
「かーっ! これだからホストはダメでござる! 不純でござるー!」
本当にな。どんなキラキラした世界観で生きてたら会うのが2回目の女性に花渡すことになるんだよ。
まあ、そんなことはどうでもいい。
俺達は『超大皿亭』1階にて、店の特製大皿のポタージュに舌鼓をうちながら作戦会議をすることにしていた。
小さいちゃぶ台くらいはありそうなサイズの皿の中に並々と継がれた緑色の汁を小皿にとって、固いパンにつけて食べるのがこの店のスタイルらしい。
味はそら豆のポタージュを少ししょっぱくしたような感じだが、これが中々美味い。
ちなみにこの大皿1杯のお値段が銅貨1枚だ。
そして、『超大皿亭』の宿賃は1日フェリシダ銀貨2枚ということになっている。
一応は一人一部屋あてがわれているので、1日の滞在費は銀貨8枚という計算になる。
「急にどうした。かけ算できるアピールか」
ちげえよ。まあ確かに無職やってると著しく一般教養が失われていくのはあるけどな。
てか社会人でも同じじゃない? どんどん必要な知識以外オミットされるっつーか。学校でできてたことが今出来る気しねえわ。
「わかる。ウケる」
「ウケるな。これから僕らはこの世界で生きていくにあたって、向こうでの知識ってのは重要になってくるんだからね」
信長が溜息をつく。
ちなみに店は中々繁盛しているらしく、厨房の婆さんがシュババッと手を動かしていて、シエルちゃんがあっちに行ったりこっちに行ったりしてウェイターの仕事に勤しんでいる。
この店、2人で回しているのか。大変だなあ。
『超大皿亭』という名の通り、あらゆる料理の皿がデカい。そしてそんな大皿を求めるのは労働者階級らしく、客層は何というか、荒っぽそうな感じだ。
酒もガンガン飲んでいるらしく、店内は喧騒に包まれていた。異世界云々言っていてもまあ大丈夫そうだ。
しかし、この世界で生きていく……ねえ。
「それ拙者も聞きたかったでござる。拙者たちって何を目的にする系? 元の世界に戻るって話は?」
「んー、俺は別に日本に戻りてーとかはないけど、とりあえず冒険してれば戻れる、戻れねーとかわかるんじゃねーの? つか冒険しようぜ冒険」
「そうだね。とにかく情報が少なすぎる。温泉入って、この都市をそれなりに散策したらやはり、『始まりの町』に行くのがいいんじゃないかな」
そんな感じかな。
つーか【魔王】を倒すのが目標みたいなこと神に言われたんだろ?
その辺はどうなのよ。
「それも情報不足だね。とにかくレンタローのおかげで金には困らないんだ。じっくり情報を収集しながら、地盤を固めていくのがいいと思う。何なら傭兵を雇うって選択肢もあるんじゃないかな」
魔王が何なのか、夏人の職業【大魔王】とどういう関係があるのか、ってところも全然わかんねーしな。
普通に考えて、何か起きそうな気がするんだよなあ。
「あとはガソリンだね。都市を散策した感じ、わかっていたがガソリンらしきものはなかった。そもそも石油の精製からガソリンを利用するまでにはそれなりの工業力というものがいるからね。やっぱり燃料も君の【複製箱】に頼ることになると思う」
「まあ、それは別にいいよ。てか車壊れたら修理とかめんどくさそうだな。なるべく乗らない方がいいんじゃないか?」
「わりい。そういや馬車にぶつけた時にちょっと凹んだんだよな。明日見とくわ。てかそもそも。車って無防備に庭に泊めといて大丈夫──」
夏人がポタージュのスプーンを唇に持っていこうとした時だった。
「──ひ、ひえええええええええええ!!」
何事だ。
店内にシエルちゃんの叫び声が響き渡り、一斉にそちらに注目が集まった。
見れば、店の入り口に一組の男女がいて、ステラちゃんが腰を抜かしていた。
一人は歳が30歳くらいの静観な男で、金髪を短めに後ろにまとめている。
腰には、小さいハンマーをぶら下げていた。
街を歩いている時に何度か見かけたが、アレは『工匠』というやつがよくやっているらしいスタイルである。要するに大工さんだ。
もう一人の女性は──何というか、不思議な感じだった。
真っ白な服に身を包み、蒼い長髪が風もないのに揺れている。どこか神秘的な印象を受ける。
「やっべ……何であのお方がここに……!?」
「オイオイ、この店何かやらかしたのかよ!?」
動揺、そしてざわめきが店内を包んでいる。
何だ。有名人でも来店したのか?
「とととととと、都市長!! そ……それに、まさか……貴方様は!?」
「邪魔するぞ」
シエルちゃんを後目に、都市長と女性が入店してくる。
「ちょっと! アンタ、フォードかい!? 私の店に何しにきた! 税金なら滞納してないよ!」
「…………」
シエルの婆ちゃんが厨房から叫ぶが、お構いなしだ。
というか、つかつかと歩いて、こっちに来とる。
「ったく。婆さん。アンタの《情報隠しの結界》のせいで来るのが遅れたんだからな。これだから冒険者崩れは困るんだよ」
「ハッ! あんな走る『箱』、混乱の元だろうがね! 都市の平和を守ってやったんだから、感謝して欲しいくらいだよ!」
なるほど。そういや乗用車が庭にドーンと停車しているのにも関わらず、野次馬が集まるってこともなかったな。
どうやらシエルの婆ちゃんが何かをしてくれていたらしい。
しかし──これが都市長か。
ドリアーヌさんが言っていた『冒険王』とは彼のことだろう。
確かにオーラがある。何というか、全身からエネルギーが迸っている。
そして、ジロリ、と俺達を眺め回してからわざわざ俺の方に向き直った。
な、なんだ。何で俺?
というか何しに来たんだ。
まあそりゃ、信長の言葉を借りるなら俺達はUFOで急に表れて、しかも冒険者ギルドという公共の場で大暴れした宇宙人みたいなもんだ。
あ、何か冷静に考えたらどうあがいても捕まるような気がしてきた。
俺はゴクリ、と喉を鳴らす。話し合いで解決できるだろうか。
「お前らがあの走る『箱』の持ち主か。俺はこの都市の都市長をやっている……フォードだ。……よろしく」
都市長は語る。そして、俺の方にスッと手を伸ばしてくる。
えっ、何これ。
俺が対応するの?
何で? どう見ても俺リーダーって面してないじゃん。
だがしかし、疑問視しているのは俺だけのようで。みんな、俺が言葉を発するのを待っている。何でやねん。
仕方ないので、俺は都市長に向き直った。顔こわっ。完全にインテリヤクザって風体である。
イケメンだけども。目力が半端ねえよ。
「……ええと、六角連太郎です。よろしくお願いします。本日はどういったご用件でしょうか…………?」
「そうだな……とりあえずアレだ。あの『箱』を俺に売ってくれ。言い値でいいぞ。アレはどういう原理で走っている? 魔法か? 個人的に機構にとても興味が……」
「フォード」
──ヤバい。
少し興奮したようにまくしたてる都市長を、女性の凛とした言葉が遮った。
一言だけだが、その声に宿る覇気はすさまじく──身体の奥底からゾッとしたような寒気が這い上がってくる。
そして、わかった。
シエルちゃんや客が驚いているのは、恐れているのは都市長ではない。この女性の方だと。
夏人とパットン、そして信長が腰を浮かせた。
こらえているようだが、いつでも【魔王剣】や【勇者のマント】を出して目の前の女性と戦えるようにだ。
信長の顔が驚愕に歪んでいる。【賢者】の力で何かを見たらしい。「馬鹿なっ……」とか言っている。何見たんだよ。共有してくれよ。
そして、凛とした女性の言葉を都市長はガン無視した。
「いや待てよ。あの『箱』、もしかして魔力で動いてるんじゃないのか? 魔術的論理性を欠いている。うーむ。気になる。売れないなら、一度解体させてくれないか?」
「ええと、フォード、さん。でしたか。都市長の」
「ああ。そうだ。俺は都市長だ。つまりアレだ。金ならあるぞ」
「フォード」
再び、凛とした力のある声。
だがフォード氏は止まらない。
「金がダメなら、望む物をくれてやるぞ。《冒険鼎立都市》には何でもあるんだ。女か? 酒か? 何なら王室に口を聞いてやるから貴族にでもなるか? それもいいなうん」
「フォード」
再び、凛とした声。
見れば、プルプルと青髪の女性が震えている。怒っているのか?
そしてフォード氏の袖をクイクイと引っ張っているがフォード氏は全く意に介していないようだ。
めっちゃ早口でまくしたてながら、こちらに顔を近づけてくる。
「目撃情報によると、かなり安定して走行できるらしいな。それに後ろにも下がれるとか。横についている鏡は何のためについている? それに素材は何だ? どうやって加工した? ちょっと触れてみたが各部位に貼ってあるのはただの硝子ではないな。車輪は『ゴム』に近いが、俺の知っているものとは違う。それに、魔術的防御機構を積まないのは何のためだ? 重量の軽量化か? あんな貴重な技術の塊をどうして守らない? そこにどんな合理性がある? 気になるんだ。一度壊してみてもいいか? 俺が必ず元通りに組み立ててやるからさ」
ええと、こういう時どういう顔したらいいかわからないの。
食堂の野次馬達は、どうにも『また始まったよ』みたいな面してこちらを眺めている。
えぇ……どういうことなんだよ。俺はどうしたらいいんだよ。
助けてよ誰か。
「フォード~! 何で私のこと紹介してくれないんですかあ~! わ、私、この都市の神なのに~!」
凛とした雰囲気が一瞬で崩れて、女性が都市長に泣きついた。
都市長の肩を掴んでぐいぐいと揺さぶる。だが、都市長はかなり体幹が強いらしく、微動だにしない。
えぇ……。なにこれ……。
俺が動揺するのを他所に、信長がこっそりと教えてくれる。
「……彼女は、神だ。《都市神フェリシダ》だ。ヤバいぞ。ステータスが圧倒的だ」
そ、そうか。
その圧倒的な力を持っておられる神様、めっちゃスルーされてるんだが。
「君ィ! 聞いているのか! あの『箱』を売るのか! 壊していいのか! どっちなんだ!」
「フォードォ~! 私のことを忘れないでぇ~!」
《冒険鼎立都市フェリシダ》を訪れて初日。
カオスな夜の幕が開こうとしていた────